urifuji
2022-08-19 19:54:39
42348文字
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星の花

『黄昏刻に龍ぞ棲む3.5』で無料配布していた小説です。
鬼哭村で祭りを行いたい双子主人公が紆余曲折しつつ仲間を巻き込む話です。
登場の差はありますが鬼道衆全員出せました!

※この話の設定※
死者であり実体がない彼女は《氣》で存在しており、一日一回龍斗の中に戻らないと消滅するが、式神に入った事で《氣》が持続的に消費されることなく低燃費になり、彼の身体に戻らなくても三日位なら存在を維持出来るようになった




 

「「えっ? お前(若様)祭りに行ったことが無い(のか、んですか)?」」

 二人の驚いた声が屋敷に響く。
 ここは九角屋敷の一等奥にある天戒の部屋。夏祭りで屋台を出すと言っていた弥勒に二人は付いていき、店番と時々偵察という名の屋台巡りを楽しんだ後、彼に一連の出来事を報告していた時だった。お土産として貰った飴細工(白い鳥)の細かさに感心していた天戒は彼等の言葉に顔を上げる。

「無いわけではないが」
「屋台巡りとかした事無いのか? 笛の音が聞こえてきたり太鼓の音を聞きながら大道芸人の技を見たりとか」
「美味しい黄金糖を舐めながら綺麗な着物を見てうっとりしませんでしたか?」
「でっけえ花火を見……た事はあるな。玩具の花火で遊んだことは? まあこれは俺もないけど」
「お蕎麦を食べながら見る花火は綺麗じゃなかったですか? 揚げたての天ぷらの美味しさに目を輝かせた事は?」
「お前はさっきから飯の話ばかりだな。この食い意地底なしぬ魔人は」
「たっちゃんだって一緒に食べ歩いていたでしょ!」

 双子の圧倒される勢いの質問に目を大きく開いていた天戒だったが、彼等はどうやら祭りは楽しいものだと感じている様だ。言葉の端々で感じられる彼等の知られざる過去と思い出を知る事が出来た天戒は、当時は今よりももっと賑やかかっただろうと思いその姿を想像して口を緩める。
 立て続けに質問をしたのにも関わらず、怯むどころか微笑ましい顔を浮かべる天戒に疑問符を飛ばしながらも龍斗は質問を続けた。

「いやしかし小さな頃とかも行かなかったのか? 付き人とかと一緒に」
「確かに昔は多少行った覚えもあるが、今はな」
「別に祭りくらいいいだろ。お前も息ぬきしねぇと疲れちまうぞ」

 龍斗の真剣な言葉に今度は苦笑する天戒である。
 天戒は鬼道衆の頭領という立場だが、ずっと村に居なければならない訳ではない。その証拠に仲間と一緒に陸路を通って京に行った事もあるし、一人で寺に行き龍泉組と対峙した事だってある。普段なら江戸がどのような場所か分かっているし不審者がいれば誰かしら噂している事が多く調べる事が出来る。村人達も心配な顔を浮かべるがそこまで反対する理由はない。
 しかし、祭りに行くなら話は別だ。祭りや騒ぎに乗じて謀を起こすのは鬼道衆の常套手段、云わば鉄板(おやくそく)。だから、祭りに行く事でどれ程危険が伴うかは鬼道衆に所属している誰しも想像できる。
 鬼道衆の仲間達は既に龍泉組と対戦し顔を見られている。それは頭領の天戒も同様で、だからこそ容易に村の外には出かけられない。
 龍泉組は幕府直結の組織である。つまり龍泉組が知った情報は幕府に流れているだろうし、その情報を元に新たな組織を作る事だってありうる。祭りの様に人が多い時に乗じて暗殺部隊を派遣されてしまえば、個々の能力が高い鬼道衆であっても流石に多勢に無勢だ。危険な事は避けた方がいいと思うのは当然である。
 鬼道衆の中心、いわば大黒柱と言うべきは九角天戒である。その事柄は村の誰しもが認める事でむしろ疑問すら持っていない。それ位彼は鬼道衆の象徴であり村中の希望でもあった。
 だから危ない真似はさせられない。危険な真似をして欲しくない。安全な場所にいて欲しい。大切なものを無くした村人達の切実な思いを天戒は痛いぐらいに知っていた。子供の時から身の回りをしてくれた爺やや婆や、周りの大人達も口酸っぱく九角の息子がどれほど大事なのか、特別なのかと言っていた事もある。聡明な彼はそれを誇りに思う事はあっても驕る事は無く、日々の努力と忍耐によってここまで来た。
 だから、周りの為に自分の思いを我慢する事は当然で。
 他人を羨ましいと思う事も、自分の為に命を投げだす者への苦しみも、全てひた隠して生きてきた。鬼道衆の頭領、復讐の鬼と化した九角天戒らしからぬ行動や思考をしないと心に決めて。多くの屍の上に、血だまりの上に彼は立ち続けている。

 しかし時々、目の前にいる彼等の言葉・行動に揺れる事がある。鬼の頭領としてではなく只の友人として接する彼等は天戒が求めてやまないものだから。
 だから彼の《鬼道衆の頭目》ではなく、目の前に居る《九角天戒》を心配する言葉はどれも眩しくて少し痛い。

……

 天戒は困った様に龍斗を見つめる。そうしていると後ろから龍斗の頭をぽこんと叩いた鈴菜が見えた。文句を言おうとして振り向いた彼に向かって彼女は静かに叱る。珍しく、鈴菜が。

「駄目だよ、たっちゃん。たっちゃんが一番分かっているでしょ? 歯がゆいからって自分の思いを押し付けるのは、駄目」

 鈴菜の透き通る声と強い視線に口を噤むのは龍斗だった。いつもだったら龍斗が大袈裟に鈴菜を叱り、それを受けた鈴菜も大袈裟に謝る事が定番であるが、こんな風に鈴菜が諭し、いたずらが見つかった子供の様に小さく項垂れる龍斗を見るのはあまりない。この場面を見ると普段妹の様な鈴菜が実は彼の姉だという事実を実感する。
 しかし彼等の言っている意味が分からない。歯がゆいとはどういう事だろうか。そして龍斗が一番分かっているとは、一体。

