椎那わたる
2025-01-06 08:17:04
10336文字
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【現代AU忘羨】100本目の棘で刺して

タイトルは「100本目の棘(いばら)で刺して」
現代AU、サラリーマン藍忘機×花屋店主魏無羨です。設定は含老に近いかも。

花屋店員の魏無羨と毎日1本ずつ薔薇の花を買いに来る藍忘機。毎日マメなお客さんだなぁ、からだんだん気になる存在になってく藍湛を迎え続けること100営業日目、ついに100本かと思いながら店番してたら薔薇99本の黒⇒赤グラデーションで彩られたドライフラワーの花束を持ってきた藍湛にプロポーズされる予定です。


「いつもおまえを想ってる」


 翌日。
 いつもより早く目が覚めた魏無羨は、ベッドから出てパジャマのまま階下の店舗に向かう。窓から覗いた外の景色は早朝にも関わらず、よく晴れていた。
 あの曇り空と降り続いた雨が信じられないくらい澄んだ空の色に、魏無羨は笑いすら漏れてしまう。寝癖で波打っている長い髪を、手首につけたシュシュでひとつに纏める。いつもと変わらずサンダルを爪先に引っ掛け、店内のシャッターを開けた。花々と一緒に清々しい光を胸いっぱいに吸い込む。新しい一日の始まりだ。
 花の中で眠っていたミツバチも目を覚まし、寝ぼけたようにふらふらと羽ばたいて魏無羨の首筋に体当たりした。ちくりと鈍い痛みを感じた魏無羨は突然の来訪者に苦笑しつつ、外に出られるように店舗の入口を解錠して扉を開ける。
 音を立てて飛んでいくミツバチを視線だけで追いかけて、今日は何をしようか、そんなことを考えていた矢先だった。

?」

 ふと店先に見知った姿を見かけ、魏無羨は入口の掲示板に貼っていた細長い紙を手に取り、店の外に出た。外の空気はやや冷たく、肺に入り込む瞬間すらわかる。その人物の元へと向かうと、逃げるのを諦めるかのように魏無羨の姿を一瞥して、すぐに視線を逸らした。真新しいグレーのスーツに黒の革靴を履き、憂いを帯びた薄いミモザ色の視線は虚空をさ迷っている。片手に通勤カバン、空いた手には違う荷物を持っていた。

「おはよう藍湛!」
おはよう」
「どうしたんだよ、こんな朝早く土曜日出勤なんてえらいな!あ!スーツなら」
「違う」
「ん?」

 何かを躊躇うかのように藍忘機は口篭り、手にしている袋包みを魏無羨に突き出した。

借りていた服を返しにきただけだ」
「そっか俺のを返すのはいつだって良いのに。おまえのスーツは近所のクリーニングに出したよ。これ、伝票な。時間が出来たら取りに行ってくれ」
「そんな
「良いんだよ。俺の好意だと思って?」

 にこやかに笑いつつ、藍忘機から包みを受け取った魏無羨は、代わりに持っていたクリーニング伝票を差し出した。藍忘機は黙って受け取り、丁寧に折り畳んでジャケットの内ポケットに仕舞い込む。そして小さく頭を下げた。その様子を見ながら、魏無羨はなんとも言い表せられないような気持ちになった。

藍湛」
「うん」
「昨日はごめんな!今日も待ってるからさ。おまえが何処の誰だっていい、俺は
「夕方また来る。だから悲しそうに笑わないで」
!」

 藍忘機が手を伸ばし魏無羨の頬に触れると、驚いた魏無羨は咄嗟に身を引いて、紅花で染めたように頬を赤らめた。

「んなっ!いきなりはその心臓に悪いから!」
……
「そんなに凹むなよ。ほら、仕事遅刻するぞ!」
「魏嬰も風邪をひかないように」

 魏無羨のはだけたパジャマの胸元を整えながら、藍忘機がいつもの冷ややかな表情を浮かべた。しかし耳の縁は魏無羨に負けず劣らず紅くなり、目のやり場に困ったかのように視線が泳いでいる。

どうしたんだよ、なんか見つけたか?」

 すぐに揶揄いたくなった魏無羨は自分の襟元を摘んで広げ、先ほどミツバチが当たって赤くなった首筋を見せつけた。藍忘機は両目を見開き、再び魏無羨の襟元を正そうとする。

「きっ、君は
おまえ、今何を想像したんだ?ん?言ってごらん」
、っ
「あっはっは!藍湛には刺激が強過ぎたみたいだな?これはただの虫刺されだよ」
「くっ、くだらない!」

 藍忘機が怒って魏無羨から離れ、急ぎ足で職場へ向かう。その姿を見送った魏無羨は、腹を抱えて爆笑していた。
 魏無羨の笑い声を背に、藍忘機は拳を握りしめ頬を染めた顔を俯かせながら前を急ぐ。

(心臓に悪いのは、君の方だ)

×   ×

 恥ずかしがる藍忘機をからかってひとしきり笑った魏無羨は涙をぬぐい、手にした包みを丁寧に持ち、店の中へと再び戻る。開店前の準備をする前に身支度を整えるため、サンダルを脱いで屋内に上がった。
 椅子に座り、今しがた藍忘機から渡された包みを開く。すると丁寧に洗濯され折り畳まれたジャージの上に、1枚の封筒が置かれていた。宛名も差し出し名もなく、無地な上に右端に巻雲紋が押されているだけだ。
 恐る恐る封を開き、中に入っているものを見る。ちいさな一筆箋と、何かのチケットのようだ。一筆箋には「着替えを貸してくれてありがとう。良かったら、来週の土曜日に」と綺麗な筆跡で書かれ、チケットを見ると最近始まったばかりの映画にオーケストラコンサート、「世界の薔薇展」と3種類もある。

