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残りの夜が来た
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福本
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バレンタイン 一条の場合/佐原の場合
一条と伊藤/佐原と伊藤 高校生パラレル フェイクファーシリーズ
初出・Webサイト「残りの夜が来た」2009年
1
2
一条の場合
「あれ、」
カイジは驚いた。一条がチョコレートなどというものをかじっている。一条が弁当以外の物を食っているのを初めて見た。
屋上は寒いので、屋上手前の踊り場が現在のカイジのたまり場である。タバコを吸うときだけ外に出る。もちろん踊り場も底冷えする。窓が西向きについているので午前中は来ない。午後になると、同じくここをたまり場にしてきたのであろう先駆者たちが残していった、破れたソファの上で何とか過ごせるようになる。早々に一条と佐原に発見されてしまったが。
「
…
なんだよ」
一条は白目がちの目をぎろりとこちらに向けた。ここは寒いから図書室か教室で勉強すればいいのに、と何度か提言したが、その度に、教室はうるせー、図書室は飯が食えないから昼休みはここでやる、お前は来るなと言われた。だからもう何も言わない。
「いや
…
」
まあ一条もチョコくらい食うか、と思って、カイジは何も言わずにソファに座った。まだ面積の狭い日向部分は一条に占領されているので、寒い。身震いする。
「教室に行けよ、寒いなら」
「
……
」
一条は毎回律儀にそう言ってくるが面倒なので答えない。昨日佐原にもらった廃棄のおにぎりのパッケージを破るが、失敗した。海苔が閉じ込められた。
「クソ
…
」
「間抜け」
なんという律儀さだ。半分げんなり、半分感心しながら一条を見る。一条は、はんと鼻で笑い、再び何かの本に目を落とすと、また一つ、丸いチョコレートを箱から出して、かじる。
「あれ、手作りか?それ
…
」
「
…
知らん。見た目は手作りくさいがどうだか」
「
……
」
何で食ってんのにわかんねーんだよ、と思いながら、おにぎりを紙パックのお茶で流し込む。かすかに調味料の味がする米を咀嚼しながら、海苔の6割が取り残されたパッケージを握ったり閉じたりしてぼんやり裏面表示を見ていると、賞味期限が切れまくっていることに気付いた。
「げ、2月12日」
「間抜け」
「
…
お前、律儀な」
「
…
何がだよ」
「あークソ、腹壊すかな」
「コンビニのもんで腹壊すかよ、それより他のこと心配しろ、添加物とか」
「
……
」
「ああでも、賞味期限切れてるくらいのほうが良いのか」
「
…
何が?」
「添加物っつってんだろうが
…
馬鹿には関係ねえな」
ひょっとしてこれはフォローなのか。
独り言のような一条の言葉には、優しさとか憐憫とか、そういった感情が全く感じられないが、そう思っておいて、最後の一口を飲み込んだ。
金が無いので今日の昼飯はこれだけだ。お茶も飲み干してしまい、カイジは手持ち無沙汰になった。タバコを吸おうかと思ったが、一条の食べているチョコレートがやたらとおいしそうに見えて、カイジは冒険に出た。「一条、そのチョコ
…
」
「あ?」
「いや
…
1個くれないかな
…
とか」
「
……
」
一条がカイジの顔を見つめる。ぽかんとしている。「あ、いや、別にだめなら」
「
…
ほれ」
箱ごと押し付けられた。まだ3つも残っている。
今度は自分がぽかんとしているだろうなと思いながら、カイジは一条を見た。
「え、いいの」
「やる」
「うわ、サンキュ」
「
……
お前って
…
」
一条は何か言いかけて、それから珍しく最後まで言わずに口をつぐんだ。彼の気が変わらないうちに1つでもいただこうと、カイジは人差し指と親指でチョコをつまんで口に放り投げた。日光に当たっていたのかチョコは少し溶けていて、歯を立てると中身がとろけた。
「溶けてる」
「
…
お前、知ってたけど
…
本っ当にかわいそうな奴だな」
「は
…
?」
予鈴が鳴った。
一条はまるでそうプログラミングされているかのように本を閉じ、立ち上がる。「じゃあな、犬」
「犬ってなんだよ!」
「犬だから犬っつってんだよ犬!」
「はあ!?
…
あ、一条、チョコ」
カイジはあと2つ入った箱を一条に返そうとしたが、一条は手をひらひらと振って、拒否の意思表示をした。「やるっつっただろ」
「え、いいの」
「嫌いなんだよ、甘いもの」
「
…
じゃあ何で食ってんだよ」
「荷物になるのが嫌だから」
「
…
?」
「何が入ってるかわからんが、味わって食えよ」
じゃあな、カイジくん、ともう一度言い、階段を下る一条の頭のてっぺんが見えなくなってから、カイジは気付いた。
「
……
あ、」
手元のチョコを見る。6つに区切られたベージュの箱に、小さく収まったチョコ。
「
……
ああああああ」
憂鬱だ。憂鬱すぎる。死にたい。今日はバレンタインではないか。一条、あいつ、あんなんで、詐欺だろうがっ
…
!!
それでもカイジは残ったチョコを食べた。半分は供養のつもり、半分は腹を満たすためだ。かすかに酒の味のするチョコは形が不ぞろいで、まごうことなく手作りだった。
憂鬱だ。
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