……悪かってるよ、姉ちゃん」

 天戒の怪訝な視線を気づかず龍斗は吐息を零すような小ささで姉に伝えた。彼の長い前髪で表情が見えず、普段の彼からは想像つかない静かな声色からも感情を読み取る事が出来ない。
 しかし龍斗は直ぐに背を上げると、頭を掻いて苦笑した。誤魔化す様に笑う龍斗は天戒の知る普段の龍斗である。彼が戻って来た事にどことなくほっとした天戒は彼の調子に合わせた。

「悪ぃな、天戒。無神経な事を言って」
「いや、お前達が俺を思って言ってくれている事は分かっている。すまんな」

 そう言って軽く笑うとその言葉を聞いた龍斗は更に眉尻を下げた。安心するように伝えた筈なのに龍斗はその言葉が不服だったらしい。腰に手をあて、溜息まで付いている。

「そういう物分かりのいい所がなあ。心配なんだよ俺は」
「そういうことを言うのはお前達だけだがな」
「馬鹿言え、お前を心底心配する奴なんて腐るほどいるわ。気づいていないだけで」
「それをお前に言われるのか、俺は」
「あん? どういう意味だよ」
「そのままの意味だ」 
……?」

 分かっていない龍斗に今度は天戒が苦笑する。彼が怪我したり鈴菜が消えかかる事で大袈裟な程心配する者が山程いる事に、いつになったら気が付くのだろうか。彼の口調から、もしかしたらそういう所が似ているのかもしれないなと思った天戒は思いがけない共通点に嬉しくなり朗らかに笑った。急に笑い出した天戒に驚いている龍斗だったが、宙に浮いている鈴菜と目を合わせた後こちらも楽しそうに笑う。

「話は戻るが、村人の中にお前みたいな奴はいるのか?」
「居ないとは言い切れんな。村人全員がどのような生き方をしてきたか知っている訳ではないのだ。……過去を話したくない者もいる。無理強いは出来ん」

 鬼哭村で過去を詮索する事はご法度であり、暗黙の了解となっている。だからある程度の村人の過去を知っている天戒でさえ、彼等がどのように生きて、どんな営みをしていたか等の細かな部分までは知らない。それは、村人だけではなく天戒を尊敬している奥継の過去さえしっかり把握していないのだから、他の仲間達までは十分に聞ける筈もない。
 彼等の心情を思い真剣な話をしている天戒の横で、話を聞いていた双子はうんうんと頷いた。

「ねえねえ、たっちゃん。どう?」
「お前もそう思う? だよな~」
「どうした、龍、鈴」

 双子しか分からない会話に今まで確かにあった真剣さ(シリアス)は急激に飛散していく。

「分かった! じゃあ準備だねっ!」
「おう、善は急げだ」
「龍、鈴。分かるように話してくれ。俺はお前達の様に以心伝心は出来んし、《氣》で会話も出来んのだ」
「じゃあな! 俺達は急に用事が出来たからよ!」
「急にごめんなさい。若様また後で~!」
「だからっ! 分かるように説明してくれっ! さっきの会話でお前達は突然どんな用事が出来たのだっ!」

 急に何かを納得した彼等を理解しようとするが、双子ならではの以心伝心さで話を完結させてしまい会話が儘ならなかった。どこから電波を受信したのでは? と疑うぐらい二人は突然話を切り上げ、そのまま何処かへ飛んでいく。
 彼等を止めようと伸ばした腕はそのままに、呆気にとられた天戒は自分の後ろに誰かがいたのではないかと見渡すが誰もいるはずもなく。腕を組み、「一体、何があったのだ?」と困惑した彼が納得する言葉は、周りに人がいない現場ではある筈が無かった。


 
 ☀☀☀☀☀




 天戒との会話を(半強制的に)切り上げた彼等は村を歩く。彼の話を聞いて天戒だけじゃなく村人の中にも祭りに行けない人がいるなら、祭り自体を村で行えばいいじゃない! と遠い国の人と同じ発想して、現在早く計画を練り上げたくて人のいない所に来ていた。国が違うのに驚きの共鳴力である。
 二人は村で祭りを行うにあたり、何が必要でどんな事をしたいのか整理しようと彼女が持ち歩いている塗板に書き出していく。

「祭りといえば?」
「花火、神輿、屋台とかだな」
「そうだね。やっぱり花火は欠かせないよね。大きい花火はやれないけど手持ち花火やねずみ花火、長手ならやれるかな?」

 長手とは、和紙に黒色火薬を付けた子供花火であり線香花火の原型で、この時期子供達が売り歩き、民衆の娯楽として馴染になっている物である。これなら山の中にある鬼哭村でも皆が花火を楽しむことが出来るだろう。

「そうだな、それなら子供達も出来るだろうぜ」
「んじゃ決まりだね。次は、……神輿かあ」

 書いていた鈴菜の手が止まり、龍斗を見る。龍斗も腕を組んでう~んと唸った。

「神輿って神を入れて運ぶんだろ? ここでいう神って何なんだ?」
「復讐を望む人達が称える神様だから、神社でお参りする時の神様とかじゃないよね。……邪神とか?」
「具体的にどんな神だよ。平将門か? あまり変なのだと天罰くらいそうでやだ。象徴とかでいいんじゃね?」
「象徴? 鬼、復讐、仮面…………若様?」
「天戒を担ぐのか…………まあ、楽しそうだから一応採用しておくか」
「神は若様、と」

 さらさらと塗板に書きこんでいく鈴菜。

「次は何だ? 屋台か? 屋台と言えば寿司、天ぷら屋、飴売り……定番はこんなもんか」
「天ぷらは難しいかもしれないよ。油は高いし、なにより取り扱いとか大変」

 江戸時代、油(あぶら)と言えば油問屋だが、油問屋は行燈で使用する燈油を主に取り扱っている為ここで言う油は両種物問屋で取り扱われている植物性の油の事を指す。現代と違って江戸時代の油は高価であり、どれぐらい高価かというと米一俵(60㎏)少しと一斗缶(18ℓ)の油が同じ位だと言われている。一概には言えないが現代の感覚で米一俵の値段は約一万五千円~一万六千円位。幕末(この時期)は冷害や長州征伐等の理由から米の値段が高騰した時なので実際にはもっと高かった事だろう。これで油の値段がなんとなく分かると嬉しい。余談でした。

