雪華
2020-03-19 21:51:25
5501文字
Public テリサイ
 

【テリサイ】舞台裏の愛おしい時間【芸能パロ】

ぼかしてありますが一部NPCの年齢が原作と異なります。診断メーカーのやつ。芸能パロであれこれ考えて設定を作ったけど、別に書く分にはそんなに必要なかったかもと思いました。これは休日お部屋デートということにしてください。


――はじめは小さな花束だった。

稽古中に演者が怪我をしたから代役を頼めないか、小さな劇団から声を掛けられたのは冬の始まりだった。俳優業を捨てたテリオンは一度は断ったものの、彼らは熱心に連絡を寄越した。過去に数度演技指導を受けた恩もある上、あなたしかいない、相応の謝礼はすると畳み掛けられ渋々承諾したのは、まだどこかその世界に未練があったからかもしれない。

公演三日目に、テリオンのもとに小さな花束が届けられていた。
初めは花束だけだったが二度目にはそれにメッセージカードがつき、三度目には手紙がついた。
差出人は決まって『C.A』と記されていて――熱心な女ファンだと劇団員は笑っていたが、それはどう見たって男の文字だった。
ただのファンの仕業だと一蹴できなかったのは、認められた内容があまりにも適切だったからだ。台詞の抑揚、目線、息遣い、それらを一つ一つ丁寧に読み解く審美眼はただ劇を楽しむ者の視点ではない。いつしかテリオンは、送り主の正体が気になって仕方がなくなっていた。

それが明らかになったのは公演最終日のこと。
楽屋にいるテリオンのもとに、花束を抱えた男が満面の笑みで歩いてきたのだ。恐らく団長に直接交渉して入れてもらったのだろう――彼にはそれが出来るだけの人脈も地位もあったのだから。どよめく仲間たちの声とともに、自分の手からペットボトルがスローモーションで滑り落ちてゆく。

『テリオン君! キミの演技に惚れ込んでしまった――私と一緒に、もう一度本気で役者の道を歩んでみないかい?』

目の前で起きていることが信じられなかった。恭しく膝を折って花束を差し出す男は、かつて知らぬ者はいないと言われたほどの人気俳優で、一年前にとある事件をきっかけに表舞台から消えた男――サイラス・オルブライトであった。



――無機質なアラームの音が鳴り響き、突然脳が目覚めた。手探りで枕元のスマートフォンを握りアラームを止める。

……懐かしいな……

初めてサイラスと出会った頃の夢だった。彼との出会いやその後の話は陳腐な二時間ドラマよりは余程面白いと思うが、他者に言いふらすのも勿体ない話だ。
大欠伸をしながら寝室を出るとふわりと香ばしい香りが鼻孔をくすぐる。カウンターキッチンに立っている男こそ、今はテリオンの専属マネージャーであるサイラスだ。彼はテリオンの姿に気づくと柔らかくその唇を綻ばせる。

「やあ、おはよう……いや、おそようかな? テリオン」
「いいだろ、たまのオフなんだから」
「悪いなんて言ってないよ。現に起こしに行かなかっただろう? さ、歯を磨いて着替えておいで」

言われるままに廊下を抜け洗面所に向かう。軽く身支度を整え部屋に戻り、ラフな格好に着替えてダイニングに戻るとサイラスは丁度皿を並べていた。
今日の朝食――否、ブランチはミートソースパスタらしい。元々分量をきっちり計るタイプの彼は、こういうオーソドックスで既存のレシピがあるものだったらまず失敗しなくなった。ただ時折思いつきで作る料理は酷く、最新の失敗作は青臭さと泥臭さが畑直送と言わんばかりの味のスムージーだ。

「美味そうだ」
「ふふ、我ながらよく出来たと思うよ。……昨日はゆっくり眠れたかい?」
「ああ……

頷きながら座ると彼も向かいの席に座る。二人で手を合わせて、揃いの銀のフォークを手に取る。くるりとパスタを巻き取り口に運ぶと爽やかなトマトの酸味を感じた。
――それにしても、改めて思うとまるで夢のような状態だ。若手俳優としてその名を轟かせ、誰も彼もが切望した男が今はテリオンだけのものなのだから。彼のインタビュー記事が載った雑誌をスクラップしていた頃の自分には想像もできなかった未来だろう。

