urifuji
2021-09-12 21:02:01
17147文字
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普通を常識と思うなかれ(陰11話以降)

陰メンバーの日常。們天丸と鈴菜(女主)がおこす騒動と巻き込まれる仲間たち






 腕試しが好きな火邑と霜葉、たまたま歩いていたクリス、ちょうど霜葉と一緒にいたため楽しそうだとついてきた們天丸と共に鬼岩窟にきた一行。
 あらかたの敵は皆で手分けして倒していき、近くにいたクリスと共に周囲の敵を殲滅させた嵐王は本来の目的である鈴菜の方を向く。嵐王が彼女の方を向いた時、回し蹴りが決まり敵将を吹っ飛ばしているところだった。

「はぁぁっ、せいっ!」

 蹴り飛ばした反動でそのまま後ろに下がり着地した彼女は、その衝撃を生かし反対側の足で地面を強く蹴り上げた。勢いを殺すことなく敵将の前にでて、彼らが防御する暇も与えず体を回転させ炎を纏わせた足を大きく振り上げる。そのまま大鳳を決め敵将を倒して終わりと誰しも思っていた。
 しかし敵将に触れる瞬間、彼女の足を纏っていた炎は瞬く間に消え去った。今敵の反撃があれば防ぐ手立てのない鈴菜はそのまま襲撃され、致命傷にも成りかねない攻撃を受けかねない無防備な状態。心情を表すように大きく目を見開いた鈴菜だったが振り上げた足の勢いは止められずそのまま敵将に突っ込んでいく。

「鈴菜っ!」

 嵐王の珍しく焦った声に遠くで敵と戦っていた霜葉たちも異変に気が付き振り向いた。嵐王の近くで同じ様に見ていたクリスはすでに銃を構えており、敵将に向けて銃口を合わせている。
 一瞬動揺があった鈴菜だがすぐに気を取り直し空中で体制を整える。そして敵将にぶつかる直前に大きく深呼吸をして氣を爆発的に高めると、「ぃやぁっ!」と叫び声をあげた。
 声と共に秘拳・玄武が放たれ大きな氷片が敵将を包みこんだ。氷の固まる甲高い音が周囲に響きわたる。そしてパリパリッ……という音が聞こえると徐々に氷塊にひびが入り、ガラスの割れる様な高音と敵将の悲壮な声が洞窟内に反響した。音が小さくなると共に敵将の姿はゆっくり霞の様に溶け、何もなくなった空間は静けさを取り戻した。
 その横で鈴菜は軽やかに地面に着地した。ゆっくり上体を起こすと安心したように大きく息を吸い、胸に手を当てた後は安心した表情でため息をつく。

「シスター!大丈夫かい?」

 そんな鈴菜にクリスは足早に駆け寄ると、不安そうに鈴菜の体を見渡した。
 妹を妹を救えなかった事も影響しているのか彼は仲間の怪我を大袈裟ともいえる位に心配する傾向にある。特に女性陣に対してはそれが著名で、式神に入っている鈴菜に対しても同様な態度を取ってしまう。
 未だに落ち着かない心配性な彼に向かって、鈴菜は安心させるように笑った。

「大丈夫ですよ、クリス兄様。私は丈夫に出来ていますしどこも怪我はしていません」

 彼の目の前でくるりと回転し、両腕を曲げ力こぶを作った。そんな彼女をまじまじ見て怪我がない事を確認したクリスは漸く表情を緩める。遠くにいた他の仲間達も遅らせながら大丈夫か?と声を掛けながら近づいて来た為、心配する仲間達に対しても同様に大丈夫だと返答し悩んでいる様子の嵐王に声を掛けた。

「あんな感じで気を練って放出するときに時々なってしまうんですよ。嵐王ちゃん、何か分かりそうですか?」
「ん?何かあったのかよすーたん」 

 彼等の様子を不思議に思った火邑は鈴菜に声を掛ける。質問された彼女は地面を蹴りふわりと浮かぶと背の高い彼に近づいた。
 火邑は江戸の町民が平均身長五尺一寸(156cm)であるところ五尺八寸 (176cm)の大男である。鈴菜は4尺6寸(142cm)もいかないぐらいなのでそのまま話すと顔が見えず会話しにくい事から、身長差がある人と会話するときは彼女は空中に浮かび会話を行っている。

「実は時々さっきみたいに技が上手く出せなくなる事があるので嵐王ちゃんに相談していたところなんですよ」
「ふ〜ん。確かに危ねェ感じだったな。うまく対処出来てたから良かったけどよ」
「そうなんです。でも流石にこれが続くと厄介ですね。私これで致命傷を受けるともう一度死ぬのかなあ?皆さんどう思います?」
……答えにくい質問するんじゃねェよ、すーすん」

 う~んと唸りながら軽やかに爆弾級の質問する鈴菜をみて頬を引きつらせる火邑。同じように近くにいながら傍観していた們天丸もその話題には顔を顰め、持っていた扇を左右に振った。

