urifuji
2022-08-19 19:54:39
42348文字
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星の花

『黄昏刻に龍ぞ棲む3.5』で無料配布していた小説です。
鬼哭村で祭りを行いたい双子主人公が紆余曲折しつつ仲間を巻き込む話です。
登場の差はありますが鬼道衆全員出せました!


 




「龍君、これは何処に置けばいいんだい?」
「あ、あれは村の外にあるあの所に置いてくれ。えっと代金だよな、確かこれ位だった筈」
「これとこれと、追加したものを計算してこんな感じになるよ」
……あの」
「値引きはしないよ」
……
 

「兄妹~! ごれどこにおけばいいんだ~?」
「あっ! 待って待って泰山ちゃん! まだそれはお山に置いておいてくださいっ」
「ん~? そうだったが~?」
「そうですよ~。でもせっかく持ってきたし……。村の人に隅にでも置けないか聞いてこようかな」
「お~っ! おでもいっしょに行ぐど~!」
「行きますか? では一緒にお願いに行きましょう!」
「おうっ!」

 
 自白強要させられたあの日から既に七日が経過していた。
 結局あの後天戒除く仲間達全員へ話す事となり、祭りを計画した目的と意義、そして少しの願望を伝えると彼等は各々の反応を示しながらも最後は協力すると言ってくれた。天戒には言わないでくれと伝えると多少不満そうだったが、彼を労いたいからと伝えると全員二言で了承してくれる。皆、彼に恩返しがしたいのだ。
 そして今、彼等は何故か主催者として祭りを執り行う事になっている。主催者はもっとしっかりした仲間の方がいいと散々訴えた二人だったが、計画を考えた責任は取るべきだと怒られた上御屋形様を協力者として入れない以上全員を取りまとめられるのは二人しかいないとのまさかの全会一致で決定し、結局総合共同責任者として今に至っている。

 時は葉月。もうすぐお盆がやってくる。
 祭りとは別にお盆の準備も行わないといけない為、ここ最近では部屋に帰るとすぐに寝てしまうぐらい目まぐるしい毎日だ。指令が回って来た時には他の仲間達がそれとなく引き受けてくれると言ってくれたのがありがたい。ただし今のところ指令は無いらしく、これ幸いと準備に取り掛かる二人である。その彼等の走り回る姿を屋敷の陰から見つめる視線が二つ。

「龍と鈴は忙しそうだな」

 仲間に声を掛け、忙しそうしている彼等を静かに見つめるのはこの屋敷の長である天戒と腹心の桔梗。何気ない言葉は只の独白だっただろうが、それでも隣で聞いていた桔梗はその言葉に一瞬心臓の音が大きくなった。仲間達から村の子供に至るまで緘口令を引いているが彼は鋭い。余所余所しさを感じる態度にどこかで違和感があるのだろう。

「え、ええ。そうですね、お盆の為に色々村人に頼まれているそうですよ」

 彼の言葉に取り繕って答えた桔梗だが、彼女は正直どこまで彼に伝えるべきなのか悩んでいた。彼女も彼に喜んで欲しいし、休んで欲しい気持ちはある。それこそ懐刀である向雲よりもずっと。
 彼にずっと寄り添ってきた桔梗だから、普段から孤独に耐える彼を尚の事孤独にしていないか、それが気がかりでならない。この環境は正直、居心地が悪いのではないかと思う桔梗は何処までも彼が中心だ。彼に心労が掛かる位なら初めから伝えておいた方がいいとも思っている。

「あの、天戒様……

 少し寂しげに見える背に声をかけようとすると、予想に反して振り向いた彼は明るい顔をしていた。朗らかに笑い「そうか。では俺は部屋で作業することにしよう。やる事はたくさんあるからな」と桔梗に手を振り去っていく。 

「え? 天戒様?」

 思わぬ彼の行動に驚いた桔梗だったが暫くその背を見送るとゆっくりとため息を付いた。そして庭に近づき縁側にそっと腰を下ろすと「早く祭りになるといいねぇ」と空を見上げて呟く。彼女の気持ちに寄り添うように蜻蛉が肩に止まった。




 ☀☀☀☀☀ 
 



 連なった赤い小さな提灯が家の前で揺れる。その横で小皿に入れたオガラが煙を立て、誰かを呼ぶように高く上がっていた。
 お盆である。
 世間でも大事な行事の一環であるが、大切な人を失っている人が多い鬼哭村は何よりも大事な行事である。特定の墓がなくご先祖様や家族が迷ってしまわないか心配している村人の為に、毎年各家の前には鬼灯と送り火が炊かれこの時期密やかな営みをしている村に燃える色を添えていた。
 例年であれば故人を忍び、無念を忘れまいと気持ちを静かに奮起させる日である。その為お盆はどちらかというと普段より静かであり、けれど夏の張り付く暑さの様に陰湿にふつふつと陰気が高まらせる日でもあった。
 しかし今年はどれも違う。お盆が近づく度に村人の笑顔は増え、全体的に明るさが増していた。時々そわそわもの言いたげな視線が見られたが、その視線も悪いものでは無く、どちらかというと待ちきれない気持ちを我慢しているような、希望で溢れている視線だった。
 本日はお盆二日目。
 いつも以上ににこやかな屋敷の住人の顔を見て朝食を済ませた天戒は、食事が終わるのを今か今かと待ちわびていた村人達に背中を押されそのまま外に出ていく。彼等と共に広場に行くと小さな屋台数件が立ち並び、準備にいそしむ仲間と多くの村人達の姿があった。その中心で指示している龍斗は天戒の姿を見つけると、手を上げ呼び寄せる。

「よ、おはようさん。よく眠れたか?」
「ああ、おはよう。龍、これは……
「ああ、祭りだよ天戒。今日は村の祭りだ」

 彼が天戒に宣言すると周りにいた村人達は〝わあっ!〟と声を上げた。

「ああ、緋勇様やっとですよ! ずっと言いたくて言いたくてしょうがなかったんですっ」
「もう我慢しなくていいんですね!」
「御屋形様、これ私が作ったんです! 見てください!」
「あ、こら狡いぞ! 御屋形様、今日は私が売るんですよ! 是非来てくださいね!」
「御屋形様~、こっちも見てください~!」

 彼が宣言した途端天戒の周りはあっと言う間に村人達で溢れ、彼はそこら中から声が掛かった。自分達が今まで何を頑張って来たのか、どんなことをしたのかと事細かく説明を受けており、彼もそれを見て楽しそうに聞いている。
 それを眩い目で見ていた龍斗の横に、すっと影が出た。振り向くと白と濃藍色の羽織を着た男、壬生霜葉が気配を消して立っている。

「人気者だな」
「ああ、霜葉か。人徳のなせる業だよな~。流石天戒、俺には出来んよ」

 ははは、と苦笑する龍斗の顔を霜葉は思わず見つめた。村の仲間達が手伝ったのは天戒の為でもあるが、龍斗や鈴菜の呼びかけも大きい事は村にいる誰もが知っている事だ。いつになったらその事実にこの男は気づくのだろうかと半目になってしまうのは致し叶ない。

