「まあ、依頼自体はさほど難しいものでもない」
だだっ広い武家屋敷に到着し、座敷でお茶を出され、悠は湯呑みに口をつけるなり目をキラキラとさせ、ハッと我に返って話を聞いた。
烏斗は胡乱げな目で見やりつつ、話を続ける。
「夏場に増えるという怪異を退治してほしい。期間は明日からおよそ三か月だが、お前、学生だろう。
学校はいいのか?」
「あ、うん。
おれんとこ
…っていうか退魔師の高校は、夏休みは七月の中旬から十月の中旬までなんだ。
この期間は退魔の依頼が増えて先生たちが忙しい、
っていうのが理由かな。
おれ達学生は、先生たちでなくてもできる簡単な依頼を受けて、この時期に実践経験を積むんだよ。
おれなんか特に、何の退魔師組織にも属してないフリーランスだからさ、信用得るためにも余計経験値が必要なんだ」
「なるほどな。
確かに、ここはそれほど強いものも出ないだろう。学生のお前に適していると言えるか」
「うん。
それに、いい郷だな。空気が気持ち良かった」
「
…そうか」
口の端をわずかに綻ばせている。悠はつられてニッコリ笑った。
「事前に聞いているとは思うが、改めて確認しておく。
期間中はこの屋敷に居ればいい。お前の部屋を離れに用意してある。食事も出すから、退魔の仕事にのみ専念すれば良い」
「助かるわ〜。仕事やりやすいよ。
ありがとう」
「
…ふん。説明は以上だ」
不機嫌そうに顔を背けられたが、何か気に食わないことを言ってしまっただろうか、と首を傾けた時、スッと卓上に皿が滑った。
「お菓子をどうぞ」
「うわあっ‼」
おはぎだ。つぶつぶのあんこが輝いている。
悠はパアッと顔を明るくさせて、給仕してくれた男性を見た。
年のころは三十代だろうか。上品な装いに落ち着いた雰囲気、相手を安心させる穏やかな微笑み。
見るからに優秀な執事さんだ。
「いいの
…っいや、いいんですか⁉ありがとうございます!」
「ええ、どうぞ」
さっそくぱくりとかぶりつき、もぐもぐ咀嚼し、飲み込む。頬に手を当て身震いした。
「うまいっ
…‼
なんて美味いんだ‼こんな美味いものがこの世にあったとは‼」
「大袈裟な」
「はは。
そう言って頂けると、作った甲斐があります」
「え‼」
悠はカッと目を見開く。
「貴方が作られたんですか⁉」
「ええ、まあ。」
「使用人の乃和だ。
炊事洗濯等、屋敷の一切を任せている。
お前も何かあったら乃和に言え」
そう言って烏斗は茶をすする。
悠は片膝を立て、かじりかけのおはぎ右手に、左掌を差し出した。
「乃和!お前の作ったおはぎが毎日食べたい、結婚しよう!」
「ぶふっ」
むせている。乃和はニコリと笑って
「お断りします」
とにべもなかった。
悠はしょんぼり座り直しておはぎを満喫する。おかわりを貰って目を輝かせた。
烏斗がこめかみを揉んでいる。
「いきなりウチの使用人に求婚してくる花畑な馬鹿だとは
…。やはり依頼を取り下げるか」
「冗談だよ、冗談。一回言ってみたかったんだ、あの台詞。
乃和さん、不快にさせてたらごめんなさい。おはぎ、おいしいです」
「ふふ。いいですよ」
柔らかに笑った彼は、そこまで気にしていないようだ。悠はほっとして、お茶とおはぎを噛み締めた。
「食い終わったら、乃和に屋敷を案内してもらえ。
その後夕食の予定だったが、そんなに食っているならもう少し後にずらしたほうがいいか?」
「え?おれ、そんな小食に見える?
甘いものは別腹だから、もう二個くらい食べても大丈夫だよ」
「お前、糖尿病になるぞ」
「すべての甘いものはおれの味方だから大丈夫」
「どういう理論だ」
お茶を堪能したあとは、乃和が離れに連れて行ってくれた。屋敷自体、郷の主が住むにふさわしい大邸宅だ。離れも当然品のある奥ゆかしいつくりだった。
床の間には桔梗を中心とした生け花がさりげなく飾られているのだが、ひょっとしてこれも乃和の作品だろうか。
「秋砂様から香炉を用意するよう仰せつかっておりましたが、他に何かご入用のものはございますか?」
「わあ、ありがとうございます。助かります」
符作りに必要な道具はある程度持ってきているが、香炉があるのはありがたい。部屋の密閉度も大事なので、離れの障子を確認した。
「そちらからは、庭園をご覧いただくことができます。
少しでも悠様にお愉しみいただけますと幸いです」
「え、庭園?」
興味を惹かれて障子を開け、窓の外を見るなり歓声を上げる。
青々とした葉を誇らしげに伸ばす酔芙蓉やくちなし、マルバノキ、もみじに五色南天。
その他たくさんの木々や花々がほんのりと暖色系の灯りに照らされ、美しい景観を作り上げていた。
植えられた植物は、皆移り変わる季節を意識されたものだ。見頃を迎える時に、自然界の鮮やかな色彩が悠の目を楽しませてくれることだろう。
長期滞在の楽しみができた、と悠はひそかに喜んだ。
風呂などの使い方の説明を受けた後は夕食となる。卓上に広がる料理と皿に、悠は目をまん丸にさせて見比べた。
「え。え。え。これ、お前一人で食うの?」
「馬鹿か。お前も食うんだよ」
「え。おれも一緒に食べていいのか?」
「当然だろう」
訝しげに答える烏斗に、悠はゴキュッと唾を飲み、咽せる。
乃和に背中をさすられびくっと肩を震わせて、慌ててお礼を述べたあと、おずおずと席についた。
「じ、じゃあ、お邪魔します。」
いただきます、と声を揃え、食べ始める。慎重に箸を動かしていると、烏斗が不思議そうに声を掛けてきた。
「なんだ、お前。何を緊張することがある。共に茶も飲んだろうが」
「いやあ
…。
へへ。
誰かとご飯食べるの、久しぶりでさ。マナー悪かったら、言ってくれよな」
「
…。分かった。
不快だと感じた瞬間フォークを投げることにしよう」
「容赦ねえ‼」
美味しくて、暖かくて、涙が出そうだった。
京都文学フリマ9
くー24
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