すいとんさんお誕生日おめでとうございます!お祝いをしようと思い、大昔にリクもらってた『契り』のその後を書きました。時間軸的には『契り』→これ→『あなたとつなぐ』です。
※オルサイ小説同人誌『契り』のネタバレを含みます。オメガバース設定です。
穏やかな風が頬を撫で、隣に立つ男の絹のように細い髪を揺らす。サイラスは心地良さそうに目を細め、左手で髪を耳にかける。その薬指を彩る指輪が太陽の光を受け、きらりと煌めいた。
「まさに旅日和の天候だね」
「ああ……しかし、良かったのか? たまの連休だというのに、ゆっくり休むのでもなく……」
既に遠くなった城下町を見遣り、何度目かも分からない問いかけをする。久方ぶりの連休に、二人が旅行鞄を持って自宅を離れたのは、主にサイラスの望みを叶えるためであった。彼は大きく頷き、懐から地図を出す。
「もちろんだよ! 寧ろ、私の楽しみに付き合ってもらってすまないね。あなたこそ休みたかったのでは?」
「俺は別に構わん。だが、観光地に行くでもなく、周辺を見て回りたいとは……あまり目新しいものはないと思うぞ」
鞄を持ってやると、彼はニコリと愛嬌よく笑って礼を言い、両手で地図を広げる。四日ほどの長いような短いような休日に、サイラスはこのホルンブルグ王国を歩いてみたいと言い出したのだ。
オルベリクはホルンブルグで生まれ育ったが、彼は半年ほど前にアトラスダムから輿入れしてきた身だ。初めて城下町に足を踏み入れた時も物珍しそうにしていたし、興味を抱いていることは分かる。それにしても彼が向かいたいと行ったのは、観光客が訪れるような場所とはかけ離れていた。
「良くも悪くも普段の生活は城下町内で完結し、なかなか外に目を向ける機会がないだろう? 私もホルンブルグで暮らす民となったのだから、もっと周辺の暮らしや地理について知っておきたいんだ」
サイラスの真っ直ぐで、前向きな姿勢がオルベリクは好きだ。元はと言えば意に沿わない縁談だったというのに、彼は独りでホルンブルグまでやって来て、楽しげに日々を過ごしていた。番になってからもそれは代わらず、活き活きとしてやりたいことに没頭している。彼がホルンブルグでの生活を気に入り、その土地に暮らす者として、もっと知りたいと望んでくれることは嬉しく思えた。
「……お前がそう思ってくれること、ホルンブルグ王国民のひとりとして喜ばしく感じる。実りのある旅になるといいな」
「ああ。それに、この辺りの村はあなたも何度か足を運んだことがあるそうだね」
「まあな。案内くらいならしてやれるはずだ」
「実に頼もしい。だが、私が言いたいのはそういうことではないよ」
オルベリクが瞬きをすると、サイラスはいたずらっぽく笑う。少し考えさせるような間を作り、答えを語る姿は学者というより教師然としている。
「過去にあなたが足を運んだ場所に行けば、まだ私が知らないあなたと出会えるだろう。この旅はね、愛しい人が大切にしている地を知るとともに、その人自身のことを知るものでもあるのだよ」
とろけそうなほど甘く語られた言葉に面食らう。――既にサイラスと結婚してから半年が経っている。はじめから愛し合っていた訳ではないが、ようやく身も心も結ばれてからは睦言も欠かさなくなった。それでも、面と向かって愛しい人だと告げられると面映い。オルベリクが僅かに頬を赤くしたことに目敏く気づき、サイラスはそっと二の腕に手を添えてきた。
「あなたの話がたくさん聞けるといいな。楽しみにしているよ、オルベリク」
「……覚悟しておこう」
自分は口下手で、言葉で語ることは苦手だ。しかしこの可愛らしい人たっての望みなら何でも叶えてやりたくなる。神妙な顔で頷くと、サイラスはおかしそうに笑った。
そうして丸一日かけて辿り着いたのは、城下町より南西にある小さな村だ。山の中腹に位置し、交易路からも離れているその場所を訪れる者はそう多くない。羊の牧畜と農業がこの村の主たる産業だ。以前より色褪せた木製の門を見ながら、もう五年も前になるかと思った。
