ふーこ
2024-12-11 20:31:41
3309文字
Public 小説
 

微酔、明くる朝のこと

大人の壬生主。
ジュヴFES2にて展示していた「白色光に踊る」のおまけ話です。ほろ酔いでだる絡みをするひーちゃん。本文中に描写はありませんが、肉体関係がある前提の二人です。

白色光に踊る
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 そろそろ目を開く覚悟をするべきか。
 爪先を伸ばし、冷たいシーツを探りながら、決まらぬ腹はそのままに。もう一度昨晩のことを思い出してみると、かき分けどかき分けど出てくるのは羞恥ばかりだ。毛布に覆われた温い体が更に熱くなって、いっそ悩む間もなく飛び起きてしまえばよかったと思った。
 よくもまあ、はしゃいだものだとしか言えない。結局のところずっと酔っていたのだ。
 ろくに覚えてもいないダンスを得意げに教えたし(しかも最初は拒まれたのを無理に押し切った)、さらには返り討ちにも遭っていた。いや、返り討ちというのは言葉の選択が悪い。俺が自滅したのをそう言っているだけなんだから。
 恥ずかしさに体がぎゅうと絞られた。爪先が冷たいシーツから、体温の移った毛布の中へと帰る。
 今更いくら恥じらったとしても、無かったことにはならない。回想はまだ続く。紅葉の家に着いた後も俺は落ち着くどころか、むしろ悪化していた。
 風をしのげると急に体が温まった気がして、マフラーを外して、コートを脱いだ。それから振り返ると紅葉もコートを脱いだところだったので、手袋をつけたままの手を取ってこう言った。
「手袋を反対から言うと?」
 その時の紅葉の困った顔といったら、申し訳なくなるほどだ。形の良い薄い唇が、初めて聞いた言葉を真似て口にするように、慎重にその言葉を発した。
……ろくぶて」
「いち、にい、さん、し、ご、ろく」
 反して、躊躇いのない幼稚な声は俺のものだ。
 紅葉は黙って俺に手の甲を六度叩かれていた。それは多分、優しさでもあったし、想定外の出来事を測りかねていた時間でもあったかもしれない。
「ろくぶてって言ったからな」
……君が楽しいのなら、それでいいけれど」
「はは。楽しい、楽しいよ。くだらないのが一番おかしい」
 その時俺はそんな風に言ったけれど、今なら紅葉の言葉の真意が分かる。「明日になっても僕はこのことを覚えているし、君だって覚えているんじゃないか。それを後悔しないのなら好きにしたらいいけれど」だ。
 今返事をするとしたら、恥ずかしいので全然よくない、と言うだろう。
 止めてくれよ。というのは身勝手な言い分だと分かってはいる。でも、紅葉だってほんの少しは俺の醜態を面白がっていたんじゃないだろうか。そこを責めようと思えば責められるんだぞ、と理不尽な文句を思い浮かべて、己の劣勢を改めて噛みしめる。
 それから俺は、叩いていた手で紅葉の手袋の先をつまんだ。柔らかい革の向こうに、爪と指先の肉の硬さがあるのが分かった。
 紅葉はおおむね、されるがままだった。実際、心の中ではどんなことを思っていたか。面白がっていたのかどうかも分からないけれど、とにかく黙って俺の奇怪な行動に付き合ってくれていたように思う。
「手袋、俺が脱がせてもいい?」
 つままれていた指先に、わずかだけ力がこもった。紅葉は涼やかな目元で俺を推し量るように見つめながら、一呼吸の間を置いて口を開く。
「構わないよ」
 その返答に俺はなぜだか得意になって、これから自分にだけ許された大仕事をするような期待感で心を満たした。胸を反らしてみせると、紅葉は軽い溜息のような笑い声を返してくれた。
 指先から手首の方へ、柔らかな革の向こうの骨や筋をなぞりながら指を滑らせる。俺はなんだか高揚していた。いよいよ手袋の端に指をかけると、しかし紅葉は優しい手つきでそれを制止した。
「龍麻。できれば指の方を持って、脱がせてくれないか」
「そういう決まり?」
「決まりではないけど、その方が傷みにくい」
 紅葉の目は穏やかだ。怒っているのでも呆れているのでもないらしい。俺を受け入れながら、何もかもを好き勝手にさせるでもなく、でも最後には決断をこちらに寄こしてくれるような優しさがある。
