enuk3815
2025-01-11 15:21:42
910文字
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灰心喪気

前回上げた「秒針が鳴る、思考が廻る」の別(フィン)視点。
同じ場所で同じ時間を過ごしてるのに見えてる世界が全然違うのっていいよねという話でした(そうだっけ?)

 ただいま、と零した声に、ソファに沈んでいる相方からの反応はなかった。
 聞こえなかったのか聞いていないのか無視されたのかは分からないけど、そんなのどうだっていい。多分息をするのに精一杯なんだと思う。眠そうなのだって別に眠いわけじゃなくて、単に表情に回せるエネルギーが残ってないからだ。意識は多分、周りが思うよりずっと明瞭でしっかりしている。
 その横を通り過ぎて、冷え切った手を冷たい水で洗い流した。脳が痺れるみたいな感覚に襲われる。痛くはないけど、下手したら痛みより嫌な感覚だ。寒い。今日何度目か分からない溜め息をついて、流石に冷水を口にできる自信はなかったから白湯を淹れて錠剤を飲み込んだ。中の温度に反してコップは冷たいままだ。口の中で温まった空気もすぐに溢れて、代わりに冷気が流れ込んでくる。寒い。触れるもの全てが冷たく感じるから、これだから雨の日は嫌いなんだ。
 
 一度暖炉を点けてその前に座り込んでしまえば、もう動く気にはなれなかった。
 冷えて固まっていた体が徐々に解れていく代わりに、凍りついていた痛覚も解凍されていく。少しずつ鮮明になっていく頭痛が鬱陶しくてまた溜め息を吐く。薬飲んだし大丈夫。効くまで少しだけ耐えればいい。大丈夫、なんとかなる。そう言い聞かせてきたら今までも大丈夫だったから。
 
 火が延々と爆ぜている中、小さく舌を打つ音が聞こえた。わざわざ振り返らなくても事情の想像はつくから振り返らない。この時期は毎年こうだ。それぞれ引き金は違うものの、お互い心も体もバランスを欠いて調子を崩す。彼も普段は舌打ちなんて滅多にしない奴だけど、体調が良くない時は怒りっぽくなる、というか、相当神経質になる。その後も数回苛立っているような苦しげな呼吸音が数回聞こえて、だんだん空間に馴染んで、また部屋が静かになる。
 
 薬が効きだしたのか気づけば痛みは少し和らいで、思考がゆっくり溶けていく。まだ纏わりついてくる寒さのせいで安眠は叶わないまま短い気絶を繰り返して、この部屋でただ時が癒してくれるのを待つしかない。
 
 早くなんとかなってくれ、と曖昧な願いを象って、そのまま意識を手放した。