ぷの
2024-12-04 10:57:09
10069文字
Public レイチュリ
 

イメージソング

青空でフォロワーさんに挙げていただいた私のイメソン2曲を元に書いたお話まとめ。どちらも素敵な曲でお気に入りです。ありがとうございました!
P1 - カーテン
私の作品のイメージとしていただいた曲。
P2 - ダンスホール
私本人のイメージとしていただいた曲。趣味全開で好き放題しました。

【ダンスホール】

 学会のあとの親睦会を断って、レイシオは一足先に帰宅の途につこうとした。しかし、端末に届いていたメッセージを目にして、予定を変更することにした。ゆっくりと深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
 ホテルに戻って着替え、予約していたシャトルをキャンセルし、代わりに個人向けの貸し切り便を手配した。とにかくこの星を早く離れ、一人になって休みたかった。身形こそなんとか整えたが、寝不足で頭が痛み、軽い動悸がする。顔色をメイクでごまかすなど、どこかのギャンブラーのようではないか。
 手荷物を引きずるように運び、発着ターミナルで指定されたシャトルを探す。目的の搭乗口を見つけて安堵したのは一瞬だった。そこに立っている人物が被っている帽子をひょいと片手で持ち上げ、レイシオに気安い挨拶を寄越したからだ。搭乗口の番号を二度確認した。間違いない。
「お疲れ様、レイシオ!」
 ピカピカと瞬きそうな輝きを放つ笑顔で、アベンチュリンはレイシオに向かって両手を広げた。その後ろに見えている船はカンパニーのものではない。個人所有にしてはサイズが大きく、なかなか年季が入っている。おそらくどこかの軍用艦の払い下げだ。見たところ武器の類いはなく、外見を親しみやすく換装している。アベンチュリンは一人で護衛はおらず、仕事着よりは落ち着いた服装だ。
「なぜ君がここにいる」
「たまたま近くにいたから、君の足になろうと思って」
 質問の答えになっていない。そう思ったが、疲労がピークに達したレイシオの思考はいよいよ散漫で、どうにでもなれというやけっぱちな気持ちに流された。
「そうか、では頼む。行き先は予約の時に伝えた通りだ。到着するまで一切声をかけないでくれ」
「りょーかい」
 アベンチュリンがレイシオの手から荷物を取り上げ、艦内に先導する。一番大きいと思われるゲストルームに案内され、設備の説明とゲスト用の電子キーが入ったカード型端末を渡された。
「水をたっぷり積んであるから、好きなだけ入浴してくれていいよ。今はバスタブで溺れそうだから一眠りしてからをおすすめするけど。メインスタッフからの挨拶はいる?」
「不要だ」
「それでは三日間、目的地までおくつろぎを」
 脱いだ帽子を胸に当てて、アベンチュリンはお辞儀をした。おや?とわざとらしく首を傾げて帽子の中からアヒルの人形を取り出し、顔を見合わせてプピッと鳴らす。アヒルはレイシオ手荷物の上にちょこんと置かれた。
「おやすみ、レイシオ」
 バイバイと手を振るアベンチュリンを廊下に残して、レイシオは無言で荷物を持って室内に籠った。


 早速シャワーを浴びて、即ベッドに倒れ込んだ。そのまま十システム時間ほど寝倒して、一番問題だった寝不足はほぼ解消した。艦内の時計は標準時に合わせられている。時刻は早朝、目覚めの時間としては上出来だ。
 空調のきいた静かな室内を裸足にスリッパでうろつく。簡単な調理ならできなくもない小さなキッチンで、常温の水と野菜と果物を見つけた。水を飲み、甘いミニトマトをいくつか口にした。胃が動き出してもう少し何か入れたくなったが作る気にはなれず、味気ない携帯食も気が向かない。ひとまず中身を把握しておこうと開いた冷蔵庫に、ドンと小鍋が鎮座していた。中身は具材を小さめにカットして煮込まれたポトフだった。野菜の切り方にも煮込み具合にも見覚えがある。
