2024-11-18 21:11:09
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大事なきみの特別な一日

Re:valeの百さん、お誕生日おめでとうございます。
貴方にとっての普通の日のお話を書きました。

同居生活が終わりを告げた後の11月、百の部屋に料理を届ける千。
でも、本当の目的は。

時間軸はふんわりとデビュー二年目~三年目くらい。から、現在へ。
つきあってないユキモモです。

※百の部屋はアプリ版準拠です。
※うさ耳パーカー(百)のラビチャを踏まえた箇所があります。
(未読でも問題ありませんが、一部ネタバレになります)

 純白のホイップクリームは、ふんわりしているけれどしなやかで。
 優しく甘いけれど、しっかりと舌に残って。
 まるでモモみたいだと思った。

 ◇     ◇     ◇

 マンションのエントランスで、オートロックの操作盤の前に立ち、覚えたてのルームナンバーを押す。
 数か月前、たがいにひとり暮らしを始めたときに交換した合鍵は、ピカピカのままキーケースに収まっている。その気になれば強行突破も可能だ。でも、やっぱりモモ自身に開けて貰いたい。
 だって、初めての訪問なのだから。

……ユキ!? え、こんな時間にどうしたの、何かあった?』
 ドアホンの向こう側、モモの声は驚きと困惑に満ちていた。カメラに向かって微笑みかけ、用意してきた台詞を口にする。
「作曲の気分転換に料理をしたんだ。それで、モモに食べて欲しくて」
 手に持ったクーラーボックスを、モニター越しにも見えるよう、持ち上げる。重みでぷるぷると震える腕をカメラに突き出すと、モモが焦った声で言った。
『わかった、わかったから手、下ろして。あの、じゃあ、受け取りに降りるよ。ちょっとそこで待ってて』
 お前、僕を門前払いするつもりか。と口から出かけたのをぐっとこらえる。この反応は、予想の範囲内だ。
「仕上げはモモの部屋でしようと思って、まだ完成形じゃないんだ。とりあえず部屋に上げてくれる?」
『なんでそんな、突然……先に言ってくれたら良かったのに。オレの部屋、料理の道具とか何もないよ。ユキの部屋に行ったほうがよくない?』
 先に言ったら、お前、なんだかんだと理由をつけて部屋に入れてくれないだろ。その言葉もぐっとこらえて、いま一度、微笑んで見せた。ドアホンの向こう、ううっと呻く声が聞こえる。もうひと押しだ。

 同居生活の解消から、かれこれ数ヶ月。その間、モモが僕の部屋に来ることはあれど、僕がモモの部屋に入ったことは、まだ一度もなかった。
 引っ越し祝いのパーティーは断られたし、遊びに行きたい、モモの住む部屋が見たいと言っても、遠まわしに断られたり、話を有耶無耶にされたり。
 オレの部屋なんて何の面白みもないし、おもてなしの料理もつくれないし。それより、ユキの部屋に招待して欲しいな、スタジオ見せてよ、久々にユキのごはんが食べたいなあ。部屋に行きたいと僕が言うたび、モモはそうやって躱してきた。
 もちろん、モモを僕の部屋に招くのはとても楽しいし、行きたいと言われるのは嬉しい。僕自身、誰かを訪問するよりも、もてなすほうが性に合っている。
 けれど、それはそれ。単なる好奇心だけじゃない。相方として、年長者として、暮らしぶりを見ておかねばという使命感がある。モモの生活力があまり高くないことを知っているから、純粋に心配でもあった。
「道具は持ってきたから大丈夫。お皿だけ貸して。傷みやすいものだし、崩れてしまうから、持ち帰るのも無理なんだ。せっかく作ったのに、もったいないだろ」
『えぇ……
 なのにとにかく訪問を断られ続けて、苦肉の策でこんな手段を思いついた。もともと食べ物への感謝を欠かさない子だし、貧乏暮らしが身に染みて、ひと口ひと口を大事にしているモモなら、これは断れないだろうという計算がある。
 はたして、しばしの沈黙の後。モニターの向こうで、ため息未満の小さな吐息とともに、モモは言った。
『部屋、めちゃくちゃ散らかってるからね。覚悟してね』
「大丈夫大丈夫、お皿一枚が置けるスペースがあればいいから」
 適当なことを言って、重いクーラーボックスを持ち直す。無事、関門突破。開錠されたガラスドアを、意気揚々とくぐり抜けた。