……憧れだった男が俳優を辞め、俺が続けているなんて皮肉なもんだな)

サイラスは四年前に突然引退し、その直後全く関係のない事情でテリオンも演劇から離れることとなった。己の方はつまらない理由で、所属していた事務所の人間関係が悪化しとうとうどうにも修復不可能な亀裂が出来てしまったからだ。
その後は単位ギリギリで高等学校をなんとか卒業し、特に目標はなくただ漫然とバイト生活を送った。そんな折に舞台のオファーがあり、たまたま観劇に来たサイラスがテリオンを目に留めた。
彼がテリオンのマネージャーになってから、もう三年もの月日が経っていた。

「テリオン? ……美味しくないかい?」
「いや、美味い」
「そうか、良かった。少しぼーっとしているようだったからね……あまり疲れが取れていないのかと」
……あんたと出会った頃のことを思い出していた」
「ああ……懐かしいね。キミの演技を初めて観た時の感動は、今でも忘れられないよ」

噛み締めるように呟きながら、青空のような澄んだ瞳を細める。相変わらず仕草の一つ一つが画になる男だ。今まではぐらかされていた質問をぽろりと零したのは、その日がただただなんでもない日だったからだろうか。

……あんたは、あの事件がなかったら未だ俳優を続けていたのか?」

サイラスが突如俳優を辞めた背景には、とある事件がある。
ドラマや映画、コマーシャル、バラエティ番組、果てはモデル活動と様々な分野で活躍し、彼を見ない日はないと言われたサイラスに、ある時一つのスキャンダルが持ち上がった。
それはサイラスが所属する事務所の女優との熱愛というもので、当時相手が未成年だったこと、サイラス自身これまで浮いた噂の一つもなかったものだから報道は一気に過熱し激化した。事実無根だと双方声明を出したが、盛り上がる群衆達は止まらず彼は連日マスコミに追い回された。そしてとうとう、引退を表明し表舞台から姿を消してしまったのだ。

「結論から言うと、続けていなかったはずだ」

何度問うても答えなかったが、彼は何でもなかったかのように答えてサラダを口に運ぶ。数度咀嚼して飲み込み、補足するように口を開く。

「元々引退は考えていたんだよ。ただ事務所側がなかなか首を縦に振らない状態でね、私が引退を考えていると相談したら当てつけのように仕事を増やされたな」
「あんたのとこの……イヴォンと言ったか、社長って」
「ああ。以前からあまり折り合いがよくないとは思っていたのだがね……あの頃の私は空っぽだった。ただただ時間に追われ、何者かを演じ続ける日々は空虚で……あの事件がなくとも、私はとっくに演じることへの情熱を失っていたんだ」
……そんな風には見えなかった」
「そう思われている間に、あの世界を去れたことは幸運だったと思うよ」

静かな微笑みは自然で、ありのままのサイラスの姿だった。
確かにサイラスと共に過ごすようになって感じたのは、彼が自由を好んでいるということだった。読書をして、映画を見て、時々自分の足で外に出て……そうやって世界を広げることを彼はこよなく愛していた。それが何一つ出来ない多忙な日々はかなり苦痛だっただろう。

「そもそも私にとって、演じるということは物語への理解や解釈を表現するための一つに過ぎなかった。ところがいざ自分のための時間がなくなったときに、私にとって大切だったのはその過程であって、演じること自体ではなかったと気付かされた。……いずれ引退する予定だったのが少し早まっただけさ」
「だが、結局俺のマネージャーなんかやって、自由を奪われてるんじゃないのか」
「まさか! 私はキミに心底惚れ込んでいるんだ。キミのために何かをすることは私の自由意志に基づくものであり、喜びの一つだよ」
……そうか」

臆面もなくはっきりと言われるとどうにも面映い。ついそっけなくなってしまった返事にサイラスは小さく吹き出した。

「もしかして照れているのかい? キミのそういう年相応なところは可愛いなぁ。もっとファンサービスなどで、そういう新たな一面を見せていってもいいと思うんだがね」
「冗談じゃない、なんで俺が媚売らなきゃいけないんだ」
「応援してくれるファンには少しくらいはいいだろう? 笑顔で手を振る、ウインク……投げキスなんかした日にはトップニュース間違いなしだろうね」

