urifuji
2022-08-19 19:18:26
22526文字
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鬼哭村もふもふ恐慌事件簿


混乱状態の鈴菜が仲間の皆をひらすらもふもふするだけの小説です。
「黄昏刻に龍ぞ棲む3.5」で配布した無料小説になりますので見た事がある人がいるかもしれません。その時と内容は変わっていませんのであしからず。





〖鬼哭村もふもふ恐慌事件簿〗

 
 なんでこうなったんだ。

 龍斗は自分に抱き着いて離れない鈴菜を横目でみてため息を付いた。
 首にべったり張り付いた姉は少し体を捻った位では離れない。こちらを心配しての行動だと分かっているが、それでも龍斗はこの状態になってからため息が溢れて止まらなかった。

 彼は今、村に向かっている。この訳の分からない状態異常を早急に治してもらう為だ。
 突然何故こんな状態になったのか彼自身分かっていないが、言葉は通じないし、変な行動しているし一向に埒が明かない。こんなに姉と意思疎通が出来ないのは生まれて初めてだった。
 ……いや、突然一発芸を行おうとしたりやめて欲しい事もやめない時がある為割と意思疎通できていないかもしれないが。
 とにかく、このままだと色々大変な事が起きるかもしれない。俺達の尋常でない雰囲気に気づいた村人達も心配そうに声をかけてくれる。有難い。持つべき者は親しい隣人だな。ただこの状態で話していると鈴菜が妙な事を口走るので油断は出来ないが。
 鈴菜に軽く指導してから広場前に来ると、天戒達は今から鬼岩窟に行くところだったらしい。彼等に声を掛けると一同驚いた様子だった。奥継は「なんだよ、今から腕試しに行こうと思っていたのに!」と怒っているが、何かを察知した桔梗からは「たーさん、何かあったのかい?」と心配してくれた。向雲と天戒も不思議そうにゆっくりと近寄ってくる。
 皆が近づいてくると後ろから奇声が上がった。口元を抑え、頬は赤く、静かに震えている。自分の口元に手を当て、息を荒くして「ゆ、夢、……幻?」と虚ろに呟いている姿は、我が姉ながら少し怖かった。

「鈴菜はどうしたんだ? 師匠」
「なんかなあ」
「どうしよう、どうしよう」
「どうした、鈴」

 心配した仲間達が鈴菜に声をかけるが、彼女にしては珍しく質問に答える事は無かった。仲間の声を聞く度に彼女の瞳の輝きは強くなり、息を荒くして興奮した声を上げる。
 そして呟きにしては大きい声が彼女の口から放たれた。

「鬼哭村が、鬼哭村がもふもふ村にっ……‼‼」
「はっ?」
「も、もふもふ……?」

 鈴菜の言葉を聞いた数人が困惑した様子で龍斗を見た。未だ抱き付かれている龍斗は、今日何度目になるため息を付いてから、同じく困惑を隠さず答える。

「こいつ、俺達が呪詛動物に見えているみたいなんだよ」
 



 一同は暫く鈴菜を見つめていたが、視線に気づいた彼女は「え、えっ、何々? じっと見つめるお顔も可愛いねぇ」と蕩けた顔を向けられた為、何も言わず視線を反らした。
 鈴菜は自由人に見えても武道家であり、意外に礼儀作法には煩い。その為上の者に対して舐めた真似する事はないのだが、統率者である天戒がいるのにこの対応。 おかしい事には間違いない。事情を知っているだろう龍斗に向雲は尋ねる。

「どうしてそんな事に?」
「いやそれがな。いつものように鬼岩窟で運動していたんだが、敵の奇襲を鈴菜が喰らっちまったんだよ。それからはずっとこんな感じで、会話もできず埒が明かないから戻って来たんだけど……

 鈴菜を張り付けたまま龍斗は頭を摩る。その後ろにいる鈴菜は奥継を見つけてからは視線を反らさなかった。ゆっくり慎重に手を伸ばしているところから、気づかれないように触れようとしているらしい。

「ん? 確か鈴は麒麟の骨(呪詛・混乱・魅了・石化を無効化)を装備しているだろう?」
「それが敵の攻撃が悪かったのか、見てみたらその骨は半分折れていたんだよ。もしかしてそれの所為かもしれん。俺も念のため鈴菜に大麻を振ってみたが効果なくてな。俺が持っていると何故か没収された」

 鬼岩窟にいる時鈴菜が龍斗に大麻を振ってから龍斗も鈴菜に大麻を振ってみたが、遊んでいると思われたらしく直ぐに取り上げられてしまった。何度か取り返そうとしたが、逃げられる上意思疎通が出来ず、今は回収を諦め彼女が持っている。

「だから大麻を持っているのかい」
「ああ。普通だとそうならないんだけどなぁ。……喉撫でるな。擽ってえんだって、やめろっ」

 撫でようとした策略がばれて奥継に逃げられた鈴菜は、しょんぼりして代わりに龍斗の喉部分を撫ではじめた。鈴菜的には黄龍の長い首あたりを撫でていると思うが、実際には龍斗の顎の下部分から喉にかけて無造作に触れているので、落ち着かずやめて欲しいと切に思う。肩を回す様に抵抗すると今度は頭を撫でられた。喉より幾分ましかと思った龍斗はそのまま会話を続ける。

「何か分かるか?」
「う~ん、もしかしてあれかねぇ? すーさんは式神の身体に入っているから、普通の人だと何ともない事が少しの変化でも大事になるかもしれないよ。特に装備品が壊れたって言ってたし」

