ぷの
2024-12-04 10:57:09
10069文字
Public レイチュリ
 

イメージソング

青空でフォロワーさんに挙げていただいた私のイメソン2曲を元に書いたお話まとめ。どちらも素敵な曲でお気に入りです。ありがとうございました!
P1 - カーテン
私の作品のイメージとしていただいた曲。
P2 - ダンスホール
私本人のイメージとしていただいた曲。趣味全開で好き放題しました。

【カーテン】

 病室だ。目を開けて視界に入った天井が狭い。レールから垂れ下がるクリーム色のカーテンとかすかに残る消毒液のにおいは馴染みだが、自分がベッドに横たわる機会は滅多にない。
 カーテン越しに人の気配がする。そちらを向けば、ぼんやりと浮かぶ灰色の影がいた。椅子に座ってサイドテーブルに向かっているようだ。パチパチと小さな泡が割れるようなキーボードのタイプ音。彼が重要な機密を持ち出すときに使う端末はセキュリティの関係でバーチャルデバイスを一切使えない。狭い画面をさらに小さく分割して、これじゃ目と肩と腰が悪くなりそうだと苦笑していた。
 手を持ち上げてカーテンを揺らす。すると重なった布の端がそっと開かれて、灰色の影だった人物がこちらを覗き込んできた。
「おはよう教授、夕方だよ」
 座ったまま椅子をベッドの方に寄せて、アベンチュリンの手がレイシオの額に触れる。今高熱が出ている感覚はないが、汗をかいた形跡はあるので、薬で下げられたのかもしれない。冷たい手のひらが気持ちいい。
「うーん、君の体温ならと思ったけど、さっきより下がってることしかわからないや。辛いところはないかい、看護師を呼ぼうか?」
……ギャンブラー」
「なあに」
「君は無事か?」
 アベンチュリンはくしゃりと泣きそうな顔になった。
「おかげさまでご覧の通り、かすり傷程度でピンピンしてる。ねえ教授、僕がそっち側にいるとき、君がお説教を我慢してるのを見て、言えばいいのにって思ってた。今君も思ってない? 僕はこっち側の気持ちを理解したよ」
 なぜ病院のベッドで寝ているのか、簡単に言えば、レイシオがアベンチュリンを庇って代わりに怪我を負ったのだ。数ヵ所の裂傷で血が足りなくなり、吹っ飛ばされた衝撃で脳震盪を起こした。応急措置をする医務班の横で、意識が落ちないようにずっと声をかけ続けていたアベンチュリンの必死な様子を思い出す。そうだ、頬に血がついていた。
 改めてアベンチュリンの顔を見て、どこにも擦り傷ひとつ見当たらないことにホッとした。
「レイシオ、聞いてる?」
「ああ。僕もいつもの君の気持ちを理解できた」
 彼を守れた安堵がこれほど大きいとは知らなかった。思ったよりひどい状態ではない頑丈な己にも合格点をやりたい。死んで悲しませずに済んだし、また同じことがあれば守れる。
「君を守れて良かった」
「このバカ!」
 記憶にあるのと全く同じ台詞を逆の立場で交わす。アベンチュリンはあきらかに怒っている。罵詈雑言は喉で大渋滞を起こしていて、口が開くのを今か今かと待っているだろう。知っているとも、こっちは幾度も簡単に投げ出される誰かさんの命を集中治療室で掬い上げてきたのだから。文句を言いたいなんて生易しいものではない。逃げられないように首根っこを掴んで、学習しない脳みそに直接刻みたいと何度思ったことか。
 だが、アベンチュリンは学習しないからああなのではない。学習したからこそああなのだ。超自然の力で命を落とす危険が少ないと知っているから、なおさら無茶をすることに躊躇いがない。繰り返すほど箍が弛んでいく。たった一度やらかしたレイシオでさえ、次に同じことをしてもまた生還できると謎の自信がついたのだから。厄介な正常性バイアスだ。理解したからとて、今後同じ行いをされておおらかになれるわけではないが。
 アベンチュリンの身に何か起こるたび、もう二度と心を動かされてやるものかと決意して、破れてきた。容易に捨てられず、捨てたと思ってもぶり返す。アベンチュリンが理解した「こっち側」にそこまで含まれているだろうか。この厄介な恋心までも。
「バカ、バカ、バ―――カ! 退院したら覚えてろ、満足に動けない君に乗っかって焦らして焦らしてごめんなさいって泣かせてやる」
「なるほど、君は本当に僕の気持ちを正確に理解したようだな。できるかはともかく」
「やるったらやる。そっち側の事情に僕は詳しい。今の予告で退院まで一人寂しい病院のベッドに悪態をつきたくなるはずだ。ざまあみろ」
「君もな」
 顔を見合わせて、どちらともなく吹き出した。
「はあ、君が生きてて良かった」
「おかげで、いつもの格好で香水の匂いがしない貴重な君を見られて得をしたな。付き添いはもういい、帰れ」
「ハイハイ」
 アベンチュリンがベッドに手をついて身を乗り出し、レイシオの額に唇を寄せる。その顎を掴んで唇で迎えた。至近距離で覗き込んだ目の縁が赤く腫れているのを、レイシオは都合良く解釈することにした。