しったか
2024-11-22 13:14:22
15626文字
Public
 

俺とオメーはズットモだよ、クソ野郎

ふせったーへの投稿(https://x.com/sttk27/status/1831868232250356046 )を話として整えた、パーバソ前提の髭とバソの小競り合い。ギャグです。
※ムーンドバイの記憶・記録あり設定
※ネットスラング多用
※性別不詳マスター

 2030年のドバイで何が起きたのか、ひと夏の記憶の詳細を知りたければマスターのレポートを参照すればいい。
 したがってバーソロミューから黒髭に語る土産話としては、魚のいない海は気持ち悪かっただの巨女地雷になったかもだのライバルの共闘激アツだの、そういった四方山話になる。夏休みの大冒険は黒髭も過去に経験しているので、相槌にはその思い出もふんだんに盛り込まれ、話はあちらこちらに飛んでいった。
 それも食堂のようなオープンスペースではなく、紳士の秘密の社交場――サーヴァントひとりひとりに自室が与えられなくなった今、公に晒しにくい“戦利品”を収蔵し嗜むためのクローズドスペースとして与えられている部屋に引き籠っての会話だ。ダ・ヴィンチにせよシオンにせよ、開発者や研究者というものは得てしてオタク気質ゆえにそのあたりは寛大である。
 加えて協力型マルチプレイアクションゲームに勤しんでもいるために、お子様には聞かせられない罵声や雄叫び、集中故の沈黙も唐突に割り込む。緊迫しているのは二人の男が握り締める端末の画面の中だけ。片やベッドに寝転んで、片や床に胡坐をかいて。会話はまったくもって取り留めもなく、空気は弛緩しきっていた。
 野良マルチにしては治安が良い、というか本物の聖人とマッチングしているのではと思うほど行儀良くしかし白熱したゲームを終えたあたりで、今日のところは切り上げようと合意する。目標のステージは開放できたし、海賊だって気持ちよく遊びたいし、ゲームに関してはもうちょっとやりたいな、くらいで留めておくのが楽しい。
……いいなあ宝探し。私も次はそういうのがいい」
 深く吐いた溜息は疲労混じりの充足感と、純粋な羨ましさによるものだ。
 活躍、という意味ではムーン・ドバイでのバーソロミューの働きは実にめざましいものだった。惜しみない称賛は受けたが、やるべきことをやって褒められる、というのは集団における信賞必罰の理念からすれば当然のことでもある。何に替えてもマスターを守り作戦を遂行するサーヴァントの存在意義を守っただけ、ともいえた。
 斜に構えているのではない。我らのマスターはムーン・ドバイの記憶を取り戻すや否や、いつぞや贈ったメカクレウィッグ着用でバーソロミューの元へ飛び込んできた――無論、傍らにマシュを伴って。推しメカクレから惜しみない感謝と労いの言葉を浴びまくったその時は、天を仰ぎ地に伏せ物理的に転げ回って全身で喜びを露わにしてしまったものだ。褒められたくて頑張ったわけではなくとも、褒められたら素直に嬉しいのが人情である。
「マスマシュにベタ褒めされて顔ないなってた人がなんか言ってますぅー」
「それとこれとは話が別ですぅー。私だってピュアな大冒険したいんですぅー」
 一サーヴァントとして、力量を認められることは喜ばしい。
 それはそれとして――名誉では海賊の腹は膨れない。プラスアルファのお楽しみが欲しい、むしろそっちメインがいい。
 デバイスを充電器にセットしつつ、バーソロミューはごろりと寝返りを打って大の字になる。
 ――まあメカクレでもマスターでもない、思わぬ相手から手放しで受けた賞賛の味は、まったく悪いものではなかったのだけれど。
「あ、拙者のも充電よろ」
「アイアイ」
「サンキューバッソ」
「ええんやで」
 不意に浮つきそうになった心が、まったく頭を使わない会話によって地に足をつける。何の話だったか、そう、冒険だ。我々海賊の心をときめかすもの、秘宝、財宝、聖杯、古代遺跡、おまけに恐竜! 何度聞いてもそんな大冒険のてんこ盛りの方が心惹かれるではないか。たとえバーソロミューが海賊でなかったとしても、一人の男として胸を高鳴らせただろう。
 おまけにその冒険のシナリオ自体とんでもない。少年少女とちいさな生命のひと夏の出会い、かけがえのない思い出を重ねた果ての別離。ジュブナイル映画における鉄板そのものだ。