 それは確かに起こりうる事かもしれない。攻撃を受けて装備品が半分壊れた為、混乱と呪詛が中途半端にかかっているのかもしれない。

「そうだな、そうかもしれん。《氣》がすげぇ乱れているんだよ。いつもだったらすぐに仲間の《氣》に気づくのに、こうなってからは全然気づかねぇし」

 龍斗の言葉に天戒と向雲、桔梗が顔を見合わせ頷く。

「早めに術で直した方が良さそうだな」
「そうですね」
「あたしがやってみるよ。すーさん、じっとするんだよ」

 仲間の支援にあたる事が多い桔梗が鈴菜に向き合った。龍斗の頭を撫で続けていた鈴菜は目の前に来た桔梗に気が付くと、俯いていた顔を上げ突然の事に目を見開く。

「えっ、狐さん? 何々、私に用事?」
「あたしは狐に見えるんだね。直ぐに終わるから」

 そう言った後桔梗は鈴菜に《爪弾き》する。温かさを伴った明るい光に包まれた鈴菜は終わってから微動だにせず何度も目を瞬かせていた。まだ体調が悪いかと思った桔梗は鈴菜の額に手を当てるが、少し暖かい位で熱はない。

「すーさん、どうだい?」

 桔梗が顔を覗き込むと、鈴菜は高揚して息を止め震える。やはりどこか悪いのかと一瞬思った桔梗だったが、次の言葉を告げようとした時、龍斗から離れた鈴菜は震えた手を伸ばし桔梗の手を握りしめた。

「き、狐さんが私に肉球をっ……! 触っちゃうよ⁉ いいの⁉」

 質問しながら既に桔梗の手を握っている鈴菜である。言うが早いかランランとした瞳そのままに桔梗の手をぷにぷにと押し始めた。思わず遠い目になる桔梗。

……
「肉球、肉球、茶色の肉球! 愛しい小さなお手手! はあ~、幸せ〜」

 桔梗の手に触れるだけではなく、ウキウキと自分の頬に桔梗の手を摺り寄せた鈴菜を見て、効果がない事を理解した天戒と向雲は同時に静かなため息をついた。
 
 



「狐ってこんなにもふもふなんですね~……。恐悦至極に存じます……
「感覚も変化しているみたいだねえ。こらっ、ちょっとくすぐったいよ」

 あらかた肉球(実際は桔梗の手)を堪能した鈴菜は抵抗しない事をいいことに、今度は彼女に抱き着いてその感触を堪能していた。彼女の豊潤な胸に顔をうずめ、うっとりとしているその姿は全男達にとって羨望の眼差しを生むものだが、鈴菜にとって狐のふんわりとした黄金色の毛皮を堪能しているのに過ぎない。
 動物好きな鈴菜であるが殆どの動物達には嫌われており、触れる事はおろか姿も禄に見る事が出来ない。その為こんな風に姿を見て触れあえる事は、彼女にとって至福のひと時だろう。それを理解している桔梗は彼女の行動を呆れながらも邪険にすることはなく好きなようにさせてくれる。優しい桔梗に龍斗は頭が下がる思いだ。

「本当に本当に有難う桔梗。こいつの代わりに礼を言っておく」
「いいさ、代わりに今度何かやってもらおうかねえ」
「是非やらせてくれ。……しっかし、こいつは本当に目出度いよな。俺達はこんなに苦労しているというのに」

 桔梗に抱き付き頭を撫でられている鈴菜の顔は本当に幸せそうだ。彼女の感覚では今、狐(の毛皮)に包まれて肉球のついた小さな手で頭をちょんちょんと触れられている事だろう。うっとりとしたその顔に少しイラッとした龍斗は未だにやけている彼女の頬を摘まんだ。良く伸びるなあと感心していると、呆れ顔の天戒からやめてやれと静止がかかる。村のお父さん、もとい頭領も相変わらず優しい。

 そんな風にワイワイしているとカラクリ音と共に数人の足音が聞こえてきた。音のする方に顔を向けると御神槌、火邑、雹の三人が此方に向かっているのが見える。遠くから大勢集まっているのが見えていた三人は何をやっているのか気になったようだ。

「どうしたのです?」
「あ? 桔梗とすーすん、何しているンだよ」
「何じゃ、遊んでいるのかえ?」

 五色方陣組である五人は御屋形様に忠誠心が強い事も関係しているのか、性格は違えど割合仲が良く、最近では話している姿を頻繁に見かけるようになった。これで双子が来る前はあまり話していないというのだから、何がきっかけで仲良くなるのか分からないな、とこっそり思う龍斗である。そんな五人の内の三人に軽く手を上げた。

「お、よお。おはよう、じゃねえけどな。どうしたんだ、三人で」
「こんにちは、ですね。屋敷に向かう途中で丁度お二人にお会いましたので、一緒に向かっている所です。皆さんこそ、ここで何をしているのですか?」

