anumariomochi
2025-01-10 20:20:00
7180文字
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注意書きと冒頭試し読み

冒頭の注意書きと序文の一部を載せています。




    
「ふむ」
足を一歩踏み出し、ぐるりと見回す。
………ここは、どこだ?」
見渡す限り、森だった。
 

おかしい。バス停を降りて、徒歩五分ほど歩いた先の、森の入り口にてお迎えが来ているはずなのだが。

既に一時間以上歩いているし、いつの間にか森の中に入っていたようだ。
ちょっとくらい方角が違ってたって、どうせすぐ着けると思っていたのに。どうも雲行きが怪しい。

七月下旬でまだ日は長いとはいえ、そもそもバスの到着が夕方だった。だんだん見えづらくなっていく見知らぬ土地の景色に、少しばかり焦りが出てくる。

何か方角の目印になるものはないかときょろきょろしていると、突然前方から影が飛び出してきた。悠は姿を認めるなり、懐から呪符を取り出す。

「さっそくお出ましか!」

 ぼんやりとした炎のような輪郭に、目と鼻と口が透けて見えた不気味な容貌。死霊だ。
この死霊に触れられたり、憑りつかれたりすれば人間は気分が悪くなり、あるいは精神的に病んでいく。
厄介なのは、こういった死霊は幽体であり、普通の人には視認できないことだ。
 
人の目に見えず、けれど人の世に干渉する魑魅魍魎が起こす怪異を解決し、報酬をいただく。
それが悠たち退魔師の仕事だ。
ひそやかに行われるそれを、一般の人が知ることはない。が、それでいい。

人の世を守る。そのために、退魔師はある。

死霊はゆらゆらと揺れているが、その茫洋とした目には、はっきりと害意が表れていた。
「お出迎えしてくれてんのか?
ありがとな!」
呪符を放ち、詞を唱えれば、触れた瞬間それは祓われる。
続いてまだ潜む気配がある。そちらの方向に向かって悠が符を投げつければ、潜んでいたモノは上空へと飛び出した。

床の間で見かけるような日本人形だ、が、普通の日本人形は、服に血の染みを作って目を吊り上げて哂ったりなどしない。凄惨な有様に悠は顔を引きつらせた。

「ひどイヨ、ひドいヨ!隠レてタだけナのニ!」
「ウソつけ。おれの隙めちゃくちゃ狙ってただろ、食う気満々だっただろ」
「食ウ?食っテいイノ?オナカスイタ
オナカスイタ‼」
「よくない‼」

可愛らしいおちょぼ口が裂けていき、みるみる鋭い犬歯がそそり立つように伸びていく。飛び掛かってくる身体を躱し、その足元へ符を弾いて指を組んだ。

「『照浄齊』」
「イヤアアア‼」

白い光の円が足元の呪符から溢れてその身を覆う。
光が消える頃には、その姿は跡形もなく消えていた。
人形という依り代(身体)を得た死霊は、霊体であるときにはできなかったこともできてしまう。
人に物理的な危害を加えることが可能となってしまうのだ。
飢餓感があり、ヒトを食おうとするような死霊は祓うしかない。祓えば、その存在は痕跡を残さず消滅する。

息をついたとき、右手の藪が揺れ、新手かと悠はとっさに胸の前で呪符を構えた。

「あら」
「!あ、こ、こんにちは」
「こんにちは、お兄さん」

鬱蒼とした森には似つかわしくない、明るく優美な笑み。
葡萄染の着物に深緋の肩掛けを羽織った彼女は、ヒトならざるものの気配を纏っていた。
だが、敵意はないようで、にこにこと悠を見ている。悠はほっとして声をかけた。

「すみません。この郷の方ですか?おれ、迷っちゃったみたいで」
「それは大変ね。でも、ごめんなさい。
わたしもここに住んでいるわけではないから、貴方を案内はできないの。でも、」

と彼女は一方を指さす。

「あっちに向かっていけば、郷に着けるはずよ」
「そっか!ありがとうございます‼」
「いいえ。」

悠はいそいそとわきを通り抜けようとして、ふと立ち止まる。
この郷の住民ではない彼女は、では、なぜこんな森の中に一人で居るのだろうか。

何か困りごとがあるなら、と振り返った悠は、目が合い、視線が逸らせなくなった。

底無しの沼に惹き込まれるような感覚に、囚われる。

――深い。
どこまでも底のない、深い濃紫の瞳に光はない。瞳を塗りつぶすその色を、その感情の名前を、悠は知っている気がした。

見つめ合う中、ふいに彼女の唇が妖しく弧を描いた。
しなやかな指先が、悠の頬をなぞる。

「わたしたちは、『同じ』ね。
貴方も、本当は――『こっち』に来るべきではないの?」
――っ」

濃紫の瞳が放つ光は、悠の瞳を貫き、そのまま心を射抜こうとする。見えざる手が己の思考を絡めとろうとしていることに気付き、悠はすぐさまその手を振り払った。
どっと汗が噴き出すのを感じながら、守護結界を己の身に張る。

