冬灯夜
2025-01-09 23:56:24
4253文字
Public ルミナリア
 

きみがいないとつまらない

ルミナリア ル・サント幼少期
ユーゴのお見舞いをするレオとセリア
ユーゴの両親捏造してます

「ユーゴくん、大丈夫?」
 三人でかけっこをしていて、最初に気付いたのはレオだった。
 そういえばいつもならユーゴ、私、レオの順で勝つことが多いのに、ユーゴが私より遅れ気味にゴールしている。
「う、うん、大丈夫だよ」
 ユーゴはそう言って笑ったけれど、近寄ってじっと顔を見れば、走ったからだけじゃない赤みと汗が顔に出ていた。ユーゴに触れると、明らかな熱が手のひらに伝わってくる。
……手、冷たいね、セリア」
「私の手じゃなくてユーゴのおでこが熱いの!」
 そんな言い方でごまかせると思ってるのか、と思わず目がつり上がる。
「無理しちゃだめだよ、今日は帰ろう?」
「う……でも……
「かーえーるーの!」
 がしり、とユーゴの左腕を掴んで宣言する。レオもそっと、けれどしっかりと両手でユーゴの右腕を掴む。両側から捕まえられたユーゴは困ったように私達二人を見て、それから蚊の鳴くような声で「うん……」と呟いた。
 やっぱり具合が悪いんだ。早くおうちに連れて行かなきゃ。
 レオと二人でユーゴの手を引いていく。ユーゴは俯いて、その足はとぼとぼといつもと比べ物にならないくらい遅かった。
「こんにちは!」
 ユーゴのおうちをノックして声を上げる。出てきたのはユーゴのお父さん。おや、と目を丸くした。
「あの、ユーゴが熱、あって」
「そうなのか、ユーゴ?」
「はい……
 俯いたまま答えるユーゴに、ユーゴのお父さんは眉をしかめる。
「早く部屋に戻りなさい」
 はい、ともう一度小さな声で返事して、ユーゴはおうちの中に入っていく。その背中があまりにもしょげ返っていたから手を伸ばそうとして。
「君達も迷惑を掛けてすまなかったね」
 ユーゴのお父さんの声に、止まった。
 ――何それ!
 声を上げそうになって、咄嗟に口をつぐむ。ユーゴのお父さんは本当に申し訳なさそうで、でも、でも、それよりもっとユーゴに掛ける言葉があるんじゃないかって、ああ、ユーゴがもう行っちゃう!
「め、迷惑なんかじゃないです!」
 レオの珍しい大声(といっても普段と比べたら、だけど)に、レオの方を見る。ユーゴも振り返ってこちらを見ていた。
「そうです、ぜんぜん! 早くよくなって欲しいだけです! またおみまい来るからね、ユーゴ!」
「ま、またね、ユーゴくん」
 ぜんぜん、を強調しながら宣言して、くるりと来た道を戻る。
 モヤモヤする。というか、ムカッとしてる。
「セリアちゃん、」
「迷惑なんかじゃないもん」
「うん。心配なだけだよね」
 レオの手がそっと私の手に重なる。その頼りなさとあたたかさに、いつの間にか怒っていた肩がゆるゆると落ちた。レオは悲しそうな、寂しそうな風に眉を下げている。
……よし。レオ、作戦会議よ!」
「うん! ……って、どこ行くの?」
「とりあえずレオのうちでいい? 行くよー!」
「あっ、待ってよセリアちゃん!」
 慌てて追いかけてくるレオを後目に、レオのおうちまで駆け抜ける。飛び込んできた私達にレオのおばあさん、アデールさんは目を丸くしながらも迎え入れてくれた。
「ユーゴのおみまい、なに持ってこう」
 アデールさんが出してくれた木の実のジュースを飲みながら、レオと頭をひねる。
「元気になるもの?」
「おかゆとか?」
「それはおうちの人が用意するでしょうから、やめておきなさい」
 つくろいものをしながらアデールさんが言う。……たしかに、どうやって持っていこう。
「うーん……じゃあ僕、お花!」
「私ベリー!」
「あんた達の好きなものだね」
 勢いよく挙げた私達に、またもアデールさん。……ちょっぴり呆れられてる気がする!
「ゆ、ユーゴだって好きだもん!」
「たぶん……
 小声でレオが付け足したけど、アデールさんは小さく笑った。
「ま、一生懸命考えな。それが一番だよ」



