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柚子子
2024-12-14 17:33:37
11930文字
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ベリーベリー
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花火大会の話(+8)
爆豪長編『ベリーベリー』の番外編。本編最終話および掲載済の他番外編のネタバレを含みます。
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一年目の結婚記念日を無事に終えた、十二月初旬のある日のこと。夕飯を終えて一息ついていたところへ、仕事を終えた爆豪くんが帰宅した。
「おかえりー、早かったね」
「もう夕飯食ったか」
「食べちゃった。この時間なら待てばよかったね」
帰宅した爆豪くんと話をしながら、読みかけの本を閉じて、私はキッチンに向かう。
お互いに不規則な勤務体制なので、我が家では結婚当初から「夕飯は基本的には相手を待たずに食べ始める」と暗黙の了解で決まっている。もちろん、相手を待ちたい日があればその限りではない。
爆豪くんの分として取り分けてあったおかずを私が温めなおしているあいだに、爆豪くんが手洗いと着替えを済ませにいく。ちょうど料理をテーブルに並べ終えたところで、部屋着に着替えた爆豪くんがダイニングに戻ってきた。
「いただきます」
「はい、召し上がれ」
やりとりもそこそこに、爆豪くんは食事を開始した。相変わらずきれいな所作だよなぁと、そんなことをついついしみじみ考えてしまう。爆豪くんの場合、一個一個の動作に無駄がない。何の変哲もない豚のしょうが焼きを頬張っているだけでも、じゅうぶん絵になるのだから爆豪くんは凄い。
夕飯は先に帰ってきた方が作ることがほとんど。だから今日の夕飯は私の手作りだ。平日なので、大した献立ではない。爆豪くんも分かっているから、これといって文句を言ったりしない。まあ、爆豪くんが夕飯担当の日はもう少し凝ったものが出てくるのだけれども。
夕食を食べる爆豪くんの正面の椅子に、私もお茶をいれてきてから腰を下ろす。爆豪くんの箸がほどほどに進んだところで、私は温めておいた話題を切り出した。
「爆豪くん、花火を見に行かない?」
爆豪くんが食事の手を止めないまま、顔だけ上げてこちらを向く。もぐもぐもぐ、ごっくん。口の中のものをきちんと咀嚼し、嚥下しおえてから、爆豪くんは私の質問への返事をした。
「花火だァ? なんで俺が」
「あ、嫌なら結構です」
「おい、質問に答えろやぁ
……
」
「せめて答えたくなる質問の仕方をしてほしいよ」
なんで俺が、と言われたら、普通は行きたくないんだな、と思うものだ。爆豪くんは純粋に「どうして俺が花火大会に誘われているのでしょうか」の意で言っているのかもしれないけれど、そうだとしても、今の返事はいささか私の翻訳能力任せすぎると思う。
まあ、仕方ない。そういう話し方をする人を伴侶に選んだのは私だ。こんな会話の導入部でつまずくのも面倒で、私はさくっと補足の説明に入った。
「地元のさ、港の花火大会、あるでしょ? あれが今年はなんかの記念とかで、特別に冬もやることになったんだって」
「花火を? 祭りを?」
「どっちも。目玉は花火だけど、屋台も出るみたいだね。それで、せっかくだし勝己くんと一緒に花火を見たいなーと、思ったんだけど」
そこで私は一度言葉を切ると、爆豪くんの反応をうかがった。
ちなみに、くだんの記憶喪失事件以来、私はときどき爆豪くんのことを名前で呼ぶようになった。完全に名前呼びに移行したわけではなく、なんとなく当社比で空気が甘いときだとか、あとは今のようにデートのお誘いをしたいときとか、完全に気分次第で使い分けている。
爆豪くんから私への呼称は、相変わらず「
苗字
」か「根暗」。これといって変わりはない。
爆豪くんはしばし、考え込むように視線を中空へ向ける。その顔を、私はお茶を啜りつつ黙って見つめる。爆豪くんはやたらと険しい顔をしているので、黙っていてもそれなりに迫力がある。
待つこと数秒、爆豪くんはふたたび視線をこちらに向け、焦点を私に定めた。
「見たいってのは、現地参加してえって話か?」
「えーっと、それは花火を見るだけでなく、そもそも港の花火大会の、会場にまで行きたいのかって意味?」
「そう聞いてんだろうが」
「いや、それは別にいいかな。花火を見るだけでいいと思ってたし、それだったらうちの実家で、ベランダからかなって考えてた。もちろん爆豪くんが現地に行きたいのであれば、それはそれでやぶさかではないんだけど」
夏の花火大会は暑いし人ごみもすさまじい。けれど冬は冬で、夜の屋外は寒くて仕方がないだろう。港ともなればなおさらだ。わざわざ祭り目当てに出ていきたいというほどではない。
私の答えに、爆豪くんはさらに質問を重ねた。
「そもそもがなんで、花火大会なんだよ。夏にそこかしこで祭りやってたときゃ、まったく何も言ってなかっただろうが」
「うん、それはそうなんだけどね」