「教えてくれてありがとう。悪いな、知らなかったから」
「こちらこそ、言わなかった」
 紅葉は指先を揃えて、改めて、俺が手袋を脱がせやすいように手のひらを差し出した。
 今度は冗談めかした大言でもなく、酔いで気が大きくなったのでもなく、これは本当に俺にだけ許されたことなんだろうと、ぽつんと思った。波紋のように広がって心を揺らすこれは、きっと気を許されていることへの甘い喜びで、重要なものごとを前にして畏まる気持ちでもあった。
 言われた通りに、指の付け根のあたりを広く包んでゆっくりと引き抜いていく。革と皮膚が摩擦をおこしていた。無理に引っ張ることのないように慎重に、じれったさは隠しながら。
 まず手のひらが露わになって、ほとんど同時に親指が全て見えた。このくらいになると、紅葉が抵抗でもしなければ、あとは簡単に脱げる。よしよしと頷きながら更に引き抜いていくと、最後に少しだけ人差し指の先が引っかかったけれど、無事に仕事をこなすことができた。
……何がそんなに嬉しいのか、聞いてもいいかな」
 そう尋ねられたところを考えるに、どうやら俺はずいぶん分かりやすい表情をしていたらしい。こちらに差し出されたままの手のひらが、まるでインタビュアーの仕草にも見えたし、ほんの数十分前にそうしたみたいに、踊りに誘われているようにも見えた。
 紅葉の慎重な優しさも、ラフな興味も、俺はそのどちらも愛おしい。等しく俺に向けられている、唯一無二のものだ。
 柔らかく天を向いている紅葉の手のひらに自分の手を重ねて、恋人らしく手と手を取れるように手首を返してやりながら、小指から順に指を絡める。
 紅葉の手が強張ったのはほんの一瞬のことだ。俺が何をしたいかを理解して紅葉もそれを受け入れてからは、とても自然だった。まるで祈りのように二人で手を組んで、いつでもまたそうできるのに、もう離したくないなんて思ったりして。
「それはもちろん、こうできることが、嬉しい」
 繋いだ手を間に挟んで、体を寄せる。紅葉はそれに何か返事をしようとしたのか、迷い気に息を吸っていた気がするけれど、その後に降ってきたのは苦言だった。
「タチが悪いな」
「えっ。俺、怒られてる?」
「いいや。……今夜、君が酔っていなければ、このまま誘っていたなと。僕が勝手を思っただけだ」
「そう……。そう、か。そうだね」
 鼓動が徐々に早くなっていくのを感じていた。ああ、でも今日は楽しかったんだ、とても。浮かされてでもいなきゃ、こんなこともできないし。だから飲まなきゃよかったとは思えないけれど。
……明日」
 紅葉の肩口に顔を押し付けて話し出すと、俺の声が聞き取りづらかったのか、くすぐったかったのか、両方か。ともかく紅葉は摺り寄せるように首を傾げた。
 そうしてくれるなら、さっきと同じくらいの声の大きさでも問題ないはずだ。大きな声で言うことでもないので、助かった。
「明日になればもう、酔ってないけど……
 ところで、紅葉はいつも言葉の続きをじっと待ってくれる人だ。それを嬉しいと伝えると、君がそうしてくれるから同じようにしているだけだと言うけれど。だとしても、それが紅葉自身の思いやりでなければ何だろうと俺は思っている。
 つまり何が言いたいかというと、紅葉は普段なら、こういった中途半端な接続詞の続きも待ってくれる人だということなんだけれど、この時は違った。繋いだ指の先に熱っぽく力が籠って、それから思い知るみたいにこう重く言ったのである。
「待てを、教え込まれている気分だ」
 
 そんなわけで、今朝の俺がいつまでも毛布の中でウジウジとしているのは、他でもなく昨晩の自分のせいなのである。
 詳細に思い出していると、また決心が鈍る。何てことを言ったものか。いったい今朝はどんな顔をして挨拶をしたらいいんだ。もうこのまま窓から逃げ出したいくらいには恥ずかしいが、さすがにそこまで後始末の悪い人間になるというのも、それはそれで恥ずべきことではないか。
 
 もう少しだけ、無為にこのベッドの中を温めることに甘んじていられるだろうか。二人きりの穏やかな朝の気配が、もう十分に感じられてはいることだけど。