この『大きな家』に取り揃えられた食器はどれも大きさがふぞろいで、どこか雑多な印象だ。手の込んだ雑貨というよりも手作りや、古物や、或いは廃品か――どれもそういう来歴をもっているものなのだろう。ただ、子どもらばかりの集う家であるせいか、共通点がひとつある。口当たりが、とてもまろい。
◇◇◇
自由の効く手から、まだ動きのぎこちない手に、どうにか持ち替える。その木匙を、彼は慎重に支えた。目を伏せて、そっと息を吐く。
「――、――……」
試食のための一椀の前に、ほんの少しだけ掬った鍋の中身だ。
「…………………」
厨房のかたわら、彼を見守りながら、巨躯のドラフは、ぎゅっと胸の前で巨大な手を握りしめている。それは、わくわくと楽しげな様子でも、おろおろと不安そうな顔でもない。おおぶりの瞳はただ真剣で、それは彼が不自由な手つきを慎重に扱う様子にいっしんに向けられている。
(ムゲンがよく言う、応援、というやつか)
そう、多分、――応援されている。
ムゲンに言わせると、たぶんそう。
いまのネハンには、そう思える。内気で聡い少年のように、ごく素直に。かつて、このうんと大きな怪物めいたいきもの、そしていまやどんどんと様々なものごとを学んでいるムゲンに、こういうふうに見守られているとき、かつて自分はどういう顔をしていたものだったか。彼はときどき思い出せない瞬間がある。記憶力はいいものと、ネハンは自分ではそう思っていたのだが。
そうして、そのあいだにもかれはときにとまどい、ときにおさなごのように泣きじゃくりながら、それでも道の先に差す影めいた己の後ろを追い、己が望んだ運命のひとつとしてのうす暗い寝台での眠りを夜すがら見守り、やがてはこの因果な手足をそっと支え……
そんな思いを巡らせれば、この鈍磨した感情にも、どこかこそばゆいような面映ゆさが走る。それを誤魔化すように、若いエルーンは静かな声を出した。
「そら。味見を頼む。……俺には正確なところがわからないからな、お前が聞かせてくれ」
真剣に息を吹きかけた匙の中身は、熱いというより少々ぬるいぐらいに冷まされている。いずれ知らぬ謎の因果で涯てとつながる体躯を誇れども、口のなかの粘膜は常人と変わらないと、出会った頃から知っている。
ムゲンは、目の前に差し出された一匙に、きょとんと瞬きする。そのしぐさに、食事ひとつ分け与えられることも知らなかった無辜の獣の面影が、ふとよぎるように思う。
「……うん!」
それでもぱっと顔をあげ、それから無骨な殻を割るように、その朴訥な顔立ちにむじゃきな笑みがこぼれる。たとえば赤子。もしくは、よく懐いた仔犬。過去の忘れられた島でも、そう思った笑みだった。
鳥の雛にする挿し餌のように、ぱくんと食いついた先の匙を、そっと引き抜く――ムゲンは目を閉じ、いましがた与えられたひとくちの味をじっと吟味している様子だった。
「どうだ?」
味付け自体はごくひかえめな薄味であるように、そう計量した。よく体を使う仕事をしているかれには物足りないかもしれない、とそうも思う。
「……おいしい! えぇっと、うーんと、やさしいあじ、たくさん。それと、これ、きのみ? はじめてたべるする、あじ。これ、ネハンくすり?」
「ああ……よくわかるな。手持ちの中で薬膳に使う種類を少し流用した。塩気が薄すぎたりはしないか」
「ムゲン、おいしいおもう。とても。あんしん……げんきなるあじ!」
「そうか?――」
ネハンは少しばかり、その秀麗な眉を顰めた。はじめて会った頃、およそどんな食べ物を与えても幸せそうにしていた野生の印象が強いせいで、或いはなにかしら間違えて言葉を覚えさせてしまったのではないかと、暫くぶりにそんな不審を抱く。
「いや、だが、もう少し調整したい。ムゲン。お前の腹に空きがあるなら、だが」
かれの善意に甘えかかった、ずうずうしい、そんな頼みだ。自分でもそう思うこの願いを、けれどこの巨躯のドラフは断ることはないのだろう。たとえばあの忘れられた島で出会い、お前が俺になぜだか心を許してしまったように、あのうす暗い眠りから覚めたここしばらくで、俺もお前に、お前がいまここにいてくれることに、誰かの助けを厭わないことに、すっかり馴染んでしまった。
「そう? ……じゃあ、もう、ひとくち。おねがい!」
にっこり笑って頷くムゲンのかたわらで、彼は手にした木匙に、もうひとくちぶんの粥を掬う。それは甲斐甲斐しい、鳥の給餌にも似ている。
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