「でもなあ、美味いんだよなアレ。ちょっとの量では出来ないか?」
「大人数になるかもしれないし、う~ん。……あ! 逆に考えて暑いから氷は? かき氷!」

 夏になると雪漣掌を繰り出し、氷を食べて夏を凌いでいた事を思い出した鈴菜は軽く手を打つ。

「俺等の技でか。二人なら出来ない事もないか」
「でしょでしょ? じゃあ深雪(雪連掌の上位技)採用、と」
「場所は広場だろうなあ」
「そうだねえ。あと思ったんだけど流石にこれだけの数を揃えるのは二人じゃ出来ないよ。祭りは一人で行うものじゃないし」

 書き終えた鈴菜は唸って塗板を龍斗に見せる。花火は説明すれば弁天堂で売ってくれるだろうが、神輿は一から作らないといけないし、屋台も売り物の材料から屋台の骨組みに至るまで全て揃えなければならない。指令をこなしながら二人で準備をするにはあまりにも時間が足りない。

「そうだな。協力者を求めるか」
「うん」
「あと提案なんだが、……天戒には当日まで内緒にしてはどうだ?」
「え? なんで?」

 村で祭りを執り行うには長である天戒の許可がいる筈だ。しかも屋台等の大きい物を村に置いていれば訝しげに思うだろうし、何より勘の鋭い天戒である。隠し通すのは困難だろう。

「教えると率先して手伝いそうだろ、あいつ。楽しませたい本人が祭りを主催してどうする」
「確かに……。でも隠し通せるかな。だって若様だよ?」
「まあ、ばれたらばれたでしょうがない。でも隠し通せて心底驚く顔が見られると面白いと思わないか?」

 許可なくやっていいのだろうかという気持ち(祭りを開催しない)と祭りを楽しんでもらいたいとの気持ち(祭りを行う)で揺れていた鈴菜だったが、彼の一言で祭りを開催するほうにガツンッ!と傾いた。天秤に乗っていたやらない選択しは遠くに吹っ飛び、跡形もない。

……思う!」
「だろ!」

 彼の驚いた顔を想像させて目を輝かせた二人は力強く握手し、そして少し後の未来を想像しふっふっふとニヒルな笑いを浮かべるのだった。

 

 ある程度の計画を形にしていくと、思っていたよりも日が無い事に気づいた彼等は焦る。今年の夏が終わる前にやるには少々時間が足りないかもしれない、そう思った彼等は今から花火を頼めるか弁天堂に確認する者、屋台の設計と依頼をお願いしに雹屋敷へ行く者の二手に分かれる事にした。
 時刻は昼七つ。この時刻なので今から両国に行くのは男の方がいいと思った龍斗は村を出る前に九角屋敷に寄った。どこかで宿泊してくる事を伝える為とよくあわば桔梗や向雲と言った面々に協力を得たいと思ったからである。天戒に内緒なら間違いなくこの二人には伝えた方がいいが、逆に奥継には嘘がばれそうなので言わないでいるつもりだ。
 玄関を上がり長い廊下を歩いていると曲がり角から桔梗の姿が見えた。出かける事が多い桔梗だが本日は屋敷にいたらしい。思ったよりも早く見つけられた事に安堵し、彼女に向かって手を上げた。

「丁度よかった。桔梗、ちょっとお前にお願いしたいことがあるんだけど、祭」
「おや、たーさん」
「む、龍か」

 彼女に近づき要件を伝えようとすると、桔梗の後ろから天戒が現れた。思いも寄らなかった彼の姿に一瞬鼓動が冷えた龍斗はその場で固まる。近づかない彼に少し不思議そうな顔をしながら桔梗と天戒は彼に近づいてきた。

「あたしに何のようだい? 祭、とか言ってたけど」
「ま、ま、祭り囃子の曲は何が弾けたっけ? 急激なボケが始まってな」
「え? 祭り囃子かい? たーさんに聞かせた事あったかねぇ」
「桔梗だと思ったが違ったか。じゃあ違う人かもしれん。ははは、悪ぃ悪ぃ。出かけてくる」

 不自然なぐらい爽やかな顔を浮かべた龍斗は彼等に向かって背を向け、方向を変えて歩き出す。そんな彼の背に天戒は「今からか? もうすぐ日は暮れるぞ」と声をかけるが龍斗はそんな彼に対し「どこか適当な処で泊ってくるから大丈夫だっ」と言い終わる前に走り去っていった。

 あっっっぶねえぇぇっっっ‼‼

 開始初日からまさか自爆しそうになるとは思わなかった龍斗は、彼等から離れると爆発的に汗をかき、動悸が止まらなかった。屋敷からそのまま走っていき村の外に出るとゆっくり立ち止まり、息を吸った。未だに跳ねる心臓は鎮まらない。

 そう言えば側近と言われるだけあって、あいつらは天戒と一緒にいる事が多かったっけ。

 改めて彼等の近さを感じた龍斗は、彼等に伝えるのは最後でいいかと思い村を後にする。それが後々響くとは夢にも思ってもいなかった。




 一方、雹屋敷に向かった鈴菜は、嵐王も呼んで村で祭りを行いたい理由を話していた。
 しかしある程度話すと嵐王からたった一言告げられる。

「無理だ」
「どうしてですかっ」

 正直嵐王は計画に反対するかもしれないと龍斗と言い合っていたので彼の反応は想定内であるが、思っていたよりも早い否定に口を膨らせる鈴菜。祭り計画案すら言わせてくれないあたり彼の固い意思が見える。

「どうしたもこうしたもない。我等は先代達の無念を、大事な者の無念を晴らす為に集まっているのだ。その我等が一時の余興の為に祭りを執り行う? 馬鹿馬鹿しい」
「別にいいじゃないですか。村の人達だって気分転換にもなりますよ。それに話題提供にもなり皆の会話が増え、相互理解も深まってまさに一石三鳥!」
「お主は本当に能天気だな。考えてもみよ、どのような策を敵が講じてくるか分からないこの時期に何故祭り等やりたがる。理解できぬ」

 鈴菜が必死に食いつくと嵐王から深いため息が聞こえてきた。冷たい言葉の節々からも彼の冷笑を感じられる。

 う~ん、警戒されている。

 溢れ出そうになるため息を抑え、鈴菜はもう一度彼に向き合った。
 彼の言い分は分かる。警戒するのは正しい。幕府は最近きな臭い動きをしているし、色々考える事もある中、何故祭りをするのか、と訝しげになるのは当然だ。
 けれど彼女はどうしても祭りを行いたいのだ。
 村の人達と一緒に、——今年中にどうしても。
 その為にはまずは目の前の彼を説得しなければならない。彼を納得させなければ皆で祭りを楽しむという事は出来ないし、皆の中にはもちろん嵐王も含まれているのだから。