人畜無害に思えた彼女が見せた悪意の片鱗と、垣間見えた桁外れな妖力。
彼女をこのままにはしておけないと、退魔師としての勘が告げる。

「あんた、何者なんだ。なんでここにいる?」
「ふふふ。ただの散歩よ。それじゃあ、またね。『美味しそう』なお兄さん。」
「‼」

気付かれている。

ぞっと身を固める悠に親しげに笑いかけ、彼女は扇子を広げて一礼する。その足元から奇しの光を纏う黒い蝶が現れ、姿を飲み込み、跡形もなく消えた。

――はあ、」

周囲をうかがってから守りを解き、悠は額の汗を拭う。普段の任務ではそうそうお目にかかれない、強力な妖力を纏う妖だった。

「なんだったんだろう。」

呟くも、返事はない。少しずつ薄暗くなってきた森の中では、悠の問いに答えるものは何もなかった。
それで、改めて思い出す。悠は道に迷っているらしかったのだった。

「やっべ。どうしよ、結局おれどっちに行ったらいいんだろう」

先程のやりとりのおかげで、最初彼女がどこを指さしていたんだかすっかり忘れてしまった。
というかあれを信じていいかどうかも微妙になった。
善良な妖ならともかく、得体の知れない妖の助言をやすやすと聞き入れて良いものだろうか。

未舗装の獣道、大きなボストンバッグをえっさほいさと運びながらの道中はなかなか体力的に厳しい。
さすがにくたくたになって、適当な木の下に座り込んだ。

「はあ。困ったな。」

迷子だ。絶対迷子だ、これ。知られたら妹の雨里にからかわれること確実である。
そうだ、とそこで閃き、携帯を取り出した。学園から支給される任務用の携帯だ。これで助けを呼べばいい。
よっしゃ、と喜び勇んで画面を開き、

オゥ。」

一本も立ってないアンテナに、ガックリ地面に沈み込んだ。

「もう無理だ。これはもう、無理なやつだ。」

よし。こうなったら。

がばっと顔を上げ立ち上がり、そのへんの木の枝を拾う。地面に立て、手を放すとそれはぱたっと右に倒れた。

「よし!目指すは右の果てなり‼いつか着くさ‼」
「阿呆なのか、お前は?」

唐突な罵声に、幻聴かと振り返る。
腕を組み、半眼でこちらを見つめる少年がいた。大きめの黒縁眼鏡の奥で、茶色の瞳が鋭く光っている。
今度こそ人間だ。嬉しくなって、おおっ、と腕を広げ飛び掛かった。

「人がいたあ‼幻か‼⁉」
「実物だ‼」

サッと避けられ、触ることもできず、木の幹に激突する。
ダメージを受けて呻いていれば、少年は息をついてクールに問い掛けてきた。

「お前が今日来る予定の、退魔師、というやつか?」
「あ、どうも、こんにちは。そうなんですよー。地元の方ですか?」

服についた汚れを払って問えば、彼はコクリと頷く。
眉間にはマリアナ海溝並に深い皺が刻まれていた。若いのに大変そうだ。

「随分頼りない退魔師だな。本当に大丈夫か?」
「いやあ、ちょっと浮かれてるだけですよ。
大丈夫、仕事を紹介してくれた人のためにも、きっちりやらせていただきます」

ピッと姿勢を正して頭を下げる。彼はふん、と疑わしげに鼻を鳴らし、近付いてきて荷物を持った。

「あっ、それ、重いから、いいよ」
「問題ない。それより、郷に案内するからついて来い」
「いやいや、初めて会った方にそんなことさせるわけには」
「問題ないと言っている」

ちらりと視線が向かう先は、この手と靴。手は真っ赤でちょびっとすりむいていたし、靴も土でドロドロである。
淡々とした表情を崩さず、彼が前を見据え言う。

「悪かったな。
森の入り口と言わず、バス停まで迎えに行くべきだった」
「いや、元はと言えばおれが迷子になったせいだし
ていうか、もしかしてあんたがお迎えの人?
だからおれのこと知ってたのか」
「ああ。
お前が徒歩五分の距離を迷うことのできる稀有な才能の持ち主だとは知らなかったがな」
「へへ、なんだ、褒めてんのか?」
「貶している」
「初対面から貶すなや、この正直者!」
「ありがとう」
「褒めてない‼」

初っ端から敬語も忘れてぎゃいぎゃいと喧嘩してしまったが、迎えの彼は朗らかにいや、ほんのりと口の端を上げて笑っている。
無表情がほぐれたことに目を丸くしていると、彼はこちらに視線を寄越した。

「そういえば、紹介がまだだったな。
俺の名は地凰 烏斗〈ぢおう うと〉。
お前の名は?」
「おれは幽玄 悠〈ゆうげん はるか〉。
……ん?お前、その名字」
「ああ」

少年、烏斗はアッサリ頷く。

「俺が依頼主の郷長だ。
ふざけたことをぬかせばすぐ減給するからな、幽玄」
。なあ。言っていいですか?」
「なんだ」

許可を取ったので、息を吸い込む。

「今更猫被れるかアホォ‼依頼主なら最初っから依頼主っつっとけ‼依頼主のくせして迎えに来たり荷物持ったりしてんじゃねえよ依頼主のくせして親切すぎるんじゃありがとなアホが‼でも依頼主なら依頼主らしく依頼主の館で依頼主してろ‼」
「ゲシュタルト崩壊しそうだ
「あとおれのことは、悠って呼んでくれ。名字で呼ばれるのはあんま好きじゃないんだ」
「そうか。分かった」
。」
。」
。いや、呼べよ」
「うるさい、とっとと行くぞ」
「呼べよ‼おれの名を‼」
「映画のタイトルか?」
「かなり違う‼」

屋敷に着くまで、こんなやり取りが続いた。