urifuji
2022-08-19 19:18:26
22526文字
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鬼哭村もふもふ恐慌事件簿


混乱状態の鈴菜が仲間の皆をひらすらもふもふするだけの小説です。
「黄昏刻に龍ぞ棲む3.5」で配布した無料小説になりますので見た事がある人がいるかもしれません。その時と内容は変わっていませんのであしからず。

「たっちゃん、そっちに行ったよ!」
「よし来た! こっちは終わったからもう少し待ってろ!」
「はーい! って、せぃっ!」

 薄暗く鬱蒼とした場所で賑やかな声と打撃音が聞こえる。彼等が動く度に周囲の岩場へ音が当たり、どこまでも高く響いていた。
 此処は鬼岩窟。
 鬼の怨念が渦巻き灼熱と化しているこの場所は、危険が伴うため村人達には近づかないように言い聞かせている場所である。しかし、こと仲間の間では金銭と経験値、又は腕試し目的でここに訪れる者が多い。
 双子も例外ではなく経験値目的で来ているが、ここには今二人しかいない。本来ならいつもの仲間達(天戒、桔梗、向雲、奥継)と同行する予定になっていたが、直前になって天戒・桔梗は村人からの相談、向雲と奥継は頼まれた見回りをする事となり、後で行くから先に行ってくれと言われ待っているところだ。
 参加人数が少ない為いつもより階層は浅いが、この階にいる敵は状態異常の攻撃を持つ者が多く油断できない。念には念を、の信念で其々対応できる装備を付けているが、それでも早めに倒していった方がいいだろう。そう思った二人は離れすぎず、かといって近づき過ぎずの攻撃布陣で倒していく。
 身近な敵を倒し終わって一息付く。少し遠くで龍斗の《天槍》が敵に決まっているのが見えた。あの敵を倒したら、休憩がてら一度上に上がってもいいかもしれない。
 鈴菜は全て倒し終わった龍斗に声を掛けると、気づいた龍斗も同じ様に手を振った。が、鈴菜の後ろを見た途端慌てて声を上げた為振り向くと、岩陰に隠れていた敵が鈴菜の真後ろまで来ており、彼女へ目掛け攻撃を繰り出そうとしている。

 この距離だと攻撃は避けられない。
 しかしそう簡単にやられる訳にはいかない。

 振り向きながら瞬時に螺旋拳を繰り出すが、攻撃に徹した為受け身をとる時間は無かった。攻撃をもろに受けて吹っ飛ばされた鈴菜はそのまま地面に打ち付けられて転がる。何かが折れる様な乾いた音と全身に痛みが走ったが、慌てて上半身を起こすと敵が悲鳴を上げ消滅しているところだった。

 良かった。

 打撲と擦り傷だらけの身体を起こしため息を付く。こっちは奇襲を受けたが龍斗は問題なかっただろうか。吹っ飛ばされた衝撃で彼の近くまで来たはずだけど、と思っているとすぐ隣から噂していた本人の氣が感じられた。

「えへへ、へましちゃった。たっちゃんの方は、大丈……夫?」

『集中力を切らすな馬鹿!』と怒られるだろうなと思いながら振り向くと、そこに思い描いていた男の姿はなかった。その代わり、そこに居たのは金色の龍。龍斗が呪詛状態の姿である。不安そうに尻尾は揺れ、その声はか細くこちらが切なくなる声で鳴いている。

「えっ? ……たっちゃん、なんでその姿に?」

 鈴菜が当然の疑問を投げかけると、黄龍は不思議そうに「キュッ?」と鳴いた。どちらかというと厳つい部類に入る龍であるが、首を捻って大きく見開いている姿はどこかあどけなく、ちょっと、いや大分可愛い。母性本能が擽られそうである。
 長い髭をゆらゆら揺らし、「キュー、キュー」と心配そうな声で鳴いていた黄龍だったが、徐に腰元に付けている袋を器用に開くと何かを探し始める。