 丁寧に作られた子ども向けの作品の力は侮れない。むしろ大人にこそ深い情動をもたらしてくれることもある。バーソロミューはとあるアニメ映画を視聴した後、バベッジ卿や加藤段蔵など機械の体を持つ者たちを見るたびに嗚咽をこぼしていた時期があった。不審がった小太郎とフランから詰問されるも、メカクレ推しからの接触に望外の喜びと罪悪感が綯い交ぜになった名状しがたい表情をしていたらしくただドン引きされて終わったのも懐かしい。ロボとーちゃんはいいぞ。
「黒髭のくせにドラえもん映画のような夏を過ごしやがって」
「実際綺麗なジャイアンになっちまってたワケよあの時の拙者は。ときめき回路ぶんぶんぶん回しで」
「秩序・善の黒髭オルタリリィになった……ってコト? コロンブスでその枠埋まってただろうに」
「違うが? 拙者のこのビジュ見てぇ?」
――おお、綺麗なジャイアンだ」
 ベッドの下から突然ずいと迫ってきた黒髭の顔面を反射的に張り倒そうとして、それを凌ぐ驚嘆にぎりぎり踏みとどまった。地獄の女神もかくやと恐れられ、そこらの三下ならひと睨みされただけで失禁する黒髭の凶悪な双眸。それが懐かしの少女漫画よろしくぱっちりと黒目がちに、きらめく星を瞬かせた抱腹絶倒の図が視界いっぱいに展開されている。
 カラコン無しでこれはすごい、とバーソロミューは素直に感服した。断崖絶壁から墜落しかけ文字通り黒髭危機一髪、となりかけたところをアキレウスの逞しい腕に救われ、うっかりヒロイン属性が付与されてしまったらしい。王道少年漫画の主人公キャラ、恐るべし。
 もう結構と今度こそ押しのけると、黒髭は瞬時に常の気怠げな半眼に表情を戻した。あまりの衝撃に負けていたが、冷静に考えればわりと身の毛がよだつ光景だったので黙って十字を切る。
「アキレウスの主人公ぢからも凄まじいがお前の表情……筋? はどうなってるんだ」
「企業秘密です。拙者の表情差分は百八式まであるぞ」
 嘘つけ、と罵りたいところだがやたら衣装に恵まれている黒髭であるからあながち夢物語でもない。その理不尽さに顔をしかめる。洒落者として名を馳せたのはバーソロミューの方だというのに、何故だ。
 バーソロミューのささやかな不満などどこ吹く風とばかりに、黒髭はふわーお、と間抜けな欠伸を漏らしながら大きく伸びをした。そのまま二メートルを超える巨体が勢いよくベッドに寄りかかった衝撃に、びょんと体が軽く浮く。文句のひとつでも言ってやろうかと振り向くと、首を反らして上下逆さになった黒髭の胡乱気な顔つきと目が合った。
「つーかお前は平気だったん? なんかフツーに仲良さげにしてっけど、あのゼンボに挟まれて夢女子になっちゃう場面なかった?」
「ゼン……なんて?」
「秩序・善ボーイズ略して善ボ」
「秩序消えてるが。……あー、いや、うーん」
 突然水を向けられ、バーソロミューは口篭もった。
 善ボと雑なまとめられ方をしたのは、インド叙事詩マハーバーラタの英雄カルナと円卓の騎士パーシヴァル。バーソロミューと共にドバイでの夏休みに同行した男性陣二人だ。
 それまで特に親しく会話をしたことはなかったが、三人とも基本的には物腰穏やかで、かつマイペースな部類でもあったためかかえって打ち解けるのは早かった。生まれも育ちも何もかもが異なるが、だからこそ面白い交流が成立したといえる。挙げ句にプレゼント交換なんて青春めいたこともしてしまった。
 二人とも情に篤い、本当に好い漢だ。新しい友達ができて幸せだと、バーソロミューは心から思っている。
 そんな素晴らしい友人たちだが――黒髭が言うような、颯爽と窮地を救われ思わず胸をときめかせてしまうような場面は特になかったように思う。
 ――少なくとも、窮地を救われたわけではなかった、と、思う。
……あった、ようななかったような」
「何それ。どっちよ」
「いや……挟まれて、というかな……
 言い淀み目を泳がせるバーソロミューを、逆さまのにやけ顔が愉快千万とばかりに見つめていた。ぼさぼさの前髪が重力に逆らっていることでメカクレ深度がマイナスに振り切っており、余計に腹立たしい。
