いつものように閉じた瞼に、うっすらと浮かぶ静脈。光を集めてかすかに震える長い睫毛。完璧な鼻梁の下、口づけを待つようにすぼめられた唇。初めて見た時は心臓が止まるかと思った蠱惑的な表情も、リップバームの試用が6度目を迎えた今ではだいぶ平常心で見つめられるようになった。指先に深紫のバームを取り、最近ではかさつきも見られなくなった唇に塗り広げる。鮮やかな菫色に染まった唇を見て、感嘆のため息が漏れた。
「すごく……似合ってるよ」
似合っているどころの話ではなかった。あたたかな黄金の髪と琥珀の瞳に、青みを帯びた彩が強烈なコントラストを与えている。こんな顔を他人に見せてもいいのか不安になるほどの妖艶さだ。
「あんがと。つっても、自分じゃ見えねえけどな」
「そうだね、次は鏡を造ろうか」
残念ながらガラスを使った鏡はまだ作れないが、金属板を研磨すれば代用になる。スタンリーにも自分の美しさを認識してもらえるだろう。
「いや、これで充分」
そう言うと、スタンリーは僕の手首をつかんだ。そのまま、まだ深紫の残る指先を口もとまで持ち上げる。唇にぬるりとしたものが触れて、左右に動かされた。
「ん、確かにいい色」
ちょっと離れて顔全体を眺めまわしたスタンリーが、満足げにつぶやいた。
「……僕には、似合わないだろう」
「んなこたねえよ、ちっと血色悪く見えっけどな」
そう言いながら、蜂蜜色の瞳がまっすぐに向けられる。手首はまだつかまれたままだ。妖艶な菫色が、三日月のかたちをつくる。
「おんなじ色のリップって、まるでキスした後みてえだな」
いたたまれなくて俯いた。顔にじわりと血が上るのが分かる。頼むから、そんな顔で、そんなことを言わないでくれ。心臓に悪い。
「どしたん?」
スタンリーが身を屈めて顔を覗き込んでくる。必死に顔を背けながら答えた。
「スタン、きみはいい加減に自分の性的魅力を自覚した方がいい」
「せいてきみりょく?」
「セクシーだってことだよ」
「は???」
琥珀の瞳が、かっと見開かれた。手首をつかんだままの手に、ぎゅっと力が込められる。
「俺んこと、エロい目で見てるってこと?」
「す、すまない」
我に返って後悔しても遅い。動揺のあまりとはいえ、とんでもないことを口走ってしまった。取り返しのつかないことを口にした後悔で目に涙が滲む。
「いや怒ってねえよ、全然怒ってない、むしろ嬉し、いや、ちょっと驚いただけ」
スタンリーは慌てたように言うと、強くつかんでいた手を離した。手首のまわりに、うっすらと朱い手形が残っている。
「勘違いしないでほしいんだが、きみのことは幼なじみとして大切に思っているよ。決して性的に消費しようなんて思っていない」
「……それは、分かってんよ。何年一緒にいると思ってんよ」
「ただ、きみが時々あまりにも魅力的なので、その、困る」
「困るこたねえだろ」
「困るよ。きみに全くその気はないのに、僕が勝手に惑わされて……」
「……分かった」
スタンリーが、重い吐息の混じった声でつぶやいた。
「つまり、俺があんたを無自覚に誘惑してるってこったろ。それについては、認識を改める」
「スタン」
何の罪もない幼なじみに気を遣わせて申し訳ないと思いつつも、重荷を降ろしたような安堵を覚えながら顔を上げる。と、そこには狼のようにぎらぎらとした双眸があった。獲物を追い詰めるような視線と裏腹に、菫色の唇が優美な曲線を描く。僕の誠実な幼なじみは、見たこともない表情でささやいた。
「んじゃ、これからは意識的に誘惑すんね」
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