……
「どうした、そんな目を向けて。そういえば何かあったのか?」
「いや、あちこちから屋台を始めていいのか質問が来ているぞ」

 龍斗は周りを見渡すと開店準備をしていた彼等は各々準備し終えたらしく龍斗に向かって手を上げていた。特定の店では既に人が並んでいる。皆この時を楽しみにしている様子が雰囲気から伝わってきた。

「ああ、説明したしもういいだろ。よーし、今から祭、はじめるぞっ——!」

 龍斗の開会宣言を聞いて皆が楽しそうに声を上げると、霜葉は任務を達成したとでも言いたげに一つ頷いた後機微を返した。その彼の背中に気づいた龍斗は「霜葉っ!」と大声を上げ、去っていこうとする彼を呼び止める。

「海で魚を取ったり滝から水運んだり手伝ってくれて、ありがとな」
「俺にはそれしか出来ないからな」
「なにいっているんだよ、俺達はめっちゃ有難かったからな。お前の功績は俺達にとって何より大事なものなんだよ」
……そうか。お前達の為になったのなら、それでいい」

 彼の言葉にそっと微笑んだ霜葉は今度こそ用事が済んだとばかりに広場から離れていく。人が大勢いる場所では妖刀の影響で祭りを台無しにしかねないと危惧していた彼は、やはり祭りに参加する気はないらしい。
 けれど諦めきれない龍斗は「奈涸の店に寄ってけよ~! 花火だけでも見に来てくれ。待っているからな!」と再度その背に声をかけると、彼は軽く手を上げた。何処まで聞こえるか分からないが、彼の態度で夜は来てくれると思い笑った。

「たっちゃーんっ! 私達もそろそろ準備しないと! 皆並び始めているよ」
「へいへ~い」

 鈴菜の方を見ると、確かに店の前には子供や大人達は数人並んでいた。
 今日は暑い為盛況になるだろう。
 そんな予感がしながら龍斗は慌てて店を始めた姉の元に向かっていった。



 
 村人達の案内を一通り終えた天戒は、今度は子供達に手を引かれて屋台を巡っていた。仲間達が行っている店もあるが中には村人達が行っている店もあり、張り切って物を販売している姿を見て彼等もこの祭りを楽しみにしていた事が分かる。
 屋台は一畳程度の小さなもので、持ち運びが出来る簡易式のものだ。見てくれは江戸橋広小路の盛り場(さかりば)で並んでいる四文屋(※四文で食べれる屋台の事)にとても似ている。
 しかし村人達は売る物によっては大量に用意しなければならない材料をどのように準備したのだろうか。不思議に思い聞いてみると、事前にやりたい店を伝えておけば龍斗や鈴菜が奈涸や伝手を使って依頼していたらしい。確かに直接交渉しないやり方ならば、村人が不審に思われる事はないだろう。

 数ある店の中で子供連れに人気の店があり、この店もその一つ。子供で溢れかえっている店を覗くと、接客をしていた御神槌が此方に気づいた。話していた女性も御屋形様が来た事を知ると会釈して立ち去り、子供が目を輝かせて母親を引っ張っていく姿は何処にでもある親子の姿だ。微笑ましい限りである。

「これは御屋形様」
「Hey! コンニチハ!」

 帽子をとって会釈する御神槌と日本の祭りは初めてなのかいつもより笑顔が輝いているクリス。彼等が経営する屋台を見ると大きな鍋と小さな小袋が並べられ、小さな袋の中には色とりどりの飴が入っている。

「御神槌とクリスか。ここは飴売りか?」
「はい。どちらかというと販売というより配っているのですけどね。他に信者の方々とクリスに手伝ってもらって、冷や汁(冷たいみそ汁の事)も一緒に提供しているのです。良かったらどうぞ」

 屋台というより炊き出しに近いかもしれない。売り買いではなく奉仕して祭りを楽しんで貰いたいというのはキリシタン組の二人らしい発想である。
 ありがたく冷や汁を頂く。夏の暑さに冷えたみそ汁が染み渡り、大変美味である。天戒が汁を啜っている間も村人達は列をなしクリスからお椀を受け取っていた。屋台の横に食べ終わったお椀を入れる場所があり、信者の一人が時々取りに来ている。天戒は汁をすすりながら静かにその様子を眺めていたが、何かに気づいたクリスは声を上げ、飴を配っていた御神槌に声をかける。

「ファーザー。あれは渡さなくていいのかい?」
「あ、ああ、そうでした。有難うございますクリス。少し抜けますね。えっと、御屋形様。少し此方へ」

 不思議がる子供達と別れ、会釈する御神槌に付いていく。
 元々物が多かったが、祭りの準備でさらに物が増えた礼拝堂に寄ると、台所の机の上にあった数個の和紙袋のうち、一一つを天戒に渡した。天戒は無言のまま中を開けると見た事もない食べ物らしき物が入っており、そこから甘い香りが漂ってくる。多分日本由来の物ではないだろう。

「これは?」
「これは〝ぼうろ〟といって私が知っている南蛮のお菓子です。甘い物がお好きだと聞きましたので、良かったら食べてください」

 想像通りこれは西洋の菓子だったらしい。一つお礼を言った後彼に尋ねる。

「何故ここなんだ?」
……実はあまり数が作れなくて」

 困った様に話す彼に、だから人目に付かない場所を選んだのかと納得する。西洋の菓子は砂糖がふんだんに使われていると聞く。祭りの為に金銭を集めたとしても村中に配るまでには足りなかったのだろう。

「そうか……。俺の為にすまないな」
「とんでもないです! こちらこそ御屋形様にはどれだけお礼を言っても言い足りない位なので」

 慌てて両手を振った彼はその後深々と頭を下げた。
 几帳面な彼の事だ。こういう機会なので何かをしたいと思ったのだろう。
 少し前の御神槌ではこのような機会があっても参加する等考えられない程余裕はなかった。そして今はその姿を忘れる位明るい笑顔を浮かべて、人々と触れ合っている。そんな彼をいい方向に変化させた人物を思い浮かべた天戒は、不思議そうに此方を見る彼に意地悪く笑った。

……鈴にもやるのか?」
「はっ⁉ いや、あの。え、えっと……

 今回の主催した人の名を出すと、明らかに動揺して顔を赤らめる御神槌。視線を彷徨わせている所をみると図星で、大方あそこに置いてある残りのお菓子は彼等に渡す為に用意しているのだろう。年相応の分かりやすい彼に面白くなった天戒は盛大に笑った。

「ははっ、その様子だと龍も鈴にも用意したのだろう。それならこれは俺一人で頂こう」
「そ、……そうして頂けると、幸いです」
 感情が豊かになった彼を見て、天戒は本当にいい変化だともう一度笑った。




 袋を着物に隠し、御神槌と別れた後は次の店に寄った。
 ガンリュウが目印なこの店は誰が店主なのか考えなくても分かる。けれど、正直彼女が店に出て物を売り出すなんて数か月前に誰が想像できたのだろうか。
 御神槌と同じ様にいい変化をしている女主人に天戒は声をかける。

「雹、いるか?」
「これは御屋形様」
「おやがださまだ~!」
「こんにちは」

 天戒にすぐ気づいた雹は、素早い動作で姿勢を正し頭を下げる。彼女の隣では彼女と仲がいい比良坂と意外な事に泰山も店先に座っていた。天戒は彼女を制し顔を上げる様に伝える。