「でもそれを言ったら何も出来ないじゃないですか。祭りは一年に一回、この年で行う祭りは一生に一度きりの事ですよ。楽しい思い出や体験を増やす事はそう悪い事ではない筈です!」
「馴れあってどうする。我々は幕府を倒さんが為に集まっているのだ。復讐を成す事以外は無駄な事。必要ない」

 嘘だ。

 吐き捨てた言葉に、鈴菜は顔を曇らせる。その証拠に嵐王は彼女に伝えた後、静かに視線を逸らしていた。もしかして自分の思いとは別な言葉を言っているのかもしれないし、彼の切り捨てた言葉は自分自身に向けているのかもしれない。けれど、それでも彼が先程の言葉を吐き捨てたという事実に、鈴菜は只悲しいなと思った。

「今を楽しいと思ったり幸せだと思う体験をするのは必要です。それに亡くなった方も復讐だけを望んでいる人ばかりではないと思います」
……何も知らないお主に、何が分かる」

 鈴菜の言葉を受けて嵐王は強く手を握りしめた。掌に指が食い込む位強く震える手は、常に冷静であろうとする彼の静かな激高が見える。
 もしかして彼は何かに追い込まれ、苦しんでいるかもしれない。不意にそう思った鈴菜は一瞬目を伏せた。
 けれど。

「分かりますよ。ここにいます。少なくとも皆の幸せを望む私がいます」

 それでも彼女は言った。ずっと旅して感じた事、龍泉組に所属して思った事、ここ鬼哭村に来てから確信した事、それら全てを言葉に込める。感情の起伏が激しい彼女にしてはゆっくりと、静かに。けれど燃える想いは金色の瞳に現れて。

「確かに私はここの村の歴史を見ていませんし、しっかり理解しているわけではありません。でもそれでも死者が必ずしも復讐だけを望んでいるとは思いません。生き別れた大切な人達です。生きているだけでいい、幸せになって欲しいと願っている人もいるかもしれないじゃないですか。だから私が断言します。これはいくら嵐王ちゃんだとはいえ否定させません。絶対に、絶対です」

 視線を反らさず、まっすぐに。彼に伝わる様に、ただひたすらに。
 その鈴菜の思いを受けて、嵐王も彼女を見つめる。マスク越しに何か言おうと口が動くが、結局彼は言葉を発する事はなかった。
二人のやり取りを静かに見ていた雹は彼等に沈黙が落ちると、未だ無言を貫く嵐王の方に向く。

「まあ、嵐王。別にどこに行く訳ではなし。村で少しぐらいやるなら別にいいではないかえ」
「雹姉様はそう思ってくれますか! やったぁー!」

 雹の言葉を受けて先程までの真剣さは何処へやら。彼女の方を向き、両手を挙げた後宙をくるりと跳ねていた。嬉しそうな鈴菜の声を背景に不服そうな嵐王の声が雹に刺さる。

「お主までそういうのか」
「鈴様の言う通り気を張ってばかりだと疲れてしまうし、それこそお主の話す効率の良さには繋がらぬ筈じゃ。何より妾は鈴様達が開催する祭りというものを見てみたい。破天荒で想像がつかず、楽しそうではないか」
「え? どんな祭りを期待されているの?」
「何も一月ずっと執り行われる訳ではない。妾は徳川のした仕打ちを忘れられぬ。奴等の恨む心は一生持ったままじゃろうて。けれど妾の一生のうち、祭りはたった一日だけの事よの? それも含め考えても反対する理由は無いしのう」
「うぬぅ……

 どうやら刺さったと思った言葉は刺さるどころか反射して弾いたらしい。あっさりと答える彼女は少し前まで人形になりたいと無を求めていた彼女とは違う。自分を偽る事なく、生き生きとしている。

「ほらほらほら! ちょっと期待が大きい気もしますが雹姉様もこう言ってくださいますし! それにお盆の時期にやれば大切な人達がひょっこり現れて、一緒に祭りを行えるかもしれませんよ! もう二度と関われないと思った人達と過ごす日々はとてもいいものですし、ね?」

 傍からしたら無神経に感じるが、亡くなった為人と関われず辛い思いをし続けた彼女の言葉だ。そんな彼女に笑って言われてしまえば、流石の嵐王もどんな言葉を告げていいのか分からない。雹は慈しみを込めた眼差しを彼女に向け、静かに呟いた。

……そうか、それは魅力的なことじゃのう」
……
「それに嵐王ちゃんの好きな食べ物作りますから。そのかわり屋台作ってください! 簡易式のもの数個でいいですので! あ、小道具もあると嬉しいです。こういうお寿司をいれるものとか氷を削る道具とかっ!」
「嵐王ちゃんではないッ! それに儂に対する見返りがあまりにも大きいとは思わんのかッ。……なに、氷?」

 ツッコミどころのある言葉に先程まであった遠慮はどこかに飛び叫んだ嵐王だったが、聞きなれない言葉を聞いて聞き直す。

 こやつは今、氷って言ったのか? この真夏に、氷だと?

 氷は民衆どころか数ある諸大名の中でもたった一握りの者達しか手に入らない代物である。どのような交友を使って手に入れるのかと思った嵐王だったが、ふと目の前にいる姉弟は戦闘時氷の技を使って敵を倒している事を思い出した。

……おぬし達が作るのか?」
「そうですっ! 私達が作ったかき氷です! この時期冷たくって美味しいですよ!」

 彼女の言い分から今までこっそり作って二人で食べていた事を確信する。にこにこ笑っている彼女達(どちらかというと龍斗の方だろうが)は夏になれば雪漣掌を使って氷を生み出し、冬は巫炎で温まっていた事であろう。なんというSDGs。エコ文化が著しい江戸であるが、一人で資源を使用せず暮らせる彼等を見て正直羨ましいと思う嵐王である。
 特に夏。切実に夏。
 作ろうと思えばカラクリで火を生み出すことが出来るが流石に氷を生み出す事は出来ない。御神槌とは少し違うが仮面を外せず素顔が晒せない嵐王にとって夏の暑さは生きる上で欠かせない問題である。