「この辺りは、豪雨が原因で地滑りを起こしたことがあるそうだね。農作物に被害が出ただけではなく、道が土砂で塞がれて交易にも大きく支障をきたしたと聞いたよ」
「ああ、五年前のことだ。歩いてみて分かっただろうが、周辺の道は地滑りの後に整備し直されている。……村の被害は甚大だった。敷地のおよそ三割が土砂に埋もれ、建物の殆どが浸水したため建て直しを余儀なくされた」
「そして村の復興支援の一環として、王国兵が派遣された。あなたもその一員で、この場では指揮を執る役割だったとか」
「……よく知っているな」
「事前調査は大切だからね。こうして足を運ばなければ得られないものはあるが、下準備を疎かにすると気付けるものも気付けない。学者の初歩だよ」
今回の旅の計画を立てる際、この村には足を運んだことがあると伝えてあった。しかしサイラスはオルベリクが語ったこと以上の事前知識を備えていた。彼の言う通り、当時オルベリクは王の指示で部下を引き連れてこの村に三ヶ月滞在し、土砂の片付けや、住処を追われた魔物を追い払うなどの雑務をこなした。
サイラスの準備の良さに感心しながら門に近づくと、甲冑に身を包んだ門番が目を丸くした。オルベリクより一回り年上の古兵は、最後に会った時より目元の皺が少し増えている。
「おお……オルベリク殿?! オルベリク殿じゃないですか、お久し振りです!」
「ああ、マーク。変わりはないか?」
「はい、お陰様で。今日は何か御用ですか?」
「いや、今日は非番でな。散策ついでに寄ったのだが、村を見て回ってもいいか?」
「もちろんです! おや、隣の方は……」
マークは大股で一歩横にずれて門を開け、サイラスに目を留めた。サイラスが慣れた仕草でお辞儀をすると、彼の指とオルベリクの顔を交互に見遣る。
「ご結婚されたとは風の噂で聞いておりましたが、そちらの方が?」
「ああ……」
「ねえねえ、オルベリク様がいらっしゃったって本当?!」
「オルベリクさん、お久し振りです! お変わりないようで何よりです。今年は麦が豊作でしてなぁ……」
サイラスを紹介する前に、村民達が駆け寄って来て二人を取り囲んだ。何しろ狭い村だ、来訪者があればすぐに分かるし、門番の声がよく響くせいで羊まで返事をする始末だ。四方八方から再会の挨拶や作物の調子について報告され、オルベリクはゆるく首を横に振った。
「待て……そう矢継ぎ早に話しかけられては返事もままならん。順に頼む」
「その方がご結婚相手ですか~?! 紹介してくださいよ!」
「はぁ、一番がそれか……。……すまん、悪い奴らではないのだが、遠慮がなくてな」
「構わないよ。あなたが慕われているようで何よりだ」
するとサイラスは臆すことなく一歩前に出て、村民達に向かってお辞儀をした。その指先まで洗練された美しい礼に見惚れたのか、話し声は水を打ったかのように収まる。しんと静まり返った場に、サイラスの凛としながらも穏やかな声が響いた。
「皆さん、初めてお目にかかります。私はサイラスと申します。先日ホルンブルグ王国に学術交流として派遣された学者で、お察しの通り彼の配偶者です」
「まあまあ! 結婚したとは聞いていたけど……随分かっこいいお嫁さんを貰ったのね」
「いや~、オルベリクさんにはうちの末の娘はどうかと思ってたんだが、先を越されたなぁ……」
「やめなさいって! じゃあ、今日は新婚旅行ですか?」
新婚旅行と言われるとそうなのだろうか。とはいえ二人で遠出をするのはこれが初めてではないから、厳密には違うのかもしれない。オルベリクが大真面目に悩む間に、サイラスがにこやかに答えた。
「そのようなものです。もっとホルンブルグ王国での暮らしを知りたくて、彼に頼んでこの地に連れて来てもらいました」
「それでこんな小さな村にわざわざ? なんだ……わたしはてっきり、オルベリクさんがお嫁さんを連れてご挨拶に来てくれたのかと……」
「ふふ。それも兼ねて、かもしれませんね」
「お前まで茶化すな……。とにかくそういうことだから、誰か手が空いている者がいたら、村を案内してもらえないだろうか。俺も現況を確認しておきたい」