「上手に開けるね。えらいえらい」

 三本しかない、しかも短い手で袋を開けた事に感心していると、黄龍は『何言ってんだこいつ』と言いたげな顔を向けている。
 元々手先の器用な龍斗である。きっと龍になっても出来る事が多いのだろうなと無理やり納得させると、探し物が見つかったらしい黄龍は何かの力で物を浮かせて此方に投げた。
 宇迦之餅(HP120回復)である。
 体中についている擦過傷を見過ごせなかったらしい。

「大丈夫だよ。かすり傷だし、たっちゃんの中に戻れば直に治るから」

 いざとなったら《結跏趺坐》を使うので道具を使うのは勿体ないという意味で伝えるも、彼女の発言を聞いた黄龍は低い声で唸り始めた。光の反射で虹色に輝く尻尾は不機嫌そうに大きく揺れ、厳めしい顔の鼻筋は寄り歯肉をむき出している。
 知らない人が見れば龍が怒り狂ったと震えあがるだろうが、これは怒っているのではなく心配して小言を言っているのに過ぎない。無茶しすぎる自分をいつも怒りながら心配するのは龍斗だから。
 こちらの言う事を聞こうともしない龍斗に鈴菜は折れ、お礼を言って宇迦之餅を食べる。体力が回復したのを確認した黄龍は満足げに頷いた。

 本当に心配性なんだもんな。

 そう思って苦笑すると、此方の言いたいことを理解した黄龍はまた眉間に皺を寄せた。前髪を隠している為感情が見えにくいと言われるが、案外分かりやすいのだ、この弟は。
 そんな弟は相分からず龍の姿で佇んでいる。先程まで確かに人間の姿をしていたのに、目を開けてから驚きの変化を遂げていた。その理由が分からない。

 知らない間に敵から呪詛攻撃を受けたのだろうか。
 自分が襲われたあの一瞬に、音もなく?

「たっちゃん、他に敵がいたの?」

 不可解に思い尋ねるも、『はあ?』という顔で此方を見てくる黄龍。先程と同じ様に髭もゆらゆら揺れている。

 う~ん、伝わらないなあ。

 困ったなあと腕を組むと、腰に付けていた装備品が手に触れた。その瞬間ざりっとした感触があり目を向けると、装備品の一部がひび割れて欠けているのが見えた。先程の攻撃、または転倒した時に壊れてしまったようだ。
 消耗品なので仕方ないなあとため息を付くと、一緒に覗き込んでいた黄龍と目が合う。今問題なのは装備品よりこの不思議そうに顔を傾けている黄龍なので、これは村に帰ってから考えればいいだろう。
 とりあえず早く呪詛を解かなければ。このままだと会話もままならないし、龍斗も凄く困るだろう。何故か今、困っている様子は見受けられないが。
 そう思って戸惑っている黄龍の懐から大麻を取り出し、彼の頭上付近を目掛けて振り払う。そうするとボンッ! と大きな音と共に人間に戻るのだ。

『あ~、やっと戻れたぜ』との声を期待してゆっくり振るが、一向に爆発音は鳴らない。首を捻る鈴菜。黄龍も訳が分かっていない様で鈴菜と同じ方向に首を捻っていた。
 ゆっくり振りすぎたかな? と思い今度は素早く振ってみる。バサバサと顔に掛かる大麻が不快な黄龍は「グルッ⁉ グルルルルッ」と抗議の声を上げて見せたが、治す事に必死な鈴菜は気にしなかった。乱暴ともいえる位大きく振っていた大麻を止めても、やはり龍斗の姿は龍のままだ。
 こうなったら里見の笛を吹くしかないっ! と思って先程と同じ様に袋から道具を探す鈴菜。再度勝手に腰の袋を漁られている龍斗であったが、今度は鈴菜の行動を止める事はなかった。彼女が何をしたいのか読めた龍斗は、小さな三本指の手で器用に顔を覆っている。
 目的である里見の笛を見つけた鈴菜は嬉しそうに「今度はちゃんと戻してあげられるからね!」と笑っているが、その笑顔を受けた黄龍はというと、ゆらゆらと揺れていた髭はしょんぼり垂れ、半目になっていた。「グル……、キュウ……」と小さな声を聞いた鈴菜は彼が不安になったと思い労うが、どちらかというと『マジかよ……』という絶望の声である。