今度は明らかに『スイッチの入った笑顔』でサイラスは手本を見せるようにひらひらと左手を振り、次いで片目を瞑ってウインク、そして最後には白い指先を唇につけて投げキスまで。思わず大きなため息をついたのは、言いたいことが山程あったからだ。
そりゃあんたのキャラならそれもいいだろうが、自分のキャラではないしやりたいことはやりたくない。そもそもあんたは本当に俺がそんなことしてもいいのか。モヤモヤと頭に浮かんだ文句を水と一緒にぐっと飲み下す。

「嫌だ。そんなどこに飛んでいくか分からないキスよりも――

自分の手の平を口元に持ってゆき、人差し指と中指を揃えて軽くリップ音を立てて口づける。そしてその指を不思議そうな顔をしている彼の、柔らかな唇に押し当てた。

……!」
「こうやって、届けたいやつに届けられるキスのほうがいいだろ?」
……た、確かに私はキミの一番のファンだと自負しているが、これは少しサービスが過剰すぎないかね……?」

今度は先程までの涼しげな顔と打って変わって、白い頬は真っ赤に染まり青い瞳をうろうろと所在なさげに動かす。テリオンはこの瞬間が好きだった。素のサイラスのこんな恥じらうような顔を見られるのは世界中でテリオンだけだと思うと、優越感で胸が一杯になる。彷徨いていた視線が窺うようにこちらを見たのを狙って、顔を寄せて態とらしく囁く。

「当然だ。ただのファンにこんな事するわけ……ないだろう?」

ガチャン、と彼の手から滑り落ちたフォークが皿にぶつかる。ずるいよと小さな声で聞こえた抗議は無視し、林檎のような赤い顔を隠そうとする手を掴んで無理やり引き剥がす。
――幾ら常識の通じない芸能界と言えど、ただの俳優とマネージャーが一緒に暮らしてオフの日まで共に過ごすことなどない。つまり二人は仕事上の関係とはまた別に、プライベートでも名前のつく関係を持っていた。

……酷い顔だな、サイラス」
「誰のせいだと思っているんだい? ……私がその声に弱いのも知っている癖に」
「ああ、当然知ってる。この間は良かったな、俺の言葉に反応してあんた……
「ひ、昼間からそんなこと言わないでくれ……! 恥ずかしいだろう!」

狼狽しながらテリオンの言葉を遮るサイラスはなんとも可愛らしい。――手の届かなかった存在への憧れが、共に歩む内に恋情に変わったのはテリオンだけではなかった。いつしかサイラスも同じようにテリオンを愛し、公私共に傍にいることを望んでくれるようになった。

「昼間じゃなけりゃいいのか?」
……キミって人は……年上をからかうのも程々にしてくれないかい」
「あんたが素直すぎるから面白くってな。……で、今日のこれからの予定は?」

そう言いながら手を離すと、サイラスは軽く首を捻る。丸一日のオフは貴重だが、だからといってどこかに出掛けて視線を集めるつもりはない。そんなテリオンの思考や性格を理解しているサイラスなら、簡単に最適解を弾き出すだろう。

「そうだね……今日はキミが気になっていた映画を家で観るというのはどうかな。三時のおやつは新しく駅前にできた店のアップルパイ、夕飯は少し早めに準備をして食べるとして……その後は……

仕事でもプライベートでも、テリオンが気持ち良く過ごせるようにサイラスはいつも気を配ってくれる。いつだったか何気ない会話の中で零しただけのタイトルの映画がレンタルショップ屋の袋に入っていたのも、見覚えのない白い化粧箱が冷蔵庫に入っているのも知っていたが、彼の口から自分のために用意されたものだと聞くのは気分が良い。
彼が言い淀んだ言葉の続きを勝手に解釈し、テリオンは舌舐めずりをする。

……俺の好きにさせてもらう、ということでいいんだな?」
「ああ……そうだね。せっかくのオフなのだから、キミをきちんと労ってあげたいな」
「そりゃいいな」

それならテリオンからはいつもの礼として、彼のことをたっぷり甘やかして蕩けさせてやろうか。そんな一つの目標を胸に抱いた昼下がり――誰にも邪魔されない恋人同士の時間は、いつもより緩やかに流れていくのだった。




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