 三人の思いを代表して御神槌が龍斗に声をかける。龍斗が答えようとすると、桔梗の胸から顔を上げた鈴菜は三人の姿を目に留めた瞬間顔を輝かせた。

「はああぁぁっ! 猫と猿と蛇がいつの間にか合流して皆何か喋ってる‼ 可愛い‼」
「え?」
「あン? 何言ってやがる?」

 急に訳の分からない事を言い出した鈴菜を不思議そうに見ていた三人に、龍斗はため息交じりで説明した。

「実は……
 

 かくかくじかじか。

 
「ま~た変な事になってンな」
「動物に触れられるなら少し羨ましい気はするけどな。しっかし、なんでこいつは次から次へと厄介事を起こすんだ……

 呆れた様子の火邑に同意するのは龍斗。
 今回一番初めの被害者であり、今後も被害を受け続けるだろう彼だ。

「起こしたくて起こしている訳ではないだろうがのう……。しかし妾も動物に見えているとは。龍様、鈴様は桔梗が術を使ってからも全く変化ないのかぇ?」
「ああ」

 呪詛耐性があり殆ど呪詛にかかった事がない桔梗、雹ですら動物に見えている(らしい)上触れる感覚も動物のまま。その事から呪詛だけではなく混乱・魅了も付与されているようだ。いや、魅了だけはかかっておらず本来のものかもしれないが。
 説明している間に再び龍斗にくっついた鈴菜は仲間達の会話をにこやかに聞いていたが、徐に大麻を龍斗に向け振りだした。説明している途中でも顔に当たる大麻に、龍斗の眉間に皺が数本入り始める。

「術や道具でも治らないのですよね」

 今でも龍斗の顔の横では大麻が振られ、ひし形の連なった和紙が容赦なく顔に当たっている。ちょっと痛そうだなと会話の途中で御神槌は思った。

「そうなんだ。俺もどうしていいか……だからっ、顔にバサバサ当てるな! ああもう、聞こえねぇなあっ!」

 会話の途中でもやめない鈴菜に怒鳴る龍斗だが、威嚇しているしか見えない鈴菜は何で直らないか不可解そうだ。顔を捻りながら大麻をひっくり返し異常が無いか観察している。

「すーさんは何をやっているんだい?」
「俺を戻そうとしてるんだよ。鬼岩窟からずっと」

 う~んう~んと唸っている鈴菜を横目に見て、龍斗は本日何度目かになるため息を付いた。
〝ため息を付くだけ幸せが逃げていく〟との言葉が本当なら、彼の幸せは裸足で逃げ続けており今後も現れる様子はない。幸薄くなりつつある彼を見て火邑は顔を歪めた。

「うへェ、それは鬱陶しいだろうなァ」
「実際に鬱陶しいんだよ。替わってやる火邑、こっち来い」
「嫌に決まっているだろうがッ」

 威圧感を出しながら手招きする龍斗に火邑は巻き込まれない様に距離をとる。じりじりと距離を測る二人(実際には三人)を御神槌は心配そうに見つめた。

「鈴菜さん、大丈夫でしょうか……
「本人はちょっと幸せそうじゃがのう」

 状態異常中ではあるか彼女は今までない位幸福そうな顔をしている為、悲願も叶った事だしもう少しこのままでもよさそうだなと誰よりも冷静な雹は思った。ガンリュウに抱かれている為自分は酷い事にならないだろうとの判断も冷静さを保つ要因になっている。

「というか、龍。ずっと鈴が抱き付いているのはどうしてなんだ?」

 彼等のやり取りを苦笑してみていた天戒だが、見た時からずっと疑問に思っていた事を彼に尋ねた。彼等は確かに仲がいいが成人している事もあり、このように長時間抱き付いている事はあまりない。以前くっついていた時は《氣》を補給していると言っていた為、この状態になった事で普段以上に《氣》が削られているのではないかと心配している様子である。
 彼の言葉を受け龍斗は頭を掻く。

「離すと狙われるから、だそうだ」
「狙われる?」
「戻らないなあ……、どうしよう。このままだとたっちゃん、龍だから珍しさで捕まっちゃうかもしれない……。比良坂ちゃんみたいに見世物小屋に売られたら……
「ああ、成程。龍は黄龍だからか」

 彼女の言葉を聞いて合点が行く。確かに今の彼女からすると龍斗は黄龍であり神話上の生物でもある。比良坂が見世物小屋で捕まっていた事も相まって不安に思っているのだろう。まあ彼女の世界では全ての人間が動物に見えている為、無用の心配ではあるが。

「余分な心配だけどな。でもまあ、捕まえるもんなら捕まえてみろってんだよ。返り討ちにしてやるわ」

 不敵に笑う龍斗を見て、正直大人数の火付盗賊改でも彼一人捕まえる事は出来ないだろうなと天戒は思った。同じ様な事を思ったらしい奥継は「こんな奴どうやったら捕まえられると思ってんだよ、すんすん」と苦々しい顔で呟いている。

「それどころか人魚みたいに珍味として食べられたらどうしようっ……。鱗も珍しいから装飾品として取られるかも……。ええぇ、……怖いよう」
「お前の発想の方が怖ぇよ‼ 何だよ、珍味って‼」

 ぶっ飛んだ発想している鈴菜に向かって龍斗は叫び振りほどいた。振りほどかれた鈴菜は慌てて龍斗にくっつこうとしているが、今度は断固拒否されているらしい。そんな二人と見てしみじみと呟く向雲と桔梗。

「おつまみ感覚だな」
「その発想だとすーさんも珍味になっちまうんだけど、それはいいのかねえ」
「どうなんだろうなあ」
 



 龍斗に拒否された鈴菜は暫く彼の周囲をうろうろしていたが、妖術で守れられている村なので大丈夫だと判断したらしい。思い切って周りの光景を堪能しようと今は村人達を観察している。村人達は自分がどんな動物に見えているのか気になるようで、鈴菜の周囲に集まり反応を窺っていた。
 そんな彼女を見ながら雹は困った様に話す。

