y00black
2024-11-25 17:00:23
2724文字
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リップバーム3


「ちょっと待て、誘惑するって、どうやんだ?」
顔を真っ赤にしたゼノが、逃げるように部屋を出てから小一時間。ひとしきりベッドでのたうち回って、はたと気がついた。思春期にゼノへの想いを自覚して以来、他人を誘惑しようなんて一度も考えたことがない。
「何だよ俺……浮かれすぎだろ」
起き上がると、髪をぐしゃぐしゃにかき乱した。いや、浮かれんなって方が無理だ。長年の、マジで長年の片想いが、ワンチャン実るかもしんねえんだから。
「ゼノが……あの科学バカが、性的魅力だってよ」
自分の口から出た言葉に、一人で笑ってしまいそうになる。あまりにもゼノらしくない言葉なので、もしかしたら知らない科学用語なのかと思って問い返してしまった。ストレスのない原始世界で、ついにゼノにも人間らしい本能が芽生えたのだろうか。いやしかし、成人男性としての一般的な感受性には及びもつかない、せいぜいがローティーンってとこだ。それにしたって。
「ゼノが、俺んこと、セクシーって!!!」
頬を染めてうつむいたゼノの姿を思い出し、胸を押さえてもんどりうつ。なんだあの致死量のかわいさ。誘惑してんのはどっちだよ。乱れた息を整えながら、薄暗い天井を見上げる。そうだった、まずは誘惑だ。どうやったらゼノが意識してくれんのか、またあんなかわいい顔を見せてくれんのか、それを考えねえと。ゼノが恥ずかしそうに下を向いた時、俺は何をしてたんだっけ?ゼノの指に残ったリップバームを唇に塗って、そんで……
「まるでキスした後みてえだな」
同時に自分の浮かれたセリフを思い出して頭を抱える。バカか俺は。いや仕方ねえ、ゼノが目の前にいると理性なんか飛んじまう。ゼノが唇に触れるたびにキスで頭がいっぱいになって、目を閉じながら(ワンチャン指じゃなくて唇が触れねえかな)とか思ってたんだから。俺もいい加減ローティーンのガキだな。

そのまま我に返ってはのたうち回り、また起き上がっては頭を抱えて転がるという奇行を繰り返していたら、いつの間にか東の窓から薄明かりが差し込んできた。全員の個室が確保されたタイミングでよかった、さもなきゃ隊員たちに頭の病気を心配されてたとこだ。
寝不足のまま起き上がり、いつもゼノが廊下を通りかかる時間ぴったりに私室のドアを開ける。しかし、開けたドアの向こうには誰もいなかった。

「おはようございます隊長、どうしたんですかその顔」
食堂で会った部下は、恐ろしいもんでも見るみたいに引きつった顔をした。
「おはよシャーロット、俺そんなヤベェ顔してる?」
「なんかげっそりしてますけど……ご病気ですか?もし重病なら」
「いや、ちょっと寝不足なだけ」
そう答えながら朝食の支度をする。といっても最近は三食同じ、コーントルティーヤに獣肉の煮込みだ。レーションより多少はマシだが、そろそろゼノには違うもんも食べさせてやりたい。
「そういや、ゼノは?」
「まだ来てません、寝坊ですかね」
そうかも、と答えながら昨夜のゼノが目に浮かぶ。ゼノも眠れなかったんかな、と考えて口もとが緩みそうになった。いけねえ、部下の前だ。皿に食事を盛り、大テーブルにシャーロットと並んで腰かける。
「ところでシャーロット」
「はい?」
「お前さ、男を誘惑「はいストップ!」
突然背後から逞しい腕が巻きついてきた。喉をがっちり締められて呼吸もできない。
「スタンリー、それ以上はセクハラよォ?」
何度か腕をタップして、やっと解放された。大きく息を吐きながら振り向くと、マヤが満面の笑みを浮かべて立っている。いや、目は笑っていない。
「ってか、あたしの気配にも気づかないなんて、相当ポンコツになってなぁい?何かあった?」
……何でもねえよ」
こいつらに話したら絶対おもちゃにされる。トルティーヤを口に詰め込むと、逃げるように食堂を出た。

ゼノの部屋へと向かう途中、倉庫の中からくぐもった話し声が聞こえた。自分の名前を呼ばれた気がして、ふと足を止める。
「マジで今朝の隊長、エロすぎねえ?」
「しっ、誰かに聞かれたらどうすんだよ」
「だってさあ、アレは反則だって」
「おい、お前ら」
地を這うような声が出た。倉庫のドアを蹴り開けて、すくみあがった二人を睨みつける。
「面白そうな話してんじゃん。俺も混ぜろよ」
「ひ、ひぃっ……!」
逃げ出そうとした二人の服をつかんで引き止める。が、片方は特殊部隊仕込みの素早い動きで足元を抜いていった。残ったのはコングというあだ名で呼ばれている大柄な隊員だ。もっとも今は外敵に見つかったフクロウ並に身体を縮めているが。
「おいコング、俺がエロすぎるって?」
「す、す、すいません!ほんの出来心なんです、二度と言いませんから」
「そういうことを聞いてんじゃねえ」
コングの襟首をつかんで引き寄せる。脂汗を垂らす大きな顔に、ぐいっと顔を近づけた。
「俺のどこがどうエロいのか、ちょっと説明してくれよ」
「は、はは……
冗談だとでも思ったのか、コングは引きつった笑いを浮かべた。襟首を締める両手に力を入れて本気具合を知らせると、すぐに顔が蒼白になる。
「た、隊長は、めちゃくちゃカッコよくて、俺らの誇りで、でも、あの、最近ちょっとヤバいっていうか」
「ヤバいって、何が」
「あの、口紅が」
「ああ」
コングの首から片手を放し、唇にそっと指を触れる。白い革の手袋に、菫色の花が咲いた。ゼノが塗ってくれた紫色のリップバームだ。毎日シャワーを浴びるような生活でもないので、昨夜からつけっぱなしになっていた。
「前から何度か、薄い色のつけてたでしょ?あれも結構よかったけど、今日の色は似合いすぎててヤバいっす。それに今朝は目の下に隈ができてて、ちょっとやつれた感じがたまんないっていうか」
……分かった、もういい」
ゼノのリップバームと寝不足の効果ってことか。それじゃあゼノを誘惑するのには使えそうもない。襟首を締めていた手から力を抜くと、コングは安堵したように息を吐いた。それでも逃げる気配はなく、じっとこちらを見つめている。
「あ、あの、隊長」
「ん、何だ」
「な、なんで、そんなこと聞くんすか、自分のエロいとこなんて」
「ああ」
少し返答に迷ってから口を開く。気は進まないがゼノのためだ、参考意見を聞かせてもらおう。
「もし、お前を誘惑しようと思ったら、俺はどうすればいい?」
「は?」
コングの小さい目が大きく見開かれた。広がった鼻の穴から、熱い息が漏れる。
「そ、そんなの、今の状況が、もう」
「スタン?」
コングの手が肩に置かれた瞬間、背後から愛する科学バカの声が聞こえてきた。