y00black
2024-11-15 13:21:51
1297文字
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リップバーム

スタの唇に滾ってしまった結果

「いい色じゃん」
すれ違いざまに言われたので、咄嗟に言葉の意味を測りかねた。足を止めて振り向くと、蜂蜜色の瞳がわずかに下を向く。
「そんネクタイ」
「ああ」
視線を追うように俯いて、首に巻いた布切れ――ネクタイとはとても呼べない――を見下ろす。先日ワインを搾って蒸留した際、搾りかすで染めたものだ。鮮やかなワインレッドに染まるかと期待したのだが、元の布地が純白とは言えないため仕上がりも多少くすんでいた。
「あんたが色ついたもん着てんの、久しぶりに見た」
「そうかな?去年までは木の葉を巻いていただろう」
「ありゃノーカン」
スタンリーは当時を思い出したのか、白い歯を見せて愉快そうに笑った。
「その前は白か黒ばっかだったろ。ガキん頃は色々着てたのに」
「あれは親の趣味だよ」
「だから、珍しいと思ってさ」
「こういう色、好きかい」
「ああ、好き」
吐息の混じった声で囁かれ、背筋を何かがぞくりと走る。この幼なじみは、無自覚に色気を振りまくので始末に悪い。
「それなら、この色できみにも何か作ろうか」
「ほんとに?」
さっきの妖艶さが嘘みたいに、蜂蜜色の目を輝かせる。
「ああ、何がいいかな?」
そう言いながら幼なじみの肢体に素早く視線を走らせる。ぴったりした黒革のボディスーツは機能性を第一に考えて作ったのだが、鍛え上げられた身体の線があらわになって彫刻のようだ。この漆黒のトルソーに彩りを添える装飾品などあるだろうか?
「あんたが作ってくれんなら、何でも」
笑みを湛えてそう言った唇が、ほんの少し荒れているのに気がついた。

「スタン、これ」
小さな素焼きのジャーを差し出すと、スタンリーは怪訝そうに首を傾げた。
「リップバームだよ。前に言っただろう、タイと同じ色の装飾品を贈ると」
ああ、と合点の行った顔をしてから、スタンリーは瞼を閉じた。
「じゃあ、あんたが塗ってよ。鏡もねえし、自分で塗ったらはみ出しちまう」
豪奢な睫毛が伏せられて、頬にギザギザの影を落とす。完璧な曲線を描く唇が、少し窄めて突き出された。

そんなの、まるで、恋人のくちづけを待つような顔じゃないか。

鉤爪のついた革手袋をゆっくり外す。ジャーから紫色のバームをすくって、そっと唇に触れた。
「んっ」
鼻にかかった声が漏れて、思わず指先が震えた。きっとスタンリーも気づいている。
……発色が、悪いな」
「そうなん?」
ブドウの搾りかすから色素を抽出し蜜蠟に混ぜてみたのだが、唇に乗せると思ったほど発色しない。色素の量が少なかったのだろうか。
「きみの唇には、もっと鮮やかな色が似合うのに」
「んじゃあさ、また作ってよ。そんで、また俺の唇で試せばいい」
目を閉じたままスタンリーが言った。薄紫に色づいた唇が動いて、柔らかな笑みのかたちをつくる。
「こういうのも、トライアンドエラーだろ?」
……ああ」

きみのためなら何だって作ろう。その唇に触れるほかのものも、何だって。

無自覚に色気を振りまくくせに、僕に対してだけはあどけないほどの信頼を見せる罪な幼なじみ。そんな彼に、僕はずっと叶わぬ恋をしている。