 急に笑いが込み上げてきて、レイシオは肩を震わせた。ついには、我慢できずに声を上げて笑った。愉快だった。静かで快適な部屋、寝心地のよいベッド、寝起きに口にする飲み物と食べ物、そして手作りのポトフ。保存容器ではなく、鍋だ。「味付けに自信がないから温め直しついでに整えて」と、いつか聞いた声がよみがえった。
 部屋に入ってからここまで、なんの引っ掛かりもなく導かれ、欲しいと思ったものが適切に与えられた。頭の中を読まれているようだった。アベンチュリンは知っているのだろうか、レイシオをここ数日悩ませている問題について。
『わたしたち、あなたのことがなんでもわかるの』
 粘りけのある女の声が脳裏をよぎったが、もうレイシオの神経を引っ掻くことはなかった。「レイシオのことなら僕の方がはるかに理解してる。年季が違うんだよ」そう胸を張って相手を煽るアベンチュリンが目に浮かぶようだ。つまらない記憶は簡単に蹴散らされた。
 鍋を温めて綺麗に平らげた。量は物足りないが、今はそれでちょうどいい。作るのは億劫だったのに、片付けは苦にならなかった。人の手料理にはそういう作用がある。
 必要なものと本を持ち、アヒルを連れてバスルームに向かう。ゆったりとは言いがたいが、船に備えられたものとしては大きなバスタブだ。たっぷりの湯に浸かり、至福の時を過ごした。おかげで一日とかからず気力を持ち直した。思いの外早くメンテナンス完了である。
 風呂上がりの熱を冷ましながら、携帯端末を操作してメッセージを数通送った。着替えて貴重品とカード型端末を持ち、部屋を出ようとして――エラー音で弾かれた。
 ムッと、ここに来て初めての不快感を味わった。カード型端末を操作して艦長を呼び出す。
『おはよう、もう活動開始かい? 申し訳ないけど、あと少しだけそこで楽しく過ごしていてくれないかな』
「説明もなく軟禁しようとは、ずいぶんだな」
『後で必ず説明するから、今は……
 アベンチュリンの声に被さって、ノイズキャンセルも効かないほどのアラートが鳴った。レイシオがいる部屋の中は静かなのに、スピーカーの向こうは人の声と物音でざわついている。温度差がひどい。
「ここから出せ」
 腹に力を込めて言うと、これ見よがしの溜め息が聞こえた。ドアのロックが解除されてグリーンのランプが点灯する。
『艦橋には来ないでね、と言ってもまっすぐ来るよねえ。あちこちバタバタしてるから、人にぶつからないように気をつけて』
 アベンチュリンは少し疲れたような声でそう告げて通信を切った。
 改めてドアを開けると、ざわめきに放り込まれた。アラートが鳴り、艦内放送が流れ、それを遮ってスピーカーから指示が飛ぶ。廊下の隔壁が開いて、制服姿の女性が早歩きでレイシオのところにやってきた。客室乗務員のスタッフ証を掲げ、チャンネル設定済みのインカムを差し出す。
「どちらに行かれますか、説明しながらご案内します」
「艦橋へ」
 イヤホンを左耳に入れると、落ち着いた声でニュースを読み上げるように状況説明を繰り返す機械音声が聞こえた。


 客用の区画を抜けてスタッフ用の通路に入ると、ざわめきは喧騒になった。客室乗務員の説明によれば、このシャトルは今、所属不明の艦船から攻撃を受けている。この船は民間機なので迎撃をする能力はないが、身を守る装備は積んでいて、スタッフたちはそれをフル稼働してじっと耐えている。アベンチュリンは外の護衛艦を指揮して所属不明艦を制圧しているところだという。
 アベンチュリンがレイシオを迎えに来たのは、仕事だったのだろうか。この船はカンパニーとは無関係の民間機で、乗組員は非戦闘員しかいない。なぜ、武装した護衛艦と役割を分けたのか。危険が予測できていたなら、あえてそうする理由が思い当たらない。
 艦橋にたどり着くと、照明を抑えた薄暗い部屋の中、大きなメインモニターに写し出された外の景色に光の粒が散っていた。アラートが止んで、スタッフたちは口を噤む。しんと静まった室内に機械音声の平坦な艦内放送だけが小さく流れ続ける。
「所属不明艦の消滅を確認」
