いぬみ
2024-02-20 20:15:10
10307文字
Public 逆裁
 

あなたを歌にして

6後のオドキョ、成立済み
6後にデレが強くなるおデコとさみしくてちょっとセンチメンタル気味響也の話。



 ダイアンからは乱雑な文字列で「いいんじゃねえの オレに知っちゃこっちゃねえ」と返ってきた。アニキからは真意の見えない声色で「飽きませんね、おまえは」と呆れられた。こうしてみるとふたりとも分かりにくい男だなあ、と思う。分かりやすかったなら、(見て見ぬふりをしてしまったアニキとの件はともかく、)ぼくは事件の前ぶれを止めただろうから、当然だった。
 何はともあれ曲は無事できあがり、このまえ復活ついでのおひろめライブをしたばかりだ。〝ガリューウエーブ〟は解散したけれど、時間の空きを使って何度も復活させてもらっている。前のようにあれよこれよと予定を組み込むことこそできないけれど、むしろそれくらいがちょうどいい。どころか、恵まれてすらいるかもしれない。
 こうして新曲も作らせてもらっていることも、不定期に息抜きだとバンド活動を許されているのも、わがままをきいてもらっているからだ。それをファンも受け入れてくれている。要望を聞き入れられて、復活を喜んでもらえる。ありがたいことだ。一時期は、──解散直後は、明かされた失態に幻滅されたり、糾弾されたっておかしくないと覚悟さえしていたのに。
 初の裁判員制度を取り入れた記念すべき法廷は、色んな意味で話題になった。エリート弁護士とねつ造弁護士の立場は入れ替わり、新人検事のデビュー戦での手柄は、未熟ゆえの大失態だったと明かされた。そのことを告げるのは、相当の覚悟が必要だった。立場、プライド……そういったものは優先すべきでない、大切なのは真実だ……わかっていながらも、やっぱり失いたくないという恐怖もあった。自分の信じたい人を信じたい思いもあった。目を逸らすのをやめたのは、実のところ最近のことだ。
 もちろんぼくを批判する声もあったし、そんな意見もしっかりと受け入れている。次、そんなことがないように、と肝に銘じて、法廷に目を向けている。ぼく自身諦めかけていた、諦めたくなかった法の姿を思い出させてくれた相手。目の前が真っ暗になった瞬間、精一杯の光を差しのべてくれた相手に、思いを馳せながら。
 耳に当てていた電話がようやく繋がった。がさこそと向こうから雑音が聞こえる。件の〝カレ〟が立てている音だ。
「はいッ! 王泥喜法介です!」
「相変わらず声が大きいなあ……おデコくん。ぼくのコマクを破る気かい?」
 思わず耳から受話器を離して、苦笑を漏らした。
 発声練習の成果ですよ、と彼は言う。どれだけ忙しくても、この習慣は忘れないでしているのだ、と続けて。ちょっとひねくれた言い方が、懐かしかった。同時に、声越しに滲み出る堂々とした態度がなんだか大人びていて、感慨深くなった。
 王泥喜法介──通称、おデコくん。元アニキの弟子かつ成歩堂なんでも事務所の弁護士で、現在、クライン唯一の弁護士を営んでいる。
 ぼくが忘れられない相手は、紛れもない彼だった。
 彼の独り立ちには驚いたものだ。検事不足での多忙で、ぼくが目を離している隙に、海外で事務所を立ち上げているときた。しかもそれを知ったのは、同じくクラインの検事と海外出張に行くと愚痴混じりにこぼしていた宝月刑事クン(晴れて、科学捜査官になれたそうだ)からだ。
 連絡不精な性分であることは承知していたけれど、しばらく愕然とした。突然のことであったことも、様々な事情があることも察せはしたが、消化不良な憤りはあった。ほんの少しの復讐心で連絡もせず、祝いの花を引っさげて〝王泥喜法律事務所〟へ突撃したのは記憶に新しい。
 ──一応、恋人じゃないか、ぼくらは。べつに恋人だからといって何もかもを知らせなければならないわけではないが、報告もせずに置いていくような人種では流石にどうかと思う。自立自体は喜ばしいのだから、メールのひとつでも、よこしてくれればよかったのに。恋人としてだけでなく、〝ライバル〟としても、祝福したかったのに。未練がましい思いを募らせては払って、払っては募らせた。
 話を聞いてみれば、連絡媒体である携帯は諸事情で水没してしまっていただとか、〝唯一〟ゆえにひとりで多数の弁護を受け持たなくてはならず体が足りないとか、〝なんでも事務所〟の名残りで弁護以外も引き受けてしまっていよいよ体がもたないだとか、怒りも帳消しになる凄まじいエピソードがつづられ、こっちも血の気が引いた。とりあえず弁護以外の仕事は他の周りに任せ、海外から弁護士を呼ぶなどして、過労死の危機からは脱出したようだ。