「ほら、たっちゃん! これで元に戻ったでしょ……って、え?」

 里見の笛を吹き終わった鈴菜は自信満々で顔を上げるが、そこにいるのは影を背負った黄龍が佇んでいるだけだった。その顔は先程よりも三割増しで暗い。

「う、嘘でしょ……。どうして戻らないの? どうしよう、どうしよう、たっちゃん……

 困惑さを隠せず声に乗せ、佇んでいる黄龍の身体をぎゅっと抱きしめる。抱きしめられた黄龍も小さく「キュウキュウ……」と鳴いているが『困ったのは俺の方だわ……』と聞こえたのは気のせいだろうか。鈴菜の心底困った声と龍の鳴き声は暫く洞窟に切なく響きわたった。
 



 取りあえず皆に異常事態を伝えようと、早々に鬼岩窟を出た鈴菜と黄龍(龍斗)。
 黄龍の姿は大きく階段が昇れないと困るなあと思っていたが、移動の際は何故か宙に浮く為(自分がなった時は意識していなかったがどう見ても浮いている)運ぶ必要はなかった。
 しかし、龍の姿で地上に上がって大丈夫だろうか。龍斗と共に外へ出てみるが、予想通り彼は周囲にその存在感を示していた。鱗が日光を反射して周囲に虹色の輝きを放つ上、誰も見たことがない龍の形をしているのである。しかも歩く? と宙に浮く。
 これらを端的に言い換えると、彼はものすごく目立っていた。白黒の版画の中心に黄色の顔料が一滴落ちた様に、周囲の環境に溶け込めずとても目立つ。鈴菜は思わず遠い目になる。

 見た事の無い生物が村に来て、村の人達びっくりしないかな……

 この状態の龍斗を一人で村に入らせると、村人達を怖がらせるかもしれない。考えたくは無いが怖がった誰かが龍斗に危害を加えようとするかもしれない。呪詛状態になると相手に危害を加える事は出来ず、只ひたすらに逃げる事しか出来ないから。
 鈴菜は村に至る道を白昼堂々と歩く黄龍を見た。危機感すら感じられない、この状態を分かっていない彼を守るのは自分しかいない。そう決心して歩いている龍斗に抱きつくと、龍斗から「ギュッ⁉」と不満そうな声が上がるが、「絶対に守るから安心してね!」と力強く宣言すると、言いかけた口はしずしず閉まり代わりに深いため息を付いた。黄龍がため息をつくと鈴菜の前髪は瞬間的にふわっと浮いたが、彼の気持ちが伝わるかの様に直ぐにゆっくり沈んでいく。
 何も言わず鈴菜を背負った黄龍はそのまま村にたどり着いた。いつもなら村近くの畑に誰かが居る筈だが、本日は小さな鬼の仮面を付けた兎や猫が数匹ころころと転がっているだけだった。猫や兎は此方に気づくとすくっと立ち上がり、小さな手を此方に向けてちょいちょいと動かしている。

 何あれ、可愛いっ! 凄く可愛いっ‼

 いつの間に村で動物を飼い始めたのか分からないが、面をつけた猫や兎は怖がる事もなく逃げる事もせず、むしろ此方を歓迎するように手を振っている。強大な《氣》を持つが故、今までありとあらゆる動物達に逃げられ続けた(現在進行形)鈴菜にとっては衝撃の光景だった。
 しかも龍斗(今は黄龍)に向かって、である。
 自分と同じく強大な《氣》を持つ龍斗は鈴菜と同様に動物に好かれていない。いや、好かれていない、というのは語弊である。恐怖・畏怖といった対象らしく、近づくどころか姿を見る事さえ殆ど無い。沢山いる野犬やのら猫、鼠と言った存在でさえ今まで両手に収まる程しか見た事が無かった。
 その龍斗が動物に歓迎されるという事自体本来はあり得ないのだが、もしかして黄龍になった事で対等だと思われ、動物達と関わる事が出来たのかもしれない。

