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椎那わたる
2025-01-06 08:17:04
10336文字
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【現代AU忘羨】100本目の棘で刺して
タイトルは「100本目の棘(いばら)で刺して」
現代AU、サラリーマン藍忘機×花屋店主魏無羨です。設定は含老に近いかも。
花屋店員の魏無羨と毎日1本ずつ薔薇の花を買いに来る藍忘機。毎日マメなお客さんだなぁ、からだんだん気になる存在になってく藍湛を迎え続けること100営業日目、ついに100本かと思いながら店番してたら薔薇99本の黒⇒赤グラデーションで彩られたドライフラワーの花束を持ってきた藍湛にプロポーズされる予定です。
1
2
「君の思いやりに感謝」
『
…
綺麗ですね』
『だろう?今朝咲いたばかりなんだ』
『
…
一本、いただけませんか』
『ああ、いいよ!ありがとう!』
初めて彼を見掛けた日から、通勤時間がこの上なく贅沢な時となった。一言でも話せればそれでいい、そう思っていた筈なのに心の奥ではもっと欲しい、と求めてしまう自分がいる。しかし彼の仕事を妨げるようなことをしてはいけないからと、あくまで客の一人として花を買うだけに留めている。
この気持ちを慰めるために花を買う。一目惚れしたのは花なのだからと、毎日自分に言い聞かせながら。
× × ×
「今日もいい天気だ」
店先のシャッターがせり上がり、眩しい陽光が視界を白くする。開店準備をすすめるその店には、妙な常連客が通っていた。
1日1本赤い薔薇を購入し、それを繰り返すように毎日通っている。その男はきっちりとスーツを着こなし、髪も爪も綺麗に短く手入れしている身なりのいい人物だった。秀麗な顔立ちに、気品すら感じさせる相貌は擦れ違う人々が思わず振り返ってしまうくらいに美しい。店の定休日を把握し、開店していない日は姿を現さない。几帳面で綺麗な男がこの田舎で何をしているのだろうと、店の店主は首を傾げるばかりだった。
余程その店に惚れ込んでいるのか、あるいは別の目的があるのだろうか。店主である魏無羨はそれとなく探りを入れるが、いつも彼ははぐらかし手短に済ませ店を出てしまう。
「
…
あいつ、一体何者なんだろうな
…
」
「毎日薔薇を買うってことは、贈る相手がいるのでしょう。
……
恋人とか」
「恋人、ねぇ
…
まぁ確かに、イケメンだしな。奥さんがいてもおかしくはないよ」
この花屋へ切り花を卸しているのは、この付近の商店街に店を構える者だ。魏無羨の店内に切り花の入ったバケツを幾つも置き、彼と親しそうに話す彼女は温情と言う。彼女は
花卉
かき
の栽培、弟は青果店を営み、所有する畑で栽培した大根や、小さな蓮池で育てた蓮根はこの店の名物となっていた。時折親戚の果樹園から果物を買い付け、店先で手に取りやすい金額で売っている。庶民の台所にはなくてはならない貴重な存在である。
魏無羨が店を構えている夷陵商店街には、何処か懐かしさを感じさせる商店が軒を連ねている。旬の野菜が並ぶ青果店に清河直輸入の精肉店、姑蘇の銘酒『天子笑』直営店など、朝から晩まで人の気配で溢れている賑やかな通りである。駄菓子屋には山査子飴が並び、時には温青果店から仕入れた果物の飴も並ぶ。魏無羨も馴染みの店が並ぶこの場所は、彼にとって居心地のいい場所となっていた。
「お客さんに深入りするのはご法度じゃなかったの?」
「そうなんだけどさ
…
妙に気になるんだよ、あの男」