 大方、伊達男を気取るバーソロミューが主人公型ヒーロー二人によって乙女にされた事実を認められずに恥じ入っている――とでも思っているのだろう。普段のバーソロミューの様子を鑑みれば、ごく真っ当な推理ではあった。
「恥ずかしがることないでちゅよミューちゃま。拙者もナカーマ」
「仲間じゃない」
 即座に否定する。
 ――本当に、黒髭とバーソロミューの体験は同類ではないからだ。
 バーソロミューの口が重い理由を、黒髭はおそらく誤解している。その誤解を解くべきかどうかを、バーソロミューは決めあぐねているのである。
 まず、本件にカルナはほとんど関与していないため「挟まれて」という表現は適切ではない。挟まれたのだとしたら――袋小路と逞しい肉体の間に、だろうか。
……壁ドン、的な?」
「あの二人壁ドンとかすんの?キレさせて壁に叩きつけられたの壁ドンって呼んでる?」
「あの二人は私のこと超可愛がってるからそんなことしない」
「どんだけ猫かぶったらアラフォーメカクレキチが逆ハールートに突入できんの?逆に拙者が悪役令嬢転生してる?え、お前この後断罪されんじゃん」
「貴様の婚約者のアキレウスを奪った覚えはございませんが」
「いいよいいよ、いらねーしあげる」
「いらないいらない、欲しい人にあげるといい」
 無価値にもほどがある会話だと自覚はしてはいるものの、乗る言葉が軽すぎて舌が止まらない。アキレウスは今頃くしゃみでもしているだろうか。
 罪なきギリシャの英雄を哀れに思いはじめたあたりで、黒髭はぐるりと体を反転させてベッドに肘をついた。
 髭に覆われた両頬を無骨な手のひらで包む、恋バナに勤しむ乙女のポーズと称するその姿勢で満面の笑みを浮かべる。キッショ、とバーソロミューが吐き捨てようとした瞬間、バソたんってばぁ、と薄気味悪い猫撫で声がそれを食い潰した。
――脱オタしてー、だいちゅきなおトモダチのいる人助けサークル入っちゃおっかナ♡とか思ってたりしてぇ?」
 ぎゃははと続く品のない哄笑。そんなわけあるか、という突っ込み待ちのあからさまな挑発だった。
 要は際どい冗談だ。わかっていても、こめかみがひくついたと同時にピストルに手が伸びたのは――否定を前提としているからこそ、言葉選びにいちいち棘が仕込まれていたためだ。“海賊”バーソロミュー・ロバーツという英霊の根幹を疑い冷やかす、冗談にしても趣味の悪い棘が。
 そしてこの挑発は、バーソロミューの歯切れの悪さが招いた結果だと察せられるから忌々しい。
 乙女だのときめき回路だなどとほざいている時点で、黒髭が本当にアキレウスに惚れているわけがない。まして奴がアキレウスの在り方に感化されるわけもなかった。一方、常から意図的に海賊らしからぬ振る舞いを心がけるバーソロミューはカルナやパーシヴァルと普通に親しくなっておきながら、黒髭の悪ノリを否定も肯定もしない。
 確実に何かあったと思わせる含みのある、実に中途半端な態度に見えたことだろう。
 この男のこういう面が手に負えない、と舌打ちする。
 ――しかし、だ。
 脱オタまではいかないにせよ、その何かによって、オタクとしての付き合いが多少悪くなる可能性があるのは事実だった。
 隙あらば憎まれ口を叩きあい時に本気で殺意を向けようと、黒髭とバーソロミューもまた互いに同好の士、オタ友、パイケット仲間、そういった「トモダチ」の一種だ。利益のみで繋がっていると言い張るのはかえって恥ずかしい程の信頼関係は築いている。そうでなければ、こんな風に怠惰な余暇を共に過ごしたりはしない。
 そこまで思案して、バーソロミューは銃のグリップからぽとりと手を落とした。黒髭は拍子抜けしたように片方の眉を上げる。
「え、なに。どしちゃったのおとなしいバーソロ怖、新手の詐欺?」
 心配そうに、ではなく気味悪そうに言うあたりが黒髭との付き合いの心地よさでもある。認めたくはないが。
 ――この男に気を使って隠し事をするというのは、やはりものすごく馬鹿馬鹿しい。
 悪党同士でも通すべき道理はある――などと堅い動機も手数にはあったが、そもそも遠慮無用の仲だ。自覚はないがゲーム漬けでだいぶくたびれていたバーソロミューの思考は、もうめんどくさいから言っちゃおうかな、という境地に至っていた。
……まさかオメー、図星マジじゃねえよな?」
 なおも答えないバーソロミューに、真顔に戻った黒髭の焦りすら滲む戯れ言は一旦無視する。