 オペレーターが告げて、部屋の真ん中に立っているアベンチュリンが頷いた。姿勢の良い堂々とした後ろ姿は、いつもの装いでなくても誰よりも目立ち、この部屋の支柱であるかのように揺るぎない。
「大外のシールド一枚だけあと五分維持して。他は通常業務に移行」
 指示を受けて室内が徐々に明るくなり、停止していた航行が再開して、メインモニターの向こうは真っ黒で静かな星の海に戻った。アベンチュリンは艦橋の出入口を振り返って、ターミナルでレイシオを迎えたように両手を広げた。
「驚かせてごめんね、体調はどうだい?」
「すまない、迷惑をかけた」
 この状況に心当たりはある。ここ数日レイシオを悩ませている面倒事だ。忙しさにかまけて対処を怠った結果、事態は想定以上に悪化した。アベンチュリンは腰に手を当てて小首を傾げた。レイシオの謝罪が本気だと見て取ると、ふうーっと息を吐き出し、大きく吸い込んだ。
「あのねレイシオ、君は何ひとつ一ミリも全然まったくどこもかしこも悪くない! 悪いのはあのストーカー共だからね。忙しい君をしつこくねちっこく追い回した挙げ句、相手にされない逆恨みで殺害予告ときた。まあ、おかげで駆除できたけど。連中は一人残らず捕まえてあるよ。後で引き渡すから、煮るなり焼くなり尻の毛までむしるなり骨までしゃぶるなり好きにしてくれ」
 一気に喋って、アベンチュリンはレイシオの目を下から覗き込んだ。つい先ほどまでの緊迫した状況の名残か、レイシオに向かう気配までどこか刺々しい。いや、悪くないと口では言っても、レイシオの不手際に苛立っているのかもしれない。一言状況を知らせていたら、ここまで大事にはならなかったはずだ。
「僕の代弁者だという彼らの主張を聞いたか?」
「聞いたよ。君の研究を盗んで勝手に発表することがどうしてそうなるやら。ましてや君はあの研究から手を引く気でいた。カンパニーに知られたら困るだろ?」
「いいや、カンパニーは相手にしないだろう」
「うーん、それは楽観的かな」
 芝居がかった口調で、アベンチュリンは続ける。
「もしあれが世に出たら、戦略的パートナーが解消になる可能性が少なからずあった。それは僕が困る。だから連中が持っていた研究資料をあの所属不明艦だけに集めさせて、宇宙のゴミにした。大丈夫、カンパニーは何も知らないよ、このことは君と僕だけの秘密。連中を生かしておいたのは、資料を理解するどころか通して読んでもいないからさ。大それたことをしたわりにお粗末で笑えるよね。さて、僕の言っている意味がわかるかい?」
 レイシオの頬に手を当てて、アベンチュリンは薄く微笑んだ。伏せた瞼に沈んだ瞳は毒々しいケミカルな色味で人を警戒させる。けれど、レイシオにはそれがまるで恐ろしくない。この毒は絶対に自分を害さないという確信がある。
「君に起こってることなんて、ほとんど最初から知ってた。僕は全貌を把握していたのに当事者の君に知らせず、連中を踊らせてコントロールしていたんだ。自分が望む結果に持ち込むために君を巻き込んで、全部君のためにしたことだと嘯く。つまり連中なんて可愛いもので、僕こそが真のストーカーというわけ。気持ち悪いだろう?」
「まったく」
 即答したレイシオに、アベンチュリンは虚を突かれて黙り込んだ。目をうろうろと泳がせて何かを言いかけては口を閉じ、しまいにはレイシオの正気を疑った。
「さては、まだ寝足りないんだね。よし、部屋に戻ろう、そうしよう。目的地に着くまでまだ時間はある」
 アベンチュリンはレイシオの手を引いて歩きだした。素直に着いていくレイシオを、役目を終えた客室乗務員が頭を下げて見送った。


 部屋に着くなりベッドに寝かしつけようとするアベンチュリンを無視して、今度はレイシオがアベンチュリンの手を引いてバスルームに連れ込んだ。
 インカムを外し、服を脱がせる。アベンチュリンの本気ではない抵抗を封じるのはわけない。いつもよりシンプルな服だから手際がいいくらいだ。自分は下着一枚になり、バスローブを羽織った。アベンチュリンをバスタブの中に運び込んで、シャワーをかけて逃げられなくする。