 そうしてあれやこれやと案を出し、決まったのはレオが提案したお花だった。
 おみまいといえばやっぱりお花。それにきれいなお花を探しに行ったら、ちょうどよく赤いお花と青いお花が咲いていて、これだ! と二人そろって決めたのだ。
「ユーゴくんみたいな色のお花もあったらよかったのにね」
「ね。……でもユーゴ、緑色好きだよね? ほら、葉っぱは緑!」
 すこーし強引にそう言うと、レオはほんとだ、とふにゃりと笑った。
 レオはふだん、ちょっと頼りないなあなんて思うこともあるんだけど、こういう風に本当にうれしそうに笑う顔はなんだか安心したりする。うん、ユーゴもきっと喜んでくれるって自信でてきた!
 一度レオのおうちに戻ると、アデールさんが花瓶を貸してくれて、さらには一緒についてきてくれることになった。花瓶の色は、もちろんユーゴの髪みたいな、柔らかいクリーム色。
 これでバッチリだとレオと笑い合い、アデールさんに見守られながらユーゴのおうちまでずんずん進む。
 とんとん、とノックに応じたのはユーゴのお父さん。後ろにはお母さんも手仕事をしているのが見える。
「これ! お花です!」
「ユーゴくんにわたしてください!」
 ずい、と二人で花瓶をさしだす。
 一瞬、ユーゴのお父さんはどことなく困ったような……そんな空気で。
 だめ、かな。だめなのかな。
「この子らがお見舞いしたいと言うもので。受け取ってやってくれませんか」
 アデールさんが私達の背にそっと手をそえながら、穏やかにユーゴのお父さんとお母さんにそう言った。
……ええ。ありがとうございます」
 そしてユーゴのお父さんは、花瓶を受け取ってくれた。
 やった! やったよレオ!
「あの、ユーゴは……
「今は寝ているの。ごめんなさいね」
 静かに、けれどきっぱりとユーゴのお母さんが言う。思わず俯いた私達の背を、ぽんとアデールさんの手が優しく叩いた。
「それではお邪魔しました。よくなったら、またこの子らと遊ばせてあげてくださいな。ほら、行くよ」
 その手にうながされ、小さく頭を下げて私達はユーゴのおうちを後にした。
「あんた達、今日この後はどうするんだい?」
「ん……と、私、まだもうちょっと……
「僕も……
「そうかい。じゃあ遅くならない内に帰るんだよ」
 もごもごと言う私達に、アデールさんはいつものようにハキハキと告げて帰っていった。
 レオを見ると、レオもなんとなく居心地わるそうな感じだ。
 帰る気にはならない。でも、二人で遊ぶのもなんだか気が乗らない。三人のうちの誰かがいなくて二人で遊ぶことなんて、ないわけじゃなかったのに。
「ちゃんとユーゴにわたしてくれるかなあ」
「うん……会えなかったもんね……
 ユーゴのお父さんとお母さんの様子を思い返す。
 やっぱり迷惑だったのかな。……迷惑かけたのかな。ユーゴは大丈夫かな。
 ユーゴ色の花を探そうか、と歩いてみるが、やはり見つからない。
……心配、だね」
「うん……
 レオの落ち込んだ声に、私も負けないくらい小さな声で頷いた。



* * *


 目を覚ますと、のどの奥がカラカラで小さなセキが出た。
 ……僕の部屋だ。頭がぼんやりして、体が熱い。
 レオとセリアはどうしてるだろう。もっと遊びたかった。二人と一緒にいたかった。
『風邪を移したらどうする気だ』
 厳しい声を思い出し、ぎゅっと目を瞑る。
 そうだ、二人に風邪を引かせちゃいけない。一緒にいたいのは僕のワガママだ。
「迷惑、かけちゃった」
 かすれた声で呟くと、ますます情けなくなった。
 だって、分かってるのに――それでもレオとセリアと一緒にいたいって、まだ思ってるから。
 にじみそうになった涙を、額に乗っていたタオルでぐっと拭う。のどが鳴りそうにそうになったから、のろのろと起き上がってサイドテーブルにある水を飲んで――花が飾られているのに気付いた。
 赤と青の花。寝る前にはなかったはずだ。でも、これは、まるで。
 ――こんこん、と窓から音がした。
 まさか、とベッドの近くの窓を急いで開けると、窓枠より少し低い位置には僕の予想通り……いいや、願望通り、レオとセリアがいる。
「ごめんねユーゴくん、起こした?」
「ううん、ちょうど起きてて」
「あ、お花! よかった、飾っててくれてた!」
 申し訳なさそうなレオと、サイドテーブルの花を見てぱっと顔を明るくするセリア。
「そっか、これ二人だったんだ……
「うん!」
「二人で探したんだよ!」
 赤いのはレオでね、青いほうはセリアちゃんだよ、ユーゴの好きな緑と、あと花瓶の色! そんなことを口々に告げる二人に、また目がにじみそうになった。
 夢じゃないのかな。
 またしばらく二人に会えなくて、このうちの中で過ごすんだと思いながら眠ったのに。
 こんなにうれしいことが、本当にあるなんて。
「あとこれ、さっき摘んできたベリー!」
「リンゴも拾ったよ」
 うんしょ、と二人は窓枠にベリーとリンゴを乗せる。つやつやとしておいしそうで、二人の目はとてもキラキラしていた。
 この時期、森に生えているものは色々ある。その中でこの選択は。
「二人が食べたいものだね」
「うっ、そ、そうだけど……
「ユーゴだって好きでしょ!」
 バツの悪そうなレオと、ちょっぴり開き直ったようなセリア。
……うん」
 自然と、顔がほころんでいた。
「好きだよ。とても」
 二人は一瞬、目を交わして。
 そうして、特大の笑顔を僕に贈ってくれた。
「じゃあ、またね!」
「早くよくなってね!」
「うん、約束する」
 あんまり長居しちゃいけないから、と二人は去っていく。けれど、何度も振り返る名残惜しそうな姿にも、僕はもう平気だった。ゆっくりとベッドに横たわる。
 必要なものだけが揃えられたこの部屋に、二人が贈ってくれた二色の花がある。
 二人が去っていった外は夕暮れ時で、透き通って青かった空は真っ赤に染まり、端から深い青に変わっていく。昼間は目立たなかった金色のまあるい月がその存在を増していく。
 レオの瞳の色がレオの髪色になって、セリアの髪色になって、セリアの瞳の色が現れる。
 それは、二人がそばにいるのと同じだ。
 僕のための花。いつだって見守ってくれる空。
 体をむしばむ熱とは違うあたたかさに、僕は再びまどろみの中へと落ちていった。