 人は、疲労すると頭が働かなくなる。ぼく自身、切羽詰まったことは多々あるから、納得した。ぼくへの愛が覚めたわけでも、関係をナシにしたいわけでもないのだ。……押しかけついでに仕事を手伝って、帰るというとき、おデコくん自身から、謝罪と共にそう言ってくれた。それだけでぼくは十分だった。
 そして、今となって、定期的に電話で話すようになった。最初はぼくからの提案だったが、最近はおデコくんからかけてくることもままあって、なんだか嬉しくなる。話題はもっぱら、裁判がどうの、法律がどうの、新人教育がどうの、という話──要は、仕事のことだ。おデコくんとの共通の話題、となると必然的にそうなる。
 彼は、ロックを好まない。そういうところはアニキの弟子らしく、バラードなどの静かな音楽が好きらしい。ラミロアさんのような音楽が好きだと前言っていたけれど──ロッカバラードはどうなのだろう? ガリューウエーブの音楽はうるさくて耳に合わない、とたびたび難癖をつけていた。やっぱり今回の新曲も合わないかもしれない。
「そういえば。なんかまた、新曲出てましたね」
 ──なんて思っていたら、意外にも、おデコくんから話が出された。受話器を持つ手に、無意識に力が入ってしまう。
「へえ、クラインにいてもわかるものなんだね」
「そりゃ…………ネット、繋がりますから。調べたらすぐ分かります」
 海外クライン王国でもガリューウエーブは話題になっているのだろうか……と予想していたが、どうやら、違うらしい。期待しすぎだろうか?
「調べてくれたの? ガリューウエーブ」
…………
 できるだけなんでもなさそうな声色を装って、問いかけてみる。今回の新曲の件をおデコくんに話したことは、ない。彼がわざわざ調べなければ、知りえない情報だ。
「悪いですか。調べちゃ」
「ううん、うれしいけど……意外でさ」
 ぶっきらぼうな口調で言い放つ彼は、暗に自発的に調べた、という態度を隠さない。訂正も言い訳もしないのが、珍しく思えた。前ならば、もっと……
「言い訳におじょうちゃんを使わないんだね」
 ぼくのファンになってくれた、成歩堂なんでも事務所の女の子たち。彼女たちが騒ぐから否が応でも耳に入る、確かそんなことをつらつら重ねていた。実際、その状況は簡単に想像がつくから、まったくのウソではなかったのだろう。
「そりゃ、こっちにはいませんし」
 なんなら、今までの言葉が〝言い訳〟であったことまで、ひっそり認めている。
「そっちに、ぼくのファンはいないのかい?」
「いませんね。むしろ、聞いてたらレイファさまに「うるさい」って言われました」
「ああ。お姫様には合わないだろうね」
 ──聞いてくれてるのか。なんて野暮なことは訊かなかった。ただじんわりと、胸にあたたかさが広がる。音量さえ下げてれば、あんたの曲はそこまで苦じゃない──むしろ──……そんな言葉はいつ言ってくれたっけ。
「おデコくんが素直なのはいいけど、ガリューウエーブが知られてないっていうのはフクザツだなあ」
「全国は回っても、世界は回ってないんだからトーゼンだとは思いますけど」
「うん、なかなか機会がなくてね……
 レコーディングは海外ですると決めているし、コラボ企画を進めたことはある。
 しかし、それ以上……ライブだったり、ツアーだったり、そういったイベントはしていなかった。やりたい気持ちはあるけれど、他のバンドメンバーとの予定だったり、そもそも〝遊び〟にそこまでやるか、というためらいだったり、そもそも海外進出に乗り気でないメンバーの存在だったりが、足止めしていた。できないし、する理由もない──と納得していた。
 それでもやっぱり、
……やっちゃおうかな」
 企画自体は魅力的だ。
 実のところできないわけではない。本気を出して段取りすれば、一日ぐらいならできるだろう。メンバーと擦り合わせをしておかねばならない。悲しいことに、海外進出に苦い顔をしつづけていたリーゼントの彼は現在独房だ。〝やらない理由〟のひとつがなくなってしまっている。
 ──ギルティーツアー、INクライン。
 クライン王国は、法改正や久々の弁護士事務所開設で、法曹界を賑わしている。〝検事〟としても、関わりを持つのに相応する。〝視察〟にももってこいだろうし、ガリューウエーブ初の海外進出には、ぴったりの場所だろう。
 やっぱり自分の音楽が、世界じゅうに広まっていくのは、想像するだけで嬉しいことだ。……〝ファン〟が一人はいることが確定しているなら、なおさら、届かせたいと思ってしまう。
