さもゆ
2024-12-10 01:57:33
4441文字
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【ダニレオ】ゴースト/ジーザス

1.ワンドロワンライお題『幽霊』
2.ダニレオの70歩手前。

2021.12.29 たまごのお粥pixiv投稿作品



ジーザス


 ほんの一瞬、本当に少しだけ、ザップさんかと思った。

 職場のあの先輩ときたらクズではあるが人情は持ち合わせているのでこちらが本当に死にそうになったら何だかんだ助けに来てくれる、HLは広いようで狭いし、特に彼は上からも僕を目にかけるよう言われているらしいから、たとえこれが仕事とは何の関係もない完全なる巻き込まれ事故的危機だとしてもひょっとしたら助けに現れるかもしれないという淡い期待があって、きっとだからだろう、背後にいたテロリスト諸共ビルが爆発して吹っ飛び、転がった体を受け止め更には飛んできた礫からも庇ってくれたひとに思わず、ザップさんと呼びかけそうになった。そして間髪容れず舌を噛んだ。上げた頭を押さえ込まれたからだ。
「まだ下げてろ坊主」
 轟音の中でも聞こえるようにと耳朶へ寄せられた口からは、ザップさんの声とも違う、僅かに砂のざらつくような低音と、葉巻より辛いにおいが流れた。あ、やべ、と思う。僕は地面に押さえつけられたのを吉として、瞼の裏側できりきりと義眼を使って視認し、やべえと再度思って義眼を閉じた。ザップさんに助けられるよりも、厄介なひとに助けてもらったかもしれない。

 ダニエル・ロウ警部補。

 詳しくは知らない。けどライブラと共同戦線を組んだことはある。HLPDの、ポリスーツも着ないで前線に立つような、特殊な目を押しつけられた俺ですらやっとこさ生きていけるこの街で、やっぱりこのひとも何か面妖な技でも使ってるんじゃないかと思わせてくる、食えない男。

 間違ってもHLPDの世話にはなるなよ、と凍える方の上司が言っていたのは、共同戦線の前だったか後だったか。とにかくそう念を押されていたのだけは確実だ。それぞれのやり方で守りたいものを守っているのは確かなので仲良くやればいいのにとは思うが、それはそれ、僕には分からない組織の規則じみた対立があるんだろう。少なくとも僕はよく知りもしない警部補に対して敵対心も何もなく、むしろマトモに会話したこともないのにちょっと親近感すら感じていたわけだが、それでなぜやべえと思ったのかは簡単で相手も同じように考えているとは限らないからである。顔を見た途端ライブラの隅の方にいた人間だと思い出されて手錠をかけられるかもしれない。そうしたらどうなるんだろう。ザップさんには笑われ、スティーブンさんには怒られる。なってこったい。意地でもジーザスは言わないぞ。

「もう大丈夫だ。立てるか?」

 爆風がやみ、遠くでがらがらと建物が倒壊する音だけとなったら、もう立ち上がるしかない。僕は顔から髪から砂粒を落としつつ体を起こした。手のひらを地面で擦っていたらしく、皮が剥けてじゃりじゃりと血が滲んでいる。「あーあー、」立ち上がっていた警部補が膝を折った。特徴的な前髪が目の前に来る。砂粒が乗っている。「痛そうだな、平気か? まず水で流さねーと」僕はあれと思った。同時に少し、なんだ、とも。ジーザスは言わずに済むらしい。どうやら警部補は本当に僕のことをその辺を歩いて不運に巻き込まれた弱い一般人だと思っている。そりゃ、そうか。マトモに話したことすらないんだ。ライブラと対面したら必ずもっと覚えやすいひとたちがいる。糸目の小僧など何の特徴もない。

「おいどうした、足やられたか? 悪いが送ってけねえんだ。仕事あるからな。保護者呼ぶか? どっちがいい。お前ンとこのボスの電話なら知ってる。スカーフェイスは繋がるか知らんが。おい。なんつったっけ、えー、……お前職場の連中に名前呼ばれてたか? 少年か陰毛しか出てこねえ。糸目の坊ちゃん」

「ぼ……っ」――僕は思い切り糸目の間に皺を寄せ、あんぐり口を開いた。「……っぼくのことバッチシ覚えてるんじゃないすか、ヒィ、お助け」血だらけの手のひらを向けて身を引く。驚いた。やっぱり警察、観察眼も記憶力もきっと人並み以上にある。ああ、手を向けたのは失敗だったかもしれない。手錠かけられるかも。

 ところが警部補は目つきの悪い三白眼を呆れさせただけで、懐から手錠や銃ではなくハンカチ(ハンカチ! しかも海底に住むあのスポンジ柄だ! な、懐かしい!)を取り出すと僕の皮の剥けた手のひらに押しつけた。
「どーでもいいが俺ァ怪我したガキ放っとくほど薄情じゃねえ。が、何かと面倒見るほどお人好しでもねえ。いーからさっさとここ離れろ、歩けるんだろ」
「えっでっあっでも」
……ライブラの人質要員になりてーなら協力するがな」
「有り難く避難させてもらいまーっす!」
 すぐに立ち上がって駆け出し、しかしピタッと立ち止まって後ろを振り返った。「ありがとうございました! ハンカチまた返します!」既に踵を返していた警部補の背中は、俺を庇ったせいでトレンチコートが汚れきっていた。返事はなく、彼はすぐに自分の仕事に専念するためおそらく署内に電話をかけている。俺はくるりと体を戻し、また駆け出した。ハンカチをぎゅっと握る。鼻の奥で微かに留まっていた煙草の辛いにおいが、呼吸をするたび肺へと落ちていく。



 ジーザス! 後日、警部補ってすっごくいいひとですねえと職場の休憩中漏らした言葉に、誰かが嘆いて頭を抱えた。