「えっと、僕まだ後始末があるから戻らなきゃいけないんだけど」
「洗うだけだ。アニマルセラピーの一種だと思って付き合え。一システム時間もかからない」
「君がしたいならいいけどさ」
 アベンチュリンはバスタブに座り、力を抜いて大人しくなった。
 始めるまでは、本当にセラピーになる確信はなかった。整髪料で遊ばせている髪に指を入れて解すと、アベンチュリンは目を閉じてレイシオを受け入れ、手のひらに頭を預けた。頭蓋の形と重みを感じた瞬間、手の中の従順な生き物はただただ可愛らしく愛おしい存在になった。預けられた信頼がレイシオの脳を蜜のような多幸感で満たす。肉欲は消え、温かい命への感謝と礼賛が残った。
 されるがままの体を、頭から足先まで手のひらを使って丁寧に丁寧に磨き上げた。ときおりぴくりぴくりと跳ねるから、そこは念入りに。触れている間ずっと喜びが指先から滴り、アベンチュリンの肌を滑り落ちていった。アベンチュリンは一度唸っただけで、あとはずっと無言だった。こちらからも声はかけない。仕上げに赤く火照った体を宥めるため、立ち上がったものを手で追い込んで果てさせた。そのとき掴まれた腕に爪を立てられ、浅く跡が残った。こちらを睨む赤く染まった目尻を指でなぞると、アベンチュリンは口を尖らせてぷいと顔を背けた。レイシオの中に目当てのものがなくて、ばつが悪くなったのだ。
 タオルで拭きあげてベッドに運び、全身に保湿を施してからバスローブを着せて、ドライヤーで髪を乾かす。サラサラに仕上がった髪に指を通して毛先に口づけ、ドライヤーのスイッチを切った。
 満足だった。洗い上がったアベンチュリンはすっかり刺々しさがとれ、へにゃりと眉を垂れてレイシオの様子を窺っている。
「終わり?」
「ああ」
「セラピーの効果はあった?」
「あった。もっと早くやってみるべきだった」
 抱きしめてもいいかと確認をとり、セラピーの続きとして許されたので、後ろから抱え込む。お腹に回した腕を見たアベンチュリンは爪痕にそっと触れた。
「ごめん」
「僕のせいだから気に病まなくていい」
「そうだよ。洗うだけって言ったくせにさ。君はなんともないのに僕だけ……
 むくれて膨らんだ両頬を親指と人差し指で挟んで押すと、尖らせた口からぷすりと空気が抜けた。そのまま口を開いて、アベンチュリンは静かに話し始めた。
「さっきの話の続きだけど、今回のことは完全に僕のプライベートで動いてる。この船も外の船も個人で抱えてるものだし、拘束した連中を任せてる弁護士も個人的な繋がり。大丈夫、カンパニーに怪しまれはするだろうけど、口を出させはしない」
 カンパニーとの取引の仕方はわかってるからさ、となんでもないように言う。誰もができることではない。しかし彼にはそれをやってのけた実績がある。
「あえて非武装の船に僕を乗せて、奴らを釣ったのか?」
「はは、お見通しだね。宇宙でかたをつけるのが一番都合が良いと思ってさ。君の安全を確保して、盗まれたデータを綺麗に葬って、犯人を全員捕まえて、船ごと君に引き渡す」
「艦内で適用される法律か」
「そう。自分のいいように裁けなくちゃ、捕まえる意味がない」
 あとは好きにしてね。アベンチュリンは先ほどレイシオに身を任せたように、レイシオの胸に寄りかかった。
「君が脅かされたら、僕は何度でも同じことをする。反省してないから意味があるかわからないけど、黙って勝手をしたことは謝るべきかな。ごめん。ただの仕事のパートナーなのに、いきすぎてる自覚はある」
「ただの?」
「戦略的パートナーで、強火のストーカー」
 レイシオがくつくつと笑うと、アベンチュリンも苦笑した。
「笑い事じゃないと思うなあ、危機感を持った方がいいよ」
 こしょこしょと顎の下を撫でると、くすぐったそうに喉を反らす。逃げようとするお腹を引き寄せて密着するように抱き込んだ。
「君がしたことを僕は愛情と受け取った。だから、君はストーカーじゃない」
「あはは、君に好意的に解釈されたらやりたい放題じゃないか」
