810suzukaze
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とある勘違いの話


※長編『とある物語』番外編。本編の10年後設定ですが、本編読んでいなくても大丈夫です。


雲ひとつない空に太陽が浮かんでいて、その光がぎらぎらと地面を照りつけている。
そんな夏の蒸し暑いとある日のことだった。

その日、私は急に仕事が入り、職場に向かうこととなった。
「はあ……
休日出勤というだけでも憂鬱なのに、ましてやこの熱い中、堅苦しいスーツで出勤しなくてはいけないのだから、自然とため息が漏れる。

「怜亜(りょうあ)さん、お疲れですか?」
そんな私の顔を流珂(りゅうか)が覗き込んできた。腰辺りまである青色の髪がその動きに合わせて、さらりと動く。
その髪を手で梳きながら、私は苦笑いした。
「いや、そうじゃない。ただ、この暑い中、スーツを着なければならないと思うとな」
私の手の中でさらさらと流れていく流珂の髪が心地良い。

「確かに暑そうですよね。でも、決まりですし……。その分、冷たい飲み物を持っていきますか?」
「そうだな、そうしてくれると助かる」
私の返答にぱっと顔を輝かせると、流珂はぱたぱたと台所の方へ駆けて行った。
そんな妻の後ろ姿に自然と頬が緩んでしまう。今、このだらしない表情を見られたら、普段、私をからかい倒す先輩に格好の標的とされてしまうだろう。
首を左右に振って少しでもしゃきっとしようとしたのだが、どうにも上手くいかない。

しかし、その表情がひくりと固まってしまう。
ちらりとだが、流珂の首筋に赤い痕のようなものが見えたのだ。
結婚前も、今もだいぶ奥手な流珂に限ってそんな間違いを起こす訳がない。
第一、流珂が他の男と一緒にいるなど、考えたくもないのだが、元がネガティブなせいか、嫌な方向へばかり考えが至ってしまう。

すると、そこへ流珂が水筒を抱えて戻ってきた。
「ちょうど先ほど、紅茶を作ったところなんですよ」
はい、と笑顔を浮かべる流珂に私は普段通りの表情を返せない。

「あの、流珂」
「はい、何でしょう」
にこっと微笑む流珂に対して、私は努めて冷静な口調で質問した。
「首筋に何かあるようだが、どうしたんだ?」
そう問われ、流珂はぱっと首に手を当てると首を傾げた。
「この間、虫に刺されちゃったんですかね。それがどうかしましたか?」
その返答に私はふうと息を吐き出す。どうも、私は流珂に関することだと冷静ではいられないようだ。
「いや、何でもない」

流珂はまだ少し不思議そうな表情を浮かべていたが、すぐに笑顔で私に水筒を手渡してくれた。
「はい、お砂糖控えめのアイスティーです」
糖分控えめと聞いて、私は思わずがっくりと肩を落とす。
「疲れたときには甘いものを摂取したいんだが」
しかし、流珂は首をふるふると横へ振った。
「水分不足になりがちな季節なんですから、糖分ばかり身体に残ってしまうので駄目です」
そうきっぱり言われてしまい、私は素直に従う他はなかった。

落ち込んでいる私を見かねたのか、流珂が少し迷うようにして口を開く。
「その代わりと言ってはなんですけど、怜亜さんの好きな甘いものを作って待ってますから……、あの、お仕事頑張って下さいね」
新婚のようなやりとりに照れてしまったのか、流珂がりんごのように頬を染めてそう言った。その赤さは私にまで移ったようで、顔に熱が集中している。

そんな格好悪い顔を見られたくなくて、私は流珂の首筋に顔をうずめた。
流珂はくすぐったそうに少し身じろぎしたが、振りほどくことなくされるがままになっている。
そんな妻を目の前にしながら、私はただもう少しこうしていたいと思った。