 僕らのマンションは、それぞれの希望を聞き取ったうえで、岡崎事務所が候補となる物件を探し、諸々の事務手続きや入居の段取りをつけてくれたものだ。
 自宅スタジオ設置のために、リノベーションOK、重量物搬入可の物件を条件に選んだ僕と違い、モモは特に部屋に注文はつけなかったとのことで、ごく一般的なシングル向けのマンションに入居した。生活動線を重視したコンパクトな間取りに、必要十分を満たす設備と広めの収納。業界人の入居者が多めで、セキュリティとプライバシーの確保はしっかりしているという話だけれど、どれほどのものやら。
「せめてラビチャとかさあ、来る前に連絡してくれたら、少しでも片付けられたのに」
 僕の手からクーラーボックスを受け取りながら、まだ恨みがましく呟いているのを聞き流しつつ、ようやっと入れてもらった部屋を見渡す。
 まあ確かに、ひどい散らかりようだった。ソファにかけた脱ぎっぱなしの衣服、べちゃりと潰れて床に放り出されたバッグ。テーブルの上に散乱する小物と、ぐちゃぐちゃに絡まりもつれた充電ケーブル。キッチンカウンターの上には数日前のロケ弁の殻と、空っぽのペットボトルが何本も横倒しになっている。
 多忙のため、インテリアコーディネーターにお任せで揃えて貰ったという家具は、モノトーンを基調にシックにまとめられており、片付けさえすればきっと落ち着ける雰囲気の部屋になると思われる。

 けれど。――なぜだろう。

 心の中だけで首を傾げる。
 なぜか、なぜだかこの部屋は、人の暮らす空間らしさに欠けているように感じられた。こんなに散らかり放題に散らかって、ある意味では生活感に溢れた部屋なのに、どうしてそんな印象を受けるのだろうか。室内を眺めながらぼんやり考えていると、モモが手に提げたままのクーラーボックスを掲げるように持ち上げて僕の目線を塞ぎ、言った。
「もう、あんまり見ないでよ。これ、冷蔵庫に入れといたほうがいいもの? だよね? オレが開けてもいいのかな」
「あ、そうそう。開けよう。一緒に仕上げをして欲しいんだ」
 部屋に入るための小道具として持ってきたクーラーボックス。とは言うものの、この中身もまた、訪問したかった大きな理由だ。なんなら今回に限っては、こちらが主目的と言える。数日のフライングは、警戒心を抱かせないため。おかげでモモは、まったく察してはいないようだ。
 仕上げのために、どこか作業が出来る場所は、と見まわしていると、モモがキッチンカウンターの上を薙ぎ払うようにしてスペースを作り、クーラーボックスを置いてくれた。フロントロックの蓋をあけて、中身を皿ごと持ち上げ、そっと取り出す。
 タクシーに乗るまでと、タクシーを降りてからと。歩いた距離は短いながら、ものがものだけに不安だったけれど、どうやら無事らしかった。
……これって……
 ふんわり黄身色のスポンジに、たっぷりと纏わせた純白のホイップクリーム。
 本当はスライスして、間にフルーツソースを挟み込みたかったのだけれど、持ち運びの難易度が上がりそうだから見送った。かわりの彩りとして、小粒のいちごをたくさんタッパーに詰めてきている。
「そっちのビニールのなかに飾り用の口金をつけた絞り袋が入ってるから、デコレーション、手伝ってくれる? 本人の手を借りて悪いけど」
「本人?」
「そう。これは、モモの、」
 特別な日の主役のための、赤と白と金色。広く愛される、いちごのショートケーキ。
――バースデーケーキだよ」
 料理の腕にはそれなりに自信がついてきた最近だけれど、お菓子作りは全然別ものだ。泡立てが足りなかったのか、スポンジはななめに膨れてしまっているし、クリームはぺたぺたと平たく塗りつけただけ。
 いびつで不格好なケーキを、ただじっと見つめたまま固まってしまったモモの手に、柔らかな絞り袋をそっと滑り込ませた。