「しかし今だけならまだしも、ずっとこのままだと困るじゃろうて。どうしたらいいのかのう」
「一度ブッ倒しちまえばいいンじゃねェの? そうしたら元に戻るだろ」

 とんでもない事をあっけらかんと答える火邑に冷えた眼差しを向ける御神槌と雹。因みにこの眼差しは好感度が高く精神的に救ってくれた鈴菜を攻撃するなんて……! という意味と鬼道衆最強姉弟と名高い片割れの彼女をどうやって倒すつもりだ。いう意味が含まれている。

「火邑さん、それは……
「相変わらずお主は戦う事しかないのじゃな。もう少し頭を使って欲しいものよの」

 火邑の提案に鼻で笑う雹。そんな彼女に煽られた火邑の額には血管が浮き始めた。

「テメエは相変わらず喧嘩を売ってンな」
「事実じゃ」
「それが喧嘩を売っているって言うンだよッ!」

 火邑が大声を上げると騒ぎに気付いた鈴菜が三人に駆け寄ってくる。相変わらず彼女の目には大きなカラクリに巻き付いている威嚇中の蛇とその蛇に手を出そうとしている猿が見えており、キーキーと叫ぶ猿の声が理解出来ない彼女は目の前の情報で判断するしかない。その為彼女の発言はこうなる。

「お猿さん、駄目ですよ! 蛇をいじめちゃ可哀想でしょ?」

 どうやら猿がちょっかい出して蛇をいじめていると判断したようだ。その発言を聞いてなんとも言えない表情になるのは火邑。

「いじめられているのは俺様なンだがよ」
「ふむ。本当に動物に見えているじゃな。妾は蛇か。成程のう」

 呪詛耐性のある雹は呪詛にかかったことはなく、自分がどんな動物になるのか常々気になっていたらしい。頷き納得している彼女を庇う様に立った鈴菜は、対面にいる火邑に視線を向けると、その顔を隈なく見つめだした。

……
「何だよすーすん、俺様に何かついてンのか?」

 顔に穴が開くのではないかという位の視線の強さに、火邑は少したじろいてしまう。一通り見つめ納得した鈴菜は感心した様に呟いた。

「頭の部分が綺麗に逆立っている子もいるんですね……。眉部分も太いし。お猿さんにも鶏冠(とさか)とかあるのかな?」
「はァッ⁉」
「ぶっ!」

 まさかの発言をした鈴菜に、近くで聞いていた御神槌は吹きだす。鈴菜の発言に驚いていた雹だったが、呪詛状態になっても個性が出ている猿を想像してじわじわ笑いが込み上がってきたようだ。

「鶏冠じゃと? ほっほっほっ! お主、動物になってもその髪は変わらんのかっ……

 会話の終わり頃には肩を震わせ爆笑している雹である。騒がしかった様子を見守っていた周囲も彼女の発言を聞いてこっそり笑っている者もいた。

「すーすん、テメエ……

 周りに笑われた火邑は怒りで肩を震わせており、火邑の怒りに気づいた御神槌は今にも攻撃をしかねない火邑の前に慌てて立ち塞がった。

「火邑さん、駄目ですよっ! 鈴菜さんは状態異常中なのですからっ!」
「えっ⁉ 急に怒ってどうしたの、お猿さんっ!」
「猿じゃねェッ! どけッ、御神槌! あいつ俺様の事を馬鹿にしやがったンだぞ!」
「そう見えているだけなのです! わざとではありません!」
「素直に言っているならなお悪ィだろうがッ!」

 ぎゃあぎゃあと今度は二人が言い合い出した為、会話について行けず置いていかれた鈴菜は呆然と立ち続けた。野生動物? の怒りに触れて怖かったのだろうかと思った雹は鈴菜に近づき未だ二人を見続ける彼女の顔を覗きこむ。

「鈴様、大丈夫かえ?」
「初めて見ました動物同士の言い争い! 猫ちゃんがお猿さんとの間に入ってにゃーにゃー言っている……! にゃんとお猿のもふ喧嘩っ……!」

 だが、呆然と立っていた彼女は怖がるどころかむしろ感動していた。図太い精神を持つ彼女らしい言葉である。その言葉に力が抜けた雹は「……大丈夫そうじゃの」と呆れた様子で呟く。
 彼等の言い合いをしばらく見ていた鈴菜は、次第に目の前に居る猫へ釘付けになっていった。動物好きであるがその中でも犬と猫が一等好きな彼女である。その猫が自分を庇う様に前に立ち、にゃーにゃ声を上げている姿は感動ものであり幻とも言える光景である。それが眼の前で繰り広げられ興奮で震え続ける鈴菜。
 猫の尻尾がフリフリと揺れる度に尻尾を追って鈴菜の顔は左右に揺れる。段々我慢できなくなりそわそわしだす彼女の足に猫の尻尾(実際には御神槌の服の裾)がゆるりと触れると、鈴菜は飛び上がり大きく震え上がった。そして辛抱溜まらず未だ目の前で抗議中の猫に飛びつく。

「猫ちゃん‼」
「だから、落ち着いてくださっ、うわっ!」

 火邑を落ち着かせようと説得し続ける御神槌に何かが抱き付き、衝撃に転びそうになった御神槌は咄嗟に力を入れて何とかその場に留まった。戸惑いながら後ろに振り向くと、恋してやまない鈴菜が自分の背中にくっついており、その光景を目にした御神槌は瞬間的に体中の熱が急上昇するのが分かった。
 慌てた彼はなんとか離れてもらおうと説得を試みるが、体勢を変えた事で今度は正面から抱き着かれる形になってしまう。お陰で先程まで見えなかった彼女の幸せそうな顔が見え、思わず固まる。