彼が魏無羨の店に通ってきてから、早くも5日程経過している。店の売り上げは彼の購入する薔薇が大半を占めており、他の顧客からフラワースタンドやアレンジの注文がたまに入っては大喜びするくらいだった。商店街で吉報があれば力の限りを尽くしたアレンジメントを贈り、送り先の住人や店の人々が大いに喜ぶ姿を見ては、花屋を営んでいて居て良かったと思う。切り花の他にも鉢植えや苗木も取り扱い、件の男にも営業をかけているがちっとも靡くことはなかった。何故か彼は赤い薔薇ばかり購入する。その為の仕入れを増やしたくらいだ。
長い髪を赤いリボンで結び、人好きのする笑顔で接客する彼は商店街の人気者で、花を買いに来る客以外もフラリと立ち寄っては果物や肉や菓子を渡す。その度に売り物にならない短く切った花を集めて作ったブーケや、花が開き過ぎた鉢植えなどをプレゼントして、お互い上機嫌で手を振り別れた。貰ってばかりではフェアではなく、金銭の授受ではないので商品は渡さない。よくそんなことで商売が成り立つものだと、荷下ろしを終えた温情は呆れたように魏無羨を見遣った。
「あまり深入りしない方が良いかも知れないわよ
…
一応、忠告はしておいたから」
「はは
…
謹んでお受け取りします、ってな。まぁ、あの人に限って変な人ではないだろうから大丈夫だよ」
故郷を失い、流れ着いたこの商店街が今は魏無羨の拠り所だった。居場所を失いたくないから、近隣や顧客とのトラブルは最大限防いでいる。そのため新規の顧客も常連客も、常に同じように接していた。客の事情に深入りせず、それでも要望は最大限叶える。それが彼なりの信条だ。
仕事を終え、配達の車に乗り込む温情を見送る。彼女の車が見えなくなった瞬間から、本格的に店の準備が始まる。健気に生きている花樹たちに水をやり、健康状態を確認して必要な際は栄養剤を与える。何の栄養素が足りないのか、店内のどの位置に置くのがいいのか念入りに調べ、できるだけ長生きさせることも花屋の仕事だと自負している。
生花の寿命は短く、茎・枝・あるいは根から切り離され、剪定された瞬間からその輝きは次第に失われてしまう。どれだけいきいきとした花を選ぶか、目利き能力も試されるこの仕事は魏無羨にとって、ある意味天職だと思っていた。それは花だけでなく、人を見る目にも培われている。
「
…
今日もあの人、来たらいいな」
× × ×
今日も朝から、ゆったりと時間が流れていく。
午前中、電話注文のあったアレンジメントを配達に行く。昼、自分の昼食がてら公園の野良猫集会に顔を出す。午後、店番ののち日影を探しながらブーケを作るための資材を購入する。
そして、青空が黄金色に染まる頃。
「あっ!やっぱり、今日も来たね。いつもの薔薇か?」
「はい」
「それにしても毎日薔薇1本って、なんかロマンチックだな」
「
…
好きな人が
…
できたので」
「おっ!そうなんだ?お兄さん綺麗だから、きっと射止められるよ」
魏無羨の予想通り、その男は今日も来た。初めて彼が来店してから数日経過し、少しずつ仕入れる彼の情報に一喜一憂しているのをひた隠しにする。
商店街の外れにある、商社に勤めるサラリーマン。マンションに単身で暮らし、名前はまだ知らない。初めは薔薇を一本だけ買う理由を教えてくれなかったが、どうやら好きな人を射止めるためらしい。何故か心にチクチクと棘を刺しながらも、彼の恋を応援してやろうと決めた。
「
…
毎日1本ずつプレゼントするのもロマンチックだけどさ。花束にしてもいいかもよ?」
「花束に
…
?」
「そう。薔薇の花言葉って、色だけじゃなくて本数でも変わるんだよ」
意気揚々とその意味を説明する魏無羨の言葉に、男は真剣な眼差しを向けて聞き入った。
1本なら「一目惚れしました」「あなたしか居ない」。2本なら「この世界はあなたと自分の二人だけ」。3本になると、「愛しています」「告白」
…
僅かな本数の違いで別の意味が込められており、インターネットや本で調べてみると沢山出てくるよ、と助言もした。
彼から薔薇の花を贈られる人は幸せ者だろう。彼はそこまで真剣に相手を想い、毎日薔薇を買っていくのだから。
「
…
花を長持ちさせる方法は、ありますか」
