Originalk312
2024-12-30 02:11:20
3398文字
Public 💎親子
 

SS|💎親子 - Xmas

クリスマスの夜にお父様を待っている息子の話。
参考→SS|Jrの出生 https://privatter.me/page/67571ab51455e

▎クリスマス


 幼いヴィンスは孤児院の共有スペースで船を漕いでいた。まどろむ少年の肩を叩き、寮母が声をかける。

「坊ちゃん、こんなところで寝たら風邪を引いてしまいますよ」

 少年は優しい声にぱちりと目を覚ました。そして、目を擦りながら見上げる。
 坊ちゃんというのはヴィンスの愛称で、この孤児院に出資しているのが彼の養父だから、ここにいる人々は皆彼をそう呼んでいる。
「もう寝室へ行きましょう」
「ん……いえ、ここで、まっています」
「待つ?」
「はい、お父様が、今日、ここへくると言っていたので」
 寮母は目を丸くして驚く。確か、前回来た時にそう言っていた。
 ただ、それはあくまで"この日に時間が空けば寄る"という話で、ダイヤモンドグループのCEOともなればその多忙さゆえに、そういった約束は必ずしも守られるとは限らない。
 ただ、今日は特別な日だった。聖キリストの生誕祭、クリスマス。
 毎年、どんなに忙しくともこの日だけは父親が会いに来て、息子にプレゼントを預けていく。今までもそうだった。普段関わりのない親子関係とはいえ、クリスマスに父親が会いに来るとなれば、それは子供にとって十分ワクワクする出来事に違いない。
 ヴィンスは前回の話を物陰で聞いていたのだろう。だからきっと来てくれるはずだ、と、頑なに父親を待っている。子供は案外大人の見えないところでよく見ているのだ。
 しかし、現在時刻はすでに日付を超えようとしていた。
 寮母は思わず困ったように眉根を下げ、ヴィンスはそれを見て少し俯く。
「やっぱり、おいそがしいんでしょうか」
「ええ、あなたのお父様はとても偉大な方ですから……
……
「あの方は日夜、私たちのため、あなた様のために、奔走してくれているのですよ」
「それは、知っています」
「でも今夜は、……今夜だけは」
 ヴィンスは聞き分けのいい子供だが、今回ばかりは強情だった。
 傍に置いてあった自分の上半身が埋まるほどの大きなテディベアを抱えて、ソファから立ち上がらない意志を見せた。このテディベアも、父親がヴィンスに贈ってくれたものだった。
「もうすこしだけ、まっています」
……ねむくなったら自分でベッドにいくので」
 寮母はその様子を困った表情で見守っていたが、やがて甘さの滲むため息を吐き少年の頬に優しく手を添える。
「ええ、分かりました。坊ちゃん」
「ただ、あなたが風邪をひいてはお父様も悲しむでしょう。なので毛布をかけて、あたたかくしましょう」
 ヴィンスは頷き、寮母はその場から離れる。そして、寮母が冬用の毛布は確か余らせていたはずとリネン室の中を探して持って戻ってくる。しかし、その時にはすでに、少年はソファと平行になってすやすやと眠っていた。





 それからしばらくして、日付が変わった頃。
 寮母がソファのヴィンスを寝室へ運ぼうとしていると、孤児院のドアが開かれる。姿を現したのは、真っ黒なコートに身を包んだ大男だ。男の衣服と共に闇に溶け込みそうな黒髪の上には新雪が降り積っていた。

 彼こそがヴィンスの父、ヴィクター・A・ダイヤモンドその人。
 戸籍上は『養父』ということになっているが、この孤児院創設時からいる寮母はこの親子の過去を知っている──つまり、彼らが本当に血の繋がっている親子だということを。
 今から数年前。寮母はこの男から、彼の息子であるヴィンスを譲り受け、代わりに育てている。
 その日は雨の降りしきる夜だった。この男は当時も真っ黒い布に身を包み、生まれたばかりの幼子を抱えて、この教会の門を叩いたのだ。それ以来、ヴィンスはその出生の秘密を隠されたままヴィクターの”養子”としてここで育てられ、暮らしている。