「あン?」

 急に繰り広げられ始めた二人のいちゃつきに、攻撃態勢をとっていた火邑は毒気を抜かれ構えていた腕を下ろした。まあいちゃつきと言っても鈴菜は猫と戯れているだけだし御神槌に至っては巻き込まれているだけである。
 彼等を見て楽しそうな雹に近づき共に観察する火邑。近くを通りかかったクリスも合流し、その光景に口笛を吹いた。頼みの綱である龍斗に至っては憐れみの目を向けて御神槌に合掌するだけで助けてくれそうな相手は誰もいない。

「私、私っ! 猫ちゃんをこんなに間近で触ったのは初めてですっ」
「す、鈴菜さん! 近い、近いですっ‼」

 自分の胸元に顔を摺り寄せ背中を優しく撫でられる。ゆっくり深呼吸を繰り返し、鈴菜は幸せそうにふふっと笑った。それだけで心臓がうるさい位に高鳴り、彼女を離そうとする手は硬直し力が入らない。
 神父という職業柄、異性の触れ合いが殆ど無い御神槌はこの異常事態にどのように対処していいか分からない上、相手は少なからずどころでは無いぐらい想っている女性である。対応できる筈が無かった。頭に血が上り、彼の白い顔は茹蛸のように赤い。もう既に倒れそうである。

「白猫ちゃん、美人だねえっ、可愛いねぇっ!」
「ちょっ、いや、待ってくだ」

 猫に見えている鈴菜は彼の状態に気づく訳もなく、か細い声で鳴きながらも抵抗しない猫を傍若無人と言える程無遠慮に触れていた。背中、腰、お腹、胸等をわさわさ触れる度御神槌の身体は震える。全身を赤で染め震える彼は見ていると可哀想になる位である。火邑からは「好きな女の一人や二人に触れられただけで、情けない奴だぜ。もっと甲斐性を見せろッ」とヤジが飛び、クリスからは「ファーザー、fight!」とウインクを寄せられた。そんな事より助けてほしいと思う御神槌である。

「猫って本当にもふもふなんだ! や~ん、可愛い!」

 鈴菜がふわりと浮き上がり、今度は彼の両頬をわしゃわしゃと撫で始めた。彼の鼻と鈴菜の鼻の間は指二本分程度しかなく、彼女の吐息が時々頬に当たる。頬にある手は時々彼の前髪をかき分けながら髪を撫で、被っていた帽子は気づかない内に地面に落ちていた。
 目の前に彼女の煌煌とした顔がある。自分を見つめて頬を染め嬉しそうに触れる鈴菜がいる。例え自分が猫に見えていても想像以上に胸にくる姿だった。湧き上がる幸福と心臓の激しさでもういっぱいいっぱいな彼は誰がどう見たって余裕はない。

「あ、あの、ちょっと」

 そう言いながら視線を反らす事が出来ない御神槌は嵐の様な彼女の行動を容認するしか出来なかった。その内満足げに鈴菜が頷いた為もう終わったかと一息ついたが、残念ながら相手は想像の上を行く人物である。

「ふわふわ~! もふもふ~! はあ~、幸せ~……

 突然彼女は御神槌の頭を体全体で受け止めるように抱きしめた。小さいながらも異性と思わせる胸の質量を顔全体に感じ、頭部には彼女が頬を摺り寄せた感覚がする。安心した直後の行動に、引きかけた御神槌の心臓は発作が起こる直前まで動悸が急上昇してついに湯気が出始めた。腕は肘位の高さに上がり、手は痙攣のように激しく震えている。

「~~~~っっっ‼‼‼」

 声もない絶叫を上げている彼を見て火邑はぽつりと呟いた。

……あいつ、死ぬンじゃねェ?」
「えっ⁉ ファーザーはそんなに初心なのかい?」

 火邑の言葉に驚き、思わず彼を見つめるクリス。御神槌は十七歳の健全男子であり好きな子にあそこまでされて幸せだろうなと思っての応援だったので、彼をそこまで追いつめているとは気づいていなかったのである。

「そうであろうな。だが本望じゃろうし、いいのではないかぇ?」
「まあ、それもそうだな」
「え。ファ、ファーザ……

 幸福死にしそうな彼を冷静に切り捨てる言葉に、助けた方がいいのか悩むクリスは慌てるのみだ。周りにいる村人達は生暖かい顔を向けて彼等を見守っている。明日にはとんでもない噂が村中に飛び交うだろう。
 体中の力を使ってどうにか彼女の拘束を外した御神槌は座ってのんびりと観察している仲間達の方を向いて叫んだ。

「(ぷはっ)皆さんっ! 見てないで、た」

 助けてください。と言いかけた時、こちらを見ていた三人がそろって「「「あ」」」という声を上げた。その瞬間、自分の額に暖かい何かが当たった気がした御神槌は上を向くと、彼女は楽しそうに口に手を当てて満面の笑みを浮かべている。

「えへへ。あまりにも可愛すぎて、思わずちゅうしちゃいました!」

 茫然とした御神槌は彼女の言葉を反復させる。
 

 ちゅう?
 ちゅうとは何ですか? 鼠の言葉でしょうか。いやいや今ここにいるのは鈴菜さんと私だけで鼠なんてどこにも。
 という事は、ちゅうは動詞でしょうか、名詞でしょうか。名詞だったらどんな言葉でしょうね。母親が時々小さな子供に向けて行う口付けも確かちゅうと言いました。ちゅう=口付けという事でしょうか。
 先程鈴菜さんも私にちゅうをしたと言いましたね。先程の感触はきっとそれでしょう。成程、良かったです。分かって。
 ……
 …………
 私に、ちゅうをした……
 鈴菜さんが? 私に⁇ 口付けを⁉ した⁉⁉