……、かき氷か。……よいな」

 気が緩みぼそっと呟いた嵐王の言葉を漏らさず、耳を大きくして聞いていた鈴菜。目ざとく目を光らせた後、畳みかける様に近寄る。

「引き受けてくれるなら私達どちらかが毎日提供しますよ、氷」
「何ッ⁉」

 勢いよく振り向いた嵐王に、あくどい笑みを浮かべる鈴菜。その邪悪な笑顔はまるで悪だくみをする悪代官へ話しかける越後屋又は三河屋(仮)を彷彿させる。

「本当です。武士……ではありませんが、武道を心得る者に嘘偽りはありません! 嵐王ちゃん、夏食べる氷は美味しいですよ~、涼しいですよ~」
「ぐッ……。おのれ、卑怯なッ」
「ふっふっふ、なんとでも言ってくださいっ! これでも鬼道衆が一人! 目的の為ならどのような手を使ってもっ!」
「ぐぬぬぬ……、お主、此方色に染まってきたな……
「いえいえ、お代官様程では」
「誰がお代官だ」
「何やっているのじゃ……

 なんだかんだで仲のいい二人を見ていた雹だったが、カラクリは作り出すが屋台の設計は行った事が無い。彼等の押し問答を背景に、どうしたらいいかと暫く頭を悩ませるのであった。
 





 思いのほか簡単に弁天堂で花火を頼むことが出来た龍斗だったが、彼がある一言を言ったせいで武流に散々引き止められ、何度も説得をする事で無事村に帰れたのは次の日の夕方。引っ込み思案だった武流が初対面(龍斗的には初対面ではないが)の人物に物怖じせず、それどころか服を離してくれなかったのは成長の証なのかなあと思って少しほっこりする龍斗である。全力で引き留められた影響か服は伸びよれているが。
 屋敷の住人に声を掛け、龍斗が部屋に戻ると鈴菜は塗板の内容を和紙に写しているところだった。彼女が愛用している塗板は両手を広げた位の大きさで、会話するぐらいなら使いやすいがそれ以外の用途だと使いにくい。そのため書面に書き写して追加しやすいようにしている。
 龍斗が部屋を見渡すとこの時間なのに珍しく奥継はいない。鈴菜に確認すると桔梗と共に出かけて今日は帰ってこないとの事だった。だから安心して何かを書いているんだなと納得する龍斗である。

「どうだった?」
「設計をしてくれるから見返りに氷を渡す予定だよ」
「賄賂か」
「うん。黄金色もとい透明なお菓子だね。ただ実際に屋台を作るのは泰山ちゃんにお願いして、そのまま山に置いてもらう予定。祭りの朝早くに山から降ろせるか今確認してるよ。嵐王ちゃんは忙しいんだって」

 情報収集や仲間達の武器や修繕と言ったカラクリの開発から村の修繕などの細かな仕事までこなす彼は時々姿を消すことがあり(彼の正体をなんとなくそうかなと思う事があるが確証がない)それらを含めて多忙を極めている。村で一番忙しいのではないだろうか。そんな彼が(色々な思いが)ありつつも引き受けた事に正直驚く龍斗である。

「そりゃそうだろうなあ。ま、やってくれるだけでありがたい」
「そっちは?」
「大丈夫だ。何とかなりそうだぜ」
「良かった。そういえば店は誰が行うの? 氷屋さんは私達だとしても」
「ああそれなんだが、実はちょっと話してあるんだ」
「え? 誰に……

 そう言いかけた彼女だったが、今まで静かだった廊下から騒がしい誰かの声が聞こえる。次第に声が鮮明になってくるとその声は帰ってくるはずのない奥継の声だった。反射的に顔を見合わせる二人。慌てて机の周囲に散らばっている紙を集め始めた。

「今日は帰ってこない筈じゃなかったのかよ!」
「だってそう聞いたもんっ! え、待って待って待って」
「やばい来るぞ早く隠せ早くっ!」
「隠せったってどこにっ……

 二人が必死で隠せる場所を探している間に部屋の襖が勢いよく開く。すると愚痴を言いながら疲れた様子の奥継が現れた。

「あ~、くそッ。やっぱり無駄足だったじゃねえかッ……、ってお前ら。一体何やってるんだよ?」

 悪態ついていた奥継だったが、二人の格好を見て固まる。
 鈴菜は突き上げ戸から上半身ごと乗り出して下半身しか見えず、龍斗はそんな彼女を隠す様に片膝をついて両手を大きく広げている。現代でいうセーフのポーズである。

「や、やあ。随分お早い帰りだなあ、奥継君」
「俺だって帰ってくるつもりはなかったけど、そもそも違う情報だったしずっといても仕方ねえし。で、たんたん。お前は何をやってるんだ?」
「ひ、一人野球審判ごっこを少々?」 ※クリスに教えてもらった
「はあ? ……で、こっちは何で飛び出そうとしてんだよ」
「突発的に月光浴をしたくなり……
「日光浴みたいなもんか? その割に当たってねえじゃねえか」
「月光に当たらなくても近くにいれば取り入れられるんだよ(知らんけど)」
「ふ~ん。相変わらずお前の生態、よく分かんねぇな」

 相変わらず不信な目で見ている奥継だったが、普段から突発的な行動や理解出来ない言動をしている二人なので深く考えない事にしたらしい。呆れた顔を浮かべ着替えを取り出している奥継の後ろでは(出来る訳ないでしょ! 変な生き物みたいに言わないでっ)(しょうがねえだろ! あの言い訳でどういう風に言えばいいんだ!)と小声で文句を言っているが、奥継が振り向くと瞬時に背筋を伸ばして愛想笑いを浮かべている。切り替えが早い二人である。

「こそこそと何計画しているか知らねえけどよ、こっちは一日中歩き回って疲れてるんだッ。これ以上何かやりたいならどっか行けッ。俺は風呂入ってもう寝るからなッ!」

 そういって言い捨てた奥継は襖を強く閉めて風呂場に歩いて行く。それを笑顔で見届けた二人は彼の足音が聞こえなくなると大きくため息を付いた。

「危なかったぁ……
「意外と鋭い時があるからな、奥継のやつ。ちょっと気を付けねぇと」
「本当だね。前おっきー君を無理やり連れだして子供達と鬼ごっこした時、真っ先に見つけられたよ。極力《氣》を消していたのに。まあいたのは後ろだったけど」
「あいつそういう所あるよな。っていうか隠れてねえじゃねえか」
「《氣》を隠せばたっちゃん以外見つけられないから行けると思って。……あ、紙。紙。確かここら辺に置いたけど」
……置いたっていうか突っ込んでたけどな」
「あんな事があればたっちゃんだってそうするよ……。ん? あれ?」