 本気マジだし真剣マジなのだ、これが。
 さてどこから説明するかと口を開きかけ――ふと、もし今目の前にいるのがならば――バーソロミューはどこぞの姫君のように抱き上げられ、優しく頬を撫でられ、額同士を合わせて熱を計られているのだろう、と考える。その妄想の甘さに対して、このちぐはぐな状況ときたら。可笑しさにバーソロミューが唇をゆがめたのを見て、頬杖をついていた黒髭はしゃんと背筋を正してまで物理的に引いた。
 黒髭の誤解の根幹のもうひとつ。
 ――ときめき回路は、現在進行形で絶賛大回転中である。
「まあ聞け髭。壁ドンというのは物理じゃなく、こう、精神的なものというか」
「あ? おう」
「上からのお褒めの言葉でもなく下からのおべっかでもない、つまらん慰めでもない、対等な立場から認められるのが嬉しくない人間はいないだろう? その言葉選びが『君がいてくれてよかった』的なやつだったらもう、あそこで精神的な頭ポンポンを受けてしまったんだ私は。最初は純粋に良い奴だなと思って恩返しの気持ちで純朴な彼が陥れられたりしないよう見張っていたんだがとんでもない、頭の回転は速いから私が何かしてやるまでもなかったんだ、でもなんというかやっぱり若いんだよな、白馬系の格好良さと子犬系の可愛さでいい二面性だと思い始めて、彼はそもそもメカクレ深度60は堅いしたびたび鑑賞してたら向こうもこっちをよく見るようになって、部屋が同じだから話もするし酒も飲んだし、ウェールズあるあるで二人で盛り上がったせいでカルナがちょっと拗ねてしまったりもしてね、彼も誤解されやすいが人懐っこいところがあるから話しかけたら喜ぶぞゲームも一通りできるし今日も実は声をかけてはいたんだがあいにくカウラヴァと先約があるとかで、いやあの人らも話すと面白かったさすがカルナの盟友だな、で話を戻すが彼ああ見えて酒豪なんだギャップ萌えがすごい、それに食べるまあよく食べる、これはアキレウスとも一致するな、こうと決めたら迷わないところも含め少年漫画の主人公みはかなりあって、惚れたのは私が先だがこの歳になると駆け引きとか正直だるいなと思っていた矢先に向こうから王子様系アプローチがぐいぐい来るものだから、凄いぞ本場の騎士、貴方をいつも夢に見るとか言われてもうそういうロマンティックなのは大好きだしこれは逃げるだけ損だとありがたく据え膳童貞を」
――ちょちょちょちょちょ待て待て待て何の話してんのお前」
 タイムと叫んで両手でTの字を作った黒髭に、バーソロミューはむっと口を噤んだ。
 情報をこれでもかと詰め込んで早口に捲し立てるのはバーソロミューの、否オタクの悪癖であり特殊技能である。自分だってやるくせにこれくらいも聞き取れないのかと蔑みの一瞥をくれてやると、黒髭は極めて不快とばかりに眉間の皺を深くした。かと思えばTの字を分解した手刀が額に落ちてくる。くるりと寝返りで躱した。
「何って。私のときめき回路の話だが」
 の飾らない優しさと誠実さに、黒髭曰くのそれが大回転した結果バーソロミューは恋をした。
 そして彼もまた、バーソロミューの隠れた美徳に恋をした。
 思いきり顔をしかめつつ引き攣った笑顔を浮かべる、という器用な面相を披露しながら、黒髭は壊れたからくり人形のように首を傾げた。襲った商船の主が必死に愛想笑いを保って命乞いをする仕草にどこか似ている。
「か、カルバソ?パーバソ?なーんつって」
「パーバソだ」
「パーバソだァ!?」
 カップリング名にすると生々しくてなんか嫌だなと、ナマモノ界隈のルールが厳しい意味をバーソロミューは今身をもって学んだ。
 後の詳細は省くが――パーシヴァルとバーソロミューは、ドバイの旅の最中で両想いとなった。
 両想いになるとどうなる?知らんのか。カップルが誕生する。
 大人だからやることだってやる。
 一切合切ぶちまけてしまおうと決めたものの、洗いざらい告白するのはやはり気恥ずかしい。当時のことを思うと無性に甘酸っぱい気持ちにもなってしまう――だってものすごくロマンティックだったし。満天の星空と薔薇の花束と、その香りに負けないくらい甘い愛の台詞なんかが捧げられてしまったし。
 思い出したら頬と下腹部がじんわり熱くなってきてしまった、これはいけない。