「うーん、そうだな
…
花瓶に生けて毎日水を変えたりとか、長持ちさせる栄養剤もあるけど
…
ドライフラワーやプリザーブドフラワーにする方法もあるよ」
「ドライフラワーは何となく分かりますが
…
プリ
…
何でしょうか?」
「ふふっ
…
プリザーブドフラワーって言うのは、特殊な加工をして綺麗な花のままの姿を保つ方法だよ。これは既に商品化されたものを購入して、プレゼントする人が多いかな。手作りすることもできるけど、材料の手配とかやり方のコツとか、すぐには手が出しづらいから」
「ふむ
…
なるほど」
「ドライフラワーは条件こそ少し難しいかも知れないけど、やり方は色々あるよ。俺もそこまでの手法は専門外だけど、手助けならできるから
…
」
「
…
ありがとうございます」
男は感心したように頷き、感謝を述べる。そして「もう一本、薔薇をください」と魏無羨に告げた。
× × ×
翌日は朝から雨が降っていた。いつもはご機嫌な魏無羨も、雨と雪が降る日は少しだけ元気がない。太陽の光を浴びることができない花たちもしゅんと頭を垂れ、悲しそうにしている。そんな時は店のシャッターを開かず、店内の清掃や手入れをとことん行う。温度・湿度の管理を徹底しなければ、花にカビが生えたり病気の蔓延の原因にもなりかねないからだ。
シャッターは閉じているが、店の電気は点いている。どうしても急な要り様のある客が来る時は、扉横のインターホンを鳴らして店主を呼び出すことができた。
こうやってのんびりと過ごしてみれば、雨の日も意外に嫌いではないな、と魏無羨は気付いた。紅茶を淹れて一休みしているうちにいつもの時間になり、まさか今日は彼も来ないだろう、と魏無羨は窓の外をちらり見遣る。
「
…
えっ?」
魏無羨は自分の目を疑った。傘を差し行き交う人々の中に、頭から雨を受けている彼が立っていた。
「まじかよ!正気かあいつ⁉」
魏無羨は長袖の部屋着を着たまま、店の出入り口を開錠して外に飛び出した。一体何時間待っていたのだろうか、濡れ鼠になっているその男に駆け寄り彼の手を引く。
「莫迦ッ!風邪引くだろ!」
「
…
平気だ」
「平気なもんか!とにかく、うちに入れ!」
彼を連れて慌ただしく駆け戻り、魏無羨は男を店ではなく事務所の方へと招いた。本来なら顧客をそこに連れてくることなどあり得ないのだが、緊急事態だと自分に言い聞かせて彼を玄関に座らせ、自分は急いで室内に上がりタオルと着替えになりそうなものを引っ張り出した。
「
…
まったく、お兄さんのその根性は呆れを通り越して感服するよ」
「すまない
…
。迷惑を掛けるつもりはなかったのだが」
「はは、もういいって。これも何かの縁だしさ
…
俺は魏無羨、魏嬰って呼んで?」
「
…
魏嬰。ありがとう」
魏無羨にバスタオルで頭髪を拭かれながら、男が視線を落とし謝罪する。スーツは撥水加工になっているらしく、湿り気を帯びてはいるが、彼の黒髪は水気を多く含んでいた。
「
…
スーツ、大丈夫か?うちで乾かしてけよ。着替え、俺ので良ければ貸すけど
…
」
「いや
……
いいのか?」
「もちろん。これでホントにあんたが風邪ひいたら、うちの売上はがくんと減っちゃうからな。今日は窮屈かも知れないけど、俺の服着て帰りなよ。明日は土曜で休みだし、面倒でなかったらスーツ取りにおいで」
「
…
ありがとう」
なぜそこまで魏無羨が優しいのか分からず、男は訳が分からないながらも素直に言われた通りにすることにした。
「その代わり、お兄さんの名前を教えてくれ。それでチャラにするからさ」
「
……
」
「あははっ!そうきたかって顔してるな。嫌なら
…
」
「藍忘機」
「え?」
「
…
藍湛。私の
…
名だ」
「藍⁉もしかして、藍コーポレーションの
…
」
「
…
嗯」