「では、わたくしがご案内しましょう」
小さく手を挙げたのは、村長の奥方だった。齢は六十を超えているが、真っ白な長髪を品の良い紫色のリボンで束ね、ぴんと背筋を伸ばして立っている。オルベリクの記憶にあるそれと全く変わらない姿だった。
「ベラと申します。サイラス様、お顔を拝見できて嬉しいわ」
「ありがとうございます。サイラスで結構ですよ、よろしくお願いします」
「ベラ殿もお元気そうで何よりです。村長殿はどちらに?」
「主人は羊の世話をしておりますわ。アルフレート王のご支援で仕事も再会できて、穏やかに暮らせております」
豪雨の被害にあった村には王国兵の派遣の他にも、幾ばくかの義援金が給付されたそうだ。お陰で皆なんとか生活を立て直したと聞く。集まってきた村民の顔を改めて眺めるが、一様に表情は明るく、健康状態も悪くなさそうだ。ほんの数ヶ月間とはいえ、寝食を共にした彼らが困窮していないことに安堵した。
するとマークが腕組みをして、短くため息を吐く。
「むむ、オルベリク殿には稽古もつけていただきたかったのだが……。私も歳ですから、若い者に剣術を指南するのは限界がありまして」
「それなら、あなたは稽古をつけてあげたらどうだい? その間に私は村を見せてもらうことにするよ」
「いいのか?」
「案内してもらえるようだから大丈夫だよ。後で合流しよう」
「おお! 奥方殿、ありがとうございます。では若い者を呼んで参りますから、暫しお待ち下さい!」
そう言うや否や村の中へと駆けて行く古兵の後ろ姿を見送り、軽く肩を竦める。サイラスは相変わらず楽しげに笑みを浮かべて、村長の妻に連れられていった。それに伴い見物人も散り散りになって仕事を再開し、村にはいつもの穏やかな雰囲気が戻っていった。
***
ひとりきり稽古をつけてからサイラスと合流し、被害の跡や復興状況について改めて説明を受けた。五年前の地滑り以降は大きな災害もなく、平和に暮らせているという。
小さな村に宿屋はないため日が暮れる前に発つ予定だったが、村長夫妻が自宅に泊めてくれるというので、サイラスと相談して彼らの好意に甘えることにした。そうして村唯一の食堂兼酒場に入ると、待ち構えていたかのように女将が席に通してくれた。
「いらっしゃい! さあさあどうぞ。まあオルベリクさん、こちらが奥様? まあ~なんて色男なんでしょう、あなた意外と面食いだったのねえ。お名前はなんとおっしゃるの?」
「サイラスと申します。素敵なお店ですね、マダム」
ふっくらとした体型の女将に矢継ぎ早に畳み掛けられても、サイラスは気圧されることなく、にっこりと人好きのする笑みで応えた。すると女将はぽかんと口を開けた後、照れたように頬を赤らめた。
「あらあらまあまあ、なんて紳士的な方でしょ。そんな風に上品に呼ばれたことないわよ! オルベリクさんったら、こんな良い人捕まえたなんて隅に置けないじゃない!」
「捕まえたというかなんと言うかな……。食事は適当におすすめを持ってきてくれ、後はエールを二杯頼む」
「はいはい。今日はラム肉のハーブ焼きがおすすめよ! サイラスさん、羊は大丈夫? よその地方から来た人には少し臭みが強いかもね」
「いえ、好物ですよ。ホルンブルグの料理はどれも口に合います」
「そりゃあ良かった! お酒は料理と一緒でよかったかしら、じゃあこのままお待ち下さいね」
女将はそう言うと早足で厨房へ駆け込んでいった。おしどり夫婦が営む食堂兼酒場だが、女将は相変わらずせっかちで気が早い。サイラスは改めて、珍しそうに店内を見渡した。
「すまんな、色々好き勝手に言われて……。滅多に外から人が来ないものだから、珍しいのだ」
「はは、賑やかで楽しいよ。皆あなたを慕っているからこそ、私のことが気になるのだろう。……幸運にもこの建物は浸水被害に遭わなかったため、暫く皆の活動拠点となったそうだね」
「ああ……。俺達兵士以外にも、家が崩れた者達まで受け入れてもらった。……今日は満足いく話が聞けたか?」