「あかんあかん。そんな辛気臭い会話やめや、鈴々」
「もんちゃん」
「考えても詮無い事を考えたって大体悪い事しか思い浮かばんし何も良くならへんで。こういう事は専門の嵐王はんにどーんと任せておくのが一番や。考えたって無駄なことはせんほうがええ。えらいだけや」

 飄々としている事の多い們天丸が珍しく聞くに堪えないと言いたげな表情を浮かべている。首を振り大袈裟位にため息を吐いている們天丸の姿を見て、鈴菜は困った表情を浮かべ戸惑いながらも頷く。

「そ、そうですか?まあ確かに考えすぎもいけませんもんね」
「鈴菜よ。いいように言っているが們天丸はただ儂に問題を押し付けているだけであるぞ」

 あまりにも無責任な言葉に嵐王は抗議の声を上げるが、元より男の言葉には興味のない們天丸である。低く唸る声を華麗に無視して宙に浮かんで居る彼女に顔を近づけた。

「そんな事よりわいはこんな辛気臭い場所より一刻も早く風呂が入りたいわ〜。生臭くてじめじめして敵わん敵わん。もんちゃんの男前っぷりもこないな所だと台無しや」
「勝手についてきて、散々な言いようだな」
「硬いこと言わんに壬生はん。壬生はんもこんなけったいな場所より風呂に入ってさっぱりしたいやろ?そや、鈴々も一緒にどうや?もんちゃんと一緒にふろに入って楽しい事、しーひん?」

 宙に浮いている鈴菜の腰を引き寄せ楽しそうに笑う們天丸。下心満点の態度の們天丸を相手にしながらも鈴菜は近づいてくる顔をさけつつ不思議そうな顔をする。

「なんだか近くないですか?私は們ちゃんの大好きな祇園のお姉さんではありませんけど……。でもお風呂で楽しい事って何?お風呂遊び?」

 大柄な男に言い寄られている様な姿だが彼女はいたって平然としており、見ようによっては大型犬に懐かれている小さな飼い主の様な図になっている。唯、見ての通り片方は欲望に溢れているが。

「は〜……、お前懲りねえなァ。またすーすん誘ってンのかよ」

 鈴菜のあまりの危機感の無さに見ていられなくなった火邑は思わず声をかけた。一方はきょとんと、一方は不機嫌そうな顔で振り向く。

「なんや火邑はん、わいが誰を誘おうとあんさんには関係あらへんやろ?なぁ鈴々、どうや?」
「あの~……、手を」
「仲間なんだから関係ないわけねェだろうが。前もすーすんに手を出そうとして散々な目になった事忘れたのか?第四の黙示なんとかが召喚される前にやめとけやめとけ。本気じゃねェなら尚更だ」
「わいは困難が多いほど燃える質さかいになぁ」
「もんちゃ~ん、手を放して…………これは聞いてませんね」
「お前はもちろんだが止めなかった責任として俺様達も半殺しにされるンだよ。マジでやめろ」
……。意気地のないくせに嫉妬だけは一人前やわ」

 マジで必死の火邑と少したじろぎながらも不機嫌そうな們天丸の間に挟まれた鈴菜は双方の顔を交互に見つめる。少し言い合っている様子の二人に困惑しており、未だ掴まれている們天丸の手をどうにか放してもらおうと手を上げ訴えているが二人には気づかれていない。
 がっくり項垂れる鈴菜の姿に見かねた霜葉が、二人に「そこまでにしろ」と声を掛け、們天丸の方に向き合った。

……們天丸、鈴が困っているだろう。いい加減離せ」
「霜葉ちゃ~ん!」

 霜葉の言葉に歓喜の声をあげキラキラした瞳で見つめる鈴菜と彼女とは対照的に霜葉にすら邪魔されて顔を左右に振る們天丸。人にあまり興味を示さない霜葉なら止めないと踏んでいたのか、霜葉の言葉に憮然とした表情を浮かべ扇で口元を隠した。

「なんやなんや、壬生はんもそないな事言うんかいな?」

 霜葉に向け扇でひらひら仰いだ們天丸は「保護者が多くて困るわぁ」と鈴菜に近寄りよよよと泣きまねをしている。おろおろと們天丸の頭を撫でている鈴菜に「嘘泣きだから気にしなくてもよいぞ」と遠い場所にいる嵐王から突っ込みが入った。

「鈴が困惑している。大体仲間の女性を風呂に誘うのはどうなんだ。鈴も迷惑だって言っているだろう」
「迷惑やなんてそないな事言ってへんやん。なぁ、鈴々?」
「はあ……、別に私は良いですけど。手は離して欲しいですが」
「鈴もこうして言って……、なんだと?」

 們天丸に対し反論をしようとした霜葉だったが鈴菜の言葉に思わず言葉を止め驚愕の顔で彼女の方を見る。們天丸も彼女の言葉が意外だったようで鈴菜を見つめた。こちらは驚きつつも嬉々とした表情であったが。未だ外れない們天丸の腕を何とか外そうとぺちぺち叩いていた鈴菜だったが、周りの視線に気づいた後はきょとんとあどけない表情を浮かべた。
 思わず眉間の皺が数本増えた霜葉は、皺がこれ以上入らない様に指を当て皺を伸ばす。聞き間違いであった事を祈りながらもう一度、今度は慎重に聞き直した。