「なにか言いましたか?」
 すみません聞き取れなくて──申し訳なさそうなおデコくんの言葉に、首を振る。
「ううん、なんでもないよ」
 まだ、ぼくの〝思いつき〟に過ぎない。結局やっぱり〝無謀〟で終わってしまうかもしれない。宣言はやめた。それでも、諦めたわけではない。……〝サプライズ〟をたくらんだ。
 電話口のこのオトコに、また、ステージの上のぼくを見てほしい。なんだかんだ結局最前列に来て、ぼくを一心に見つめる彼のまなざしを感じたい。決意に似た熱意が、ぼくの胸を焦がした。もし決まったら、一番に電話をしようと思う。知らないうちにまた、彼自身が辿り着いてしまうかもしれないから。
「それより、さ。聞いてくれた? 新曲」
 言及されてはたまらない。尋問については、相手のほうに分があるのだ。だから、話を逸らした──否、戻した。
 まさか本人に届く、とは。思ってもみなかった……までは大袈裟でも、意外だったのだ。
 彼がいつも〝言い訳〟に使っていた──そして、知るキッカケになっていただろうおじょうちゃんたちが、いないのだから、当然、〝ガリューウエーブ〟から遠ざかってしまっていても、おかしくなかったのに。
 実際は見聞きしてくれている、おデコくん自身で──実感してみると感慨深い。ぜひとも、感想を聞いておきたいところだ。──今回の新曲は、特に。
「まあ……その、いつもどおり、でしたよ。ちょっと大人しめでしたケド」
 いつもどおりってのはその、要は、カッコよかったってコトで──……照れくさげに言葉は続く。好意的な感想で、つい微笑みが漏れるけれど。
「あれ、そう?」
「え。……なんかオカシイですか?」
「いや、人それぞれだしいいと思うけど」
 感謝を口ずさんでから、改めて、いつもどおり──? そう繰り返すと、はい、と戸惑った声が返ってくる。
「メンバーもアニキもいつもとちがうって言ってたから。……ぼく自身も、ね」
「先生も聞いてるんですか?」
「うん、まあ、ぼくが差し入れてるから。独房はヒマらしくてね」
 意外そうな返事が飛んでくる。確かにあの人がロックを聴いている姿は想像がつかないだろう。実際ぼくが差し入れない限り、聞きもしない人種だ。
「オレ、シロートなんでよく分かりませんよ、曲調とか」
「まあ、メロディーはそれこそモンダイじゃなくてね……歌詞、だよ」
「かし……
 なんだかこうして話していると、いつかの事件を思い出す。ミキサーを持ち出して、おデコくんにハンニン探しを手伝わせたあの事件。確かにおデコくんは音楽に対してはシロートだ。それは今も昔も変わらない。……そして前回も今回も、だからこそ、それが必要なのだった。
…………
「おデコくん?」
 気づかなかったら気づかないでいいんだけどね、ベツに──変に不安にさせてしまったか、否定したように感じたかな、と誤解を解くように言い足すけれど、おデコくんはうんともすんとも言わない。
……だって」
 ぽつり言った。耳をそばだてる。
……だってそれって自意識過剰じゃないですか……?」
 不安げな声を聞いて、たまらなくなった。きっと彼の前髪もしゅんと垂れているのだろう、なんて想像ついて。
「たぶんおデコくんの思っているとおりだよ」
「じゃあ、あの……
 おずおずとおデコくんは話し出す。勘ぐりすぎているのでは……という、まったくする必要のない心配が無くなると、〝困惑〟の色が強くなってくる。
……『おデコ』やら『照れ屋』やらって……オレのこと、でいいんですか」
「うん、きみのことだね」
 大きなため息が聞こえて、直ぐに、大音声に変わる。
「オカシイとは思ってたんですよ、どこのラブソングがおデコに言及するんですか!」
「だってキミのチャーム・ポイントだろ。頭から離れなくってさ」
「だとしてもなんでよりによっておデコなんですか! こんなこと書かれるんならむしろオレのことじゃないって言われたほうがマシですよ!」
「前髪のほうがよかったかい?」
「そういうモンダイじゃない!」
 受話器を離しても届く大声に、眉をひそめながらも、なんだかおかしくってくすくす笑う。こうした大騒ぎの問答も久しぶりだ。顔が見られないのが惜しい。豊かな表情を見せながら、顔を真っ赤にしているだろうに。……怒りだけでなく、もしかしたら〝照れ〟を押し隠すための大音声なのでは──という疑問も、顔を合わせていたなら晴れていただろうに。
「キミが忘れられなくって。それはまあ、いいんだけどさ。こうして文字に吐き出すのははじめて、かな。自分の思いなんて書いたって途中で行き詰まるだろう、って思ってたけど、書き出してみると案外書けちゃってね……ぼくってこんなにきみのこと好きだったんだって思ってさ」
