チャンドラ式英才教育

ナタノレ(娘)にめろめろのハインラインパパの話

「ナタル! これで何度目だ。ハロを投げて遊んではいけないとあれほど
 四歳になったナタル・ハインライン。
 クリスマスが終わり、ニューイヤーに向けてのインテリアに変更して、観葉植物の鉢などを移動させて準備をしている中、手伝うと言ってハインラインの周りをうろちょろしていた娘は早々に飽きて弟のハロまで引き連れ家の中で駆け回って遊んでいた。
 その結果、勢いあまってエントランスに置いてあった一・五メートルほどあるアルテシマの鉢にぶつかって倒してしまった。
 けたたましく音がして昼寝中だったソーマとノイマンは起きてしまうし、床は散らばる土や折れた葉や枝、欠けた陶器の鉢のかけらで大変なことになっている。
 これにより、久しぶりの休みだからと、ニューイヤーの準備を手際よく進めていたハインラインの計画が台無しになった。
 この後買い出しを済ませて、セレネが気に入っているパティスリーで手土産を買いチャンドラ家で夕食をする予定だというのに。
「家の中で走り回るな、危険な遊びをするな、ハロや物を投げるなと何度言ったら覚えるんだ。もう四歳なのだからそろそろわかりそうなものなのに、お前はやんちゃすぎる」
 さすがにイラついて、床を見つめる娘にくどくどと説教をしていると、二階で昼寝していたソーマを抱っこしてノイマンが階段を降りてくる。
「ナタル、大丈夫か?」
「アーニー父さん!」
 ナタルはパッと顔を上げてノイマンを見た。
「怪我しなかったならいいけどな。鉢が割れたのか? 破片踏まないように気をつけろよ」
 ノイマンはアルテシマの鉢が割れたことや、今日の予定が崩壊したことについてはどうでも良いと思っているようでナタルのケガの心配だけしている。
 ナタルは味方がやって来たと嬉しそうな顔をして「アーニー父さん!」と明るい声を出して駆け寄って行った。
「待ちなさい! 話はまだ終わってないぞ」
「えぇ
 ノイマンの後ろに隠れ、唇を尖らせて「まだこの話続けるの?」と言わんばかりの嫌そうな顔をするナタル。
 優しいノイマンが慕われるのは良い。しつけには飴と鞭が必要で、殊、コーディネイターであり、ハインラインの実子であるナタルのしつけと教育はハインラインの責任においてする必要があるのだから、ノイマンが飴で自分が鞭だ。少々嫌われても言わねばならない時もある。
「きちんと反省しなさい! こういう時なんて言う?」
 びしりと指さして反省を促すと、ナタルはきょとんとした顔をしてノイマンを見上げた後、タタッと駆け寄ってきてハインラインの脚に抱きつき、上目遣いで言った。
「アルパパ、だーいすき!」
「えっ」
 かわいい。
 ハインラインは動揺した。いつもは自分のことを「アルとうさん」と呼ぶ娘が突然甘えた声で「パパ」と言った。上目遣いの満面の笑み。脚にハグ。
「パパも好きして?」
……すき?」
「うん!」
 ナタルは両手を広げてハグをねだってくる。「好きして」はもしかして「ハグして」という意味だろうか。
「かわいい」
 つい、素直な感情が口からまろび出ていた。
 こんな風に甘えてくれたことが無いので、今の今までナタルに対して怒っていたことがスコンと頭から抜け落ちて「娘かわいい」という感情でいっぱいになった。
 もちろん、ねだられるまますぐに抱き上げるとナタルの方から首に抱きついてきて頬にチュッとキスされる。
 甘えてくれる娘、かわいい。ハインラインが突然の幸福過剰摂取で無言になっていたら一部始終を見ていたノイマンが吹き出した。
「ははっ、アル、お前チョロすぎるぞ。植木鉢のことはもういいのか?」
「ハッ!」
 反省を促すはずが、すっかり抜け落ちていた。
 ゴホン! と咳払いして厳しい父親の威厳というものを僅かばかり思い出してナタルの行動を叱責する。
「ち、ちがうだろう。こういう時は「ごめんなさい」と言うものだ」
「はーい、ごめんなさい」
「反省したのか?」
「しました〜」
 ナタルは全く悪びれた風もなく、反省しているのかあやしいがハインラインにはもうこれ以上怒っていられる余力がなかった。何せ娘がかわいい。
 すっかり毒気が抜かれたどころか、とんでもない破壊力を伴う娘の「だいすき」に脅威を感じる。甘いだけの父親になってしまわないか子育てに不安を覚えるほどだ。
 そこでふと気付く。こんな、父親を籠絡するような手管をどこで覚えて来たのか。
 大体察しがついたが一応確認した。
「ナタル、パパ大好きは誰から教わった?」
「セレネだよ。怒られた時はこうしたら良いって」
「やはり
 娘を溺愛しているコノエはこのテクニックで一体何回籠絡されたのやら。その光景が目に浮かぶハインラインであった。