「もう一度、さっきの言葉を言ってみろ、鈴」
「?別に良いですけどって」

 霜葉の祈る気持ちは素通りされ、同じ表情で同じ様に鈴菜は答えた。残念ながら聞き間違えでは無かった言葉に先程より深く深く皺が入った霜葉は無言で頭を抱えてしまう。霜葉の代わりに驚愕の声を上げるのは周りの仲間達であった。

「ほんまにっ⁉」
「はあ~っ⁉マジかよすーすん‼」
「Are you really saying this!?」

 三人が三人共違う種類の驚愕の声を上げている中、その声を上乗せする形で驚愕の声を上げるのは当事者である鈴菜である。

「ええ。……え?何かおかしい事言いました私?」
「嫌やなあ、鈴々はなんもおかしい事いってへんで」
「何を言っておる。これが正気じゃなく何だというのだ」

 仲間の尋常ではない反応に間違ったこと言ったのかときょろきょろ周囲を見渡す鈴菜とそれを嬉しそうにたしなめる們天丸。們天丸以外の男共の心の内をそのまま告げる嵐王はまた厄介な事に巻き込まれそうだと仲間に気づかれぬよう密かにため息をついた。
 妹分同様に思っていた鈴菜の予想しない言葉にクリスはしばらく呆然としていたが、我に返った後隣にいた火邑の肩を叩き小声で尋ねる。

「一緒にお風呂に入ってもいいって事は鈴菜と們天丸はloverなのかい?それにしてはずいぶん雰囲気が違うような気がするけど……
「らばぁってなんだよ、ロバの親戚か?」
「間違いなくそれではないだろうな」

 素っ頓狂な会話をした火邑に真面目に嵐王が突っ込んだ。突っ込みどころが多い会話と見るも絶えない現場の中、次第に頭が痛くなってきた嵐王はこれが終わったら桔梗に癒やしの術を掛けてもらおうと強く固く決意をしている。

「いやいや、そんなこと言ってる場合じゃねェな。すーすんお前そんな女じゃ……ん?ちょっとまて。確かこの間、お前の故郷は山深いど田舎だって言ってたよな?」

 クリスほどではないが同様に衝撃を受けていた火邑は、ふと彼女が以前話していた故郷の事を思い出し鈴菜に尋ねる。鈴菜は故郷の話を覚えていた事に驚きながらも「む。確かに田舎ですがど田舎とは言ってないですよ」と不服そうな顔で答えた。
 その答えを聞いて鈴菜の態度に納得がいった火邑は大声を上げ、們天丸の方に体を向けた。無意識に鉤爪を指した為鉤爪は大きく旋回し、近くにいた們天丸に向かって鉤爪が伸びる。彼の長く鋭い鉤爪が們天丸に当たりそうになった瞬間突如疾風が駆け巡り、彼等がいた場所には数枚の木の葉がひらりと舞うのみ。
 仲間たちがどこ行ったか周囲を見渡すと、火邑から一間離れた斜め上に突如疾風が吹き、風が止んだ頃には呆れた顔の們天丸とお米様抱っこをされている鈴菜が現れた。

「火邑はん、いきなり仲間を攻撃するとはあきまへんえ。ホンマにいけずな人やなあ」
「火邑ちゃん、急に指さすのは流石に危ないですよ。っていうかもんちゃん、私抱きっぱなしです!荷物ではないので放してください!」
「あ、ああ悪ィ、悪ィ。……ってそうじゃねえよっ!って事はすーたん、お前もしかして今までこん」
「もうたいがいにしぃ、これ以上は時間の無駄さかいに。わいらは先に屋敷に戻ってゆっくりさせてもらうわ。ほな、さいなら~」
「わっ!ちょっ、もんちゃ」

 火邑が鈴菜に突っ込んだ質問をしようとした途端今までのゆったりとした雰囲気は一瞬で消え、急にバッサリ打ち切りった們天丸は言葉と共に早々と消えた。あっという間の出来事に仲間全員呆然としていたが、すぐに我に返った火邑は何処に居るか分からない們天丸に向けて大声を上げる。

「おいこら們天丸っ!テメエ理解してやがるなっ‼」

 火邑の怒気と含んだ大声は気岩窟内に響き渡りやまびこの様に反響していたが、遠くから聞こえる「もんちゃん何の事か分からへんわ~」との言葉に火邑は確信をもった。
 慌てて彼等を追おうとするがレベル上げがてら来たため地下深い場所まで来ており地上に出るまでに大分時間がかかってしまう。それまでに天狗の神通力で地上に出てしまうだろう彼等を考えると冷や汗が止まらない火邑はイライラとする気持ちを隠そうともせず大声をあげた。

