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シノハラ
2024-10-22 23:12:59
4207文字
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アベンシオ
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かわいい趣味のシにノックアウトされて友達辞めそうになってるチュのアベンシオ
星がいます
こんなつまらないパーティー二人で抜け出して飲み直さない?
なんて誘いをしたのがことのはじまり、と言いたかったが起点はもっと以前の出来事である。そうでなければ、氷原グマの子供のぬいぐるみが今夜レイシオが眠るはずのベッドで一足お先に寝かされているはずがない。
一連の出来事の起点に据えるべき出来事は、おそらく星からの極々個人的な依頼だったのだろう。絶対に引きたい最高レアのキャラが掛け持ちしているソシャゲで立て続けに実装されて財布がヤバい。成功報酬はアベンチュリンも知ってる人の個人情報でどうでしょう、との旨のメッセージがピノコニーでの件の後始末がようやく終わるかどうかと言うときに届いたのだ。
思わず履歴を遡ったが、アベンチュリンと彼女との久々のやり取りはピノコニーにいた時間に閉じていて、それなりに空白時間を経ていたらしい。どうでしょうではない。とは思いつつも、倫理観がやや破綻している気配のあるナナシビトからの依頼にアベンチュリンは即座に了解のスタンプを押したのだったか。
星が所望しているキャラクターの実装日に、アベンチュリンは休みを取って彼女の根城を訪ねた。早く早くと押し付けられる端末の液晶を少々突けば星がぱっと表情を明るくして無課金! と声を上げた。それは何より、と端末を返した後に、アベンチュリンは彼女に報酬を一応要求することにする。まあ、まったく期待なんてしていなかったのだけれど。
忘れるところだった、とスクリーンショットを撮っていたらしい彼女が顔を上げる。それから彼女は淀みなく、レイシオ先生はアヒルのおもちゃとお風呂に入るよ、とアベンチュリンに告げたのだ。
へえ、と興味があるのかないのか自分でも怪しい相槌を打ち、ひとまず彼女がもたらした情報を精査しようとしてすぐに馬鹿馬鹿しくなる。あのレイシオがアヒルのおもちゃと風呂に入る。なんでまた。
同姓の職業が先生の人間なんて、この宇宙を探せば掃いて捨てるほどいるだろうとは思う。それでもアベンチュリンが知る『レイシオ先生』はこの世で一人だけだった。
にわかには信じられない情報だなあ。あのDr.レイシオが? と語尾を上げて星に尋ねた自分の声音と内心は概ね一致している。
彼が潔癖であり風呂好きであることくらい、アベンチュリンだって知っていた。ちょっと手元にある端末に『ベリタス・レイシオ 風呂』とでも入れればそれなりにページがヒットすることだろう。けれど、そこにアヒルと付け加えたらどうだろう。結今の今まで局試しそびれていたけれど、一件も引っかからなくなってしまうのではなかろうか。
情報の真偽を九割方疑ってかかる姿勢をアベンチュリンに示されたのが心外ですとばかりにそんなことない、と星が声を上げる。私がそんな訳分かんない噓吐くはずないじゃん。私が好きなのはもっと一瞬で嘘だって分かる奴だよ。
今日はそれも覚えて帰って! と主張する星を一旦おいておいて、少し離れた席に座ってパムを撫でていた少女にアベンチュリンは視線を向ける。アベンチュリンのそれの意図を明確に察したのか、三月なのかは大体全部ほんとかもと苦笑して見せた。つまり、彼女も見たのだろう。レイシオとアヒルの組み合わせを。
かくしてアベンチュリンはインターネットには出回っていないだろう、レイシオの個人情報を一つ入手したわけである。あの立派な肉体と精神を前にして随分と可愛らしい趣味をしているとは思うものの、ナナシビトの子供達の勘違いでない限りは偽情報でもないのだろう。そう判断できる程度にはアベンチュリンは星穹列車の面々と交流する機会を得た。
それだけの時間が過ぎるまで、アベンチュリンはこの情報を持て余していた。そもレイシオがそういう趣味を気恥ずかしく思っているのであれば、わざわざ人に見られかねないときに浴室にアヒルを持ち込むはずもないはずだ。自分と彼の間柄ではもはや相手の弱味を握る利点もないのでその点において残念ではなかったが、正直それくらいしか使いどころがないように思えてならなかった。
そんなこんなで記憶の奥底に押し込めるしかなかった知識を急に思い出したのは、ヤリーロ-Ⅵにいた頃だった。これが二つ目のターニングポイントで、同時に決定打でもあったわけだ。
トパーズが方々に頭を下げて減給を受けた代償に、かの星はいまだベロブルグの生まれの者達が自治権を所有している。一方で彼らの借金が帳消しになったわけではなく、途方もない額の負債を星の民はカンパニーに支払う必要がある事実は変わらない。そして、カンパニーもただ口を開けて雫のような彼らからの返済を待つつもりもなかった。
彼らの人的資産を総どりできなかったとしても、カンパニーとしてやれることはいくらでもある。その一環としての視察に足を運びながら、いつか彼が足を踏み入れる土地だろうとレイシオを思い出した。七〇〇年前に宇宙との繋がりを失った星の現状に、関心を持たない男ではないだろう。
