彼は見目からは想像もつかないような習慣を持っている。どうやら彼の母国ではさして珍しくもないらしいのだが、彼は大人になってからもぬいぐるみと共寝をしているのだ。しかも遠方に出かけるときにお気に入りを一つ選んで持ち出す必要があるくらいに、眠りとぬいぐるみは深く結びついているらしい。
自分の人形が届いた時もちらりと考えてさすがにと思い直したのだが、これくらいであれば送っても良いかもしれない。そう思ったのは先週の事だった。
その日のうちに箱に詰めて郵送の手続きをしたものの彼の家に届くのもそれなりに時間がかかったし、そもそも彼が自宅に帰宅できたのも週末になってからだったらしい。平日よりは少し遅めに目覚めるとさっさと朝食を済ませたらしいケーキ達が侍っていて、自分の朝食を後回しにしてむにむにと触っているうちにぽこりと通知が飛んできた。
遠くで震えたスマートフォンに手を伸ばせば、レイシオからお礼のメッセージが届いている。続く言葉にえ、と声を漏らすと集ってもにもにとしていたケーキ達が視線を寄せてきているのが分かったが、構ってやる余裕はない。
随分大きなものも出るんだな。そう、メッセージは続いていた。アベンチュリンがさして説明も付けなかったせいか、どうやら彼は商品情報を調べたらしい。それで、商品ラインナップを見て興味を持ったのだろう。あまり大きなものが届いても困るだろうと思っていたが、チョイスを誤ったかもしれない。
慌ててベッドから降りて、ケーキ達の寝床に安置されている一番大きな鳥を持ち上げると、ぴょこぴょこと主達が寄ってくる。
「これ、レイシオの家に送っちゃっても良いかい? 小さいのをレイシオにあげたら、大きいのもあるのかって言われたんだよ」
どうしたの、とみゃうみゃう鳴いていたケーキ達がアベンチュリンの問いを受けて揃って目をまんまるにした上にびみょんと伸びた。それから寝起きの足取りが怪しいアベンチュリンの脛を目がけて皮ごとぶつかってきて、思わず痛いと声を上げてしまう。ただの条件反射で上がった声だと彼らも承知しているらしく、猛攻は止まらない。
そんなつもりないと思う。欲しかったとしても中古は良くないと思う。一度くれたものを取り上げるなんて。
めいめいにそんなことをみうみうと主張しながら持ち上げた足にもぶつかってくるものだから、下手に歩いては踏んでしまいそうで動けなくなってしまった。あとから買い直すから、と言っても全く納得してくれる様子はない。
中古を人にあげるのは良くないというのは、アベンチュリンにも反論はできない。工業製品をあげるのであれば、ぴかぴかの新品であるのが礼儀であるだろう。
ぬいぐるみの表面にケーキの短い毛が着いているのを見て、アベンチュリンは溜め息を一つ吐くと観念して足元に抱えていたぬいぐるみを下ろす。そうすれば、ケーキ達は我先にとぬいぐるみを捕らえて引き摺って、寝床に戻っていってしまった。
彼らに倣うように、アベンチュリンは肩を落として一度ベッドに戻ることにする。
* * * *
既読の通知が付いたのに、すぐ返事がないのは彼にしては珍しかった。手が放せない状況であっても見てしまったのだからと、最低でも多忙の旨を伝えるスタンプが押されるのが常である。そういう対応の細かさというか、誠実さが今日の彼の地位を確かにしている部分もあるのだろうと思っていたのだけれど。
こちらの現在時刻は休日の前夜であるから、彼がいるはずのピアポイントは休日の朝である。加えてその朝がまだ少しの寝坊で済む頃合いのはずなので、寝ぼけてまた夢の中に戻っていった可能性もなくはない。
この様子だと返事はすぐに来ないだろうとスマートフォンを置こうとした瞬間、ぽこりとメッセージが現れる。先に謝罪を示すスタンプを視界に入れてから、その上にある文字を目で追う。
彼曰く、サンプル品は全サイズが家にあるものの、所有権が既にペットに移っており大きなぬいぐるみはすぐには送れないらしい。思わず自分が送信したメッセージを確認してから、彼が曲解したらしいと気がついてスマートフォンのソフトキーボードを起動した。
無心したわけではないから、気にしなくていい。そう打ち込んでやったのに、まだ信じきれないとでも言いたげなスタンプが返ってくる。今回のアベンチュリンは大分しつこそうだと、レイシオは思わず溜め息を吐いてしまった。このあげたがりときたら。
本当にただの感想で、あわよくばなんて思ってもみなかったのだ。その証拠に、レイシオのメールボックスには既に一番大きなサイズのぬいぐるみの予約確認のメールが届いている。
どう彼を納得させたものかと悩みながら、レイシオは先ほどまで段ボールの中に行儀よく収まっていた小鳥のぬいぐるみを手に取った。本来であれば、抱きかかえられる程のぬいぐるみを置くスペースを作るか、いっそのこと子供の頃から抱き枕代わりにしているティディベアの横にしばらく置いておくかくらいしか考えることはなかったはずなのに。
片手の手のひらでは少し余るサイズのそれを寝室に持ち込むと、ぬいぐるみを置いている一画の前に立つ。レイシオの習慣を知ったアベンチュリンが時たま土産代わりに渡して来るせいで小物の類が増えつつあるそこは、いい加減拡張をしないといけないかもしれない。少なくとも今夜予約した大物を置くのであれば、どうレイアウトを変えたところでどうにもならないだろう。
ちゃんとした配置は後日考えるとして、レイシオは手持ちの中では唯一の人の形をしているぬいぐるみの横に小鳥を置いた。そのぬいぐるみは新入りの小鳥と明らかに同じ者が発案しただろうもので、一目でそれと分かる姿をしている。
その間にも断続的にスマートフォンが通知を知らせる音と振動を伝えてくるので、レイシオは思わず眉間に皺を寄せてしまう。どうやら、アベンチュリンはちっとも納得できていないらしい。
彼を模る人形は今週もレイシオの帰宅を静かに待ってくれていたというのになんて思いながら、レイシオはポケットでぐずり続けるアベンチュリンをあやすためにスマートフォンを手に取った。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.