「くそっ、なんでこんな時に奈涸の野郎は居やがらねェんだよ!」

 忍者である奈涸がこの場所にいればすぐ彼等に追いつく可能性はあったが、幸か不幸か本日は商いの関係で村を離れており、ここには参加していなかった。会話についていけなかったクリスは火邑のあまりの血相に戸惑いを隠せない。出口に向かって急いでいる仲間達に慌ててついていき、現状を一番理解しているだろう火邑へ声を掛けた。

「何をそんなに慌てているんだい?俺には君が慌てている理由がさっぱり分からないよ」
「まずは彼奴等を早く止めねぇと確実にやべェ事になるんだよっ!俺等が!」
「俺等が?Why?」

 火邑の切迫な声を聞いても状況を理解できていないクリスにはその必死さが理解できない。嵐王はそんな彼の疑問を答えるべく足を止めてまで振り向いた。周りにいる仲間たちは彼等の様子をじっと見つめる。微動することなくこちらを見つめる嵐王に不穏な雰囲気を感じたクリスは及び腰になるが、そんな彼を気にすることなく嵐王は諭す様に伝えた。

「クリス。よく考えよ、女好きの們天丸とあの鈴菜であるぞ。別に恋人同士でもないあの二人だ。只でさえ們天丸の鈴菜に対する態度に鬱憤が溜まっておる御神槌が、遊び半分で鈴菜に手出ししあやつの毒牙にかかったと知ればどうなると思う?」
……どうなるんだい?」

 不穏さと切迫さを感じる言葉に思わず息を飲んで尋ねるクリス。

……暗黒面に落ちた御神槌が雷鳴を轟かせ們天丸を抹殺すると同様に、我らも含めた周囲も焼野原にするだろうな」

 は~と重い息を吐いた嵐王は小さく顔を振った。嵐王のその言葉に鈴菜関係、特に們天丸絡みで発生する御神槌の怒髪天を衝いた様子を思い出したクリスは一瞬で顔色を悪くさせる。思わず衝動的に胸の前で十字を切るクリス。

「OH、ファーザー……。The end of the world is coming……
「お前が何を言っているのか分からんがとにかく地獄だという事だけは伝わった」

 顔を青くさせたクリスを見て自分達の抱く危機感が伝わった事を理解した嵐王は、その視線を周囲にいる仲間達に向けた。皆冷静を保っているがよく見るとクリスと同様に顔色が悪い。

……俺様達全員気づいているのに、何ですーたんはあいつのデカイ思いをまったく気づかないんンだろうな」
……龍斗もだぞ。緋勇家の体質の一つじゃないのか」

 あまりの鈍さに体質として捉えられ始めた彼等。双子の鈍感さを頭に思い描いた彼等は思わず深い深いため息を吐いた。そんな重い雰囲気を一掃するように嵐王は「とにかくっ」と語尾を強める。

「御神槌に知られる前に奴らを止めなければ。村の平穏が一瞬で失われるぞ。ここは儂らは早く行くよりも先に伝令を使ったほうが正解やもしれぬな」
「ああ、そうだな。そっちの方が早い。何か使えるものはあるのか?」
「幸い伝令用の式神がここにある。忙しい若にこの様な下らない話に巻き込むのは不本意だが致し方あるまい。桔梗も若と一緒に屋敷にいる筈故早急に知らせるとしよう。行けっ」

 嵐王が懐から式神用の形代を取り出し宙へ投げると、形代は風を切る様に素早く地上に上がっていった。その姿を目で追いながら男たちも必死で階段を掛け上がる。地上に着いた時村が地獄絵図になっていない事をそれそれ心の中で祈りながら。


☆☆☆



———一方、その頃。

「おっ風呂や、おっ風呂♪鈴々とお風呂や~♪」
「随分と楽しそうですねもんちゃん」
「そりゃそうや~。鈴々との極楽時間やもん、楽しいに決まってるで~」

 男達が必死で階段を駆け上がっている時、們天丸の神通力で既に鬼岩窟から脱出していた二人は九角屋敷の風呂場に向かって廊下を歩いていた。們天丸としてはこのまま風呂場まで鈴菜を抱きかかえて行きたいところだったが、「いい加減に手を放してください們ちゃん。本気で怒りますよ」と静かに金色の瞳を輝かせる鈴菜を見たら流石の們天丸も降ろさないわけにはいかず渋々彼女に従い手を離した。
 何処か悔しかった們天丸は彼女に「そないに怒らんでもいいやん」とおどける様に話したが、「確かに移動は早くできましたし楽でした。それについてはありがとうございます。けれど人の嫌がる事をし続けるのは男前がする行動ありませんよ」と逆に諭されてしまう。怒っているというより叱っている様な言い方に軽く眉を上げた們天丸は、彼女の言葉に怒るどころか何処か楽しそうに目を細めた。
 小柄な体型と女性という性別で舐められる物言いをされることが多い鈴菜だが、格幅の良い男や大男であっても物怖じせず誰にでも意見を述べたり指摘をする。們天丸と会った時から彼が何かした時にはしたかった事を汲み認めつつも悪いことは悪いと叱っており、その姿をみた村の誰かが「母親と子供の様だ」と称したのを聞いた事がある。
 人間嫌いの部分がある們天丸だが今まで会った人間にそんな対応をされた事はないらしく、彼女の態度に驚きながらも今までにない反応に面白がっていた。鈴菜もそんな彼を不思議そうにしながらも咎めることはない。們天丸は彼女のそんなところが気に入っており、何かある度に彼女を構う為色々な意味で周囲をやきもきさせている。
 廊下を歩きながらウキウキと楽しそうに話す們天丸を見て、彼の心情など全く理解していない鈴菜は合点がいかない様な表情を浮かべている。