「泰山、比良坂もいるのか。そのままでよい。ここは玩具屋か」
「はっ、簡単なカラクリでありますが」
「おでも手伝ったどー! 友達、だくざん彫った!」

 彼女の店を見ると、小さな人形に紐が数本繋がっている簡易式のからくり人形や小さな箱が置いてあった。傍から見ると只の箱だろうが、雹の店に置いている事からあの小箱はカラクリ箱なのだろう。隣には木製の小さな置物が置いてあり、荒い所はあるがそれぞれ動物の特徴を得ていて其々兎やクマだと一目で分かった。
 しゃがみ込んで感心して見ていると、近くにいる比良坂が微笑んだ。少し緊張しているのか表情の硬い雹に軽く触れて天戒に声をかける。

「雹さんこの日の為にとても頑張っていたのよ。どうか褒めて欲しいわ」
「ひ、比良坂!」
「あら、本当の事だもの。いけなかった?」
「い、いや、悪くはないが……

 珍しく口ごもる雹となんでも無いようにあっさり答える比良坂。最近一緒にいる事が多い彼女はここ数日間の雹の努力を理解し、彼女が報われる事を願っていた一人である。彼女等の遠慮ないやり取りは誰がどう見たって親しい友人同士のそれだ。

「そうか。雹も泰山も頑張ったのだな」
「うんっ! おで、頑張っだ!」
「い、いえ。妾のカラクリなら子供が欲しがると、……俺なら欲しいと龍様が言ったので」

 素直な泰山と雹に天戒は微笑む。悲惨な過去を持つ者の中でも上位に位置する彼等は、この村に来た時は何と声をかけていいか天戒でも悩む位酷いありさまだった。
 それが今ではこのように眩しく、控えめにでも笑う事が出来ている。感傷深くなる天戒は、目じりを下げて優しく彼等を見つめた。

「成程、良い。確かにこれなら娯楽が少ない子供達も喜ぶな」
……ありがたく思います」

 深々と頭を下げる雹の背中を嬉しそうに摩って比良坂は言った。

「先程、子供達と一緒になって風祭さんも喜び勇んで購入していましたよ」
「坊主も買ってったぞ~! よろごんでぐれて、おで嬉しい」

 完全に奥継を村の子供達と同じ扱いしている比良坂と何も知らず同調する泰山に、先程まであった優しい笑顔は引きつり「そ、そうか。まあ本人が喜んでいるならいいが」としか言えない天戒であった。




 
「やあいらっしゃい。ここは寿司屋だよ」
 次の店は奈涸だった。髪を縛り前掛けをして襷で袖を留めている姿は骨董品を取り扱っている姿とはかけ離れていた。まさに料理人の風貌である。声を聞かなければ奈涸だと思わなかったかもしれない。
 その原因の一つである長い前髪を止めている頭の簪について聞くか聞かないか悩んだが、視線を向けた瞬間眼光が鋭くなった為触れてはいけない事柄なのだろうなと思った。大方誰がやったのかは想像できる。
 極力簪に視線をやらず話を続ける。

「珍しいな、お前が店に立つなら骨董品かと思ったが」
「毎回そうだと味気ないだろう? 二人に相談したら水使いなら寿司だろ、と言われてね」
……時々思うが、どういった理由でそうなるのか教えて貰いたいな」
「それを彼等に言ってくれ。是非。君の口から」

 冷静に話しているが何とも言えない圧を感じ、冷静沈着である彼でも二人には敵わないのだなあと思う天戒である。

「あ、ああ。しかし、寿司等どうやって?」
「主催者二人の力を借りてね。生憎生寿司はあまり用意していないが、柿の葉寿司ならある。一人三つまでだがどれがいい?」

 屋台に展示されている寿司を見ると、鱚(きす)、しめ鯖(さば)、漬け鮪(まぐろ)。しかし山奥で生寿司を食べられる機会は早々ない事から、村人達に人気で展示されているのは残り僅かだった。その隣に置いてある箱を見ると柿の葉で包まれた四角い物が置いてある。きっとこれが柿の葉寿司というものなのだろう。そちらも気になるが今は隣の寿司の方が気になる。

「そうだな、せっかくだ。鮪と鱚を貰おう。あと柿の葉で包まれたものも一つ貰えるか?」
「ああ、分かった」

 皿に鱚と漬け鮪、柿の葉寿司を受け取った天戒は、懐に手を入れお代を差し出そうとするとその動きを見た奈涸に手で制された。驚き顔を見つめるが、奈涸は静かに顔を横に振るのみ。

 奈涸とあろう者が金子を受け取らないとは! 

 衝撃のあまり目を見張ると、その視線に彼は口元を緩め答えた。感情を表に出さない彼にしてはとても穏やかで優しい笑みだった。

「もう彼等から貰っているよ。村人達へ均等に配れるようにとね」
……成程な」

 村人達は仲間達とは違って特別な力はなく、鬼岩窟に行って金銭を稼ぐことは出来ないし造花や風車等作って売ったとしても日々の生活が潤うほどではない。そしてそれすら出来ない者もいる。
 だからもし屋台を出したとしても金子が無ければ食べる事も買う事も出来ないとあっては、せっかく祭りが行えたとしても心から楽しむ事は出来ないだろう。
 そこまで配慮してくれた事に感謝しつつ、だから目の前にいる彼であっても好き勝手にする彼等へ文句が言えないのだなと理解した。彼の苦労が分かるような気がして思わず苦笑する。

「何か?」
「いや。随分甘いなと思ってな」
……君に言われたくない」




 
 無言の苦情を受けた天戒は早々に奈涸の店を去り、次に来たのは至る所に面を飾っている店。誰がやっているのか雹に続き直ぐに分かる。この店の主人は、勿論この人である。

「ここでは面を売っている」
「ぶれないな」

 ご存じの通り弥勒である。

「俺が面以外の店を出すとでも?」
「確かにそうだ、想像が出来ん。しかし流石に高額だな。これを買うのは……

 浅草ではふらりと来た若旦那衆が買ってくれるだろうが、ここは鬼哭村。少し言いづらいが決して豊かとはいえない村である。村人達が出そうと思って出せる金額ではなく、仲間であっても買うのはなかなか厳しい。

「先程奈涸が来て面を買っていったぞ」
「なに? 珍しいな。あのしゅ……いや、金銭の厳しいあ奴が買うなんて」
「買ったのはおかめの面だ」
……成程」

 おかめの面は熊手に付けられる事もある福を呼び寄せる面である。弥勒の面は力が宿る為、そこらの祈祷や呪い(まじない)よりも効果はありそうだ。確かに彼は縁起の良い物は好きそうだが、商売以上のものを求めている気がするのは気のせいだろうか。
 先程まで一緒にいた彼を脳内で浮かべ、幸せな悩みを抱く彼へ静かに祈った。そうしていると店に置いてある簪に目が留まる。

……ん? 思ったより安いな。ふむ……、一本頂こうか」

 前は確か一本一両だったはず。それが今では半額どころか三割ほどの値段で売っている。高額である事には違いないが、手が出せない値段でも無い。
 感謝と労いを込めて購入する事を決めた彼は小さな龍の細工がある簪を選び彼に銭を差し出す。

