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森永
2022-11-15 19:50:46
8976文字
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春の嵐に紛れて泣いた②
無限×風息/くたびれ大学講師とワケありDKの現パロ/続きます/ちょっと近づく
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一日目
晴れのち曇り
どんな気分で眠りについても、朝は来る。
昨晩、泥のように寝入った割に、無限は夜半に幾度か目を覚ました。そのたびとろとろと寝直したはいいものの、ようやくもう一度深いところまで意識が落ちたと思ったら、無情にも夜が明けていた。今度は容赦ない直射日光によって叩き起こされる。昨日の天気が嘘のような快晴だった。
むかつくくらいさっぱりと晴れた空を見ていまは休暇中なのだと思うと、とたんに起き出すのが惜しくなる。しかし意地汚く布団にくるまって芋虫よろしくごろごろしても、一度目が覚めてしまっては気持ちよく寝直すこともできない。渋々起き出した無限は、昨夜浴び損ねたシャワーで眠気を無理くり洗い流したのだった。
部屋に備え付けの風呂には湯船がなく、シャワーとカーテンで区切られた洗面台があるだけの簡素なものだ。トイレと風呂は共同。今晩には大浴場の男湯を使わせてもらえるそうだが、どう見ても客が無限一人しかいないのに申し訳ないことだと思う。
温度調節の難しいシャワーで、いつもより少し熱い湯を浴びると、睡眠薬なしで中途半端な睡眠を経た割に、久々に頭の中までさっぱりとした心地だった。昨日、疲れた体に自分で用意するよりかなりまともな食事を入れさせてもらった効果だろう。コンビニの売れ残りのホットスナックとエナジードリンクに文句を垂れていた身体がようやく納得した感じがする。
しかし、頭が冴えてきてもそのぶん気分は落ち込んだ。昨日の風息とのやりとりを否が応でも思い返してしまうからだった。あんなに快活で気の良さそうな少年に歪んだ表情をさせてしまった後悔が、ちくちく無限を苛んでいる。タイミングを見計らって、不用意に踏み込んであれこれ詰め寄るような真似をしたことを謝りたかった。謝って、そしてどうなるかは、人付き合いの経験に乏しい無限には分からないけれど。
髪をおざなりに乾かして、窓の外を眺めるともなしにしばらくぼーっとする。少し経ってから時計を見ると、朝食を用意すると昨夜教えられた時間に近かったので、鍵だけ持って部屋を出た。
ぎしぎし鳴る階段を降りていくと、昨日は閑散とした雰囲気だった広間に机がひとつ出されていた。ポットに湯のみ、調味料の類が置かれ、「ここで食事してもらいます」と無言で主張している。
そろりと畳に足を踏み入れたところで、ちょうどおひつを持った風息の祖母が奥から出てきて「おはようございます」と会釈してくる。
「もう準備できますんでね、座っていてくださいな」
割烹着に白髪をひっつめた老婆は、無限が返事をするかどうかのタイミングで米の入っているだろうおひつを机に置くと、さっさと奥へ戻っていった。余計な愛想のない垂れ気味の目をした祖母を見送って、無限は言われた通りに広間に足を踏みいれた。風息はどちらかというと祖父に似ているんだな、と吊り気味の猫目を思い出しながら、どうでもいいことを考える。
畳敷きにテーブルがひとつ置かれている。客が無限ひとりだからだろうから仕方ないが、ずいぶん寂しげな様子だ。座布団に腰を下ろすと、ちょうど朝の日光に暖められたのか、ふかりとしてぬくい。民宿の広間というより座敷席しかない定食屋のような雰囲気だ。自分ひとりの食事のために、わざわざ大人数用の部屋を用意してもらって、やはり申し訳ないなと無限は思った。きのう言っていた通りなら、ここも風息が畳を清め、テーブルを拭いたのかもしれない。
机の近く、壁際に据えられたテレビがつけられていて、朝のニュースが流れている。この時間に見るのは随分と久しぶりだ。最近は眠ったり眠れなかったりで朝はどちらにせよテレビをつける余裕もなく、通勤や仕事の合間にニュースアプリをざって流し読むだけに留まっていた。
遠い県の事故や世界情勢、ペットのワンちゃん紹介と次々に切り替わる画面を眺めていると、曲がりかけた腰で機敏に動く老婆がすっかり朝食の用意を整えていた。
「どうぞ。ご飯は多めにしたんでね、残してもいいですから」
「ありがとうございます。いただきます」
「はいはい。終わったら置いといてくださいな」
そう言って老婆はきびきび下がっていこうとする。考えるより先に、無限は思わずその背を呼び止めていた。
「あの、」
「はい?」
「
………
えーと
……
お孫さんは、今日はどちらに
……
?」
老婆は怪訝な顔をした。無限もそれはそうだろうな、と思う。きのう会ったばかりの少年に、飛び込みの宿泊客である男がなんの用かと思うだろう。案の定、無限をじっと見つめながら「あの子がなにか失礼でもしましたかね」と訝しむ口調で尋ねてくる。
「いえ、そういう訳では。
……
休みの間、手伝いをしていると言っていたので
……
」
ちょっぴりしどろもどろになりながら答えると、言い訳めいた口調にもかかわらず老婆はああ、と納得したように頷いて表情を緩めた。
「今日は朝からあちこち掃除させてましてね。なにかご用があったら、なんでも言いつけてやってくださいよ」