「なんでも許す。だから僕から目を離さないでくれ」
「なんでもだなんて、危ないやつに向かって軽々しく言っちゃダメだろ」
 まるで本気にせず、アベンチュリンはケラケラ笑っている。それならばと、レイシオはより単純な言葉を選んだ。
「君を愛している」
「待って、それは勘違いだ!」
 アベンチュリンは焦った声を上げて、レイシオの拘束を解こうと身を捩った。腕の中で抵抗されたって、すっぽり包める体をいなすのはわけない。
「基本に戻って考えてみろ、この体勢で何を疑う? 石膏頭で人との関わりを遮断する僕だ、よほどの気持ちがなければ、自分から指一本触れるどころかパーソナルスペースにも入れない」
 アベンチュリンは絶句した。二人は今ぴったりと密着しているが、アベンチュリンは求められて身を預けているだけで、望んで離さないのはレイシオだ。ぺたぺたとお腹に回ったレイシオの腕を触り、押しても引いても動かないのを確認すると、小ぶりな頭を不思議そうに傾げた。サラサラの髪が滑って、保湿クリームの香りが鼻をくすぐる。
「そういえば鳥肌が立ったりしてないね」
「何を今さら……。どうも偏屈だと思われている節があるが、僕はとても単純だ。愛情には愛情を返したい。僕にくれただろう?」
「ちがうよ、それはただの執着」
「僕の何に?」
「うーん、顔かな?」
 こちらを向いて誘うように近付けられた唇を摘まむ。その顔がおかしくてつい笑うと、眉をしかめてムーッと不満げに唸り、振り払われた。
「雑な答えを寄越すな、マイナスだ。まあいい、僕に対して重たい気持ちを抱いていることは否定しなかった。種類が何かは受け取る側の主観とする。僕は君を愛している。この前提は覆せない。僕の認識では、君から受け取ったものもまた愛だ」
「それはない。正気に戻れベリタス・レイシオ、認知を歪めるな」
 アベンチュリンはきっぱりと断言して、聞き分けのない子に言い聞かせるように首を横に振った。思わず舌打ちが出た。流されればいいものを。
「君、絶対に睡眠が足りてないよ、らしくない。そうだ、この旅の目的地に家を持ってるんだってね。あんな牢獄みたいに無機質で出入りが厳しい星の物件を誰が買うんだと思ってたけど、初めて使い道を理解した。誰にも邪魔されずにゆっくり休暇をとるのはいいことだ。完璧なコンディションで間違った考えを正そう」
 その通り、当初は問題解決の間に身の安全を確保するための目的地だった。問題が片付いてゆっくり休息が取れた今、もうそこに向かう理由はない。後処理に必要な作業は専門家チームに依頼したので、レイシオは連絡を取りつつ待つだけだ。知的財産の侵害も脅迫も初めてのことではない。
 予定通りに送迎を任せればあと一日半、帰りの送迎も頼めるならさらに追加で、仕事抜きでアベンチュリンと過ごす時間が取れる。目的地を変更しない理由はそれだけ。到着するなり滞在せずにとんぼ返りをするとしても、レイシオにとって意義がある。
「はあ、いいだろう。そろそろ一システム時間だな、今はここまでにする。君に考える時間を与えよう」
「ええ、なんで僕の宿題になってるかな……。君こそ考え直してくれよ」
 拘束を解くと、アベンチュリンは素早くベッドから降りて着替えにいってしまった。レイシオは後ろに倒れて寝転がり、失っていく温もりと残り香を惜しんだ。
「寝るならちゃんと掛けなって」
 戻ってきたアベンチュリンが上掛けを引っ張って、うとうとし始めていたレイシオの体に被せた。頭を持ち上げられて枕が差し込まれ、部屋の明かりが落ちる。細い指先がレイシオの額に触れた。いつもは冷えているが、今はレイシオとほとんど変わらない温かさだった。
「あーあ、変なことに頭を使うから熱が出てる。夕方に様子を見に来るね」
「鍋は?」
「口に合ったのかい? なら持ってくる」
「ほら、愛じゃないか」
「それはもういいから……。おやすみ、レイシオ」
 瞼を下ろされ、優しく前髪を撫でる指先に意識の幕が引かれる。何度か往復するうちに、ゆっくりと眠りに落ちた。