「村割引だ。あとこの木は泰山に貰った物だからな。……九角」
「何だ?」
「龍さんの分はいいのか?」
「はっ?」
「龍さんも前髪が長いだろう。彼はいいのか?」

 驚愕の色を隠さず天戒は弥勒を見つめるが、見つめられた彼は不思議そうな顔を浮かべるだけだった。們天丸と違いこの様な冗談を言う人物ではない。なら彼は真面目に言っているのか、女扱いをされる事が大嫌いな彼に。

「以前龍に簪が似合うと言って、怒られていなかったか?」
「女物の簪だったしな。奈涸も付けているし、男でもつけていい物とは知らなかった。彼なら飾り気の無い物が似合う。これなんてどうだ」

 いや、奈涸のあれは鈴菜が勝手にやった事だし、少なくとも髪が長い天(じ)戒(ぶん)でも使った事はない。そもそも男で使っている人物を見かけた事はない。先程の一人以外は。
 そうつらつら思ったが、不思議そうに此方を見つめる弥勒に対して、

……そう言えるお前は凄いな」

 との言葉しか返せなかった。多分彼は女扱いしている訳ではなく純粋に前髪が長そうだなと思っているに違いない。
 天然には誰も敵わない。自分の事を棚に上げて天戒はしみじみそう思った。







 時間をかけて屋台巡りしていたが、ここが最後の店である。
 一番込み合っていた事もあり、時期を見ていたらこんなに遅くなってしまった。

「ようっ! ここは氷屋だ!」
「いらっしゃいませ~!」

 人気の理由はかき氷という珍しい物を売っている事と、ここの主人である龍斗と鈴菜が対応しているからである。
 しかしまさか主催者である二人が店もやっているとは思わなかった天戒は笑顔で迎える人物達に目を開く。

「なに? 龍、鈴、お前達もやっているのか」
「そうですよ~」
「絶賛大好評だ、多分な」

 多分と言っているが間違いなく村一番売れている店である。
 その証拠に客が途切れる事はなく、今でも並ぼうか悩んでいる声がどこかから聞こえてくる。普段は自信で溢れている様に見える龍斗だが、彼は意外と謙虚なところがある。

「若、来たのですね」

 二人と会話をしていると屋台の後ろから向雲がひょっこり顔を出した。手に持っている桶の中身は水で、朝から見えないと思っていた彼は店を手伝っていた様子である。

「向雲か。龍達を手伝っているのか?」
「手伝いっていうか主戦力ですよ」
「主戦力?」
「ああ。ん? 桔梗に火邑か。いらっしゃい。桔梗、進行状況はどうなっている?」

 彼等の言っている意味が分からず首を捻っていると、疲れた足取りの桔梗と汗をかいているが楽しそうな火邑が店に並んだ。桔梗も朝から顔が見えない仲間の一人である。

「今のところ順調だよ。でも食べ物関係の品がどこも無くなりそうだねぇ。あ~、流石に疲れたから一つおくれ」

 桔梗と龍斗の会話から盛況すぎて屋台から離れられない二人の替わりに桔梗が村の様子を見回っているらしい。廻って来た屋台があの後も同じ様に人が出入りしていれば、致しかたが無いかもしれぬなと頷いた。

「よお、たーたんにすーすん! 頑張ってな。俺様にも二つくれ」

 そう言えば屋台に火邑の姿は無かったと思い、目の前で話しかけている彼を見る。朝から見かけていない仲間はこれで彼と嵐王、們天丸、奥継。霜葉は朝方後ろ姿だけ見たので広場には来ていないのだろう。彼の背景を考えれば仕方のないことである。
 們天丸は出かけているかもしれんなと思ったが、広場を見渡していると珍しく彼はいた。綺麗処が揃っている雹の店にちょっかいを出しており、鬱陶しがった雹がガンリュウを使って彼を遠くに放り投げていた。丁度弥勒の店の近くに落下したが、彼は気にする事無くひたすらに面を彫っている。
 一連の流れを静かに見ていた天戒だったが、鈴菜が気合を入れた声を上げると先程まで見ていた光景は綺麗に忘れ彼等の方を向いた。丁度技が決まり桶に入れた水を凍らせた様で、周りはひんやりとした冷気が漂ってくる。日差しの強い日中ではありがたい涼しさだ。

「ほい、頼んだ」
「任せられた。はぁぁあっ!」

 出来たての氷を渡された向雲は写し身で得た火邑の地獄裂爪を披露し、大きな器の中に薄く削った氷が出来上がる。杓子を持った鈴菜がその細かくなった氷を茶碗によそうと、台の上にある水を少し掛けてまずは桔梗に。次に火邑へ渡していく。

「はい、どうぞ」
「ありがとねぇ」
「助かったぜ。じゃあな、すーすんにたーたん。花火の時には呼べよ」
「は~い。若様もどうぞ」
「ああ。すまんな」

 渡されたかき氷を口に入れると氷の冷たさと甘さが口いっぱいに広がった。上に掛けたものは〖すい〗と言われる砂糖水らしく、水に交じって優しい味が口に広がる。未だ空の見ると日差しが高く蒸し暑い。咀嚼する度体中にかき氷の冷たさが広がり、不快な暑さが少し和らぐ。

 成程、これは皆欲しがる訳だ。

 氷を食べながら天戒は火邑の歩いていった方向を見る。

「火邑は何処に行ったのだ? それに嵐王は」
「嵐王ちゃんと火邑ちゃんと們ちゃんは見張りと見回り、そして緊急時の対応ですね。至る所で待機してもらっています」

 だから們天丸は先程広場にいたのだなと思ったが、めんどくさいと言って彼が仕事を放棄していないのは意外だった。あれが仕事している態度なのか? と言われれば何とも言えないが。

「彼等はよく引き受けたねえ」
「特に火邑ちゃんは最初嫌がっていましたけど、好きな料理を作ります! と言ったら引き受けてくれました! 後日カツオ漁に出かけます! カツオのたたき、頑張ります!」

 親指を立てていい笑顔で話す彼女はヤル気に満ちている。背景に大漁旗を付けた大きな船と波が見えてきそうな勢いだ。

「カツオ漁……
「時々俺等、料理を作りに来たっけ? と思うよな」
「ねー」

 確かに日頃から料理を作る事が多い為そうかもしれないと天戒はこっそり思った。
 そういえば彼等が江戸に来た目的は何だろう。もう何年も一緒にいる様な気がするが、彼等と一緒に過ごしたのはまだたった五つしか月を跨いでいない事に気づく。

 目的も、過去も、願いも、何も分からなかった彼等が不意に目の前に現れて。
 出会ってから多くの困難と共に過ごしてきたが、家族同然の彼等がいつまでも傍にいてくれる保証はない。
 彼等はここの村を、住人を、仲間を。
 そして九角天戒(じぶん)どう思っているのだろうか。
 
 ――かけがえの無い者だと思ってくれたら嬉しい。
  そう思って俯いた天戒は。
 ――こちらはもう、手放せないのだから。
  顔を上げた時には燃える瞳を宿していた。
 