「私より美人さんと一緒の方が楽しいでしょうに。変な們ちゃん」
「お?なんや鈴々。焼きもちかいな」

 鈴菜の言葉に們天丸はにんまり笑い扇を口に当てた。獲物を狙う様に目を細め、流し目を向けるその笑みは祇園の女性だと黄色い声を、桔梗や雹だと低い声を上げる代物だったが目の前にいる彼女はそのどれでもない。心底不思議そうにきょとんとした顔を向け、それが世界の常識だとでもいうようにあっけらかんと答えた。

「焼きもち?なんで?だってもんちゃんが美人でぼいんのお姉ちゃんが大好きなのは周知の事実でしょう?」
……否定はしまへんけど。はぁ~、鈴々は隙がありそうやのに思った以上に身持ちが堅いさかいなぁ」 
「そうですよっ。私、か弱くないですからっ!」
「ちゃうねんっ!強さという意味ちゃいますねんっ」

 胸を張って答える鈴菜のずれた返答に畿内の血が騒ぎ思わず関西弁のツッコミをしてしまう們天丸。左腕で目を覆い、おいおいと泣く真似をするが他の事に思考が奪われている鈴菜は們天丸を気にしてはいなかった。

「でも、さっきの火邑ちゃんは何が言いたかったんでしょうか……?」

 鬼岩窟から離れる際に何か言いかけた火邑の言葉が気になり思わず呟いた。悩み始めた鈴菜をみて泣き真似をやめた們天丸はさっきの悲壮な表情は何処へやら、飽きた表情で耳を掻いている。

「気にしいひんほうがええんちゃう?火邑はんはきっと羨ましかっただけだと思うわ」
「そうですか?それにしては何か必死な感じがしましたけど……

 們天丸は興味無い様に話すが最後にちらりと見た彼等の表情は何か大事な事を伝えたかったような気がした鈴菜は考え込む。う~ん、と少し唸っていたが、ふと式神として体を得てから入浴どころか水にすら入った事がない事に気が付いた。彼等はきっとこれを伝えたかったのではないか。
 そう結論づけた鈴菜はポンと手を叩き頷く。彼女を不思議そうに見つめる們天丸を目の端に移しながら周りを見渡した鈴菜は、ちょうど部屋から出てきた桔梗の姿を視界に入れると嬉々した顔を浮かべ大きく手を振った。

「姉様っ、桔梗姉様!ちょっと聞きたいこむぐ」

 廊下を出た途端自分の名前を呼ばれた気がした桔梗は周りをきょろりと見渡すが、彼女が周囲を見渡しても人はおろか影すら見当たらない。眉間に皺をよせ困惑気味の桔梗に、同じ様に部屋から出てきた天戒は声をかける。

「どうした、桔梗?」
「いえなに、今すーさんの声が聞こえた気がしましてね」
「鈴か?そういえば今日は見ていないな」
「う〜ん、空耳だったのかねえ……?」

 不思議そうな声色を乗せ軽快な足取りで廊下を歩いていく彼等を們天丸と鈴菜は廊下の曲がり角で静かに聞いていた。桔梗に声を掛けた瞬間焦った們天丸によって後ろから口を塞がれ抱きしめられた鈴菜はもごもごと声にならない抗議を上げたが、們天丸の『鈴々。しーっ、や!』という声と気配を殺してまで彼等を回避する姿勢に何やら異常事態だと感じ静寂を保った。
 彼等の足音が聞こえなくなってから漸く安心したように柱に体を預ける們天丸。未だもごもごと口を動かす彼女に們天丸は肺に入っている息をすべて出すような重いため息をはいた。

「は~、急に桔梗はんに声を掛けるさかい焦ったわ。鈴々、勘弁やで」
「(もごもごもご)」
「何やて?們ちゃんが男前やさかい他の女の人に声を掛けると焼きもち焼いてまう?かなんなあ、照れてまうわ!鈴々もっと言ってええでっ」
「(もごもごもご~っ!)」
「わわっ、そないに暴れへんでも離すさかい落ち着きぃ!痛っ‼」