近いうちに会いそうな予定もあったはずだから土産の一つでも買って帰ろうかと店を覗いて、アベンチュリンはぬいぐるみの山の前に足を止めた。真っ白なクマを模ったそれを見ながら、レイシオが風呂に連れて行くらしい黄色いアヒルの事を思い起こす。
アヒルを好むのであれば、ぬいぐるみだっていけるのではないか、と思った時には手に取っていた。彼が気に入らなければ隣人の情報を売った星を生贄にすればいいと思いながら、バスケットボールとあまり変わらない大きさのぬいぐるみを彼に献上したのはそれから半月後の事である。
袋にも入れていなかったそれを受け取って、レイシオはヤリーロ-Ⅵにいたのかと訊いてきた。彼曰く、この真っ白なクマは氷原グマの子供であるらしい。絶滅したものとベロブルグでは長く思われていたらしいが、ただ極寒に苛まれ続けた人々が野生動物を観測する余力を失っていただけというのが実情であったらしい。
そのぬいぐるみをレイシオは平然と受け取った。片腕で支えるようにしながらアベンチュリンからベロブルグの情報を聞き出そうとする姿はあまりに自然で、別れ際には全く気にならなくなってしまっていたくらいだ。
これでようやく本題に入れる。そのぬいぐるみが、今アベンチュリンの目の前ですやすやと眠る姿勢を取らされているのだ。もちろんアベンチュリンがこのぬいぐるみを渡したのは何カ月も前で、彼が持ち歩いていない限りこの部屋にあるはずもない。
挨拶回りを終えた懇意にしている者もほとんどいないパーティのつまらなさと来たら! さっさとお暇してしまおうと思っていた頃に、レイシオに会えたのは僥倖だった。挨拶もそこそこに冒頭のお誘いをして、彼からも快諾をもらってそそくさと退席したところ外はどんよりと曇っていた。
濡れたくないと渋ったところ、レイシオの今日の宿がそこそこ近くにあるらしい。面倒だからルームサービスで済ましてしまって、そのまま天候が崩れてしまったらアベンチュリンもそこで一泊すればいい。そういう段取りにして、二人で彼の部屋に移動したのだ。
ルームサービスの一覧を眺めているレイシオに注文は任せて、自分のものではないホテルの一室をアベンチュリンは見渡していた。アベンチュリンだってあちこちを転々としていてほとんどホテルが自宅のようなものではあるので、ホテルの部屋自体が珍しいわけではない。ただ、他人が取った宿というシチュエーションが物珍しく思えたのだ。
トイレと風呂の設備を確認してから部屋に戻ると、赤か白かと尋ねられたのでワインだろうと思いながら回答する。全然違う物だったらどうしよう、なんて抱いた一抹の不安はベッドに視線をやった瞬間吹き飛んでしまった。
自分がレイシオに与えたまっしろでまるっこい子熊のぬいぐるみは、洗い立てのシーツに負けないくらいの明るさを保っていた。一方で、彼が旅先にこのぬいぐるみを持ち込むことがあるのはこの状況を加味すれば明白で、この色味がしっかりと手入れされた結果であることが分かる。
ひょっとしたら、机の脇に置いてある鞄には黄色いアヒルが眠っているのかもしれない。そういう小物が傍にある日常を当然のものとして、レイシオは受け入れて過ごしているようだった。
たとえばテディベアを子供の頃から男女問わず与えられて、大人になっても共に過ごす文化圏というものもあると聞いた事がある。レイシオもそういう文化の下で育ってきたのだろうか。
「どうした?」
「いや、可愛いなと思って?」
ベッドの前から動かなくなったアベンチュリンに気がついたらしく、レイシオが様子を伺いにくる。改めて彼の姿を見て、本当に可愛い趣味をしていると思ってしまった。
「ルームキーピング後にたまにこうなる」
けれど、ああ、と合点が言ったように声を上げたレイシオにアベンチュリンの考えはうまく伝わらなかったようである。確かにこの光景も可愛いものだけど、と思いながらアベンチュリンはひとまず端末でぐっすり寝入っているように見えるくまのぬいぐるみを撮影してみる。
その間に客室の端末を使って注文を終えたらしいレイシオがベッドに端末を放ると、マットレスに膝を突いて身を乗り出してぬいぐるみをシーツから引き抜いた。それをアベンチュリンの前に差し出してくるので受け取って両腕で抱けば、満足したように子熊の頭のつややかな毛並みを撫でてからレイシオは窓際にあるソファに引っ込んだ。
彼を見送ってからベッドに飛び込むと、頬が熱くなっているのにようやく気がついた。子熊のぬいぐるみを見下ろす彼の眼差しには慈愛に近いものが混ざり込んでいて、アベンチュリンの土産をいたく気に入ってくれているのは火を見るも明らかである。あんな、ちょっとした悪戯心が混ざった贈り物をこんなに気に入ってくれるとは、思っても見なかったのだ。
ふわふわとしたそれを胸元に引き寄せながら、レイシオもこうして眠ることもあるのだろうかと考える。だとしたら、ちょっと、いや大分かわいい。
どうしよう、とアベンチュリンは唇だけを動かして子熊に囁きかける。ともだちってこんなにかわいいものなんだっけ、と重ねて尋ねてみたが、生後数カ月の子熊は一つも答えてくれなかった。
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