 突き上げ戸から手を伸ばし、暗闇の中回収した鈴菜だったが、回収した紙の枚数を数え不思議そうに顔を捻らせる。

「どうした?」
「ううん。こんなに少なかったっけって思って。どうだったかなあ……

 二人で紙を見直すが内容的にはおかしくないし、辻褄合わない感じでもない。それでも大切な何かを忘れている気がして何度も確認している鈴菜に、龍斗は軽く小突いた。

「あんまりやってるとまた奥継が来るから早く仕舞っとけって」
「う~ん、……そうだね。まあ思い出せないなら大した事書いてないだろうし、いっか」

 しばらくは腑に落ちず唸っていた鈴菜であったが、見切りをつけ一つ頷いた後は襖に近づきあーでもないこーでもないと隠し場所を探し始めた。賑やかな声と行灯の明かりが零れている部屋とは対照的に、外では夜のとばりが下りて全てを闇に隠している。
 けれど、その闇でも溶ける事は無い数枚の生成り色は、誰かに誘われるように風に乗ってその場所からゆっくりと移動していった。




 同刻、鬼哭村入り口付近。

「遅くなったな」

 宵闇の中、提灯の光を頼りに歩いていた弥勒は呟く。
 注文を受けた品を届けに行き早々に戻る予定の弥勒だったが、その際思いがけない注文を受けいつの間にか夜も更けてしまった。遅くまでやるつもりはなかったが、馴染の客でありやりがいがありそうな話だった事が敗因だろう。さて、今度はどんな面を作ろうかと構想している時だった。

……?、……っ」

 突然何かが近づいてきたと思った瞬間、弥勒の視界は白一面になった。一瞬立ち眩みかとも思ったが立ち眩みとは違い目が回る感覚はなく、むしろ何がが顔についている感触がある。息をすると顔に引っ付き少し息苦しい。
 乱暴に顔を振り顔に貼り付いたものを剥がす。落ちた物を提灯の光で照らすと暗闇で少し見にくいが視界を白く埋めた原因は和紙であった。墨で文字が書かれているが、少し離れている為提灯を軽く翳すだけでは見えず読めない。周りを見ればもう一枚同じ様に落ちており、ぼんやりとその存在を訴えている。

「何だ……?」

 紙は馴染ある物だがそれでも捨てて塵にする程溢れている訳ではない。むしろ需要の高さから捨てる事はあまりなく、再利用する為に紙を回収する仕事がある程だ。特にこの村ではあまり金銭的に豊かではなく、紙一つだけでも大事に使用している。だから誰かの忘れ物が飛んで来たかもしれないと思った弥勒は紙を回収し、提灯を地面に置いてから紙を覗き込もうとした時だった。

「弥勒はんやないか、そないな場所でどうしたん?」

 後ろから聞こえた声に顔を上げると、們天丸が扇を仰ぎながら不思議そうな顔で立っていた。どうやら弥勒と同じで村に今帰って来たらしく、吉原に行ったのか彼からはほんのりと酒の匂いが漂ってくる。

「們天丸か。紙が落ちていてな」
「なんや闇夜で蹲っているから何かええ物でも見つけたかと思ったわ。紙なんて別に珍しくともないやろ?」
「珍しくはないが……。何か書かれているみたいだから気になってな」
……まあこの村では紙が落ちている事はあまりあらへんか。ふ~ん、成程なぁ。ちびっとワイも気になって来たわ。どれどれ」

 話を聞いている内に興味の沸き、覗き込んできた們天丸と共に見つめる。提灯のはんなりとした光に紙を翳すと、少し丸みの帯びた文字が浮かび上がってきた。

「極秘計画! お盆大作戦……?」

 読み上げた後、二人は一瞬無言になる。
 口語体で書かれている文字を見た瞬間から誰が書いたのか二人とも理解できてしまう。

「完全に鈴々やな。また何かやらかそうとしてるのかいな? まあ楽しい事なんやろうけど」
「二枚目に続きがあるぞ。時期は盆予定、実施計画は…………………?」

 暫く内容を見つめ最後まで読み終えた二人は、予想もしない内容に困惑を隠せない。再度互いの顔を見つめた二人はこれがどういう意味なのか少しも分からず、意味を解読しようと暫く佇んでいたのだった。
 



 ☀☀☀☀☀





 次の日。
 弥勒は朝食を食べた後、昨日の紙を持って九角屋敷に足を運んだ。玄関を開けて直ぐに声をかけようとすると、「本日こそは目的の場所に早めに行こうぜ」と意気揚々に話す奥継の声が聞こえてくる。その声が終わる位に廊下から奥継、桔梗、嵐王の順で現れているが、先程の会話から一緒にいる嵐王は別件で用事があり、途中で別れるらしい。

「桔梗、少しいいか」

 賑やかしい団体に声をかけると、その声に気づいた三人が弥勒の方へ向いた。日中作業場に籠る事が多い彼がここにいる事に驚くのは桔梗。好意的な桔梗とは反対に奥継は彼の姿を見て眉間に皺を寄せていた。大方出鼻をくじかれたと思っているのだろう。
 彼等が玄関で会合を遂げている少し前、墨が足りなくなった天戒は水を拝借しようと台所に向かう途中だった。廊下からもう行ったと思われる三人の声が聞こえた彼は、せっかくなので見送りにでも行こうかと玄関の方に足を向けて歩く。

「おや、弥勒じゃないか。日中に顔を出すなんて、どうしたんだい?」
「なんだよ、俺達はもう少しで出かけるんだぜ」
「少し聞きたいことがあるだけだ。……九角は近くにいないな」

 彼等に声をかけようと廊下の角を曲がろうとしたその時、自分の名前が出た天戒は足を止めた。自分には聞かれたくない話らしいが、よりによって自分の屋敷前で行われる秘密裡にしたい内容というものが気になり、隅の壁に寄り耳を傾ける。

「天戒様は書き物をしているからお部屋にいると思うけど……。何かあったのかい?」

 隠れている天戒に気づかず今日の予定を聞いていた桔梗は答えた。のんびりと構えている桔梗とは反対に一刻も早く現場に向かいたい奥継は次第に苛立ちが勝り足を揺らし始めている。同じく時間が掛かると思った嵐王は一人、ため息を付いた。

「時間が惜しい、儂は先に行くぞ」
「おい桔梗!」
「いいじゃないか坊や、少しぐらい。で、弥勒。どうしたんだい?」
「龍さん達が何か計画しているのは知っているか?」