「いいな、いいな。たっちゃん、いつの間にあんなに可愛い子達と親密になったの?」

 心底思った事を伝えると、何故か目を大きく見開いた兎と猫は慌てて周囲を見渡した。目を瞬かせた鈴菜が大きなため息を付いた黄龍に教育的指導されるまで、あと少し。



 
 ちょっと強めの折檻(尻尾攻撃)を受けた鈴菜は自身を労わる様に頭を摩っていたが、ふと人間の姿を一度も見ていない事に気が付いた。
村の中を見渡しても誰もいない。その代わり猿やイノシシ等の動物が村を歩いているだけである。しかも動物達は村人が育てた野菜を食べたり荒らす事はせず、歩いたり昼寝をしたりのんびりと過ごしている。

 鬼哭村……、なんだよね?

 民家や畑、それに村の配置はどう見ても鬼哭村だ。けれどそこに先程までいた村人達は居らず、広場近くに来てもついに会うことはなかった。見た目は平和な鬼哭村だが、平和とは言い難い状況に少しずつ不安な気持ちが積もり始める。

 もしかして龍泉組の時の様に、柳生が来て皆は……

 一瞬恐ろしい考えが浮かんだが、顔を振ってその考えを否定した。
 村の結界に変化はないし殺気は感じられない。何より仲間達が負けるなんて考えたくない。それにもし柳生が来たならば、生きている者を皆殺しにしてこの場所は地獄絵図になっている事だろう。こんな風に動物で溢れかえり、ほのぼの平和である訳がない。
 頭を振ったのが不快だったのか少し力を込めたのが苦しかったのか、龍斗は足を止め鈴菜に視線を寄せた。が、頭を上げない鈴菜に一度大きくため息を付いた後、再び何も言わず歩きだす。
 柳生ではないのならば他の敵だろうか。村を動物で埋めるところを考えると、もしかして動物好きの敵かもしれない。地上を人間以外の動物で溢れる世界を作りだしたいとか……
 もう一度村を見渡す。時折現れる動物達は歩き続ける龍を不思議そうに見ており、時折こちらに向かって鳴く動物もいた。龍斗もその度に「グルッ、キュウ、キュー」と返答するように声を上げていたが、近くにいた犬が此方に近づくとちょんちょんと龍に触れ〝くーん〟と切ない声を上げている。
 それを見ていた鈴菜は心臓が止まる程の強い衝動を受け胸元を抑えた。動物同士の触れあいは想像を絶する可愛さであり、にやける顔を隠しきれない。

 もふ会話、万歳っ‼

 人間も共存させて欲しいが、今ならその敵と固い握手が出来そうだ。様々な種類の可愛い動物達をこんなに近くで見るのは初めてかもしれない。落ち込んだ気分(テンション)がうなぎ上りに上がっていく鈴菜である。
 悶絶しているといつの間にか龍斗は村の広場まで来たらしい。ひと際大きい声を上げた黄龍に驚き顔を上げると、そこには楽園が広がっていた。
 鳥、狐、猿、犬、そしてその四匹を中心に他の動物が集まっている。彼等は黄龍を見ると其々一鳴きして近づいた。尻尾を振った犬が走って近づき、同じく尻尾を振った狐や猿がのんびりと歩いてくる。羽ばたいた鳥が近くに降り立ち、こちらを目指してぴょこぴょこと跳躍しているのが見えた。
 その可愛さに思わず叫び声をあげる。周囲にいた動物達は驚き一同に此方を向いたが、その愛しさしかない仕草に震えてしまう。可愛い、可愛すぎる。震えた手で口を押えていないと心臓が出てきてしまいそうだった。

 どうしよう、どうしよう。
 鬼哭村が、鬼の巣窟である我らの村が、

 ——もふもふ村に生まれ変わってしまった‼