第二章
「親睦会?」
ある日の昼下がり、兄本丸から文が届けられた。その文は審神者宛ではなく、近侍宛になっており、さらに差出人は長義だった。初めての事に国広は驚きつつも、近侍専用の執務室で手紙を広げる。
兄本丸からの使者である平野藤四郎にお茶を出すよう今剣に告げた。わかりましたー! と軽い足取りで彼は厨へ走っていった。
平野は兄本丸の初鍛刀で、審神者の側仕えをしているらしい。らしい、というのは人づてに
――いや刀づてに聞いたからだ。初鍛刀である彼ですら滅多に戦場には出ない。
彼が持ってきた文の内容はこうだった。
最近時間遡行軍による本丸襲撃が相次いでいるため本丸間の繋がりを強化せよと政府から通達があった。審神者間での確執はわかっているが、刀剣達まで不仲になるのは良くないと前々から思っていた。だから今までのことは水に流して和解しないか、と。
嫌味を吐く筆頭が何を言う、と思う。恐らく向こうの狙いは政府からの評価だろう。兄審神者はやたらと評価を気にしていて、成果を上げようと躍起になっている。実は審神者としての霊力は弟審神者の方が高い。その事を気にしてか、何かにつけて見下す態度を取ってくるのだ、自分の方が上だと言わんばかりに。だから政府から指摘があった事にも過敏になっているのだろう。そして表向きだけでも和解しなければと、今回の親睦会を企画したに違いない。
つまりこの文は『表向きだけでも仲が良いフリをする協力をしてくれ』と言う意味だ。その裏事情を察した上で、どう返事をするか迷う。向こうの事情に付き合ってやる義理はないが、政府が指摘しているのは弟本丸も含まれている。国広とて主の評価が下がるのは避けたい。
「あの、」
「ん?」
平野藤四郎が目を彷徨わせつつ、国広に話しかける。自分の考えに没頭していて平野がまだいたことを忘れていた。平野は言うべきか迷うように口を噤んだ後、目を国広に向け、ポツリポツリと話し始めた。
「
……どうか、このお話、受けて頂けませんか」
「どうして?」
「
……いくら主君達が忌み嫌おうとも、僕達までそれに従う事はないと思うからです。僕達には貴方がたに何の恨みもありません。それなのに、溝を作り、避けるのはどうかと思います」
平野の言葉にぎょっとする。この本丸に平野はいないのでわからないが、一般的な平野藤四郎は忠誠心に厚く、審神者を慕っているイメージがあった。こんな言い方
――まるで審神者を批判するような発言をするとは思いもしなかったから驚いた。
「しかし今まで
……」
「今までの事はお詫び致します。たくさんの非礼、申し訳ありません」
頭を下げた彼に国広はさらに驚愕した。平野個人から非礼な態度をされた事はない。だからこれはきっと兄本丸全体の事を代表で謝罪しているのだ。他の刀剣の気持ちはわからないが少なくとも平野は心から和解したいと思っている、それが言葉の節々から伝わってきた。しかしそこまでして望む理由は何なのか。
「信じてくださいませんか?」
「いや、平野の気持ちはわかった。だが、」
「そうまでする理由がわからないと?」
「ああ」
「簡単な事です」
平野はチラリと外に目を向ける。襖は開け放たれてて、外の様子が見えた。何振りかの粟田口の短刀達が楽しそうに畑で胡瓜を収穫している。今日は秋田が畑当番だから兄弟達が手伝ってやっているのだろう。
「僕達の本丸には、短刀は殆どいませんから」
兄本丸の刀剣は多い。しかしその殆どは太刀や大太刀だ。兄審神者は太刀・大太刀を重要視しており、短刀は殆ど顕現させない。さらに顕現させたとしてもレベリング部隊に入れてもらえない。太刀・大太刀は二振り目がいる場合すらあるのにだ。
一方弟本丸では全体数は少ないものの、バランスよく刀種がいる。当然粟田口の短刀もいた。
「兄弟と気兼ねなく会いたくて、か?」
「はい、主君は兄弟達を顕現させる気はないようですので
……。もしその文に書いてある事が叶うなら、いち兄に兄弟を会わせてあげられます」
兄本丸の第一部隊には一期一振がいた。時空門前で国広は毎回顔を合わせているが、粟田口の兄弟達を前にしても何も言わない。無表情に国広達の喧嘩を見ているだけだ。口には出さないが弟達だって兄の事を恋しく思っているだろう。想像に難くない。本丸の溝が彼らを遠ざけているのだ。
そういう事情ならば仕方ない。協力せざる得ない。国広は平野に「少し待っていてくれないか」と声を掛け、硯と筆を取った。
こうして親睦会は開催された。
国広は本丸の仲間に裏事情は伝えず、平野の思いだけをそのまま伝えた。その方が溝を深めずに済むと思ったからだ。みんなそれを理解してくれたのか、将又同じ思いだったのか、前向きに捉えてくれた。こちらの本丸に顕現していない兄弟や所縁のある刀を想い、みんなそわそわしている。
場所は兄本丸の大広間で、審神者不在の元、行われた。一応主も招かれてはいたが、絶対に嫌だと頑なに断られた。兄審神者も同じだったらしい。刀剣達が行く事については反対されなかった。むしろ快く送り出してくれた。
長義がまず来てもらえた事への礼と、本丸が異なることなど気にせず楽しんでほしい旨を伝えた。国広も弟本丸の近侍として一言求められた。大勢の前で挨拶なんてとんでもないが、さすがに招かれておいて何もなしはまずいと思い、一言企画の礼と、二つの本丸がこれを機に良い関係になればという旨を伝えた。そして顔から火が出るのではと思わんばかりの頬の熱を持ちながら、早々に席に戻った。
結果から言えばこの親睦会は大成功だった。
最初はギクシャクしていた刀剣達は、やはり期待が高まっていたからか、古馴染みとすぐに打ち解け、それを介して他の者たちとも仲良くなれたようだった。
親睦会はただのお食事会として昼間に行われた。酒が入ると抑えが効かなくなり、喧嘩になる危険性を危惧したためだった。しかしそれも杞憂だったかもしれない。
「元気そうで何よりだ兄弟」
「ああ、兄弟も」
「向こうでの兄弟の仕事ぶりを聞かせてくれぬか!」
国広は隣に座る兄本丸の太刀の兄弟と話していた。彼に悟られないようにチラリと周囲の様子を伺う。長義は宴会の場でも忙しそうだ。周囲を見て必要に応じて配膳し、足りない物を厨に指示して、近くの者の話相手をしつつ、何か問題が起こりそうならすぐ動けるように全体を見てる。伊達に近侍はやってない。国広は密かに長義と話せるのではと楽しみにしていたが、それは叶いそうになかった。結局長義とは話すどころか目を合わせることすらなく、親睦会が終了した。
※以降は本にて。
ベッターにてあらすじ(というかお祈り)を公開してます。
内容は変えてませんので、無料で楽しみたい方はこちらをどうぞ。
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