留守田
2024-12-18 15:32:07
3057文字
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殺して生きる

死んでるのに? という感じの雰囲気短文です。
※自Tav成分とか脳内設定マシマシです。

「グッ……ヴァ、ン……パイア、め……!」
 自ら流した血溜まりに崩れ落ちるヒューマンの彼は、アンダーシティに通じる下水道経由で宮殿に侵入して来た吸血鬼狩りのリーダーだ。
 主人であるアスタリオンの不在の隙を狙った結構な規模の団体客だったが、何のことはない。定命の使用人達に被害が出る前に制圧する事が出来た。
「旦那様、この男が頭目のようだが……
 言いながらアスタリオンの子供スポーンであるドラウの男が両手剣の刃先を崩れ落ちた吸血鬼狩りの首筋に向け、容赦無く背中を踏み付ける。
「がっ、あ……!」
「どうする?」
 言葉こそ冷静なように聞こえるが、彼の赤い瞳は怒りに震え、口元から覗く牙はいつにも増して冷たく光っていた。
「もう少し力を緩めてやれ。死んでしまうだろう?」
「旦那様を狙う者は楽に死なせるなと義父上ちちうえから仰せつかっている。それに、俺自身もそう思う」
 言い終えるや否や薄い青紫色の唇を歪め子供が一際強く背中へ踏み込み、吸血鬼狩りの男が苦痛に叫ぶ。
 そのまま続けさせれば骨の一本ぐらいは踏み抜いてへし折ってしまいそうだ。
「お前達の愛情は嬉しい。だが今はこの男から話が聞きたいんだ、力を緩めてくれないか?」
 アスタリオンの眷属である彼と私の間には、強制させるような力は何一つ働かない。だからこうしてお願いをして、動いてくれるかどうかは本人次第だ。別に私のお願いを聞かなかった事で与えられる罰もない。
……分かった、旦那様。だが終わったらこの男は俺にくれないか?」
 けれども、大抵の場合はこうして聞き入れてくれる。力が無くとも、心を砕いて接し、何かあれば共に悩み、寄り添ってきた私達はある意味では原初的なもの──信頼で結ばれているのだから。
「お前は本当に短命種が好きだな。もちろんお前のものにしていいが……一口だけ貰ってもいいか?」
「ああ。旦那様になら」
「ありがとう。さて……
 まともに話せるようになったはずの吸血鬼狩りが黙ったままだ。まさか死んでしまったのか?
 片膝を突き、屈んで男の顔を見ると彼は何か悍ましい物を見たかのように表情を強張らせていた。
「ヴァン……パイア、が、愛情……だと?」
 愕然とした両目に捉えられる。そこまで奇妙な事を言っただろうか?
「何もおかしくないだろう、私達はデヴィルが魂と認めるものを持ち、親しい子を傷付けられて怒る感情もある。そんなに驚く事か?」
 そう答えたが、吸血鬼狩りの男は拒絶するように瞼を強く閉じる。
「嘘だ……嘘だ嘘だ! お前達の愛情なんて偽物だ! お前達は所詮、飢え続ける化け物だ! 俺の家族を、罪もない人間を大勢殺しておいて──」
 いきなり声を張り上げたからか、次の瞬間に男は酷く咳き込んでしまっていた。
 彼の首筋に向けて突き付けられている刃は微動だにしない。ただ真っ直ぐに、いつでも彼の命を奪ってしまえる位置にあるだけだった。
 かつて自由だった私の肉体は今や支配され、精神は殺されている。
 どれだけアスタリオンを愛し、彼の子供スポーン達を慈しもうが、かつては同じものだったはずの人間を自分より劣った物として見るようになった。宮殿の地下で飼育されている“家畜”を見ても何とも思わなければ、かつては芸人として己の芸で奉仕していた筈の観客でさえ必要であれば主人に捧げ、使い捨て、吸い殺す。
 そこだけ切り取れば、確かに血の通った情があるとは言い難い。
……偽物だとしても、私は自分自身の、そして愛する伴侶とその子供達の愛情を信じている」