 例えるなら獲物を狙い定めた狼のように慎重に、しかし確実に距離を進めて。
 鬼道衆の長という立場である彼は只優しいだけでなく、その下には強かに戦略を練る冷静さを秘めていた。
 何となく寒気がした二人は腕を摩る。氷を扱い続けた為冷えたのかと思った二人は後で日向ごっこをする時間を貰おうと心に決めた。

「そういえばあれから来ていないが奥継は?」
「坊やはかき氷を食べ過ぎて腹壊して休んでいるよ」
「あいつ、『一杯は一杯だ!』って言って、屋敷からどんぶり持ってきやがったもんな」
……食い意地張って食べるから……

 屋台に来た時の状況を思い出した二人は「あ~あ」と声を出してため息を付いた。朝から姿の見えない最後の一人、奥継は今屋敷で休んでいるらしい。彼らしいといえば彼らしくて少し笑った天戒に、同調して五人は笑った。
 笑いを収めた後、おもむろに天戒の方を向いた向雲は彼の方に目配せをする。なんとなく言いたいことを理解した天戒は軽く頷くと、向雲は皆の方を向いた。

「実はな。もう知っているかもしれないが、実は若は初めから気づいていたんだ」
「すまんな」

 あっさり答える二人に一瞬の沈黙をもって答えた双子だったが、これまたあっさり答えるのは龍斗。

「やっぱりそうだったか。道理であんなに皆がやりたがっていた〝天戒わっしょい案〟が立ち消えたと思ったぜ」 
「え? たーさんがやめたんじゃなかったのかい?」
「私達はやる気満々でしたよ」
「本当にやろうとしていたのかっ!」
「「もちのろん」」

 泰山と向雲を筆頭に、火邑だろ、嵐王だろ、と何人かの名前を出している姿は彼にとって恐怖しかなく。冗談だと思っていた為、正直向雲から「神輿の設計図も作っていますよ」と耳打ちされなければ、今頃笑顔で神輿を担いだ男達に運ばれていたのかと思うとぞっとする天戒である。
 自分の判断が間違っていなかった事に心の底から安堵する。流石危機回避能力が高くなければ生き残れなかっただけはある 

「何が何でも反対しておいてよかった。それはともかく、お前たちが頑張っているのを見ていたら何も言えなくてな」
「まあ、お前に最後まで隠し通せるとは思ってもみなかったけどよ」
「仕方ないですね、若様ですし」

 少し落胆しているが思ったよりもあっさり受け入れている双子から、信頼という名の諦めが含まれているのを知った天戒は自然に笑みが零れた。

「何だ、俺は褒められたのか?」
「「そうだ(よ、ですよ)?」」

 揶揄い交じりの冗談を、これまたあっさり肯定した彼等へ今度こそ天戒は苦笑するしかなかった。

 



 話している内に屋台の品が全て無くなったと触書がでると、残すは後花火のみ。各々夜になるまで好きな時間を過ごしていいと伝えているが、会場設営と花火の準備を行う二人にずっと付いているのは天戒その人だった。
 蔵に保管していた長手花火を運んでいる時も、縄で包まれた大筒を運んでいる時も彼はずっと傍にいる。傍にいるだけならまだしも彼は一緒になって運ぶのだから、本日の趣旨と反している出来事に二人は居た堪れない気持ちでいっぱいだ。

「おい、天戒。俺等は手が空かないから夕方までどこかで休んで来いよ」
「時間になったら呼びますよ。私達と一緒にいると手伝って貰う事になっちゃいますし」

 しかしこちらの気遣いに彼は笑顔で言い切った。

「ああ。俺も手伝わせてもらおうか」
「いやだから、今日はお前を労う日なんだって。お前がここで働いてちゃ意味ないだろ」
「なに、その主役は今回の主催から直接労いを貰っていないと思ってな」

 龍斗と鈴菜は『さっき食べたかき氷は?』と思ったが、あれは出し物であって直接彼へ労っていない。けれど今日はやる事が多く、時間的な余裕はないのが実情だ。仲間達にも声を掛けに行きたいし、桔梗に状況確認したいし、色々出来ていない事が多いのである。

……あの、明日以降ならどんな時だってやりますから」
「今日は俺を労う日なのだろう?」
……

 確かにそうなんだけど。そうなんだけど!

 珍しく意地悪い事を言う彼に唸っていると、その様子を見ていた村人達から声が掛かる。

「まあまあ緋勇様。ここは私達がやりますから。少し休憩してきてくださいな」
「ずっと働きっぱなしじゃないですか。ご飯食べました?」

 その一言で龍斗は朝食すらまともに取っていない事に気が付いた。忙しさで気にしない様にしていたが、じっとしていれば腹からの主張が激しい。空腹を感じない鈴菜は食べる必要はないが、何度も技を連続して使った為《氣》が少なくどこか眠そうである。

……そういや食べてねえな」
「そうだと思いましたよ。ほらほら、屋敷に行けば色々ありますから。お~い、緋勇様達が屋敷に戻るよ~!」
「うう、……すいません。たっちゃんもごめんね」
「ああ、休んどけ」
「ここにある花火は陽の当らない場所に置いておいてくれ。俺は龍と共に戻る」

 鈴菜が龍斗に謝って姿を消すと、彼女が居た所には形代が残り、揺れながら舞い落ちていく。それを空中で受け取った龍斗が屋敷に足を向けると、既に縁側に向かった天戒は屋敷の中へ声をかけていた。慌てて来た女中と周囲にいた村人達へ手早く指示を出す。

「至急食事を頼む。権兵衛、皆に片づけが終わったら順次集まる様に言ってくれ。後、桔梗に会ったら何が残っているのか聞いて、一緒に動いてくれないか」
「分かりました御屋形様」
「あ、御屋形様。そういえば奈涸様がお二人の為に持ってきた柿の葉寿司がありますので、それを持っていきますね」
「ああ」

 その場の状況判断し、てきぱきと屋敷の人達に次々と指示を出していく様は流石というべきか。
 日頃から指示だし慣れている側面もあるが、天性のものもあるのだろうなと座る様に指示された龍斗はぼんやりと思った。すぐに食事が届き、持ってきてくれた女中にお礼を言ってからお盆に乗っていた水を飲むと、じんわりと体中に染みわたっていく。
 座ってみて分かったが足は鉛のように重たく、動きたくないと体が悲鳴を上げている。想像以上に疲れていた事が分かり、龍斗の隣で同じ様に水を飲んでいる天戒の顔をじろりと睨んだ。

「お前、これが狙いだったな。……まあ、悪かったな」

 バツが悪そうに頭を掻いている龍斗へ鬼の頭領はにやりと笑った。その笑みは何処かあどけなく、どこか、いやとても楽しそうである。

「何の事だ?」
「言葉まで男前かよ! くっそ、覚えとけ!」
「ぶっ……。段々奥継に似てきたな、龍」
「それはマジで勘弁してくれ」

 罵倒しているのか褒めているのか分からない龍斗の言葉に、肩を震わせ笑う天戒と一瞬にしてチベスナ顔になる龍斗。九角家の長男として、幕府討幕を企てる鬼道衆頭領として大事に育てられた彼は、人の上に立つ者としての教育を施されている。そして周りもそれに見合う接し方をしてきた。腹心である桔梗や向雲、嵐王であっても例外ではなく、彼等は忠実な部下であるが、対等の存在ではない。彼と彼等では何処か一歩隔たりがある。
 だからこんな風に、普通の友人の様に無遠慮に、どこか無邪気に話す彼は見た事が無い。彼に長く使えている爺やや女中は何処か微笑ましいような顔を浮かべ、つかの間の休憩をとる彼等を優しく見守った。