 寝返りの勢いで黒髭から顔を背け、少しばかり背を丸めて俯く。互いにとって不幸なことは、そのために黒髭が今どんな表情をしているのか窺い知ることができなかったのである。
 ――なんだか焦げ臭い。
 異常に気付いて振り向けば、ベッドに突っ伏した黒髭の頭髪やら顎髭やらに仕込まれた導火線がじりじりとシーツに引火していた。
 どんなふねであれ、戦闘時以外は火気厳禁だ。眉をひそめ咎めようとしたところで、顔を伏せたまま黒髭が火種に向かって拳を振り下ろした。どん、とベッドが揺れてバーソロミューの体は先ほどよりも大きく跳ねる。何事もなかったかのようにス、と退けられた拳の下には寝煙草の不始末じみた焦げ跡が残ってしまっていた。
「何してるんだ阿呆」
 溜息まじりに貶しつつ身を起こす。カルデアの中でも古参のくせ、備品を壊すと後が面倒だと知らぬわけがなかろうに。
 だから隠蔽を選ぶなら手伝ってやらないでもない、くらいのニュアンスを込めたつもりだった。しかし返事がない。ただのしかばねならいいかとむやみに大きな頭を蹴り飛ばそうとした瞬間、黒髭ががばりと顔を上げ――その顔色の悪さに、バーソロミューは足を留めた。
――本当にどうしたお前、船酔いした奴隷のようなツラして」
「バーソロお前船降りろ。違ったベッド降りろ。拙者の幼馴染みのツインテロリじゃないくせにベッド占領されてるのが急に許せなくなりもうした」
……はあ?」
「拙者ね、どんなにリア充爆発しろつって物理で大砲ぶっぱなしても人様の愛そのものを否定したりしないですしおすし?ベーコンレタスもまあ自ら嗜むことはなくても趣味として理解しますわ、地雷要素なけりゃ作品として楽しめるし」
「何を今更、貴様の守備範囲ならとっくに知ってるが」
 パイケットでもサバフェスでももう何度も買い物協定を結んでいる。文字通り知らぬ仲ではない。
 うるせー黙って聞けや、と力なく凄まれて黙るのは不本意であったが、弱弱しい黒髭という存在の珍しさに思わず口を噤む。それが良くなかった。
――でもオメーがモジモジしてんのはガチでキッショ。むりぽ。パーバソミュートしますね」
……あ?」
 テメェ今なんつった、とキャラ崩壊も甚だしい罵声が飛び出しそうになるのを寸でのところで堪える。しかし一度は押さえた青筋がぴきり、とこめかみに浮くのを感じた。
 捲し立てているうちに気持ちが盛り上がってしまったことは認めるが、そもそも話を振ってきたのはこの男の方である。しつこく絡んでくるから有り難い馴れ初め話を語ってやったというのに礼の一つもないどころか、公式イケメン及びカップリングに向かってアンチ発言で砂を掛けるとはどういう了見だ。
 爆発寸前のバーソロミューの形相など黒髭が気に留めるわけもない。オエ、とわざとらしく舌を突き出し、だァから、と気だるげに声を張り上げた。
「アラフォーの頬染め需要ねえっつーんだよ!何よもう嬉しそうにデレッデレもじもじしやがって、どんだけカレピに身も心も捧げてんだっつーのオエエエエエエ言っててキッツ死ぬ」
 ――なるほどよくわからん。否、わかるが無視したい。
 そうかつまり黒髭くんは恋バナに耐性がない奴だったんだな。
 海より深い憐憫の心でバーソロミューは剣幕を酷薄な笑みで覆い直し、哀れなる非リアを鼻で笑った。
「ハ、何かと思えば嫉妬乙。需要があるから頬染め差分があるんだが? 」
「拙者にとって需要ねーの!拙者といる時に他の男のこと考えて赤面しないで!」
「その言い方やめろ気色悪い、事実無根の匂わせは掟に反するので殺していいか? 万が一彼に聞かれて誤解されたらどう責任取るつもりだ貴様」
「ひ、開き直りやがったコイツ……!」
 目を剥きわなわなと震えながら黒髭は両手の拳をベッドに振り下ろした。ぼよん、と今までで一番大きく体が浮いたはずみでベッドから飛び降りつつ、黒髭の額めがけて膝蹴りを繰り出す。あっさり躱されるが想定の内だ。だん、と床に着地した勢いでカトラスを抜く。立ち上がった黒髭の右手にも、凶々しい鉤爪が出現しているのが見えた。
「彼は私が恥じらい狼狽えるさますら愛らしいと言ってくれるんだが、その情緒が理解できないからお前は非モテなのだろうな。可哀想に、死ぬといい。死ね!」