 全く見当違いの冗談をいう們天丸に、鈴菜は後ろから羽交い絞めされていたが手足をバタつかせ抵抗する。仲間を傷つけたくない彼女は今の今まで抵抗というものはしていなかったが、自分の意志を顧みてくれない彼の態度に少しむっとして、肘で彼の腹部を打撃した後はするりと腕から抜け出す。
 腹部の痛みに鈴菜の本気さを感じた們天丸はこれ以上は危険と判断し、少し離れたところで仁王立ちになっている鈴菜に近づくことはしなかった。ずきずきと痛む腹部を摩って壁に寄りかかると、片眉を上げ怒っている鈴菜を見つめる。

「もう們ちゃん!後ろから奇襲をかけるのはやめてください!們ちゃんと知っていなければ今頃腕を強く捻り挫傷させたか折っていたかもしれないじゃないですか!危ないですよっ‼」
……鈴々、流石にそれは堪忍やで」

 恐ろしい事を言い出す彼女に們天丸は乾いた笑いを浮かべることしかできない。小さく們天丸の腕にすっぽりと入ってしまう彼女だが、れっきとした無手の武術と氣の達人であり、鬼道衆主力戦力の一人である。先程の打撃は仲間故手加減をしてくれたと理解した們天丸は心の中で冷汗をかき、彼女に気づかれない様にため息を吐いた。
 鈴菜は嗜めた事で少しすっきりしたのか軽く呼吸を吐いた後は立腹することなく、代わりに腰に当てていた手を下げ肩をすくめている。

「いつもだったら桔梗姉様を呼んでも美人どころが増えたって喜んでいますよね。なんで今日は姉様に声を掛けるのを止めたんです?」

 普段から弱い立場に陥りやすい女性の肩を持ち、庇っている桔梗である。状況をあまり理解していない事をいいことに一緒に風呂に入ろうとしていると知った桔梗がどんな反応を示すのか、想像できる們天丸は次の言葉を告げられない。当惑している彼女と目を合わさず状況を打破したい們天丸は何とか誤魔化そうと言葉を選ぶ。

「い、嫌やな~。もんちゃんかてお風呂位少人数で入りたいで」
……そうなの?」
「前風呂に入った時は美人でぼいんの姉ちゃんが一緒のほうが方がいいって言ってたじゃねえか。どうした們天丸。珍しい事もあるもんだな」
「わいかて偶にはそないなふうに思うんや!」
「ぼいんの欠片もない鈴菜だぞ?鶏ガラに等しい鈴菜だぞ?お前、趣旨替えしたのかよ」
「たっちゃん、鶏ガラを馬鹿にしてはいけません!出汁がでて美味しいんですよ!」
「鈴々、指摘する所がちゃう。龍々もいくら兄妹であってもおなごに向かってそないな悪口、言うたらあかん……で?」

 自然に会話に入っていた為そのまま流していたが、明らかに今第三者の言葉があった。というか們天丸自身も名前まで出している。
 們天丸が恐る恐る声の方向に目を向けると、鈴菜の隣に不可解そうな顔をしてこちらを見ている龍斗がそこに佇んでおり、音も気配も全く感じなかった們天丸は驚き飛び上がった。彼の驚く様子を不思議そうにみた後顔を見合わせている双子をみた們天丸は、震える指で龍斗を指す。

「た、龍々?いつからそこにおったんや?」
「今」
「たっちゃんならさっきまで桔梗姉様と若様と向雲ちゃんと一緒の部屋に居ましたよ」
「声が聞こえへんかったさかい気づかへんかった……

 部屋に何人いるのか、誰がいるか彼等の氣で把握していた鈴菜は驚かなかったが、部屋にいるのは二人だけだと思いこんでいた們天丸は頭を抱えて呻く。そんな彼を気にする事なく龍斗は鈴菜に声をかけた。

「鈴菜、さっき桔梗に話しかけたか?どこかで呼ばれたのかって気にしてたぜ」
「あ、うん。実は今からもんちゃんと一緒にお風呂に入るんだけど、式神の体でお風呂に入れるのかなって思って。溶けたりしない?」
「ちょ」
「そういえばその姿で入った事ねぇな。俺も知らんし。あ、お~い桔梗!鈴菜はここにいたぜ!聞きたい事があるってよ」
「た、龍々っ?ちょいまち」

 先程の事で危険を回避できたと思っていたのに、人が増えた上寄りにも寄って桔梗を呼び寄せるという暴挙をしでかした龍斗を止めようと們天丸は焦った声を上げるが時すでに遅し。
 必死に止めようとしていた手が空中を彷徨っている間、廊下の曲がり角から桔梗が顔を出した。鈴菜の姿を目に納めると破顔した桔梗は目当ての人物に近づき、その後ろから向雲と天戒の姿まで見せ同じ様に二人に近づいた。
 このままでは分が悪いと感じた們天丸は5人に悟られないよう足音を立てずコソコソと後ろに下がっていき、そんな們天丸に気付いていない彼等は双子に声をかけている。

「声を掛けたのに姿を見せなくてどうしたのさ、すーさん。なにかあたしに用事かい?」
「んっ?若、嵐王から至急の知らせが届いていますよ。ほらそこに」
「式神か……。何か事件でもあったのか?」