 鈴菜の行動を理解した瞬間、御神槌の顔からは爆発音と煙が上がり、そのままの姿勢で気を失った。
 のんきに「可愛い猫ちゃん可愛いな~」と呟いていた鈴菜だったが、抱いている猫が意識を飛ばすと「えっ、猫ちゃん? 猫ちゃんっ⁉」と慌てふためいている。

「死んだな」
「死んだなァ」
「ファーザァーッッ⁉」

 冷静に分析している二人を置いて、クリスは彼等の元に走っていき大声を上げて御神槌を呼び戻そうとした。何度も体を揺らすも彼の意識が戻らない事を知ると、ゆっくり首を振って静かに十字を切っている。
 彼女の行動で多くの被害者が出たが、ついに死者が出た。倒れている彼の元に天戒や桔梗等が集まり、誰か比良坂を呼んできてくれと村人に声をかけている。
 何も理解出来ない鈴菜は半泣き状態で御神槌の近くにいるが、龍斗が彼に近づかない様に手で制している為鈴菜は傍による事が出来ない。

「どうしよう、猫ちゃんが、猫ちゃんがっ……! 私が強く抱きしめすぎたから? 私の《氣》にあてられたから?」

 本気で自分を責める鈴菜に事情を知っている周りは何ともいえない。誰の所為だという事も出来ず、しいて言うなら猫好きだった鈴菜もうぶ過ぎた御神槌も両者合わさった事で壊滅的に運が無くなったというしかない。

「鈴菜の所為ではあるが、鈴菜の所為ではないんだ。気にするな」
「相性が悪すぎたんだよ……
「痛ましい事件だったな」

 気まずい雰囲気の仲間達は次々に鈴菜に労いの言葉をかけると、多くの動物達が自分を慰めてくれると分かった鈴菜は肩を叩いてくれる猿の手を握った。因みに叩いた猿(向雲)は桔梗と顔を合わせ、御神槌をもう少し女慣れさせた方がいいなとなった事で起こる騒動があるがそれはまた別の話である。





「なんや賑やかい事になっとるなあ」
「何かあったのか?」

 通夜が執り行われる中(実際に一人が精神的に死んでいる為間違ってはいない)、ひと際明るい声が上がる。遊びに行っていた們天丸と江戸の方に用事で出かけていた霜葉が村に帰ってきたようだ。
 その姿を見た鈴菜は目を輝かせた。先程までの落ち込みが嘘のような回復っぷりである。

「はあぁぁっ! 鳥さんがわんちゃんの上にちょこんと乗ってるっ! 可愛いっ! 賢いっ! 可愛すぎるブレー○ンの音楽隊っ‼」

 数日前にクリスから教えてもらった話を思い出し、話の再現かと感極まる鈴菜。ちなみにこの時代の民衆は御伽草子などの話は知っているが流石に海外の童話は知れ渡っていない。

「ぶれ? なんやって?」
「誰も楽器を持っていないが……

 霜葉を見る們天丸と自分達が楽器を持っているか確認する霜葉。都市部であり色々な情報を得やすい京出身の二人であっても、やはり海外の童話は知らなかったようだ。鈴菜の言っている意味が分からず、女性に優しい們天丸も困った様に手に持っている扇を仰ぐ。

「なんや、よぉ分らん事言っとるなあ」

 言葉の意味を少しも理解出来ない二人に、鈴菜はウキウキとした心を隠さず近づいた。楽しそうな鈴菜を見て、やはり困惑気味の二人。そんな彼等の間に浮いた鈴菜は徐に們天丸の頭をわっしゃわっしゃと撫で始めた。突然の行動に目を白黒させているが、飄々としている彼にしては珍しい部類の表情である。それだけ鈴菜の行動が突飛も無いともいえるが。

「可愛い~、可愛い~! 上手に乗れてるねぇ、いい子いい子」
「ど、どないしたんや鈴々?」

 扇を口に当て戸惑う們天丸だが、口はにやけどこか嬉しそうだ。そんな彼を尻目に今度は隣にいる霜葉に目を向けると、們天丸と同じ様に頭をわっしゃわっしゃと掻きまわし、笑顔を浮かべている。

「わんちゃんも、いい子いい子! 賢い子だねえ~!」
……鈴?」

 霜葉のサラサラで綺麗な髪も遠慮なく触る鈴菜の所為で途端にぐしゃぐしゃになっていく。一通り大雑把に撫でて満足した鈴菜は片手を們天丸の頭に、もう片方を霜葉の頭に当てて、今度は先程よりも優しく、ゆっくりと撫で始める。

「ふふ、もっふもふです! もっふもふ!」
「いややな~! 今日の鈴々は随分積極的やないの~! 們ちゃんやって照れてしまうわ~」

 長時間触れ合ったり抱きしめると動物が倒れてしまう事を先程経験した鈴菜は、程々の距離で動物に触れあおうと考えたらしい。それでも動物と触れ合える事態に喜びを感じている鈴菜は上機嫌である。背が高く普段頭を撫でられる事の無い們天丸はこれも一種の遊びと考え楽しそうだが、浪士組であり誇り高い武士である霜葉は侮辱されたと感じたらしい。顔に影を落とし、少し離れた位置に居る龍斗を恨めしそうに見つめた。

