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残りの夜が来た
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福本
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バレンタイン 一条の場合/佐原の場合
一条と伊藤/佐原と伊藤 高校生パラレル フェイクファーシリーズ
初出・Webサイト「残りの夜が来た」2009年
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2
佐原の場合
埃っぽい暖房器具の匂い、うっすらと汗の匂い、それから女の子の化粧品の匂いは冬になると強くなる気がする。今日はそこに混じって、甘ったるい欲望の匂いが漂う。
「佐原ー、はいっ!義理!」
「どーもー」
佐原はにっこり笑って手を振った。義理って言ってくれる子はすがすがしくて好きだ。佐原はあの子を弄んで捨てた、なんて噂は49日である。いそいそと次の男に移動する女の子の楽しげな背中を見送って、佐原はチーズ味のチロルチョコをひょいと放り投げた。これは結構うまい。
小さな包みを机の脇にぶら下げた紙袋に入れようとして、佐原はやめた。小さいからポケットでいいや、と思ったからだ。
いまや女の子たちの義理で溢れるファンシーな紙袋の、もともとの中身も義理である。義理にしては若干手が込みすぎているような気がしたが、義理として受け取っているから義理。みんなすがすがしくて好きだが、それよりも、今佐原は猛烈にラーメンが食べたい。級友にそう訴えると椅子を蹴られた。
「なんだよ!」
「うっせー、うぜー、ラーメン食って帰れ」
「んだよ、ひがむなよ」
「消えろ」
「佐原くん!」
「はいはい」
廊下からおいでおいでをされたので席を立つ。寒いから入ってきてよ、と内心思うが、義理には義理で答えなければならない。背中に「戻ってくんな」とのお言葉を賜った佐原は、振り返って彼の椅子を蹴った。それにしてもこの時期に彼女がいないってのはお得だ。これで2週間くらいは間食に困らないだろう。
午後になったのでカイジがいるだろうと思い、佐原は屋上手前の踊り場に顔を出した。カイジはぼろぼろのソファの付属物のように当たり前にそこにいたが、いつもよりもいっそう陰鬱な雰囲気を漂わせていた。
佐原はわくわくした。
「カーイジさんっ」
「
……
なんだよ」
うわ、すげえ。久々の憂鬱度だ。顔が勝手ににやにやするのを抑えながら、佐原はぴょん、と彼の隣に座った。
「どーしたんっすか!そんな暗い顔して!」
「うっせーよ」
カイジはぶつぶつと虚ろな瞳で何かつぶやき、抱えた膝の間に頭をもぐりこませた。「あああ」
ああおもしろい。
佐原はカイジを観察すべく、体を半分彼に向けた。カイジはスプリングが馬鹿になっていて体がだぶだぶに沈み込むソファに飲み込まれそうになっている。ああこれは、チョコがもらえないことあたりに勝手にへこんでいるんだ、と佐原は推測した。義理でも何でも、チョコがもらえないことがカイジさんのいいところなのに、と、茶化すわけではなく、9割9分思う。
ただ残りの1分は馬鹿にしている自分を自覚しながら、佐原はカイジをなぐさめようと、肩を叩きかけた。が、
「
……
あれ、」
こころなしか薄暗いカイジの脇に、ベージュの箱が置いてある。6つに区切られた箱の中には、ココアの粉がついたぎざぎざの紙が残っている。
…
なんだ、
「カイジさん、チョコもらったんじゃないですか
…
!」
9割9分本気で感動しながら、残りの1分は落胆しながら、佐原は宙に浮いた手を改めてカイジの肩に落とした。
「しかもそれ、手作りじゃないですか」
「
…
だろうな」
「うわー、いいな!俺なんか、義理ばっか
…
!チロルチョコとか麦チョコとか
…
」
「
……
よかったな」
「
…
なんでそんなにへこんでるんですか」
「
……
」
カイジの薄暗い瞳がこちらを向いた。「一条のだけどな、これ」
「
…
?」
意味が分からなかった。
は?、と声に出してみたが、やはり分からない。
「
…
何?カイジさん」
聞いても返事が返ってこない。
佐原はぼんやり考えた。それから急に、自分でもびっくりするぐらい急にかっとなった。
「は!?」
「
…
うるせー、もうなんも言わないでくれ」
「何で!?え、一条さんってそんなキャラ!?」
「しらねーよ」
「うわーっうわーっ、何だそれっ」
「
……
」
佐原は焦った。チョコの入った袋はまさかこんなところに持ってきていない。だが一条がカイジにチョコをやったというのなら、自分がやらない訳にはいかない。そんなのはプライドが許さない。あわててポケットを探る。ポケットの中には携帯と、いつのだか分からないレシート、と、
「あっっった!!」
チーズ味のチロルチョコは黄金色に輝いて見えた。ありがとう、名前なんだっけ。
楽しげな背中に重なってちらりと罪悪感がよぎったが、彼女の義理が今佐原の本命へと生まれ変わるのだから、それでもいいじゃん、いや、むしろベスト、と佐原は自分を言いくるめた。
「カイジさん、はい」
「
…
はあ?」
「友チョコ?っていうんすかね」
「
……
お前、これ、」
カイジは胡散臭げに佐原を見た。「誰かにもらったやつじゃねーの
…
お前が
…
」
「いやいやいやいや全然」
「
……
ホントかよ」
「本気です」
微妙に言葉を変えてみる。嘘ではない。
「
……
」
カイジはそれ以上追求してこなかった。佐原はにやりとして、彼の右手を無理やり開くと、その中にチョコを握らせた。
大変満足した。
「
…
そういや佐原、」
「はい?」
「お前、賞味期限切れた廃棄渡すなよ」
「
…
賞味期限切れてるから廃棄なんですけど」
「
……
あ、そうか」
「あ、結構切れてました?でもだいじょーぶっすよ、1日や2日」
コンビニのおにぎりなんか賞味期限より1週間くらい過ぎても余裕なのではないか、と佐原は経験上思っていたが、一応2日までにとどめておいた。
「それよりチョコ、食ってくださいね」
「
…
後でな」
「今日じゃないと意味ないっすよー」
「
…
お前、女子か」
「女子の気分です」
「
……
」
カイジが深く長いため息をついたが、佐原は上機嫌で、今日もらったチョコをいつ食べるか、カレンダーを思い浮かべてぼんやりと振り分け始めた。
…
義理だからいいよね、明日でも。
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