 思わぬ人物の来訪に、寮母は口の前に手を添えて「まぁ」と呟いた。それから急いで駆けり、その分厚いコートを受け取ろうとした。
 ヴィクターはそれを片手で制止し、部屋の中に入る。
「いい、すぐに出ていくからな」
「それより、"これ"は?」
 黒い眼差しの見下ろす先には、テディを抱えて眠るヴィンスの姿があった。暖炉の熱にあたためられ、前髪が少し額に張り付いている。
「坊ちゃん、あなた様が来ると言って、ずっと待っていらしたんですよ」
……聞いていたのか」
「ええ、それに今日は聖夜でしたから」
「ハ……
「プレゼントでも期待していたのか。あいにく、そんなものはないし、ブラックサンタの方がよほど善良だと思うが」
 寮母は首を横に振る。それを見たヴィクターは片眉をあげ、返事を待った。
「坊ちゃんはただ、あなた様に会いたかったのだと思いますよ」
「クリスマスプレゼント、何もいらないって言ってらしたんです」
「それでは他の子と不平等だからと、本を送らせて頂きましたが……
 ぽつりぽつりと零す寮母に、ヴィクターは時折視線だけを寄越して聞く。
……ヴィクター様」
「あなた様が思っているより、この子は、あなた様のことを慕っております」
「この子を預かってからずっと面倒を見ておりますが、あなた様がこちらから帰る度に、その姿が見えなくなるまで窓の外をじっと見つめているのですよ」
「もうそろそろ、傍に置いても……
 寮母は続けようとしたが、はた、と顔を上げ口を噤む。
「いえ、申し訳ありません。これ以上は出過ぎた真似ですね」
 頭を下げる寮母を、サングラスごしに一瞥する。それから何も言わず、ヴィクターはコートを脱いだ。
「やはり少し休憩していく」
 ヴィクターはコートを寮母に預け、ソファで眠るヴィンスの前に身を屈める。サングラスを外して、しばらく息子の顔をジッと覗き込んでいた。
 その表情は寮母からは伺えなかったが、きっと、今日見せた表情のなかで一番穏やかなものに違いない。
 この父親は父親で、息子の傍にいてやりたいのだろう。しかし、マフィアのボスとして君臨するこの男の傍にいるということは、すなわち、常に闘争に身を置くということにほかならない。ヴィクターはそれを危惧しているからこそ、この施設にこの子を預けていた。幼い時から子の未来を奪い、己の継承者としてあることを良しとしなかった。
 寮母は逡巡した後、ヴィクターの背後から声をかける。
「ヴィクター様」
「なんだ」
 男は息子に視線を向けたまま、振り返らずに返事をした。
「お茶を淹れますので、そのあいだ、ご子息をお部屋に運んでくださってはいただけませんか?」
……私が?」
「はい、ここには他に誰もおりません」
 男はハ!と吐き捨てるように笑った。しかし、それは凶悪なものではなく、古い知り合いが口にする冗談を笑い飛ばすような、戯れのような笑みだった。
「この私に命令とは、恐れを知らない女だ」
「そんな命知らずなこと、しませんとも。なので、お嫌でしたら構いませんよ」
……
……はァ、わかった」
 ヴィクターが折れてそう返事すれば、寮母はにこりと笑い「廊下は冷えますのでお気をつけて」と残して離れていく。男はそれを睨めつけながら見送った。
 寮母はヴィクターにけして逆らわないが、どんな相手に対しても物怖じせずにはっきりとものを申す度胸のある強い女だ。
 年の功ゆえか、彼と過ごした年月……或いはどちらもだろう。だからこそ信頼出来るが、ヴィクターはたまに厄介だと思う。
 また短いため息を吐くと、ヴィクターは黒いシャツをまくって、その逞しい腕で息子を抱く。
「ん……、とう、さ……?」
「ああ」
……っふふ、ぅん……
 よかったぁ。やっぱりお父様はきてくれた。
 父親の胸に抱かれた子は、うっすらと瞼を開くが、それはすぐに閉じられる。そして、熱を求めるようにぎゅうと抱きついてヴィクターの首元に頬を擦り寄せながら、再び小さな寝息を立て始めた。この世で最も幸せそうな顔をしながら。
 ヴィクターは腕の中で眠る子の様子を、目を細めて見つめる。そして、まるで宝物に触れるように、その背をそっと撫でた。
……ここは」
「ひどく暖かい」
「お前にはよく似合う。俺の傍よりも」
 男は息子の張り付いた前髪を横に流して、空いた額に口付けを落とした。

「おやすみ、ヴィンス」