……龍」
「殺気立つな。俺の所為じゃねえよ」

 何かあったらすぐに俺に苦情を申し立てるのはどうなんだと龍斗は思いつつ、頭を掻いて彼等に近づく。その間も彼等は頭を撫でられ続けており、背の高い男性二人の間に浮き撫で続ける小柄な女性という訳分らない図が出来上がっていた。図で言えば捉えられた宇宙人逆ver.というべきか。

「壬生はん、女子にそないな態度良くないで~? もっと笑顔でおらんと。殺気が溢れ出てますやん」
「それぐらいで鈴は怯まん」
「確かにそうなんやけどなあ。しかし鈴々はホンマにどないしたんや? こんな事普段せえへんやろ?」

 不思議そうな們天丸に応えるのは近くに来た火邑である。聞いていた話と見た話しを伝えると双方納得した顔を浮かべる。まあ状況把握はしたものの、やられている事を納得できるのかは別問題である。

「ここが極楽……。最高の楽園……
「おいこら、本来の目的を忘れてんじゃねえ」

 相も変わらず幸せそうな顔で彼等を撫で続ける鈴菜の頭を龍斗は軽く叩いた。本当は肩を揺らす位で気付いて欲しいが、今の彼女はこれぐらいしないと我に返る事が出来ない。
 龍斗が叩いた事で撫でていた手が止まり、その間にそそくさと霜葉は離れる。們天丸に至っては「なんや、やめてしまうのかいな」と残念そうに声を上げた。

「痛っ、あ、たっちゃん。ごめんね、構ってあげなくて」
「俺をかまってちゃんにするな」
「あっはっは! かまってちゃんだってよ、たんたん!」

 鈴菜の言葉に遠くから龍斗を指差し、笑っている奥継。そんな彼に龍斗は無慈悲な言葉を告げる。

「鈴菜、あそこにお前の大好きな柴犬がいるぞ」
「あ~‼ いたいた、柴わんちゃんっ‼」

 姿を見ると目を輝かせ追っかけてくるほど呪詛状態の奥継がお気に入りな鈴菜である。奥継の方を示すと想像通り彼女は声を上げ文字通りすっ飛んでいった。鈴菜の姿を見た奥継は潰れた声を上げ、前を向いて走っていく。

「馬鹿っ! 見つからない様にしていたのにっ‼」
「わんちゃんっ! こっちにおいでっ!」
「絶対行かねえしこっちくんなっ! げっ‼ なんでそんなに速いんだよっ⁉」
 




 村人に御神槌を屋敷に運ぶように指示した天戒・向雲・桔梗の三人は、彼等の叫び声を背に今後の対策について話し合う。

「しかしなあ、このままだと困るし、何とかしないとな」
「既に色々なところで被害勃発しているしねえ」

 先程までに起きた騒ぎを思い出し、何とも言えない表情で頷く三人。

「もういっその事、気絶させるか入眠させて一日様子を見た方がいいんじゃないですか、若」
「収拾がつかないしねえ」
「そうだな、意識を一度失った方がいいかもしれん。だが、回復が効かない事から考えると……

 不意に天戒の話が止まった。不思議に思った桔梗と向雲は彼の方を向いて絶句する。

……
……

 わっしゃわっしゃ……

 いつの間にか背後に来ていた鈴菜が先程の二人のように天戒の頭を撫でていたのである。

……鈴」
「いい子いい子~。偉いねぇ、皆と一緒にお話をしているの? 皆の中心になって、偉いねぇ、いい子だねえ」

 ご機嫌極まりない彼女は、相手が天戒だと気づかずに嬉しそうに撫でていた。彼女の目には白くて綺麗な鳥が見えており、動かない鳥の頭部と羽をうっとりとした顔で触っている。ついでに言うと彼女が撫でている羽は天戒の腕であり、頭と時々腕を交互に触れてご満悦である。
 因みに彼女の小脇には捕まった奥継がおり、鈴菜の暴挙を信じられない顔で見ていた。

「ぎゃ—————っ⁉ 何やってんだすんすんっ‼」

 余りに出来事に硬直していた奥継だったが直に我に返り絶叫した。しかし奥継の叫びを遠吠えに聞こえた鈴菜は「仲間を呼んでるの? 仲間の子達はどんな子達かなあ~」とのんきに見当違いの事を話している。
 未だに撫でられている天戒はその場で腕を組み、心底戸惑っている様子である。ほんの少し頬が赤らんで見えるのは気のせいだろう。

「すーさんっ! 天戒様になんて事をっ! せいっ!」

 敬愛する天戒へのあまりの態度を見過ごせない事、我に返った鈴菜が憤死する未来が見えた桔梗は今すぐ彼女を止めるべく《鈴鳴き》を放った。

「はっ!」

 しかしこんな時こそ見切り発動させるのか鈴菜である。
 いとも簡単に技をはじき返し、再び天戒の頭を歌うかの様に撫ではじめた。

「ああもう、なんでこんな時にっ!」
「鈴菜はレベル高いしな……
「毛並みさらさらで綺麗だねぇ、格好いいねえ。囀る声の綺麗さは誰より努力した結果かな? 頑張ってて偉いねぇ。いい子いい子~」
……う、うむ」
「俺を離せ御屋形様に何やってんだお前本当にいい加減にしろよこの大馬鹿野郎ッ(ここまで一息(ワンブレス))‼‼」

 奥継を小脇に抱えながら天戒の髪を撫でる鈴菜、小脇に抱えられながら暴言を吐く奥継、鈴菜の行動を容認しながら戸惑っている天戒、それを苦瓜を嚙み潰したように見つめる桔梗と遠い目をしている向雲。そして周りで傍観する仲間達。少し前まで平穏だった広場は既に混沌で満ちている。