 その言葉を聞いて彼等に背を向け、歩きだろうとしていた嵐王の足は止まった。

「たーさん達がかい? いや、聞いた事ないねぇ」
「俺も知らねえ。……あ、そういえば昨日何かコソコソしていたような……
「そうなのかい? でも悪いけど私は何も聞いてないよ」
……

 弥勒が話す計画というものは少し前に鈴菜から聞いた祭りの事だろう。嵐王はいつも一緒にいる桔梗達が知らないなんて珍しいなと思いながらも再び足を動かし玄関に向かって行く。

「そうか……
「何かあったのかい?」
「いや、お盆に九角を神にしたいみたいだから、どういうことかと思ってな」
「「「はっ?」」」」

 何だそれ。
 予想だにしない言葉に嵐王は勢いよく振り返り、角にいる天戒も衝撃のあまり身を乗り出そうとしてしまう。慌てて体を引っ込めるが幸い皆には気づかれていなかった。
 正確に言えば他の仲間達は内容が衝撃過ぎて、他に集中する事が出来なかったのが正解である。しかし、彼の従妹がここにいたならばこの瞬間に気づいただろうが。

「何だそれ?」

 此処にいる皆が一瞬で思った言葉を代表して言うのは奥継。普段から双子の所為で突っ込みを担うことが多い彼は、突っこみの模範的回答を周りに示している。
 三人が三人共何言っているか理解出来ない顔をしているが、何を言っているのか理解できないのは弥勒も同じだ。無表情が標準装備な彼だが、よく見ると本日は珍しく皺が寄っている。これは相当困惑している表情だ。

「これを見てくれ」

 昨日拾った二枚の紙を彼等に見せる。それを困惑気味に受け取った桔梗は近寄って来た嵐王と奥継と共にまじまじと眺めた。
 上の方に表題が記載されており、時期:お盆かっこかりと書いている内容からお盆に何かをやろうとしているのだろう。それは分かった。ここまではいい。問題は内容だ。
 やりたい事と書いてある場所に花火、神輿、屋台の大きな三つの事柄があり、彼等が祭りを考えているのは分かる。けれど花火の欄には大量、持つ? 爆発不可。そして下の段に神は若様と記載。その次には飴、海、大きいと尚よい、深雪採用と記載してあり、その他に氷漬け。魚。と記載されていた。単語が羅列しており、全体的に意味を成していない。もはや想像力の豊かさが必要となる暗号解読である。
 気になる言葉がありすぎる。
 単語其々は理解できるが、それをどのように繋げるか分からない上、神は若様という単語はあまりに強烈だ。しかもそれは疑問ではなく断定系である。

「神は若様ってなんだよ! 大量の長手花火をもってあいつ等は何がやりたいんだ! そしてなんで疑問形なんだ! そもそも深雪って誰だ! なんで単語で書いてんだ! 書いている内容が分からねえから文字で書けっ!」

 すべてに対してツッコミをした奥継は素晴らしきツッコミ師匠(とかいてマスターと読む)である。彼の言いた事は理解できるが、補足するならばこの紙は彼女の覚書であり、本文は彼等の手で無事回収されている。運が悪いわけではないが何故こっちの方が飛ばされ彼等の手にあるのか。残念な事に間が悪い彼等である。

「単語ばかりで想像しかできないが、以前九角が交霊の儀式を行った事があっただろう。深雪という女性はイタコで、もしかして祭りと称して神を九角に引き合わせたいのか、それとも神にしたいのか、と思ってな。突っ拍子もない事をしだすが危ない事はしない龍さん達だ。だが俺はこれ以上の解釈が思い浮かばなくて、本人よりも先に事情を知るかもしれんお前達に聞いてみたんだが……
「只でさえ大変な天戒様に、何でこれ以上変な心労を重ね合わせようとしているんだい! っていうか弥勒の考えが本当ならあの子達は天戒様を使って何を呼び出すつもりなんだい……?(怒)」

 この紙を拾った弥勒が夜間考え抜いて出した答えはわりかし物騒なもので、それを聞いた桔梗は怒りに燃える。数か月一緒にいるのにまさか自分の命より大切な天戒様を危険な目に合わせるのかと思った桔梗は怒りを吹き出しているが、それに慌てるのは協力者として活動しようとしていた嵐王である。

「ちょっと待てッ! 儂はこんな訳分らない祭りに賛同した覚えはないぞッ!」

 慌てて弁明を量る彼に、燃える瞳を向けたのは桔梗。その瞳は闘志を宿し、瞳を見ているだけでも彼女の怒りで此方が燃え尽きそうだ。そして彼女の後ろからは不機嫌そうに揺れる狐の尻尾の幻覚まで見え始める。ゆっくりと近づき、肩を強固に握りしめる彼女を見て、今日は双方ともに任務が達成できないなと仮面の下でそっと遠い目をした。ぎりぎりと爪が肩に食い込み掴んでいる部分がめっちゃ痛い。

「何か知っているのかい?」
「何故儂がこんな目に…………。いや、実は、……

 何かを言おうとしたが、彼女の背後にある怒気が膨れ上がりそうな気配をした彼はすぐに口を閉ざした。長く一緒に居る関係で抵抗するだけ怒りが増強すると知っている嵐王は出来るだけ言葉を選んで数日前の出来事を説明した。これ以上怒りが持続しない様に祈りながら……



 
 嵐王が不遇な目に合っているのを知らない彼等は、滞りなく計画を遂行できるよう朝早くから鬼岩窟に来ていた。色々考えたが全体的にやっぱり必要なのは圧倒的に金子で、材料費、食材、必要経費を考えても今の段階では全然足りない。最悪奈涸に立て替えて貰わなくてはならない可能性に、十一金利(トイチキンリ)を恐れ震える彼等は必死である。
 流石にくたくたになって地上に戻ってきた時には太陽が既に真上に昇っており。お腹が空いた二人は鈴菜の作ったおにぎりを食べて休憩している時だった。村に続く坂の下から陽気な声が聞こえる。あの声は們天丸である。

「龍々ここに居ったんかいな。あんさんら村に居らへんからずっと探しとったんやで。もんちゃんもうくたくたや~。ちゃんと鈴々もおるな。よかったわ」

 彼に向かって手を振るとこちらに気づいた們天丸の姿は瞬時に消え、代わりに近くでつむじ風がおこった。かまいたちの様な突風を気にせず見ていると、神通力を使った們天丸が目の前に現れる。相変わらず飄々としているが、今日は何処か楽しげである。
 一つ目のおにぎりを食べ終わった龍斗は手についているご飯粒を舐めて尋ねる。