はあ、と無限が答え終わる前に、またしても老婆はさっさと去っていった。本当に、歳の割にきびきびと風のように動く人だ。昨日、風息少年が食事の配膳を手際よくこなしていたのは、間違いなく彼女の教えだろう。老婆の素早さにやや圧倒され、一人残された無限は、しばし明るくぬくまった部屋の中で惚けたあと、気を取り直して湯気を立てる食事に向き直った。
目の前に用意された食事は昨日に続いて、普段の無限の食事と比べるのも烏滸がましいほど「ちゃんとした朝ごはん」だ。野菜のたっぷり入った味噌汁に、魚を煮つけたもの、卵焼き、和えものがふたつ、切り干し大根と、そしてつやつやに盛られた白飯。拝んだ方がいいのでは、と思うほどきちんとしたバランスの食事だった。ありがたいことにまた食べ切れるか不安な充実度である。
「
……
いただきます」
手を合わせて小さな声でつぶやくと、それはテレビのささやかな音量にも負けていた。静かに食べ始めると、ニュースはちょうど天気予報のコーナーで、今日の天気をキャスターが朗らかに読み上げている。
『
…………
は地域一帯、昼過ぎまでは快晴で、春らしい陽気となるでしょう。午後から雲がかかり気温が下がっていく予想なので、上着を一枚持っておくと安心です。次に
………
』
ニュースに耳を傾けながら、出汁の味がする卵焼きを噛み締めた。最近、食べものの味がよくわからなくなっていたが、不思議と昨日の夕食からちゃんと味覚が感じられるようになっている。昨晩のジャージャー麺は味が濃かったからだと思ったが、和えものの胡麻の香りも卵の味もきちんとわかるので、どうやら舌も正常に機能しているようだ。昨日はくたくたになったうえちょっとした出来事もあったけれど、まともな食事もとったしまあまあ眠れたから、体の方も調子を取り戻してきているのかもしれない。これなら北河の世話焼きに報いることもできる、と内心ほっとしながら、椀の味噌汁を啜った。
朝食を終えてしまうと、さっそく「やることがない」という壁にぶち当たってしまった。無限は部屋でうーんと悩みつつ腕を組んだ。暇つぶし程度の文庫本は二冊ほど持ってきているが、それは最後の手段にとっておきたい。スマホはニュースアプリを見るくらいしか使い道が思い浮かばないし、それなら今朝のテレビで十分だった。何の変哲もない漁師町で、大変失礼ながら土産物屋もあったとして特に見応えのあるものはないだろう。
南西向きの窓からは燦々と陽がふりそそぎ、そろそろ部屋もぽかぽかになってきている。こんな快晴だし、一応羽をのばしにきていることだし、無限は消去法的に「散歩にでも行くか」と重い腰をあげた。
使い所はあるかわからないが財布とスマホだけ上着のポケットに突っ込んで、廊下に出る。鍵を閉めながらなんとなしに耳をすませてみたものの、少なくともこの階で掃除をするような音は聞こえてこない。風息はどこか別の場所にいるらしい。できれば会って謝りたいが、わざわざ探し出して、というのもちょっと
……
いやかなり不審な気がする。いいタイミングがあればいいなと思いながら、鍵をポケットに入れて宿を出た。
出かける時は鍵を持っていっていいと、昨夜に言われていた。鍵にはボールチェーンで、宿の名前が入ったプラスチック製の札がついていて、ポケットの中で時折カチャカチャと音を立てた。黙って歩いているとその音が相方のように思えてきそうだった。
外に出るといっそう晴れ晴れとしていて、しばらく歩けば上着がいらなくなりそうな陽気だ。完全に春が来た、と思ってしまうくらいだが、そうは言っても三月の天気はあてにならない。昨日も荒れていたし、天気予報でも午後から肌寒くなると言っていた。
宿を出ててくてくと歩き出しはいいものの、無限に行き先などあるはずもない。なにせ、パンフレットもないただの漁師町なのだ。昨日、風息と話した手前、海辺にいくのはなんとなく気が引けて、海岸沿いと並行して当てどなく歩いてみることにした。
歩きながらしみじみと感じるが、静かな街だ。時折人とすれ違うが、どれも地元の人のようだった。無限をちらっと見る人もいれば、まったく意に介していない人もいる。住民同士で「こんにちはー」「あら!」なんて声をかけあったりしているのを見かけるが、それ以外に話し声なんてほとんど聞こえない。離れた海の方で鳥が鳴く声のほうがよく聞こえるほどだった。
(ほんとうに何も無いな
……
)
北河は「浜辺を歩いてたら学生と仲良くなって海で遊んだ」とか「朝市に行ったら漁師さんと仲良くなって飲み屋に連れてかれて奢ってもらった」とか言っていて、だいぶ満喫したらしいが、今のところ無限にはそんな機会はめぐってきそうにない。それは今この街がオフシーズンだからというだけでなく、決定的な人間性の違いのような気がした。考えるとちょっとげんなりするので、無心で歩くことに専念する。
しばらく行くと、林だか森だか、木々の立ち並ぶ景色が見えてくる。その隙間に朱色が覗いて、近づくにつれてそれが鳥居の形をしているのがはっきりとしてくる。というか鳥居だ。つまり、神社がある。
行くあてもない無限は自然とそっちの方に足を向けていく。全国の神社参拝を趣味にしている同僚がいるが、無限はあいにくそれがイマイチ理解できないタイプだ。もちろん観光スポットになるような所ではないだろうが、それでも多少、時間を過ごすのにはいいだろう。鳥居の前でちょっと立ち止まり、案外立派なその佇まい越しに向こう側をのぞく。相変わらず人気はないが、きれいに掃き清められた境内は、敷地を囲む樹々が木漏れ日をまぶし、風を柔く吹き抜けさせている。心地のよさそうな場所だ、と安心して、無限は足を踏み入れた。
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