「ほら天戒様が困っているじゃないかっ! 本当に止めなっ!」
「いや、若はちょっと喜んでいないか?」
「馬鹿っ! あんたまで何言っているんだい! 部下が頭を撫でるなんて不敬もいいところだよっ!」
「まあ、立場的にはそうなんだが……
「本当に収拾つかねえなあ」

 傍観していた龍斗はいよいよ自分が動かないといけないかと覚悟を決める。龍斗が動くという事は本格的に鈴菜と戦うという事だ。彼女と本気で戦うのは久しぶりで、遠慮のない攻撃を食らえば双方共に大怪我するかもしれない。
 普段からどついたり突っ込んだりすることが多い龍斗でも、流石にたった一人になった家族を本気で傷付けるのは気が引ける。というか純粋に嫌だ。そんな気持ちを隠さずにのろのろと動き出した龍斗の前に出た人物を見て彼は軽く目を開いた。
 桔梗が鈴菜を後ろから抱え込んで、天戒の頭撫でをやめさせようと攻防していると、どこからか歌が聞こえてきた。優しくて懐かしい、安心する唄。その声が聞こえ始めると鈴菜は天戒を撫でていた手を止め、顔を上げ始める。

……あれぇ……?」
……ん? どうした、鈴?」

 急に止まった手を訝し気に思った天戒は鈴菜の方を見る。宙に浮いていた鈴菜を引き下ろそうとしていた桔梗も全ての動作が止まった鈴菜に対し不可解そうな目を向けていた。
 突然動きを止めた鈴菜は両腕の力も抜け、抱えられていた奥継はそのまま地面に落ちる。膝から落ちたらしく暫く痛みで呻いていたが直ぐに文句を言おうと上を向く。しかし。

「にゃんにゃん唄って可愛いねえ、にゃんにゃん……

 そう言った鈴菜はふわふわ笑った後、崩れるように倒れ込んだ。元々式神で体を固定している鈴菜なので体重は子供より軽く体重を感じさせない。その為女性である桔梗でも彼女を容易に支える事が出来、地面に倒れる前に受け止められた。

「はあ? ……おい、すんすん、すんすんっ⁉」

 突然気を失う様に倒れた鈴菜の肩を奥継が慌てて揺らす。なんだかんだ言っても近い存在だと思っている様で、この様に何かあると本人の知らない所で心配する事が多い。本当に素直じゃない坊やだねえと常々思う桔梗である。

「大丈夫よ。ちょっと寝てもらっただけだから」

 そう言って龍斗と共に現れたのは先程天戒に呼ばれた比良坂。先程御神槌に《黄泉比良坂》を使用した後、まったく収拾がつかない現場に終止符を打とうと赴いてくれたようだ。

……そうか、唄。唄なら弾けないからか」

 鈴菜が倒れた理由を知り、安堵の息を付く天戒。桔梗の腕にいる彼女を見ると、鈴菜は規則的な寝息を立てながらもごもごと何かを呟いた。耳を澄ませると「……もふ……、にゃ……」と幸せそうに微笑んでいた為、そこにいる皆は顔を見合わせ苦笑する。皆には唄が聞こえてきたが、鈴菜は機嫌のよい猫が唄うように声をあげ、近づいてきた様に見えたようだ。
 彼女にとって最初から最後まで動物にまみれ、動物と戯れた一日であった。

……寝てるねえ」

 桔梗が彼女の頬を突く。突かれた鈴菜は不愉快そうに少し唸ったが、その後声を上げることなく再び入眠している。

「最後まで騒がしかったな、こいつ」
「起きて自分のやった事を教えられると憤死しそうだけどなァ」

 呆れた奥継と火邑が今日の出来事を振りかえり、龍斗も一緒に思い返した。自分のやらかした出来事を知れば彼女は悲鳴を上げて慌てるだろう。寝ていても起きていても何をしていても騒々しい姉を思い、龍斗は深く長いため息をついた。労うためか隣にいる向雲から軽く背中を叩かれる。

「皆にも迷惑かけたしな。特に御神槌。鈴菜(あいつ)、責任取るとか言いかねんぞ」

 抱擁爆死事件となったあの出来事は龍斗にとって頭が痛くなる事柄である。
 冗談交じりで言った言葉だったが、その言葉を聞いたクリスと桔梗から「Sounds good!」「ちゃんと御神槌(あっち)は説得しとくから」との言葉を送られると、思わぬ言葉に龍斗は遠い目をしてしまう。桔梗の真剣さから本当に説得しかねない勢いだ。

「誰か反対してくれよ」

 一笑されるかと思った言葉はむしろ盛り上がり、いつまでも終息しない。
 その証拠に桔梗の言葉に女性陣からは同調する声が上がり、集まって何かを話し始めていた。面白がっているのか純粋に応援しているのか分からないが、楽しそうな様子を見ると近いうちに大なり小なりの騒ぎがおこりそうである。
 龍斗の言葉を聞いた天戒が苦笑する。黄昏れている龍斗に気づかれないよう天戒はそっと自分の頭を撫でた。先程の出来事を思い出し優しく笑った後、彼は未だ腑に落ちていない龍斗に声をかけるべくゆっくりと歩き出した。


 後日。
皆から事の顛末を聞いた鈴菜は叫び土下座する勢いで謝ったのは勿論の事、御神槌との熱愛報道を囃し立てられた事や們天丸や霜葉、さらに御屋形様にまで堂々と頭を撫でたことから女傑として扱われ大層居た堪れなかったのは余談である。

<了