「俺を探していたって、何かあったのか?」
「いや~、なんや楽しい事になっとるけどこれ以上騒ぎを大きくしたらちょこっと煩わしい事になりそうやと思ってな。ちょい聞いてええ?」
「なんですか?」

 鈴菜は龍斗に残りのおにぎりを渡すと扇で顔を隠しゆったりと構えている們天丸を見た。彼女の視線に気づいた彼は色気を感じる垂れ目を弧のように細め、にんまりと笑う。そして少し前に屋敷前を通りかかった時に桔梗達が話していた内容を彼等に伝えた。

「花火を持った男達が神になるだろう九角はんを神輿に乗せて村を練り歩き、飴とそばを天ぷらで揚げたものをお供えした後。氷漬けにした魚の前で祝う計画をしとるってホンマ?」

 們天丸の言葉を受けた二人は頭の中で彼の言葉を反復させる。そしていつも通り同時に互いの顔を見た二人はもう一度彼の顔を見た。鈴菜は少し顔を傾げて、龍斗はもう一つのおにぎりを持ち答える。

……えっと、ちょっと特殊な土着信仰? それとも新しい新興宗教?」
「們天丸、お前敬信な天狗教信者じゃなかったのか」
「なんやねん天狗教って! それにわいは信者じゃなく天狗やさかい! これはあんさん達が考えた事やないんか!」

 てっきり声を上げて驚くと思った們天丸はまさか二人同時に変化球で返してくるとは思わず盛大に突っ込んだ。流石予想斜めにいく鈴菜とその兄弟である龍斗である。基本的に漫才している二人だが、偶に龍斗は鈴菜と同調してボケに徹する事があり、ちょうどその時だったらしい。

「うひのこひょーがどひゃふしょひなはだほひってほふなどひゃふしんごうははいほ」
「食べ終わってからしゃべってー!」

 おにぎりを食べながら話している龍斗に静かに竹筒を渡す鈴菜。

「(ごっくん)うちの故郷がめちゃくそど田舎だからと言ってそんな変な土着信仰はないぞ」
「偏見は駄目ですよ」
「偏見まみれはあんさんらやでっ」
「金龍信仰はあったけどな(ぼそ)」
「ね」
「ん? どさくさに紛れて何や言わへんかった?」
「な~んにも」

 聞き捨てならない言葉を聞いた気がしたが、鼻歌を歌いそうな彼を見てもにんまりと笑うだけで答える気配を感じない。こうなった時の龍斗は何を聞いても答えす、短い時間でもその位の事は理解できている們天丸は大袈裟にため息を付いた。これでこの話題を終わらせるといった彼等なりの合図だ。

「まあなんや。やっぱり祭り計画はガセかいな」

 頭を掻いて明るい声を上げる們天丸の言葉に目を見張ったのは鈴菜である。

「え? なんで祭りを計画している事を知っているんです?」
……それはホンマにやるんかいな?」

 弥勒と違って昨日見た紙の内容も彼等が話していた内容も殆ど冗談だと思っていた們天丸は同じく目を見開き彼等を見た。何処まで本気なんだ? と思った彼は探りを入れる様に彼等を見つめる。

「祭りは確かに計画しているが、お前の言った祭りはやらねえよ。どう突っ込んでいいかか分からん位突っ込みに溢れているじゃねえか。変な事聞くな、周りが誤解したらどうするんだ」
「せやかて工藤(くどう)」
「俺は見た目も中身も大人だしそもそも九桐(くどう)違いだ」
「今言わないといかん気がしたんや。ちなみにあんさんらの心配はもう遅いで。さっき聞いた内容は屋敷で桔梗はん等が話していた内容さかいにって、お~いどこに行くんや二人とも、們ちゃんの話聞いとるん~? ……まあ、聞いてへんやろなぁ」





 とんでもない噂が広がっている気配をバシバシに感じた二人は全速力で走る。
 こんな事なら早めに桔梗達に話せばよかった。後悔っていう言葉は良くできているなあと何処か冷静に感じながらも彼等は走った。何故ならこの村の娯楽は少なく人との繋がりがとても強い為、誰が好きといった恋愛事や隣の人の夕食まで瞬時に伝わってしまうからだ。さっきの内容だと今日中には面白おかしく伝わるだろう。
 あんなとんでもない祭りを本気でやると思われると困る。そばや飴を揚げた物なんて食べたくない! そう必死で思う彼等は何処までも食欲が中心だった。
 遠くからでも屋敷前に集まっている桔梗や奥継、嵐王、弥勒、そして数人の村人達の姿が見えた。
 彼等はあーでもない、こーでもないと未だに話している様だったが、二人に気づいた奥継が彼等を指さし大声で叫んだ。

「おいこらっ! たんたんにすんすん! 氷漬けにした寿司や飴を供物にして大勢の村人達が長手花火を振りながら、神になった御屋形様をわっしょいする祭り計画を立てているなんてどういうことだっ!」
「何て?」
「どういう事だってばよ」

 彼の一言で先程まで確かにあった動揺と焦りは嘘のように無くなり、思わず無の表情を浮かべる二人。
 先程聞いた話より尾ひれはひれが付き内容は変わり随分進化している。どちらかというと楽しい方向に。話し合っている間に仲間や村人達の願望が入り始めたようで此方を見ながらも何処か楽しそうだ。
 因みに御屋形様はずっと廊下の陰で聞いていて(抜けるに抜けられなかった様子)現代で言うアイドルステージの様な祭り様式になりつつある会話にずっと震えている。
 嵐王が一同を代表して前に出る。

「説明をしてもらおうか」
「むしろ私達が説明を聞きたいです」
「弥勒から聞いたよあんた達っ! なんてちょっと楽しそうな事を考えているんだい!」
「怒りながらなんでちょっと嬉しそうなんですか桔梗姉様」
「伝達が間違っていく過程って、こういう事をいうんだな……、我が身をもって実感したわ」
「誤魔化すな、龍斗。企てた計画全て教えてもらおうか」
「あ~……、はあ。もう、俺達は何から話せばいいんだ……?」

 頼むからこれ以上噂を広げないでくれよと思った二人は事の顛末から考えていた計画内容まで、何故か正座して白状させられたのだった。