「まさか俺にジャージを借りただけなのに?」

 どういったものが好きなのか分からず、選び抜いた3枚なのだろうか。正直一番惹かれるのは映画ではあるが、薔薇展も捨て難い。コンサートチケット以外は日付指定がされておらず、期間内ならいつでも行けそうだった。この日の夜にしか行けないコンサートはオーケストラに併せてゲスト奏者も居るようだが、聞いた事のない名前が書かれていた。

「七絃琴奏者含光君?がんこうくん、って読むのか?どんなヤツなんだろう」

 行けるならば全て行きたい。しかしそれが叶わないなら、厳選する必要があるだろう。ひとまずチケットと一筆箋を大切に封筒に戻し、店内の掲示板に強力マグネットで貼り付ける。花の入荷スケジュールが書かれたカレンダーの来週の土曜日に赤字で花丸の印を書き入れ、にこにこと眺めた。商店街の会合や花の仕入れ以外に予定が入ることなど珍しく、魏無羨はふと我に返る。

いや待てこれってもしやデートなのか?」

 自分で言うのも恥ずかしくなる。だとすれば着る服や靴を選んだ方がいいのだろうか。普段店番をする時や街にひとりで出る時は無頓着だが、流石に誰かと会うとなれば話は違うだろう。持っている服の中でもまだマシなのは、くたびれたリクルートスーツか購入して以来着ていない礼服くらいだった。あとはジーンズ、チノパン、サロペットといった仕事でもオフでも着る服だ。シャツはポロシャツやTシャツ、ワイシャツとあるが、いずれも柄はデート向きではない。ユルい蓮根を模したキャラクターや胴が伸びた猫、よく分からない「双修」や「天天」と書かれた単語が書かれたものが多かった。いずれも貰い物が多く、新しく購入するしかないと頭を抱えた。土曜日でも甲斐甲斐しく仕事をする真面目な彼は、スーツを着てくるのだろうか。

「頼みの綱はうーん」

 頭の中に何人か思い浮かべては、1人ずつ消えていく。花屋の温情、八百屋の温寧、残るはクリーニング店を営む知人と、学習塾講師の二人

「あー……ついでだし聞いてみるか」

 的を絞り、昼休みに店を尋ねることにした。

×   ×   ×

 今日は比較的穏やかな午前中だった。偶然と言うべきなのか、あのオーケストラコンサートに出すフラワースタンドと楽屋花の依頼があった。
 小さい花屋のため出せる基数は限られているが、精一杯力を出すことにする。前日・当日は早朝から忙しくなりそうだ。このままの数なら彼との「デート」には支障がなさそうなので、予定通り相談相手のいる店に向かった。
 
と言うことなんだけど
「何故俺に聞いた」

 恰幅のいい男は呆れたように問いかける。おおよそ色恋に縁遠いように見える彼は、魏無羨の同級生の兄だった。
 「ニューセイガ」という小規模なクリーニングチェーン店の総支配人である彼は聶明玦と言う。総支配人と言っても支店は三店舗しかなく、今日は夷陵支店の配達日なので店にいることは分かっていた。魏無羨とは顔見知りで何度も話したことがあり、クリーニング店経営者であるからにはファッションにも詳しいだろうと踏んでの相談だった。ちなみに同級生は夷陵におらず、清河に居るので普段滅多に会うことがない。

「頼みますよ俺の一張羅はジャージなんで
「知らん」

 取り付く島もないが、彼とて貴重な常連を見捨てるようなことはしないだろう。魏無羨が黙ってしまうと案の定溜息をつきながら、彼は魏無羨に一般的な(?)ドレスコードを教えた。

「オケコンならカジュアルスーツ、映画と薔薇展は普段着だな。まぁ、通しでシンプルなジャケットとスラックスで良いとは思う。靴は派手すぎず、普通の革靴あるいは綺麗なスニーカーでもいい。徒歩移動なら歩きやすい方が良いだろう」
「大哥
「懐桑の真似はやめろ」
 
 苦笑いしつつも無記名伝票の裏に走り書きしたのは、彼が勧める服の店とブランド名だった。

「ここは比較的安価でいい品が多い。しかし売り切れになる可能性もあるから気をつけろ」
「何から何までありがとう

 様々なことを聞いてはみたが、かなりの収穫だったように思う。魏無羨は店から持ってきた、包装紙に包まれた薔薇を一本差し出した。

×   ×   ×

 定時のチャイムと共に卓上の片付けを済ませ、オフィスのセキュリティ端末に自分のIDカードを翳す。藍忘機はやや小走りで社屋を出て、目的の場所に向かった。

あの」
「おう」
「この伝票の品を取りに来ました」
「仕上がってるんで、少々お待ちを」

 クリーニング店の店主はその身からは想像できない俊敏な身のこなしで、奥の部屋からハンガーに掛けられたスーツを取り出した。それを一目見た藍忘機は息を飲む。
 
これは」
「依頼人からの贈り物です」

 きっちりクリーニングされたスーツのカバーには、可愛らしい包装紙に包まれた一輪の赤い薔薇が添えてあった。包装紙には赤いマジックで『OK!』とだけ書かれている。

「『代金は十分すぎるほど貰ったから、受け取ってくれ』だそうだ。クリーニング代も頂いている」
「わかりましたありがとうございます」

 壊れ物を扱うかのようにスーツを受け取ると、藍忘機は小さく会釈して店を出た。
 冷涼に見えた表情には僅かに赤みが差し、嬉しそうなのが見て取れる。あの花屋に寄るのは些か気恥ずかしいので、藍忘機はそのままスーツを胸に抱き、やや浮き足立った足取りのまま帰宅することにした。