 陽が陰っていくと共に茹だる暑さは軽減し、代わりに心地よい風が通り抜ける。刺すような日差しも今は影を潜め、夕焼けに染まる空はその後に来る薄明を待ちわびて色を濃く染めていった。
 もう半刻もすれば陽は沈み、鬼道衆(かれら)にとってなじみの時間、宵となる。
 普段であれば絶え間ない緊張と少しの不安を自分の意志で封じ込み、自分の願いの為、御屋形様の為に任務をこなす大切な時間であるが、今日に限ってはそんな精神的重圧は全くない。それどころか心は踊り待ちきれず、屋敷にいつおこなうのかと聞きに来る村人も何人かいるようだ。

 江戸で花火と言えば両国の打ち上げ花火が有名だが、この鬼哭村で打ち上げ花火を行う事はない。少し開けているからと言って打ち上げ花火が出来るような場所では無いし、何より何事かと思った役人がここ一帯を調べに来たら大変だ。当たり前だが、鬼哭村で花火といえば線香花火や手持ち花火が主体となる。
 日頃から狼煙花火等を取り扱っている彼等であるが、それでも遊びで行う花火はやはり別格で。つけて楽しく、見て綺麗なら多くの人が虜になるのも無理はない。
 特に小さな花火だろうと住民揃ってやるような催し物は今までなく、戸惑いながらも参加を決めた者もいるようだ。少し早めの夕食を皆で取った後、希望者は集まってくれと伝えると思いのほか多くの村人が集まってくれた。中には動けず殆ど寝たきり同然であっても花火を見たいが為に周りに頼み出てきた人もいる。
 屋敷に村人が集まる中、箱の前に立った龍斗が声を上げる。

「じゃあ配るからまずは子供達から前に出てきてくれ。全員分ちゃんとあるから取り合うなよ。やるとしたら広場で、それ以外では絶対にやるな。終わったら必ず水に浸けて、一か所に固めておいてくれ。必ず水に浸けるんだぞ。たまに終わったからって言ってそのまま花火を焚火に入れる奴がいるが、それで火事になった例は何度もある。ここは森に囲まれているから、火事になったら終わりだと思え」

 脅しともいえる彼の言葉に子供達や数人の大人達が息を飲む音が聞こえるが、そんな龍斗に鈴菜が肘で突く。   
 それ以上は言わなくていいとの意思表示だ。へいへい、と苦笑した龍斗は気を取り直して前を向く。

「ここまで言ったが、取り扱いをきちんとしていれば大丈夫だよ。もし万が一やれない人がいたら声をかけてほしい」

 龍斗が村人に説明し終えると御神槌と比良坂、クリスといった仲間達が木箱から次々と花火を取り出し渡していく。そして他の仲間達が広場の方に誘導すると、広場の隅にあった焚火に火をつけて其々長手や小さな手持ち花火を楽しんでいた。うっとりと花火を見ている様子や声を上げ楽しんでいる村人達を見ると自然に口角が上がる。

「おい、たんたん。俺達はまだやれないのかよ!」
「ああ、悪ぃ。いいぞ、やっても。どんどんやってくれ」

 すっかり腹の調子が良くなった奥継も、花火は好きなようで数本持って走っていった。しかし途中で振り返り「何で来ないんだよ、たんたん、すんすん!」と怒っている彼は、本日最後の催し物である花火がこうして開始されたので、彼等の役目は終わりだと思っているようだった。
 呆れる龍斗は文句を言おうとするが、向雲から「お前達と廻りたかったみたいだから、心配せずに行ってこい」と手で追い払われる。よく考えたら日中奥継の姿を何度も見た、ような気がしないでもない。
 しっしっと手を振る彼に『俺達はわんこか』と思った龍斗だったが、今はその言葉をありがたく受け取ると未だ文句を言っている彼の元へ行く。いつもの賑やかな報酬を行った後、誰が長く花火をもたせる事が出来るか勝負する羽目になった彼等は、負ける度に誰かの声が上がりなんだかんだ楽しんでいた。
 霜葉や們天丸の姿を見かけると龍斗は奥継を引き連れて一緒に花火を行い、その間に女性陣が集まる場所に向かった鈴菜は彼女らが怪我をしない様に花火をつけ、微笑みながら見守った。仲間の数人は花火を行っていなかったが、それでも誰一人帰ることなく、楽しそうな声と時折上がる歓声を聞いて目を細めている。

 天戒も向雲、嵐王と言った昔馴染と一緒に花火を行うが、何の気概も無く花火をおこなえるのは何年ぶりなのだろうか。子供の事は一緒になって花火をしていたが、ここ数年は忙しさを理由に花火すら行わず、任務で行った時に見た両国の花火も最後がいつなのかも分からない。

「久しぶりだな」
「ええ、本当に。こんな気持ちで花火をやる事はもうないと思っていました」

 顔を上げると怒りながら追いかけまわしている奥継と走って逃げる龍斗の姿がある。周りの子供達は指さして彼等を笑っており、どちらが子供なのか分からないな、と天戒は少し微笑んだ。

「子供の時に花火を見たいといった時の事、覚えていますか?」

 随分と懐かしい事を話す。
 そう思った天戒は向雲の顔を見た。こちらを向き真剣な彼は、昔の面影をそのまま残していた。
 変わらない。この幼馴染は、昔から。

「ああ、覚えているさ」

 覚えている。同い年という事も相まって、昔から三人で集まりこの小さな村で走り回った。
 向雲・嵐王は容易に村を出られたが、二人とは違い村の外になかなか出られなかった天戒は、皆が見てきたと言う花火が見たいと我儘を言ったことがある。
 それを聞いた二人は村をこっそり抜け出して遅くまで帰らない事があり、大人達が探しまわると二人は内藤新宿近くにいたらしい。村に連れ帰った後は、原因である天戒も一緒に夜遅くまでこってり怒られた為、なかなか忘れられない出来事である。

「内藤新宿なら売っていると言い張る向雲に連れられ村を抜け出したが、結局迷子になるわ花火は無いわ散々であったな」
「嫌な事を覚えているな、お前は。泣きながら俺の手を掴んで離さなかっただろう」
「お主が不安な事を言うからだっ! 儂はあれで情報の大切さを学んだぞ」
「まあ、確かにな」

 二人が居なくなった時天戒は慌てて爺やや婆やに事情を話すと、いつもは優しい彼等がとても怖かったのを覚えている。蝋燭の光しか頼るものはない薄暗い部屋は不安な気持ちを煽り、彼等の責める言葉はずっと胸に残り続けた。
 その時の言葉を、今も忘れた事はない。
 