 ひとしきり笑って、一息ついて、おデコくんの大声が一旦止まったタイミング。その隙を狙って、ぼくは語った。書き上げてしまった時の戸惑い、困惑、驚愕。それらを飲み込んだ後の、えもいわれぬ切なさ。歌詞に吐き出し尽くした──と思っていたのに、電話口でも溢れてきて苦笑する。
「よけいキミが恋しくなったよ」
…………
 おデコくんの感想を、待つ。照れ屋さんの彼のコトだ。恥ずかしい人ですね、と続く尖った口を想像した。ふいと目をどことなく逸らす顔は、きっとおデコまで真っ赤なのだろう。
 〝別離〟のうたは、〝逢瀬〟を夢見ながら続く。何も言わず行方知らずとなった〝カレ〟をたびたび思い出し、いつかの再会を、胸が締め付けられる寂しさと共に願う。写真や思い出越しじゃなく、アナタに会いたい。そんな恋しさを、ドコかのアナタも抱いていると、信じてる……。そんなふうに、うたは終わる。
 改めて、ずいぶんセンチメンタルな歌をうたってしまったな、と思う。ぼくらしくない。いつもの〝ガリュー〟なら、もっと明るく歌い上げるだろうに。別に永遠に会えないというわけでもないし、そんな勘違いなんて、していないのに。
 でもやっぱり、受話器越しの距離は遠く感じて、ふっと襲い来る寂寥感をごまかしきれないのだ。遠い異国を思い浮かべてしまうのだ。行こうと思えば行ける事実がまた、焦らせる。直接顔を合わせられない逢瀬が、もどかしい。
 あっちもぼくのことを思い出してくれているだろうか──思い出していてほしい──というワガママが、とめどない。仕事の量が多くても、決して忘れるなんてしてほしく、なくて。そんな感情を抑えることは最初からできずに、文にして、音にした。

……オレだって電話越しやCD越しじゃない声を聞きたいですよ」

 受話器を握る手を強めていたら、ちょっとかすれて、ちょっと小さな(それでもじゅうぶん聞き取れた)声が聞こえてきた。
「えっ」
「それじゃオレ明日も早いんで! また!」
「おデコく……
 ガチャン、と一方的に切られる。部屋がしんとなるのに、心はアツくなる。ギグとはまた違った熱を残して逃げた彼のコトバが、じんと頭に響いている。寂しさにとっぷり浸かっていたココロがさあっと晴れて、ヨロコビに塗り替えられている。
 ──やっぱりおデコくんには敵わない!
 ふっと心が迷い込んでいった時、ぼくを暗闇からすくいだしてくれるのはいつも彼だ。冷たいように見えて、ずっと情熱的なのだ。ずっとぼくが求めていたものを、一生懸命に渡してくれるオトコだ。
 ──……おデコくんも同じキモチだったのかもしれない。
 ──……ぼくと同じに寂しいキモチになっていた。
 曲を聴いてくれたのは、おデコくん自身もぼくを恋しがって、ぼくを感じたくって動いた結果なのかもしれない。──そんなことだけで、ぼくの胸は高鳴ってしまう。
 自分の意思で、聴いてくれただけでも嬉しいのに──歌詞の本当の意味まで、彼に届いているなんて。並のファンでもそこまでいかない。それがあたりまえだと思っているし、さして望んでいるわけでもない。都合のいいように受け取ってくれてかまわない、というのは本心だ。
 だからこそ、おデコくんの言葉は予想外にぼくを喜ばせた。ドラマチックな展開は、彼となら存分に信じることができる。また、確信させられる。
(やっぱり、早く行かないとな)
 決意する。言い逃げなんて卑怯なマネで、こんなにぼくを翻弄した挙句に喜ばせた彼の顔を、早く驚かせたかった。満足なんてできていないのに、意欲的な心持ちのままなのが、彼の上手いところであり、ずるいところだ。
 ──〝サプライズ〟のメインも、決まり始めていた。
 受話器を置いて、ギターを引き寄せる。降ってくるメロディーを形にしてみる。思いついたままを、手元のメモ帳に書き綴っていく。そして、〝曲〟ができていく。
(あの曲の〝つづき〟……)
 作りながら、何となく、そんな気がした。現実にある〝ロマンティック〟をつかんで、言葉にして、音楽にする。感覚は、この前作った新曲の時と似ている。溢れ出てくる音は、前例に反して明るい。
 再会の喜びと、ささやかなときめき。
 ひとつまみの寂しさと、それをスパイスに輝く逢瀬。
 そんなうたになりそうだった。
 ──〝カレ〟に聞かせてこそ完成するうた。
 〝カレ〟に〝聞いてほしかった〟うたの返歌としては、なかなかいいのではないだろうか。
 早く聴かせたくて、早く完成させてしまいたくて、爪弾く。やっぱりぼくは音楽を、彼を愛している、その想いをギターに乗せながら。