ぷの
2025-01-01 12:04:28
7802文字
Public レイチュリ🍰
 

年末年始を一緒に過ごす🛁🦚の話

あるいは、加工されてる途中の🦚の話
P1 - 皆様良いお年を
P2 - あけましておめでとうございます

【あけましておめでとうございます】

 昨日の写真が目に焼きついていたものだから、雪室から迷わずビールを選んで取ってきた。
「酒は明日からだ」
「ええ……
 レイシオにすげなく却下されて、アベンチュリンはむくれた。あの中にお酒以外の飲み物は水とジュースと牛乳しかなかったんだけど。甘いものの気分じゃない。牛乳じゃ朝ごはんみたいだ。かといって味気ないのも悲しい。そう訴えると、「いいから水を持ってこい」と肩を掴んでくるりと体を反転させられた。なんでも言うことをきくなんて言うんじゃなかった。
 そう思ったのに。
「美味しい……!」
 ただの水が滅法美味しかった。
「君の味覚が十分に育っていてなにより」
 ちょっといいグラスの視覚効果で錯覚してるわけじゃない。すっきりと雑味がなく、どことなく甘味があって、舌も体も喜んでいる。同じ水を飲みながらレイシオは得意げだ。それは素晴らしい水に対してか、アベンチュリンの舌を育てた自負か。どちらにせよレイシオの仕事であることに変わりない。
 テーブルにドンと置かれた丸鶏は外パリパリ中ジューシーに仕上がっている。ナイフを構えたレイシオを一時停止して写真を撮り、ざっくりとお腹を裂かれて出てきた中身が見えるように撮り、取り皿に盛られたものと水を並べて撮る。
 素敵な瞬間を切り取って残すことを覚えたのはトパーズのおかげだ。彼女はストレスで死にそうになると、端末に山ほど蓄えているモフモフの家族の写真を見て相好を崩している。それがどれほど効果的か、試しに撮ってみた数枚の創造物たちの写真で身をもって知った。結果、アベンチュリンもすっかり同類だ。
 三匹を撮り、レイシオの作った料理を撮り、理由をつけてはレイシオを撮る。そして、そんなアベンチュリンのためにレイシオまで写真を撮るようになった。仕事柄、記録を残すことにまめな男である。アベンチュリンには見せない創造物たちの一面を知れるのはとてもありがたい。それをチラつかせて、二人の取引の材料にするのはいただけないけど。
「おいしい~!」
「よく噛め」
「はーい」
 子ども扱いされたって構わない。注意されなかったら口一杯に頬張ってガツガツ食べたいのは事実だし。独特な香草の風味と少し辛めの味付け最高。写真で見た他の料理も全部美味しい。レイシオがカトラリーを操る美しい所作を向かいで眺めながらというのがまた良い。飲み物に一滴もアルコールが含まれていなくたって、幸せで酔っぱらいそうだ。
 食事を終えたらまた眠気がやってきた。意地を張って起きていようとしたのに、美味しい水が美味しい白湯になって出てきて、睡魔に与した。
「日付が変わる前に絶対起こしてよ、ぜったい、おきるから」
「わかったから寝てしまえ」
 座面が広いソファの上、レイシオの膝に頭を乗せて、体を丸める。ブランケットを掛けられて髪を優しく撫でられたら降参だ。ピノコニーのドリームプールくらいスムーズに夢に落ちた。


 ピカピカの青空の下で、ウッドデッキに寝転がっている。爽やかな風が仰向けの体の上を通り抜けて、読みかけで開いたまま置いた本のページをパラパラとめくってしまう。
 夢だ。こんな景色は記憶にない。
 顔を横に倒してぼんやりと向けた視線の先は、庭の畑だ。レイシオが間引いた野菜を籠に入れていく。その足元にまとわりつく創造物たちがたまに口に何かを入れてもらって、ぽよんぽよんと弾んでいる。今のは苦かったのかな。その後のは甘かったんだろう。
 実際の記憶にはなかったけど、こんな家に住みたいね、という話をしたことを思い出した。開放的な窓と、日当たりのいい広い庭がある、静かな田舎の家。夢とはいえ、自分がこんな暮らしを具体的にイメージできるとは思わなかった。アベンチュリン一人では無理だっただろう。みんなで家や植物の写真を見て、たくさん話したからだ。
 目を閉じると、景色が一変した。黄色く濁った空、乾いた砂、音を立ててきつく吹き抜ける風、削られたいびつな岩。よく知った光景の中に一人で立っていた。自分はそういったものでできていると、故郷の景色が懐かしく戒める。極彩色の緑と、レイシオのシャツの白さと、ふかふかの土の黒さ。それらのしっとりとした景色にアベンチュリンはそぐわない。大きな穴があいたスカスカの石のようなこの身では、どんなに水を注がれてもあっという間にこぼれ落ちて、苔むすことはできないのだから。
 夢でくらい幸せな空気に甘ったれたらいいのに、この自業自得の疎外感ときたら。我慢強いレイシオにだって、いつか見限られるんじゃないかな。それを恐れているし、そうなってもいいように身構えている。我ながら失礼な話だと思う。だけど、どうしても、甘やかされると現実味を失うんだ。他人事みたいに遠くなる。
 一番強烈に幸せを感じるのは、死にかけて君に怒鳴られてる時だ。なんて言ったら、レイシオはどんな顔をするだろう。
 彼に叱られるのが好きだ。命令されるのも。金属製みたいなレイシオの物差しをあてられて、自分の至らなさを示されるのが心地良い。出会ってまもなくの頃はうるさく感じて反発したものだけど、いつからかアベンチュリンのために口出ししているのだと思えるようになった。レイシオを好きになったから。そして、レイシオの好意もまた唯一無二だと知ったから。
 ピリッと辛く現実を見せてくれ。自分に足りないものを埋めて幸運に頼る割合を減らしたい。味方のふりをしてアベンチュリンを弄ぶ女神に不当に奪われずに済むように。まあ、畳み掛けられたら反発もするんだけどね。正論パンチは腹が立つものだろ。
 もう一度目を閉じる。耳に刺さっていた風の音が消えた。今度はどんな場面だろう。体にのし掛かる重みは畑に飽きた三匹かな、そうならいいのに。うっすらと目を開けると、そこには。