 吸血鬼は吸血鬼なりに感情がある事を私は知っている。どれだけ強く速く鋭くなろうが時には嘆き、苦痛に呻いて、またある時は怒り、嵐が過ぎ去れば喜び楽しむ。
 人間が期待する良心を持ち合わせてはいないが、私達の感情が心の底から溢れるものだと信じ愛するのなら、初めは偽りや真似事の感情だろうと真実に成らずはいられないだろう。怪物になる事もないはずだ。
 かつては舞台の上で役を被り、演技で様々な貌を披露した身ではあるが……そう信じている。偽物だからと言って、それが本物になれないとは限らないと。
「そして、お前を憐れむ感情もないわけではない。私はこの宮殿に入る全ての血の匂いを知っているが、お前の縁者らしい匂いは嗅いだ事がない」
「な、に……?」
 全くの他人がたまたま似た匂いを持つ事もあるが、血縁関係となると他人の空似とはまた違った繊細な部分が似通う。だが目の前の男の匂いと似通ったものには覚えがなかった。
 目の前の吸血鬼狩りが嘘を言っているようには見えない所を鑑みるに、男の家族はあの日捧げられた七千人のスポーン達の一人でもおかしくはない。或いは儀式に関係なくとも、先代からの因縁かも知れなかった。
「この宮殿は主人が代替わりしたばかりだ。もしお前が復讐したかったのがカザドール・ザールだったのなら……彼は既に滅ぼされ、二度と蘇る事はない」
 私の耳が、人の息を飲む僅かな音を拾う。やはりそうか。
 ジャヘイラの言葉を思い出す。アスタリオンはザール家の財産と負債を受け継いだのだと。世代を超え受け継がれてきた財産が莫大な量であるのなら、同じように受け継がれた負債もまた根深い。
 恐らく今後も、この手の者とは向き合って行かなければならないだろう。
……お、俺の……妻は? 娘は? どうなった?」
 そう訊ねる吸血鬼狩りの瞳には躊躇いと恐怖と、ほんの僅かな期待が見える。
 問いへの正しい答えを私は持ち合わせていない。既に血を吸い尽くされ死んでいたのか、スポーンと化していてあの儀式で消費されていたのか。どちらにせよ、もう生きてはいないだろう。
 害意を持って襲撃して来たこの男は殺すしかないのだから、真実を伝える必要はない。
「どうだろうな、生き残りのスポーン達の中に居たかもしれないが」
 縋り付くような視線に眼を合わせ、彼に集中する。弱り切った人間を掌握するのはとても簡単で、思わず笑ってしまう。
 ……勝手に上がる口角に、善良だった私はもう死んでしまっているのだと改めて実感した。座席を埋め尽くす観客達を喜ばせようと苦心した日々が遠く感じる。
「あ…………
 覗き込んでいる瞳の奥が曇り、彼の身体から力が抜けた。察した子供スポーンが刃と踏み付けていた足を退かし、一歩だけ下がる。
「探しに行こう。ほら、立てるか?」
 虚ろな男を助け起こせば、よろめきながらも立ち上がった。
「お前はいつも徒党を組んで家族を探していたのか?」
……援助があった」
「誰から?」
 男の口からある貴族の名が飛び出す。どうにも我が家はまだ詰めが甘いようだ。頭が痛い。
 いくつか質問を重ね、一通りの情報を得たところで男の身体を子供スポーンの方へ向けさせた。
「案内をするのは彼だ、彼に着いて行きなさい。宮殿で迷子にはなりたくないだろう?」
 背後から首筋に牙を突き立て、一口だけ啜る。迸る生命を感じる味わいは嫌いじゃないが、我が伴侶の血には遠く及ばない。
「あぁ……ッ、はい……
 約束通りに吸血鬼狩りの男を引き渡し、機嫌が良さそうに去って行く子供スポーンの後ろ姿を見送る。これから死ぬまで血を啜り上げられる彼が最期に見るのは妻と娘の姿か、恐ろしいほど美しい宿敵か。
 吸血による恍惚の中でせめて前者であればいいと願うことぐらいは、既に死に絶えた善良さでもまだ出来るようだった。