『あなたは将来鬼道衆を背負う事になり、彼等はその下で働く事となりましょう。彼等は部下です。上の者の願いを叶える為にどんな事でも行う駒となりましょう』
『だから容易に願いや望みを言ってはいけません。彼等は対等ではない。貴方の一言で彼等は死ぬ事になります。いいですか、貴方の言葉で人は死ぬのです』
 
 小さな子供達だけで村の外に出る恐ろしさを、今なら分かる。
 荒くれ者に出会わないとも言えない。野生動物に襲われないとも言えない。当時の大人達は相当肝が冷えたのだと思う。だからあそこまで強い口調になったと思うが、彼等の言葉は今でも間違ってはいないと言える。
 けれど、それでも思うのだ。

……お前達は大変だったと思うが、それでもお前達が俺の為に行動してくれた事が何より嬉しかった。それに今までもずっと信じて付いてきてくれる事に感謝している」
……若」
……いえ」

 あの出来事があって、他人の事を自分の事のように寄り添ってくれ、危険を顧みない彼等を信じている。
 子供の時から立場が変わっても、彼等は決して自分を裏切らないと。

「普段はこういう事を言えないからな。言えてよかった」
「いえ、此方こそ。俺もずっと若に付いていきますよ。確かにこういう機会でないとなかなか言えないですね。師匠達に感謝しないといけないかもしれないな」
「そうだな。……ん、何だ。何かするみたいだぞ」
「何か持っていますね。師匠! 今から何をするんだ?」

 言いたい事を言えた彼等は清々しさを隠さずに、何かをやろうとしている龍斗に気づくとそちらの方に歩いていった。
 けれど彼等とは正反対に嵐王は無言のまま。手袋が破れてしまうと錯覚する程強く握りしめ、仮面の奥からは歯ぎしり音が聞こえてくる。俯いた嵐王から聞こえる、零れ落ちていく声と想い。

「儂も……。そう思い続ければどれだけ良かったか……

 けれど、仮面で隠されている顔と本心は誰にも気づかれる事はなく。零れた想いはそのまま地に落ちてゆっくりと染みていった。心が擦られ葛藤が落ちていく度、彼は黒く染めあがる。走り去っていく彼等の背中を眩いものを見る様に只々見つめていた。
 
 



 村人達に配っていた子供花火も無くなり、談笑して過ごしているのを見ていた龍斗はそろそろ頃合いだなと思い隣にいた彼女に声をかけて立ち上がる。仲間の一人と話していた鈴菜も龍斗の様子に気がつき大きく手を振った。

「たっちゃん、そろそろやる?」
「ああ、いいか?」
「うん。分かった」

 戸惑う彼にいたずらっ子がやるような笑みを浮かべて手を振った鈴菜は、そのまま龍斗の方へ飛んでいった。広場の隅にあった縄で巻いた大筒を龍斗と一緒に運び出すと、そのまま一直線に広場の中心に向かって歩いていく。村人達も広場の真ん中に向かう龍斗達を不思議そうに見つめ、子供達も彼に指をさして声を上げる。

 龍斗が広場の真ん中に立つと、直ぐに離れた鈴菜は長い縄を持ち戸惑う村人達に渡していく。時々「もうちょっと下がってくださいー」「あ、落とさないでずっと持っていてね」と誘導しながら縄を渡していくと、渡し終えた時には縄は龍斗を中心に円を描いていた。

「皆さん、今の位置から絶対に動かないでくださいね!」
「特に子供は近づくんじゃねえぞ! マジで危ねえからな!」

 よく分かっていない村人達と仲間達だったが、何やら彼等がやりそうだという噂が広がり、その騒めきに屋敷にいた村人達も顔を出す。少しずつ集まって来た村人達と仲間に龍斗と鈴菜は一礼して声を上げた。

「皆、今日は俺達の突拍子のない計画に賛同してくれてありがとな!」
「色々お手伝いや出店、時間を割いてくれて嬉しかったです!」

 最後の言葉だと理解した村人達は彼等の言葉に頷いた。「緋勇様達の突発的な行動には我々慣れました!」のヤジには笑うしかなく、「勘弁してくれ」と呟く彼に周りも微笑んだ。

「無茶ぶりとかいっぱいして大変だったと思う。なあ、奈涸!」
「金輪際突然鮪が欲しいと言い出すのはやめてもらおうか」

 突然名指しされた奈涸は、その時の苦労を思い出し彼に反論すると、その言葉にさらに笑いが起こる。笑われた奈涸は「笑い事じゃないんだけどね」とこっそり呟き大きく肩を上げた。その仕草に数人が同情的な目を寄せる。

「桔梗姉様や向雲ちゃんも割り振りや皆の意見を集約してくれて本当に感謝しています」
「何言ってるのさ、こんな事は慣れているよ」
「鈴菜達に任せると時間が足りないからな」

 同じく名指しされた二人は一瞬驚いた顔を浮かべるが、鈴菜の声を聞いて笑った。皮肉気に聞こえる言葉も今は温かく感じる。

「今日の出し物や食事代は全て仲間達が稼いでくれたんだ、彼等に拍手!」

 忙しい合間を縫って鬼岩窟に通い詰めていた事を村人にばらされた仲間達は、照れながら少し気まずそうな顔を浮かべる。そんな彼等に住人達は激しく拍手を送った。

「そして今日の日の為に手伝ってくれた村人達にも拍手!」

 今度はそこにいる村人達が照れる番だった。尊敬している人達から拍手を送られ心底嬉しそうに笑う。

「今日の企画を考えた俺達にも拍手! 嘘嘘、今日まで頑張って来た自分に拍手!」

 龍斗の言葉に一瞬一番大きく拍手の音が鳴ったが、嘘と言った瞬間笑いがおき、その勢いのまま拍手は続く。

「そして今日この日を迎えられたのは今まで皆を集め導いてくれた若様がいたからです!」

 そう言った鈴菜は天戒がいる場所を示し、大きく手を叩いた。村人達からも一層大きく拍手は鳴り、「御屋形様ー!」「いつも感謝しています!」との声が少しの間響く。彼は照れくさそうに頭を掻いていた。

「だからな、協力してくれた皆の為にちょっとした余興を行いたいと思ったんだよ。この江戸だとあまり知られてないが地方だと色々な花火があるんだ。大手筒花火って言うんだが、聞いた事はあるか? はい、挙手!」

 皆周りを見渡していたが、手を挙げている者は殆どいない。ある地方で局部的に行っている花火なので知っている人も少ないかもしれない。

……やっぱりいませんね」
「まあ、打ち上げ花火の代わりだと思ってくれたらいい。見て貰えばどんな花火か分かるから。皆もう少し離れてくれ」

 話を聞くために近づいた為、龍斗と皆の距離は先程よりも大分近くなってしまった。再度位置調節を行い、距離を開ける。ある程度の距離が開いたところで龍斗が「もういいぞ!」と手を上げると、そこで立ち止まる見物客。

「よし、じゃあ始めるか」

 満足げに頷く彼の頭に鈴菜は布巾を巻きつけた。きゅっと強く縛ってから外れない事を確認すると、龍斗は持っていた大きな花火を抱きしめる様に持ち上げた。てっきりそこに置いてやるかと思った仲間の数人は顔を歪め、彼の行動を静かに見守る。