「起きろ、十分前だ」
 体にかかった重みは現実だった。ソファの上で上下が逆転して、レイシオに組み敷かれている。色濃い葡萄酒色の瞳がアベンチュリンを覗き込んで、頭の働き具合を測っている。
「喉は渇いていないか?」
「平気だよ……いや、渇いた」
 間違えて、訂正した。アベンチュリンが欲しがってるかを聞いたんじゃない、レイシオが与えたいものを受けとる用意があるかと聞いたのだ。レイシオは褒めるように目を細めた。
 すっかり湯冷ましになった白湯を口移しで飲まされた。ついでにキスもたっぷりと味わった。レイシオが動いてわかった、お腹に当たる硬いもの。
「するかい?」
「まだしない。年内にやりたいことがあるから、絶対に起こせと言ったんだろう?」
「そんなに大袈裟なことじゃないんだ。ただ年が変わる瞬間に一人でいたくなくて……ああ、また間違えた」
 露骨に不機嫌になったレイシオに思わず吹き出した。ごめんね、ちょっと寝ぼけてて。今日は間違えてばかりだ。もうしゃんとするから、そのデコピンは発射しなくていい。
 レイシオの首に腕を回して引き寄せる。両頬にキスをして、本当にしたかったことを正しく伝える。
「君と一緒に、ぴったりくっついて新年を迎えたい」
「君たち、ではなく?」
 やきもち可愛いじゃないか! あの子たちにまで妬くのはなかなかレアだ。こういうのこそ写真に収めたいのに、できないのが残念である。
「レーイシオ、それはこれまで十分にやってきた。今僕と向かい合ってるのは君だけ。その口塞いでいいかな?」
 鍛えられたアベンチュリンの体内時計が残り二分を切ったと知らせてきた。
「はい、力を抜いて、あーん」
 ぱかりと口を開いて見せる。ムスッとしていたレイシオの口が開いたところにすかさず押し入る。首に腕を回して抱き寄せ、深く、奥まで、さっきアベンチュリンの口の中を好き放題した熱い舌を迎えにいく。貪るのではなく、撫でるように触れる。快楽が欲しいんじゃなく、くっついていたいだけなんだと伝わるように。
 抱きしめた背中をゆっくりさすって、その時を待つ。仕掛けておいたアラームが遠くで鳴った。
 あけましておめでとう。口を離してそう言う予定だった。けれど、レイシオの首にしがみついて少し浮いていた体を座面に沈められて、添わせた舌を巻き取られて押し返された。
「んー!」
 キスをすると舌は筋肉なんだって実感するよね、急な運動でつりそう。力を抜いてレイシオの荒波に身を任せた。アベンチュリンのお腹の上で存在を主張するものがさらに硬く威圧感を増す。ぞくぞくと背中を這い上がった快感が首筋まで通り抜けて、一気に体が熱くなる。その震えが伝わって我に返ったのか、レイシオは離れてアベンチュリンの様子を観察し始めた。
 口の中に溜まった唾液を喉を鳴らして飲み込む。唇を舐めて、潤んだ目と火照った頬で説得力を底上げして、うっとりと微笑む。スイッチが入っていないレイシオなら馬鹿を言うなと冷めるだろうけど、今のレイシオには効くはずだ。
「おいしい」
……愚鈍だ」
 ほらね。
 先にソファから降りたレイシオに手を引かれて立ち上がった。創造物たちは窓辺で団子になって眠っている。窓の外の軒下にもう一匹真っ白な子がいて、その子だけがリビングから出ていくレイシオとアベンチュリンを見ていた。
「ねえ、あの子の写真もらってないよ」
「三匹揃ってからでないと嫌だとあの子らが駄々をこねたんだ。朝一で作れと催促されるだろうから、覚悟しておけ」
 大変だ、楽しい予定が盛り沢山だ。雪遊びをして、疲れたら昼寝をして、解禁されたお酒を飲んで、美味しいものをたくさん食べて、レイシオと熱い夜を過ごす。体力がもつかな?
「最高の休暇だね」
「それはなにより」
「そういえば聞いてなかったな。君がこの休暇でしたいことは?」
「言うなれば、フォーミング加工だ」
 到着したバスルームで着ているものを脱がされながら聞くことじゃなかった。大丈夫かな、関節とか筋肉とか。
「えっと、無茶な体位でしたいって意味かい? それが埋め合わせなら頑張るけど」
「違う。そんなものが埋め合わせになるか」
 人をなんだと思っている。そう呆れ顔に書いたレイシオにちょっと乱暴に下着を剥かれて、バスタブの中に追いやられた。


 レイシオの言葉の意味はかなり後になってから、夢で目を閉じたときに知ることになる。
 みんなと積み重ねたしっとりと柔らかい思い出がアベンチュリンを作り替え、甘く具体的な情景をいくつも見せる。何度場面が変わっても、傍らにレイシオと三匹がいる。
 そして、ようやく乾いた故郷の景色を目にしたとき、孤独な光景こそが他人事のようになっていると気づくのだ。