やっぱり、そういう話になるよなぁ、と私は心の中で溜息を吐いた。こうして花火大会に誘っている理由を、私はできることなら爆豪くんに話さずに済ませたかった。言わずに済むのなら言いたくない、私にとってこれは、できるだけ避けたい話だ。
けれど何も言わずに多忙な爆豪くんを誘うというのも、それはそれで不誠実だろう。爆豪くんに無関係な話題でもない。何より、爆豪くん相手に隠し事ができないということを、私はすでに嫌というほど思い知っていた。
ここで躊躇い、話すのを渋れば、そのぶん爆豪くんの追求は苛烈さを増すだろう。先延ばしにすればするほど、己の首を絞めることになる。
溜息をひとつ吐き出す。爆豪くんの視線をひしひしと感じながら、私はしぶしぶ打ち明けた。
「なんかさ、私のなかで花火大会って、なんとなくだけど、良くないイメージがついちゃってるんだよね」
私がそう言うと、爆豪くんが鼻から大きく息を吐く。みなまで説明しなくても、爆豪くんならこの一言だけで、十分に私の心中を察してくれるだろう。
一回目、高校一年のときはドタキャンでだめになった。二回目、高校二年のときは、帰り際に別れ話になった。人に話せば、たったそれだけのことでと、そう言われるに違いない。たった二回、嫌な思いをしただけで、と。
けれどその二回だけで、私が花火大会に苦手意識を持つには十分だった。
花火大会そのものには、当然ながら何の問題も非もない。ただただ、こちらが勝手に花火大会に悪いイメージを結びつけてしまっているだけだ。それでも、一度ついてしまった悪印象というものは、なかなかどうして、簡単に払拭できるというものでもない。
高校二年のときの花火大会以来、私はおよそ花火大会と名がつくものに、一切足が向かなくなってしまった。家のベランダから花火が見えるときであっても、わざわざ見ようとは思わない。大学時代には何度か友人から誘われたこともあったけれど、それだってなんだかんだと事情をこしらえて、結局は誘いを断ってしまった。
花火大会は私にとっては鬼門だ。非科学的なことこの上ないと分かっていても、なんとなく嫌なものは嫌なのだった。
けれど、この日本に住んでおきながら、花火大会が嫌だなんて言い続けるのがもったいないことも、同時に頭では分かっている。苦手なものをそのままにしておくのも、課題を後回しにしているようで落ち着かない。
それで今回こうして、爆豪くんを花火大会に誘うことにしたのだ。
冬の花火大会ならば、リベンジするにももってこいだ。夏の気温や空気のにおい、そのほか様々な環境的な因子によって、嫌な思い出がよみがえってくることもない。何より爆豪くんと一緒ならば、記憶を塗り替えることもできるだろう。
「あと、今年の夏は単純に、結婚式の準備とか仕事とか、とにかくいろいろ忙しかったのもある。でも、今は年末の忙しさの前のちょっと落ち着いた時期だし、結婚して一年経った節目でもあるし
……
。何より、そろそろ私のなかの花火大会へのいやーな感じの印象を、爆豪くんと一緒に払拭したいなと思って」
どうでしょうか、と私はふたたび爆豪くんの返答を待った。
話すべきことは、だいたいすべて話し終えたはずだ。爆豪くんのことだから、多分嫌だとは言わないと思う。日程的に都合がつかないと言われれば諦めるけれど、スケジュールアプリを見たかぎりでは、その日はオフになっていたはずだ。
「おまえの言い分は分かった」
まもなく、爆豪くんが言った。
「けど、そういうことなら、ベランダから花火見たとこで意味ねえだろ」
「そうかな? 遠目に参加するのでも、花火大会に参加したことにはなると思うけど」
「モロ陰キャの発想だな。外野による『参加』っつー言葉の、拡大解釈甚だしいわ」
「隙あらば悪口やめてよ」
ベランダから花火を見ようと提案しただけで、そこまで言われなくちゃいけないことないでしょうが。けれど、私がそう言い返すより先に、爆豪くんがスウェットのズボンのポケットから携帯を取り出した。爆豪くんは基本的に、食事中には携帯をテーブルに置きすらしない。
爆豪くんはテーブルに携帯を置くと、さっさと操作し、カレンダーアプリを開いた。
「で? いつだよ、その花火大会」
「ええと、十二月の二週目の土曜日」
「は? もう来週じゃねえか」
「そうだよ、来週」
私の返事に鼻を鳴らす爆豪くん。その日のスケジュールがあいていることは、すでに確認済だ。
「クソ寒ィなか花火なんか見て楽しいんか」
「さあ? 港だし、海風びゅうびゅうでめちゃくちゃ寒いだろうね」
私がそう言うと、爆豪くんはチッと舌打ちをした。向かうところ敵なしの爆豪くんだけれど、個性柄、昔から寒さにだけはめっぽう弱い。この感じだと、もしかしたらそこがネックで渋られるかもしれない。
ほんの一瞬、そんな懸念が頭をよぎる。けれど、どうやらそれも杞憂だったらしい。
「せいぜい雨も雪も降らねえよう祈っとけ」
その返事から察するに、爆豪くんは一緒に花火大会に行く気になってくれたようだ。私はさっそく鼻歌交じりに、スケジュールアプリに花火大会の予定を入力した。
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