「ヴォエーッ!罵倒のフリしてノロけるのやめてくだちぃーッ!身内のそういうのマジで聞きたくないよぉーっ!」
「ときめき回路とか言い出したのは貴様だがッ!? 記憶力がニワトリ以下だから頭切り落とされても動き回れたんだろうな化け物め!」
「ピーチクパーチクうるせえよブラックバートだかファッキンバードだか知らねえけどよ、ちいちゃなお口に砲弾突っ込んで黙らせんぞ小鳥ちゃん!」
「そうかそうかその見苦しい髭、首ごと搔っ捌かれたくて仕方ないとみえる!」
 振りかざしたカトラスを思い切り横に薙ぐ。がきん、と難なく鈎爪で弾く膂力に舌打ちしながら腹部目掛けて蹴りを入れ――見抜かれ足首を掴まれたのを利用し、軸足も浮かせて床に倒れ込む。巴投げの要領で巨体を振り払い、すぐさま跳ね起きて構え直した。投げ飛ばされた黒髭も同様に起き上がり、低い位置で右手を構えながらぎらぎらとバーソロミューを睨みつけている。
 なんならくっついたばかりの今が一番熱い時期なのだ。生前には終ぞ味わえなかった溺れるような愛に蕩けるバーソロミューを、恋人――パーシヴァルはそれはもう可愛い美しい素晴らしいと褒め称えてくれるというのに、この髭ときたら情緒の欠片もない。思い知らせてやらねばなるまい。
「そんなに知りたいなら聞かせてやるとも、貴様もゼロ距離で食らってみろあの純度100%の屈託のない思いやり!あらゆる愛情表現が言行一致!男らしくこっちをときめかせたかと思えば実はちょっぴり照れてるのかわいすぎて何でもしてあげたくなるだろうが!秩序・善系彼氏もう、すっごいぞ」
「イヤーッ!嫌ッ!嫌ッ!思想が若い男に入れ込んでるババアでござるぅ!は?おいBBAは二人もいらねえよ。何のつもりだテメェ。砂漠のカンカン照りでド頭やられたか?脳天かち割って中身見てやろうか?」
「自家中毒でキレるなキチガイがッ!」
 脳天に振り下ろされる鉤爪を受け止め怒鳴る。目の据わった黒髭の、纏う全ての導火線がぶすぶすと不吉な音を立てながら煙を燻らせていた。
 こうなれば戦利品の数々が傷つかない限り、火器の使用も厭わないだろう。狭く明かりのない船室での戦闘もこなす海賊にとって、それなりの広さ高さと光源が確保された室内での喧嘩など造作もない。廊下や公共の場で揉めるとあっという間にお咎めを食らうものだから、人目につかない部屋の中での小競り合いに至るのは実際、日常茶飯事といってもよかった。
 そのため、海賊連中は姿が見えないときこそ要警戒対象とされている――そもそもサーヴァントのバイタル自体常時監視されている。
 その事実が、頭に血の昇った二人の脳からはすっかり抜け落ちていたのである。
 鍔迫り合いの最中、それぞれが銃を抜き撃鉄を上げたのはほぼ同時――そして、まばゆい白銀の鎧が視界に飛び込んできたのもその時だった。
――よさないか!シミュレーション以外での私闘は禁じられている!」
 扉のロックが強制解除されるビープ音と高らかな鶴の一声が響き渡る。同時に得物を弾き飛ばされ、バーソロミューは後ろに数歩たたらを踏んだ。
 取り落としたカトラスがからん、と空虚な音を立てる。割り込んできたのは噂のその人、円卓の騎士第二席にしてカルデア自治会所属のパーシヴァル卿であった。
 大きく舌打ちしたのは黒髭か、バーソロミューか――闖入者に対する苛立ちを露わにされても、パーシヴァルは一切怯まない。
 凛とした眼差しが血気盛んな海賊二人を交互に見る。
 為すべき使命に臨む彼の瞳は頑なで一切の甘さはなく、一方で失望や呆れもない。そのことにすらぞくりと背筋を震わせてしまうのだから末期もいいところだ。バーソロミューとて、はしたないところを見られてしまった――などと今更被る猫の皮はない。
「両者、武器を収められよ。続けるというならマスターは令呪の行使も厭わぬと」
「あーおけおけ、もう大丈夫でつすんませーん」
 パーシヴァルの厳しい口調を黒髭はぞんざいに遮った。降参、とばかりに武装を解いた両手を上げてひらひらと振る。
「バーソロミュー。貴方も、そちらを」
……ああ」
 見抜かれては仕方がない。彼の恵体に隠れてひそかに右手へ持ち替えていた銃をおとなしくベルトに収め、黒髭に倣って両手を上げる。パーシヴァルは満足したように小さく頷き、二人の間から静かに身を引いた。