「見ておけよ、とっておきだぜっ! 鈴菜、気を付けろよっ!」
「うん! せいっ!」

 鈴菜が声を上げると手の上に小さな炎を作り、龍斗が抱えている大手筒の口に静かに落とした。その刹那、小さな火花が弾け上がり、火は徐々に大きくなっていく。

「っ!」

 鈴菜が大手筒の入り口に手を移動させた瞬間、御神槌は反射的に飛び出そうとしたが傍にいるクリスに腕を掴まれ阻止された。
 何かを言おうとする御神槌にクリスは「大丈夫だよ、シスターはもう離れているよ、ほら」と示したほうに視線を向けると、今は龍斗の傍を離れ観客席に向かっている。暗くて良く見えないが、大きな火傷にはなっていないようで安堵の息を付いた。

 鈴菜が彼から離れると火花は更に大きく上がり、周りにある木々を焼き尽くさんと火の粉を上げた。大きく上がった火の粉はやがて曲線を描いて落下し、彼の身体に容赦なく降り注ぐ。間欠泉の様に一瞬にして吹き上がった炎は三丈(約九メートル)程にもなり、闇を照らし赤く輝く彼に誰も目が離せない。

「(ぐッ……、武流の野郎……! 思っていたよりも火薬を多く入れているなっ)」

 弁天堂に依頼しに行った際、龍斗は大手筒花火を作れないか? と相談していた。武流自身見た事も聞いた事もない花火だったようだが、話を聞いている内に創作意欲をいたく刺激した様で、花火の様子、性状、大きさ、形に至るまで根掘り葉掘り聞かれその日のうちに村に帰れなかった事は記憶に新しい。けれど言葉と形を伝えただけでここまで正確に作れるとは思ってもいなかった龍斗は『やっぱりあいつは出来る男だよ』と彼を称える。
 一度付けた大手筒は燃え尽きるまで手を離す事は許されない。この筒が自分から離れる事は村人や村に被害をもたらすと同意語であるからだ。龍斗の服や腕を容赦なく焼く音が聞こえる。けれどこの火花はいつか見た流星群のように煌びやかで、魅力的で、圧倒的な存在感がある。花火をやる時どうかこの事を一緒に思い出してくれるといいな、と光の雨が降り注ぐ中彼は笑った。

「た、龍様……
「あいつ……
……すげェな」

 火の雨が降り注いでも彼は背筋を伸ばしたまま姿勢を崩すことは無かった。それどころか不敵な笑みを携え、燃える柳の中心で「わっしょいッ‼」と声を上げた。鬼の頭領はその龍の咆哮を食い入る様に見つめる。

……龍」

 風が吹く度流線は揺れ、光の紐はゆるりと形を変える。その中で声を上げる龍斗に同調し鈴菜も「わっしょい!」と渾身の声を上げた。
 何度も彼等が声を上げる度、次第に村人達からも声が上がりはじめ、最後にはそこにいる村人達共鳴するように声を嗄らし叫んだ。闇夜に紛れて幾人の声が響き、何よりも代えがたい一体感が今生まれている。

『これは凄いな』
『綺麗ですね』

 不意に天戒の後ろから誰かの声が聞こえた。威厳と落ち着きを感じさせる男の声と、優しく穏やかな女の声。何十年この村で過ごしていた天戒でさえも聞き覚えの無い声で、——けれど、どこか懐かしい声だった。
 反射的に後ろを振り向く。しかし視線の先には見慣れた村人達が居るだけで、他には何もなかった。暫く周囲を見渡す天戒に気づいた向雲が彼に声をかけるが、その声に簡潔に答えた後、彼は口元を緩めもう後ろを振り向く事はしなかった。
 そうしている内に次第に火柱は小さくなり、大手筒の上と下両方からボンッ! という爆発音が聞こえると火柱は弾けて消えた。静寂と闇夜が再び戻ってくると、誰ともなく拍手が鳴り周囲に響く。中心にいた龍斗が布巾を取って戻ってくるとその拍手は大きくなり、闇に紛れた歓声はその日、いつまでも続くのであった。




  ☀☀☀☀☀





「お~い、天戒」

 昨日の余韻が収まらないのか、村中では昨日の祭りの話題で持ち切りだった。
 持ち楽しそうに思い出話に花を咲かせる村人に交じって談笑していた天戒だったが、彼の元に話題の中心になっている龍斗と鈴菜がひょっこり現れると、皆彼等に向かって「花火凄かったねぇ」「楽しかったよ」と次々興奮気味に声を掛ける。二人も笑ってお礼を言いながらも、こちらに歩を進めた。

「昨日の火傷は大丈夫なのか」
「大丈夫大丈夫。やっている時は興奮しているから、案外熱くねえんだよ」

 花火の後心配した何人かが彼に近づいたが、彼は笑って今のように答えた。けれど明るい所で見ると龍斗が頭にかぶっていた布巾と下の服は所々穴が空き、腕には小さな赤みが数個見られていた事から、問答無用で桔梗の元に連れられ回復を施した経緯がある以上彼の言葉は全面的に信用ならない。

……見せてみろ」
「マジで大丈夫だから! ほら、この通り!」

 一瞬にして半目になった天戒が疑いの眼差しを向けると、龍斗は焦って腕を巻くって見せた。昨日火傷していた箇所は確かに赤みも無く綺麗になっている。彼が頷いたのを見届けた龍斗は困ったような顔を浮かべるが、疑われる行動をする龍斗が悪いと思う天戒である。
 隣にいる鈴菜も「日頃の行いを振り返った方がいいかもよ」と笑っているが、「あんな危ない花火の付け方があるかっ!」と数人から本気のお叱りを受けた為、人の事が言えない姉弟である。

「それで、何かあったのか?」
「ああ、そうだそうだ。これ、よければやるよ」

 彼が持ってきたものに目を向けると昨日使っていた大手筒花火である。正確に言うならば大手筒花火だった、物だ。もう火薬は入っていない為、火事になる心配はない。

……?」

 秘密裡に処分しろということか? と訝し気に見る天戒に笑って龍斗が話す。

「花火が終わった後のこの筒を家に置いていくと、福を招くって言われているんだぜ。縁起のいい物なんだ」
「想い出の品としてもいいですよね。ちょっと大きいけど」

 この筒にそんな意味があるのだなと思い今度はまじまじ見つめていると、「いや、嫌なら無理しなくてもいいぞ」と一言付け加えられた。天戒の態度に少し不安になったらしい。

「いや、せっかくの品だ。玄関にでも飾っておこう。有難う、龍、鈴」

 そういってお礼を述べる天戒に龍斗も軽く笑って答える。

「福が来るといいな」
「せっかくだからお前の名前を付けておこうか。龍が使っていたからそのまま『龍』にしよう」
「いや、これは動物とかじゃないから。別につけなくてもいい。そしてなんで俺の名前なんだ。ねえ、聞いてる?」

 墨でも持ってきて名前を書きそうな勢いの彼に龍斗の焦った声が響く。その様子に「あらあら」とほほ笑ましげに見つめる村人達。今日も代り映えの無い、でもとても充実するだろう一日が始まっていく。


 村人達に愛される赤鬼が、龍の名を持つ大手筒を感傷深く撫でる習慣が出来るのは、

 ――もう少し後の事。




『終』