 桔梗が鈴菜に近づき用事を尋ねている間に、庭から形代が近づいているのに気がついた向雲が天戒の肩に軽く触れた。向雲の指摘した方向を向くとゆるりと屋敷に向かっている形代だったが、天戒の側に近づくと彼の周囲を一周してから羽が落ちるかのようにそっと手のひらに収まる。式神の念を聞いている天戒の横では鈴菜が明るくハキハキ桔梗に話しかけていた。

「桔梗姉様っ!はい、用事あります!実は嵐王ちゃんに聞くのを忘れてしまった事なんですけど、私、式神のこの身体でお風呂に入れますか?今から們ちゃんと一緒のお風呂に入るんですけど、入った途端溶けちゃうとかありませんよね?形代は紙ですし。目の前にいる人間が急に溶け出す恐怖体験をすると流石の們ちゃんも忘れられない出来事になっちゃうだろうし」

 笑って話す鈴菜の爆弾発言に思わず時が止まる桔梗と向雲。

……なんだって?」
「し、師匠?もう一度言ってくれないか?」

 聞き間違いかと思い、再度確認する二人。

「え?いや、ですからもんちゃんと一緒のお風呂に入ろうかと思って、……いるの、……です、けど……?」

 意気揚々と話していた鈴菜だったが彼女が話す度に目の前にいる二人の形相が変化していく。段々般若に近づいていく二人に圧倒され語尾が弱まる鈴菜は、何か悪いことでもしたかと思い隣りにいる龍斗の服をぎゅっと掴んだ。龍斗も二人の急激な変化に戸惑いを隠せず、一歩後ろ足を引いている。

「「はあ~~~っ‼‼⁉」」

 屋敷を揺るがす程の二人分の大声が周囲に響きわたると、バサバサッと木に止まっていた鳥たちは慌ただしく飛び立った。彼らが大声を出すよりも早く耳を塞いだ双子だったが、手を通り抜ける程の声量を受けキーンと未だに響いている頭を押さえる。ふらつく頭を支えつつ、無秩序状態になっている目の前の状況をぽかんと見守る事しか出来ない。

「え、な、何だ何だ??」
「おい們天丸っ‼……は~っ。こういう時の逃げ足の速さだけは流石だな」
「~~~っ‼」

 九桐は素早く周りを見渡したが、いち早く危険を察知していた們天丸は既にすたこらその場から逃げており気配は感じられない。もうこの場所にいないことを理解した向雲はため息を吐き、足の早い彼をある意味感心していた。
 その横にいる天戒は嵐王からの報告を聞きおえた後、俯いた体を大きく震わせ伝令の式神を握りつぶしている。

「すーさんっ!あんたなんて事を言ってるんだい!今のあんたがやろうとしている事は野犬に生肉を贈呈しているもんだよっ‼自分の身を大事にしなくてどうするのさ‼」
「へっ?な、生肉?」

 鈴菜の肩を強く掴んだ桔梗は未だ混乱から抜け出せない彼女の肩を大きく揺らす。桔梗のあまりの剣幕と行動に身を任せることしかできない鈴菜は桔梗の思いもよらない言葉を復唱しているが、桔梗の行動を手で制した天戒と向雲が前に出てからは眼光の鋭い顔彼等の顔を呆然と見上げた。
 身長差がある為上から見下ろされている顔には影が掛かり、威圧感はさらに凶悪さを増している。普通の人物であれば畏怖を感じさせる迫力を持つ彼等は流石鬼道衆当主と幹部というべきか。高身長二人に囲まれた鈴菜はもはや獲物に囲まれた野鼠の様であり、鼠と同じ様に体をおろおろと忙しなく動かして戸惑いを全身で表している。

「鈴、正直に話せ。奴に何か言われたのか」
「師匠。仲間だと言ってあいつを庇うことはないぞ」

 桔梗と同じ様に肩に手を置き視線を合わせた後、天戒は静かに話す。怒りを隠して話す姿は們天丸に対しての慈悲は一切感じられなかった。日頃の行いが仇になっている事に苦笑しつつ九桐も同じ様に話しかける。多少天戒よりも呆れ交じりの柔らかい口調であるけれど。

「えっ?えっ??」
「もしかして脅されたのかい?そうだったら們天丸のやつ、ただじゃおかないよっ!」
「鈴菜が們天丸に脅される?……いやいや何言ってんだよ、風呂だぞ風呂。皆、血相抱えてどうしたんだ?手籠めにされようとした訳でもあるまいに」

 先程よりより不穏に、段々ありえない方向に流れ始めた空気を払拭しようと龍斗は声を上げた。桔梗だけではなく天戒と向雲も同じ物騒な雰囲気を醸し出している事に戸惑いつつ、大袈裟な例えを上げるがその言葉に聞いた桔梗はより鋭くした瞳を向けている。もはや睨んでいると言って等しい程の鋭さである。

「たーさんこそ何言ってるんだいっ!すーさんと一緒の風呂に入ろうとしていたんだよ們天丸はっ‼殆ど同じ意味じゃないか‼これが問題じゃなく何が問題になるっていうんだ‼」

