雀の鳴き声が木の上から聞こえる早朝、一人のブレザー制服姿の女子学生が表札に〝宮本〟と書かれた一軒家の前に立っている。少し短めのチェック柄のスカートの丈や、前髪を気にして「よし!」と頷いてチャイムを鳴らした。反応はない。
「む、イオリはまだ寝ているのか?」
いつもならともに剣道の朝練へと出かけている時間だが、今日はテスト週間につき朝練はない。玄関から離れて見上げる先は迎えに来た相手の部屋。カーテンが閉まっている。朝は弱い方ではないはずの彼がめずらしくまだ寝ている。これはチャンスだとばかりにヤマトタケルは口角を上げた。
愛らしい豚のキーホルダーが付いた学生鞄からキーケースを取り出して何かあれば伊織くんをよろしくね、と彼の保護者である武蔵から預かったこの家の鍵を差し込んで扉を開けた。武蔵は仕事で海外出張中のため、玄関には伊織のスニーカーだけが置いてある。その隣にローファーを脱いだタケルは一目散に階段を上がると、伊織の部屋の前で止まった。深呼吸をして、控えめに扉をノックしても反応はない。
「……イオリ?」
そっと扉を開けて顔を覗かせれば、電気の点いていない部屋は薄暗い。ベッドへ視線を向けたタケルは山になっている布団を見て息をつく。まだ伊織は寝ている。
「まったく、やれやれだぞイオリ」
両腰に手を当てたタケルが呆れたように笑うとベッドに近づいた。布団を寄せて寝息を立てている伊織の寝顔を琥珀色の瞳が見つめる。白く細い指で頬をつついてみても、相手は眉を寄せるだけで起きる気配はない。
「イオリ~。起きなければ遅刻するぞ」
耳元でささやいてみたが効果はなかった。不満そうに頬を膨らませたタケルはいいことを思いついたと、言わんばかりに学生鞄からスマートフォンを取り出すと、カメラを起動した。朝に強い伊織の寝顔などそうお目にかかれるものではない。こんなチャンスを逃すのは惜しいとタケルはシャッターボタンをタップした。思いの外、音が大きくさすがに起きたのではないか、と肩を揺らしたタケルは恐る恐る伊織の顔を覗きこんだ。
「……さすがにこれでも起きぬのはどうかと思うぞ、イオリ」
眉を寄せたタケルは最後の手段だとベッドに膝をかけた。二人分の重みにベッドのスプリングが軋む。もう片方の膝を乗せて伊織の身体に馬乗りになったタケルは自分が今短い丈のスカートを履いている自覚がない。
「タケル」
「なっ! イ、イオリ!? 起きていたのか?」
ふいに名を紡がれてタケルの鼓動が跳ねた。バクバクとうるさい心音を鎮めようと胸元に手を当てたタケルが未だ夢の中にいる幼馴染の顔を覗き見る。
「寝言、か。そうか、寝言。ふふ。きみは今どんな夢を見ているのだろうな」
寝言で自分の名を呼ぶ伊織の頬を人差し指で突きながらタケルは嬉しそうに笑う。
さすがに重みに違和感を覚えたのか、伊織が身じろいだ。
「わっ!」
伊織の上に乗っていたタケルはバランスを崩してとっさに彼の枕もとに両手を付く。すこし余裕のある白いカーディガンが捲っていた腕からずり落ち、長い一本の三つ編みがタケルの左肩から流れた。
「~~~~っ!」
顔面衝突は免れたものの、踏みとどまったタケルと伊織の距離は一歩間違えれば唇が触れ合いそうなくらい近い。とっさに顔を離そうと腕に力を込めた矢先。
「ん、……タケ、ル?」
眉が寄せられて目を覚ました伊織の掠れた声がタケルの名を呼んだ。起き抜けの声、まだ少しぼんやりとしている伊織の顔は幼く見え、決して学校では見ることが叶わない。幼馴染のタケルでさえめったに見ることができないだけに、不意を突かれたタケルは馬乗りになったまま固まっていた。
(イオリの顔が近っ、寝起きで、声が)
「う、あ……、イオ、リ。これはその」
頭の中で混乱しているタケルの顔が次第に赤く染まっていく。その間に伊織の方は思考がはっきりしてきたのか、今の状況を整理しようと周囲を見渡して息を呑んだ。伊織の身体の上に馬乗りになる幼馴染の制服は丈の短いチェック柄のスカート。そこから見えるのはタケルの細くて白い太もも。欲情的で、抱いてはいけない感情が芽生えそうになり伊織は視線を外して額を押さえた。いくら幼馴染とはいえど、この大勢はマズい。
「タケル」
「な、なんだ?」
真剣な声音の伊織にタケルが頬を赤くしたまま期待を孕んだ瞳で見つめてくる。
「とりあえず退いてくれ。あと、スカートが短すぎないか?」
「……」
タケルの頬から赤みが消えた。期待に満ちた目からジト目に変わり、頬を膨らませて拗ねてしまったのかぷい、と顔をそらした。
「だいたい、きみが起きなかったのが悪いのではないか? 遅刻しないように起こしに来てやったというのに」
「それに関しては礼を言う。が、なぜ上に乗っている?」
「う、それは……」
「それは?」
伊織に見つめられて顔をそらしていたタケルが口ごもる。なぜ、伊織の上に乗ったのか問われてもタケル自身にも解らない。一番近くで眺めていたかったから? なかなか起きなかったから? 解らない。
「解らぬ」
問われても理由が解からずタケルは首を傾けた。
「そう、か。タケル、とにかく退いてくれ。起きられない」
「う、うむ」
大人しく伊織の上から退いたタケルにリビングで待っているように伝えて伊織は扉を閉めた。
リビングで伊織が降りてくるのを待っていたタケルはスマートフォンを起動させると先ほど撮った伊織の寝顔の写真を眺めていた。めったに見ることのできない寝顔に自然と頬が緩む。待ち受けにしたいが、万が一伊織に見つかった場合、消せと言われるだろう。どうしたものか、と思案している間に伊織が階段を降りてくる音が聞こえてすぐにスマートフォンの電源を落とした。
「すまん。待たせたか」
「いいや」
ブレザー制服姿の伊織にタケルは緩く首を左右に振る。きみの寝顔の写真を見ていたなど、口が裂けても言えないが時間にしてもたいして経っていないだろう。待ったうちには入らない。時計に視線を送ればまだ、登校時間までには余裕がある。
「今から朝食を作るが、食べていくか?」
「良いのか!?」
すでに済ませてはいるが、伊織の手料理が食べられるのであれば、とタケルは瞳を輝かせる。伊織には食い意地が張っていると思われているのか、目の前で声を殺して笑っている姿を見てタケルは急に恥ずかしさが込み上げてきて頬に熱が集中する。頬を膨らませたタケルに伊織は謝罪しつつキッチンへと向かった。
この後、しばらくして寝言をいうほどの夢って何だったんだろうと気になって「うわー」ってなるタケルと、自分の上に馬乗りになってたタケルの事を思い出して罪悪感とか諸々で頭抱える伊織が見たいとは思いました。とりあえずお試しだからここまで。続くかな
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