知り合ってからやや長い時を経て、ようやく名乗った藍忘機は予想していた反応に項垂れた。藍コーポレーションは大手スーパーやショッピングモールを手掛ける大規模商社で、そこに就職できる者はごく僅かなエリートだとされている。夷陵商店街からすれば藍コーポレーションはライバルであり、その血縁者ともあれば客を奪い合う宿敵であった。
「
…
んで、藍の若様がなんでこんなちっぽけな店に執着するんだ?もしかして、この店の土地を狙ってるのか?」
「そうではない!」
急に大きな声を出した藍忘機に驚いた魏無羨はびくっと肩を揺らし、しゃがんでいた床に尻もちをついた。藍忘機は慌てて振り返り、悪態をつく魏無羨の肩を支えて起こす。
「
…
すまない
…
」
「いや
…
俺もごめん。とにかくさ、今日は傘貸すし、着替えて
…
早く帰りな」
頷きで返した藍忘機の傍らに、着替えになりそうな上下のジャージと真新しいタオルを置いて魏無羨は立ち上がる。
これから着替える彼に対し、配慮してのことだろう。少し離れた場所に座って藍忘機に背を向けて、両膝を抱えるように背を丸める。
(
…
深入りするなって、こういうことかよ
…
)
温情の忠告を思い出しつつ、魏無羨は折り畳んだ膝に項垂れるように顔を埋める。背後で聞こえる衣擦れと呼吸音だけが、事務所の空気に吸われて消えた。
× × ×
着替えを終えた後、藍忘機は何も告げずに魏無羨の店を出る。いつの間にか雨は上がり、重苦しい雲間から薄光りが差し込んでいた。何か言ったところで魏無羨に気を使わせてしまうのではないか、敵対心を生み出してしまうのではないか、そればかりが心残りのまま店を背に歩き出す。
一方藍忘機の濡れてしまったスーツを陰干し終えると、魏無羨は心ここにあらずと言うような表情で立ち尽くしていた。毎日彼が来るのを楽しみにしている自分がいて、ようやくその感情を自覚した。しかし次に彼が来た時はどう声を掛けたらいいのか、複雑な心境になり分からなくなる。
もしも彼が藍コーポレーションの役員や幹部だったら、何故こんな商店街の端にある小さな花屋に来るのか検討もつかない。彼は否定したが土地を購入するための下見、権利探し、立ち退き依頼など嫌な言葉が脳裏を過ぎる。次に建設するショッピングモールの建設予定地をこの周辺で探している、と商店街で噂されており、夷陵商店街の土地を買い上げてショッピングモールにする計画があってもおかしくはない。
「
…
いや、そんなんじゃダメだ
…
常連のお客さんを疑うなんて」
彼の名前を聞かなければ良かったかも知れない。
魏無羨は心からそう思った。
×
降り続いていた雨は上がったのに、心の中は一向に晴れない。
あの雨の中で気づいてくれたのが彼で良かったと、手を引かれながら嬉しくなった。しかし名前を問われ、口篭った後の彼の表情が脳裏から消えないでいる。初めて会った日からあれこれ聞かれても、誤魔化し続けたのが仇になってしまったのだろう。
藍忘機はジャージ姿で帰宅すると、直ぐさま上質なダブルベッドの上に倒れ込んだ。窓側の天井には埃が積もらないよう、ビニールカバーを掛けた薔薇の花が綺麗に吊られて並んでいる。
薔薇の花をドライフラワーにして、花束にしようと思ったのは彼の言葉に惹かれ、インターネットで調べた結果だ。毎日彼の店で薔薇を購入し、100本目を買ったその日にドライフラワーで作った花束を持って告白しようと決めていた。
しかしそれが自分の身分によって困難になったことを、今更知ってしまったのだ。
それでも、この感情を散らすことは出来ないでいる。
「
…
魏嬰」
薔薇の花にしたのは、初めて彼と出会った日に彼が髪を結い上げていた紙紐と同じ色だったから。鮮やかな赤は彼の長い黒髪に良く似合う。
今日はこのまま眠ってしまいたい、と思いながら、藍忘機は両目を閉じた。
ジャージから仄かに薫る柔軟剤の匂いに包まれ、いつの間にか眠りについていた。
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