 仲裁者が現れたのならばこれ以上は御法度だ。悪党であれ、カルデアという集団の中で生活するにあたっての身の振り方は二人とも弁えている。
 とはいえ止められたところで一旦火のついた殺意は簡単には収まらない。清らかな若者を挟んで睨み合い舌を突き出し歯を剥き出し下劣なハンドサインを繰り出し合っていると、凛々しい騎士の顔から一転、困ったように眉根を下げたパーシヴァルがあの、と呟いた。
「何があったかは存じませんが――いや、違うな。盗み聞きをするつもりはなかったのですが、あなたがたのやり取りが聞こえてしまって」 
「それで駆けつけてくれたというわけかな。面倒をかけて済まなかった、お詫びしよう」
「いいえ。謝罪というならマスターと、管制室の方々に」
「ごもっとも」
 言葉を交わしながら、パーシヴァルの肩越しにちらりと黒髭を伺う。あちらもバーソロミューの視線に気づいたのか、眉を怒らせひん曲がった口をぱくぱくと開閉して何やら伝えようとしてくる。世にも珍しい髭面の魚である。
 り、あ、じゅ、う、ば、「く」の形に口をすぼめた瞬間パーシヴァルが不意に黒髭の方を向き、奴はその間抜け面のまま硬直した。
「ティーチ殿。もし我々の関係が、彼の友人である貴方を不快にさせているのなら謝罪させていただきたい」
「あ、いやそーゆーんじゃなくてね?」
「パーシヴァル、訂正させてくれたまえ。このむくつけきブ男は友人じゃない」
「心がイケメンじゃない奴は黙ってろタコ」
「貴様に黙れと言われて黙ると思ってるのかおめでたいなドクズ」
「お゛ぉん?」
「あ゛ぁん?」
「やめなさい!そこまで!」
 一触即発の空気を裂くようにパーシヴァルが再び声を張り上げる。反射で銃に伸ばしていた手にさすがに気まずさを覚え、バーソロミューは所在なく腕を組んだ。
 仕切り直しとばかりに咳ばらいを一つ、パーシヴァルは表情を引き締め軽く顎を引く。意思の光が煌めく瞳に見据えられ、黒髭はたじろいだように目を瞬いた。SOSを示す視線が先ほどから刺さりまくっているが、黒髭が困ろうが溺れようがバーソロミューの知ったことではない。まばたきでモールス信号を送るな。
「改めて、ティーチ殿」
「え、なにまだなんかあんの」
「貴殿には申し訳なくも――私はこの愛を諦めることなど出来はしない。我が槍は我が王に捧ぐもの。しかし一人の男として、全てを捧げ愛しき人の心を得ることもまた騎士の本懐。どうか、許していただけませんか」
 穏やかで、それでいて揺るがない芯の通った声。その声が紡ぐ言葉は黒髭に赦しを乞うためのものであっても、バーソロミューにとっては睦言でしかない。ますます萎れていく黒髭の死んだ魚のような視線を無視し、彫像のごとき背中だけを見つめてバーソロミューはうっとりと微笑む。
 彼のこの、飾り気がなく美しい誠実が堪らないのだ。そんな奴に頭を下げることはない、などと言うものか。むしろいいぞもっと言え。再起不能になるまで無自覚のままボコボコにしてやりたまえ。天然こそ最強の武器なのだ。
 うーわ、と地を這う呻き声が耳に届く。勝利を確信した瞬間だった、が。
――歯が浮き過ぎて某デジタルサーカスの団長みたいなキャラデザになっちゃいそうな胸キュン台詞と晴れ渡った青空のごとく曇りなき眼の合わせ技……ッ!無慈悲なぶりっこのバーソロを庇う騎士様から謂れのないお咎めを受ける拙者ってやはり悪役令嬢……ッ?こ、こいつぁ拙者のときめき回路も思わず切なくトゥンク」
「殺した」
 この男が悪役令嬢になろうがスライムになろうがどうでもいいが一点だけ訂正だ。バーソロミューのものに惚れることだけは許さない。
 例の綺麗なジャイアン顔の眉間に向けて、今度こそ迷わず放った銃弾は間一髪で壁に穴を開けた。ぎゃぱー、とふざけた悲鳴が鬱陶しい。
「ちょっとちょっとアンタ彼氏の前で乱暴が過ぎるんじゃないのォ!」
「こら!バーソロミュー!」
 同時に飛んできた怒号と叱責にふん、と鼻を鳴らす。
「人の宝に手を出して無事でいられるとでも思っているのか? よりにもよって、お前が?」
 重たげな瞼がぴくりと動き、黒髭はすとんと表情を落とした。笑ってもおどけてもいない大悪党の人相は同業者から見ても大層凶悪だ。ただ、パーシヴァルの逞しく若々しい長身の向こうで、彼とほとんど体格の変わらないはずの男はどうにもげっそりと窶れて小さく見えた。
