2024-12-19 13:49:03
1822文字
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旅に出る御頭・サンプル

できれば2024年内に仕上げようと思っている、旅に出る御頭のサンプルです。
⚠️明治20年代の設定 既婚の蒼操

 昔馴染みからの手紙は、おおむね嬉しいものだ。達者に暮らしているという知らせであれば、尚のこと。
 おおむね、と前置きしたのは、今回の手紙がそうではなかったから――-厳密には、手放しで喜ぶにはいささか躊躇いが生じたからである。手紙を受け取った側、つまり蒼紫に。
 手紙を持ってきたのは翁であった。何やら上機嫌である。一体どんな面倒事かと、蒼紫は初め訝しがりながら文を受け取り、目を通して、良い意味で拍子抜けした。
 差出人は元江戸城御庭番の男であった。紆余曲折あり、今は南海道で一所ひとところに落ち着いて、家族で小さな宿屋を始めたのだという。ついては、商売の先達である葵屋に指導賜りたく、ぜひ遊びに来てほしいという内容だった。丁寧に船の切符が同封されている。昔から律儀な男であった。
「たびたび文でやり取りしておってな。お主のことも伝えておったんじゃよ」
「行ってくるといい」蒼紫が翁へ手紙を返そうとすると、
「いや、儂は行けぬよ」翁はあっさり断った。「船旅というのは、老体には堪えるからの。あの揺れがいかん。ほれ、お主に会いたい旨も書かれておるじゃろ」
「俺は行かん。仕事がある」
「何、その仕事はこれまで誰がやっておったと思っておる。儂が代わるでな。安心して行ってこい。俊《しゅん》(というのが、差出人の名である)には会いづらい事情でもあったか?」
 無い。御庭番では、俊、の名で通っていた彼は、蒼紫より十かそこら年上で、先述の通り忠義の男である。維新回天で散って以降は会っておらず、良くも悪くも「忠義の男」という印象しかない。会えるものなら会って、この二十数年の労をねぎらいたい。
「たまには一人で遠出も、息抜きになって良かろ」翁はへらへらと笑っている。
 蒼紫が無言で渋っていると、そういうときの蒼紫を動かすのに最も長けた者がやってきた。洗濯物の片付けに来た操である。
「なに、二人して突っ立って。どしたの?」
「おお、操も見ろ。江戸城におった俊からの文じゃ」
「しゅん? えーっと……」操が首を傾げるので、蒼紫は彼女に手紙を見せた。読み進めるうちに思い出したらしく、「あー、俊さん! はいはい」と、操は一人で手紙へ相づちを打ち始めた。
「えっ、お宿だって! 素敵じゃん!」操が明るい声を上げる。
「そうじゃろそうじゃろ」翁がすかさず頷く。
「いいなあ、あたしも俊さんに会いたかったなあ。いつ行くの、爺や? お土産持って行ってよ」
「儂は行けぬよ。どうにも足腰が言うことを聞かぬようになってきたからの。儂の代わりに蒼紫が行ってくるわい」
 おい、さっき聞いた理由と違うが? 蒼紫は耳聡く矛盾を聞きつけたが、しかし、翁と操の会話には口を挟める隙など無い。
「あー、こないだギックリやってたもんね」操はあっさり頷いて、「蒼紫さま、俊さんによろしくね。会えるの何年ぶり? 俊さんって江戸にいた頃、すごい髭だった人だよね。今はもう剃っちゃったかな? もっとすごいことになってたら教えてね」
 そう言われると、そんな気がしてくる。あの頃の俊は確かに髭を蓄えていた。二十年経てば風貌も変わっているとは思うが、どうだろう。十五だった蒼紫には、年上の俊は大きく見えたものだが、果たして今の自分ほど上背がある男だっただろうか。
「いいなあ。会えるの楽しみだね」
 操が笑いかけてくる。
 そう言われると、そんな気がしてくる。
 操の言葉によって、やや心変わりしたことを、翁には見抜かれた。
「では、蒼紫が行くと返事しておくからの。こちらの近況も伝えておくでな」
 渋る気持ちは、操の連日の「楽しみだね」「いいな、あたしも会いたいな」によって徐々に溶かされ、出発当日には、操がかくも会いたがっていることを、俊にしかと伝えてやるほかあるまい、とまで思うようになった。翁の言葉通りになったことだけが癪だが(結局彼が「行かぬ」と突っぱねたのは、江戸の仲間への気遣い半分、船旅を好かぬのが半分というところだろう)。
 片道二日、だいたい一週間の旅程である。蒼紫が一人で、一週間も家を空けるのは、かなり久しぶりの――少なくとも十ヶ月ぶりのことであった。そう思うと、なんとなく鞄が重い。
 蒼紫の体感は、もちろん操には伝わらない。
「気をつけてね。俊さんによろしくね」
 見送りに出てきた操が手を振る。それから、「ほら」と腕の中に声を掛けながらくるり半回転した。