 怒号の様に叫んだ言葉に引きつつその言葉の強さに二人は驚きを隠せない。ありえないだろうと思っていた言葉を肯定されてしまえば、「そ、そうなんですか?」「……マジか」と一言つぶやくのが精一杯でそれ以上言葉を発する事が出来なかった。
 二人の反応をみて何か察した様子の向雲は悩むように顎を一度擦り、その後悩んだ末声をかける。

……。もしかして師匠達は男女別で風呂に入る事を知らないのか?」
「「えっ‼そうなのっ⁉」」

 向雲の考えた通り驚きをもって二人は反応している。やはり、と呟き納得した向雲とは反対に、村から出て生活をしたことがない天戒は彼らの態度に奇妙さを感じ思わず尋ねる。

……お前たちの故郷ではどんな生活をしていたんだ?」
「うちの村では老若男女関係なくみんなで一緒に入っていましたけど……
「いやだって、風呂って薪を沸かすからみんな一緒に入った方がもったいなくねえだろ?その都度沸かすもの大変だし、薪もかさむし……。えっ、違うのか?俺の考えがおかしいのか?」
……向雲」
……確かに江戸以外ではそういう所もありましたよ、若。只、們天丸の様子を考えるとあいつは知っていたと思いますが……

 向雲の言葉に思わず深いため息を吐く天戒。

……確信犯か」

 思わず頭を抱える鬼道衆頭目。旅慣れしている向雲はすぐに彼等の常識が江戸の常識ではない事に気がついたが、ここの常識しか知らない天戒にはきっと衝撃的な出来事だったのだろう。今後の対応に頭を悩ませる天戒のその隣では、妹分の様に可愛がっている鈴菜に向けて桔梗が言い聞かせるように今回の問題点を説明している。

「いいかいすーさん。男女一緒だとふしだらな事が起きやすく風紀が乱れるってことで今じゃよっぽどの事が無い限り風呂は男女別になってるんだよ。京でもそうだったはずさ。……こういう事があるから、金輪際あの男にどんなことを誘われてもいいというんじゃないよ」

 彼女の言葉に呆然とする鈴菜。

「きょ、京でもそうだった……?ええっ……?姉様っ、私們ちゃんの事誘っちゃったってことですか?幽霊になってからそんな淫らな事を……、みんなの前で?嘘でしょう?……あぁ、どうしようぅ……

 自分たちの知らなかった常識を聞いて鈴菜は今までの行動を振り返る。確かにそれが江戸の常識であったならば気岩窟での火邑達の酷く慌てていた反応に合点が行く。知らなかったとはいえ知人男性、しかも仲間を誘っていた事実を知った鈴菜は自分の行動に青ざめ説明してくれた桔梗に縋りついた。半泣き状態の鈴菜を「すーさんは何も悪くないさね。悪いのは知りながら誘ってきたあの男だよ」と抱きしめ、頭を撫でて宥める桔梗。

……だからか。昔女仲間に汗かいたから一緒に風呂に入ろうって誘ったら悲鳴と共に平手打ちを食らったのは……

 一方、龍斗も龍泉組に所属していた時に小鈴や美冬に声をかけた時の事を思い出していた。
 顔を赤くして「ひーちゃんが京悟みたいな男だとは思わなかったっ!」「恥を知れっ!」等の理由も分からない罵倒を受け、京悟に慰められながらも「気持ちは分かるがちと早計だったな」といい笑顔で蕎麦を奢られた事があったのはそういう理由だったかと納得する。
 直接謝れない今、龍斗は心の中で彼女らに手を合わせた。そんな彼等をみて向雲は自分の頭に手を当てる。

……もうやらかした後だったか」
……知らないは罪っていう言葉は本当だな……。悪ぃ、天戒」

 村の中で大切に育てられた天戒を世間知らずだなぁと思っていた龍斗は彼に向かって手をあげ謝罪しはじめた。世間知らずは自分の方だったと反省する龍斗だったが、彼のその態度になんとなく言いたいことを理解した天戒は珍しくむくれている。

「なぜ謝る。俺を世間知らずとでも言いたいのか、龍」
「まあまあ。落ち着いてください、若」
「否定しないということはお前も思っていたということだな、向雲」

 一方は嘆き、一方は憤り宥めている光景は、気岩窟に行っていた仲間たちが慌てて戻り合流するまでしばしの間屋敷内を賑わせている。その騒音にすら感じられる賑やかさは最早村の名物で、今日も一日の景色に花を添えるのだった。




 後日。
 自分の行動に落ち込んだ鈴菜が「神様、私は男を誘う様なふしだらな子になってしまいました」とべそをかいて教会内で懺悔した事により、夜叉となった御神槌が逃げ回る們天丸を追いかけまわし仲間の家を訪れ一軒一軒探し回った「なまはげ襲撃事件~嫉妬の大罪を犯した神父~」が勃発するのだが、それはまた別の話である。