……はーもう、あほくさ……拙者疲れたんで寝るわ。そっちも“盛り上がる”んならよそでやってくだちぃー」
 しっしっと野良犬を追い払うように手を振るや否や、ふっと黒髭の姿が失せ――どんっ、と景気の良い音を立てて思いきり尻を蹴り飛ばされる。でぇ、と濁った短い悲鳴を残し、バーソロミューは部屋の外へと吹っ飛ばされた。
 扉は開いたままだったおかげで激突せず済んだものの、もんどり打ってあわや床に顔面強打――の寸前で追って飛び出したパーシヴァルに抱きとめられる。大丈夫ですか、と腰に添えられた手に柔らかく手を重ねて謝意を示した。ときめき回路はショート寸前である。蹴られた瞬間に野太い悲鳴をあげたことなどもう忘れた。
「このクソ野蛮人!」
「ティーチ殿!」
「ハイ閉店ガラガラおととい来やがれバーケツ四つに割れてないか確かめてもらって今夜はお楽しみですね」
 吼えるバーソロミューと咎めるパーシヴァルを無造作にあしらい、白けきった顔の黒髭はぴしゃりと手動でドアを閉めた。とんだ馬鹿力である。
「覚えてろ髭畜生っ!」
 腹の虫が治まらず蹴りを入れたところで、再び魔力障壁によって守られた扉はびくともせず靴跡すらつかない。それが余計に虚しい怒りを煽るが、もはや矛先は失われた。
 憤懣やるかたない。しかしまあ終わったことだ。バーソロミューは持ち前の潔さですっぱりと黒髭への報復を諦め、癒しを求める方向に舵を切った。
 気づかわしげな沈黙を保ったまま佇むパーシヴァルの鎧に、熱くなった頬をぺたりとくっつける。つめたくてきもちいい。浮かぶまま呟けば、腰を支える腕の力がわずかに強まったのが愛おしかった。
……余計なことを言ってしまっただろうか」
 パーシヴァルの、独り言じみた心許ない呟きには実直な反省の色が滲んでいる。彼は悪党同士の喧嘩の巻き添えになった被害者でしかなく、気に病むようなことは何一つない。黒髭にとっては大層余計なことだったに違いないが、バーソロミューとしてはおかわりを所望したいくらいだった。
「どうして? 嬉しかったよ、私は。君はあの無作法者にすら誠実で美しいと、改めて思い知らされた」
「しかし……私の粗相のせいで、あなたがたの友情に亀裂が入ってしまったらと思うと」
「君は自分の仕事をこなしただけじゃないか、悪い髭を成敗したんだから胸を張りたまえ。――どっちみち、海賊の友情なんてものは元からヒビだらけさ。あいつも私も好きなようにやる。それでちょうどいいんだ」
 心地よい鋼に頬を寄せたまま、憂いに伏せられた瞳を覗き込む。視線だけで微笑んでみせれば、パーシヴァルは眉を下げてはにかんだ。
 本当に、バーソロミューにはもったいないほど愛らしく、強く、清廉な若者だ。しかしどこの誰にも渡す気はない。
 ――その耳朶がほんのりと、羞恥と劣情に赤く染まっているのだって見逃さない。
 おやおや、とバーソロミューはほくそ笑む。タイミングから察するにあの男の捨て台詞が効いているのだとしたら、下衆にも存外使い道はあるというものだ。
 どのみちいつまでも廊下に立ち尽くしているわけにもいかない。視線を絡ませたまま、ところで――とバーソロミューは意味ありげに唇を尖らせてみせる。
「様子を見なくていいのかな」
「様子? なんの、だろうか」
「君の大好きな、私のかわいいお尻が四つに割れてしまっていないか」
 首を傾げたパーシヴァルににっこり笑って、彼が二の句を継ぐ前にぱっと体を離す。きらきらきら、とものすごい勢いで粒子の輝きを舞わせながらパーシヴァルが武装を解く気配を背に、くるりと踵を返してバーソロミューは一目散に駆け出した。
 まずは手を伸ばしていれば、バーソロミューの首根っこを掴むのには間に合ったかもしれない。けれど恋人を自らの腕に捕まえるのに分厚い甲冑など邪魔にしかならぬと判断する、パーシヴァルのそういうところが、本当に堪らなくバーソロミューの胸を高鳴らせるのだ。
 湯気が出そうなほどに赤面しているくせ、廊下を走らないようにと場違いな叱咤の声を張り上げずにいられないところだって可愛らしい。尻にはきっとむやみやたらに大きな痣が出来ている。叱られながら目指すのは、この区画で一番人通りが少なくて、狭くて、暗くて、鍵のかかる倉庫だ。