「とても丁寧に案内してもらえたよ。当時のあなたの働きも色々教えてもらえた。村の警備だけではなく、土砂の片付けをしたり、浸水した家具を運び出したり……果ては泥まみれの羊も洗ってやったとか」
話していると当時のことが思い起こされる。過去にない程の酷い豪雨で、雨が上がってもなお、しんと冷えた空気が濡れた体を突き刺した。食料も家を建て直すための建材も、何もかもが不足する中で思わず弱音を吐いた部下に、帰る家がある者が何を言うかと叱責したものだ。
「……どれも大したことではない。俺は王の指示を受け、ただ僅かに手を貸しただけにすぎん。村の者が絶望に心折れずに奮起したからこそ、彼らは今の穏やかな生活を取り戻すことができたのだ」
「オルベリク……」
するとサイラスは眦を柔らかくし、うっとりするような眼でオルベリクを見つめた。青い瞳にランプの灯りが反射し、星の瞬きのように煌めく。もう半年も一緒に暮らしているのに、ふとした瞬間に彼があまりにも美しくて呼吸が止まりそうになる。
「ふふ……あなたのそういうところが好きだよ」
「い、いきなり何を言うんだ」
「常に思ってることだが、改めて伝えたくなったんだ。……私の方こそ、良い人に捕まえてもらえて幸運だよ」
女将の言葉を真似た台詞に、オルベリクは小さな咳払いだけ返した。捕まえたのか捕まったのかは定かではないが、愛のない結婚のつもりだったのに、今や唯一無二の愛する人と暮らせているのだから確かに幸運だ。とはいえ、村民達の目があるところで口説かれるのは流石に照れ臭い。
そうしていると料理とエールが運ばれてきて、卓に並べられた。ラム肉のハーブ焼きに、青野菜のサラダ、スープ、パンなど、特別なものではない日常の料理だ。そういえば、と女将に問いかける。
「……今日はラザニアはないのか? 大女将の得意料理だっただろう」
「ああ……お母さんね、最近腰を悪くしちゃって。厨房に長時間立てなくなっちゃったのよ。だからラザニアは今はメニューにないの」
「そうか……。養生するよう伝えてくれ」
「ありがとね、伝わえとくわ。……それにしてもオルベリクさん、お嫁さんにもっとしっかり食べさせた方がいいんじゃない?」
不思議な言葉に、サイラスと顔を見合わせる。彼はオルベリクと比べたら食事量が少ない方ではあるが、そんなことはまだ女将に伝えていない。すると彼女はにやりと笑って言い放った。
「あんまり細いとお産の時に大変よ、しっかり食べて精を付けてもらわないと!」
「なっ……! そ、そういうことを言うのはやめてくれ。俺のことは好きに言えばいいが、彼には……」
「オルベリク、いいよ。……ご心配ありがとうございます、これでも彼と暮らし始めて食事量は増えたんですよ。美味しそうにたくさん食べている人を見ていると、自然と自分も食べたくなりますから不思議なものですね」
「ふふっ、そうよねえ分かるわ分かるわ。わたしも大食漢な主人につられてこーんなになっちゃって!」
自分の腹を叩いてひとしきり笑うと、女将は他の卓の注文を取りに離れていった。短くため息を吐き、今日何度目かも分からない詫びを入れる。
「すまん……。悪い奴らではないが、少し価値観が古いんだ」
「平気だよ。オメガであることをからかわれるのは苦手だが、あなたの配偶者として声を掛けられることは悪い気分ではない。咎めようとしてくれたその気持ちだけで十分だ。さあ、温かい内に食べよう」
「……そうだな、ありがとう」
サイラスは確かに見目麗しいが、決して女性的ではない。男女性における同性同士の結婚とは、つまりはバース性による結婚だと相場が決まっている。オルベリクはアルファだと公言してあるから、サイラスがオメガであることは自ずと導き出されてしまう。二人の婚姻の噂がどこまで流布されているかは不明だが、推察するのは容易いはずだ。
以前に、サイラスがオメガであることを揶揄される場面に出会したことがある。彼は気丈に振る舞っていたが、オルベリクはこんな理不尽は受け入れてはならないと憤りを感じた。誓いの言葉を交わした後だったというのに、その瞬間にようやく、サイラスをパートナーとして生涯守り抜こうと心から思えたのだった。
オルベリクが思い悩む傍ら、サイラスは気にした様子もなく食事を口に運んだ。
「ん、このラム肉……柔らかくて美味い! ハーブが効いていて臭みがなく、しかしラム肉の風味を消すことなく引き立てている」
「……ああ、美味いな。この村にはたまに商人も来るが、基本的には自給自足で成り立っている。香草を擦り込むと肉は日持ちするから、そういう工夫だろう」
「なるほど。料理ひとつとっても土地柄が表れる……他の料理に使われている野菜も、先程見せてもらった畑に生っていたものばかりだ。うん、とても美味い。酒が進むね」
「飲んでばかりだと酔いが回るぞ、まずはしっかり食べろ」
そう言ってはみたが、実のところサイラスはかなり酒に強いようだ。先日貰い物の酒を二人で空けたが、オルベリクが酩酊して笑っているところをしげしげと観察しながら、彼自身は顔色も変えずに飲みきってしまったのだ。少なくとも、エールくらいなら何杯飲んでも平気だろう。――酔わせてどうこうするつもりは決してなかった。しかし可愛いらしい酔態を見せてくれたら、という下心が僅かにあったことは否定しない。
「そういえば、先程ラザニアと言っていたね。看板メニューなのかい?」
「ここの女将の母親……俺達は大女将と呼んでいたが、彼女の得意料理でな。例の地滑りの後なんとか土砂を除け、初めて外から食料が運ばれてきて……その時に大女将が振る舞ってくれたのが、大皿のラザニアだったんだ」
今でも鮮明に思い描ける。香ばしく焼けたチーズに、ぐつぐつと煮えた真っ赤なミートソース。真っ白な湯気と共に食欲をそそる匂いが鼻腔を擽った。ぐっと気温が下がった中、連日深夜まで体を動かしていた身には御馳走だった。大皿いっぱいのそれを、皆で分け合って食べたことが懐かしい。
「……味はもちろん保証するが、それ以上に思い入れが深い料理だ。お前にも食べてもらいたかったのだが……手がかかる一品だから仕方がない」
「そうだったのだね……」
「だが、他にも美味いものはある。少し追加で頼むか、エールもまだ飲むだろう?」
「うん、お代わりをもらおうかな」
その後は飲み食いしながら、他愛もない話を続けた。別行動していた間の成果、仕事の話など、話は途切れることなく自然と続いていく。食事をしながら家族と語り合う、そんな何気なく愛おしい時間をオルベリクが過ごせるようになったのは、間違いなくサイラスのお陰であった。
食事を終えて店を出た頃にはすっかり日は沈み、丸い月が夜空に浮かんでいた。すると、ふとサイラスが懐に手をやる。
「あれ……すまない、店内に手帳を忘れたみたいだ。すぐに取ってくるから、待っていてくれ」
「ああ、気を付けろよ」
小走りで店内に戻っていく闇色のローブを、視線で見送る。サイラスは普段から手帳を持ち歩いていて、度々書き付ける姿を目にしている。何が書いてあるのか気になり問いかけると、一度見せてくれたことがあった。日記帳に近い役割のようで、日常での気付きや記憶に留めたいことを書き込むそうだ。
そのまま店の前で待っていると、サイラスはすぐに出てきた。得意げに手帳を見せてから懐に仕舞う姿に、つい唇が緩む。
「大切な手帳だろうに、忘れるとは珍しい。まさか酔っているのか?」
「ふふ、どうだろうか。そう言ったら手でも引いてくれるかい?」
「……酔ったふりなどしなくとも、手ぐらい繋いでやる」
「それは手間が省けた」
笑いながら差し出された手を取り、指を絡めて握る。娯楽の少ない村だから、この時間も煌々と明かりがついているのは酒場くらいだ。月明かりの下で番同士が身を寄せ合っている姿を目に留める者は、誰もいない。村長の家に向かうまでの短い距離を、態とらしくゆっくり歩いて楽しんだ。
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