 ×     ×     ×

 去年のモモの誕生日、僕らはまだまだ貧乏暮らしの真っ只中にいて、誕生日を祝うためのお金も、時間も、なにも無かった。

 お姉さんと一緒に、ライブに来ていたモモくん。
 ライブの手伝いに、母親が作ったというお弁当を持ってきていたモモくん。

 きっと、とても仲の良い家族だったのだろう。食卓には大きなバースデーケーキと、好物の肉料理。キャンドルに火を灯し、みんなでハッピーバースデーを歌う。今日という日、実家に居れば、そんな温かな、普通の誕生日を迎えられたはずなのに。
 深夜まで働きづめで帰ってきたモモを出迎えて、冷え切った手を取り部屋へと上げながら、淋しいような、切ないような、いたたまれない気持ちでいっぱいになった。
 せめてもと用意した小さな小さなショートケーキは、スーパーの安売り品。立てたろうそくは、無料のサービス品。なのにモモはびっくりするほど喜んで、一本だけのろうそくをひと息で吹き消し、ありがとう、すごく嬉しい、と輝くような笑顔で、僕の心を溶かしてくれた。

 モモが、家族と連絡を取っていないことには、いつからか気がついていた。
 お盆にも年の瀬にも、帰省する気配がない。メールや電話のやりとりをしている様子も、見かけない。この引っ越しだって、事務所名義で転居の連絡をしてほしい、とおかりんに頼んでいたのを知っている。
 仲良しだったはずの家族が、疎遠になった理由。そんなの、僕しか有り得ないだろう。
 僕のために家を出て、家族と別れて。大学を辞めて、友人と別れて。すべての糸を断ち切ってしまったモモ。

 僕がモモの、普通の誕生日を奪ってしまった。

 ×     ×     ×

 だから今年こそは、ちゃんと祝ってあげようと心に決めていた。
 モモの誕生日を、美味しく、楽しく、飾りつけてあげる。普通の誕生日をあげる。

 クーラーボックスのポケットから、小さな袋を引っ張り出した。指を突っ込み、数字のかたちをしたキャンドルを取り出す。
 絞り袋を手にしたまま立ち尽くしていたモモがこちらに目を向けて、ふるりと小さく肩を揺らした。笑っている。
「バースデーキャンドルまで、用意してくれたんだ」
「いちごもあるよ。クリームを絞ったら、それも飾ろう」
 必要な数字を探しながら、ふと思ったことを、何の気なしに口にする。
「これね、0から9までのセットになっているんだ。来年も再来年も、十年後まで、毎年の誕生日にずっと使えると思って買ったんだけど、2はひとつしかないんだよね。モモ、二十代が始まったばかりなのに」
 考えてみれば、当たり前のことだった。このセットはおそらく、0歳から9歳までの子ども用のものなのだろう。
「ばら売りもしていたから、あとで2を買い足そうと思って。3と4もまとめて買っておこうかな」
 ぼんやりと生きている僕の、いつもの失敗談。それだけのつもりだった。
 けれどなぜかモモは、目を大きく見開いて、僕と、僕の手のひらのうえのキャンドルを、かわりばんこに何度も見ている。
 モモの目が、数字を順繰りに追う。2、3、4、5。躊躇うように少しの間を置いて、6、7、8、9。
「モモ?」
……ユキ、……ありがとう、ごめ……
 震える声は、途中でかき消えた。顔を俯けて、何度も何度も瞬きをしている。睫毛から小さな雫が滴り、宙に散った。
……モモ」
 モモが泣くと、僕は少し、困る。いつも明るく元気なモモが、泣いているときは身を竦ませ、消え入るように小さくなる。そのまま、ふっと消えてしまいそうで、心がざわめく。
 いまのやりとりで、モモがどうして泣いてしまったのか、僕にはわからなかった。わからないから慰めの言葉も探せなくて、途方に暮れる。
 それで、言葉のかわりに、いつかの冬の夜のようにモモの頭を僕の肩に寄せ、頭と背をそっと撫でさすった。手のひらの下、時おり震えながら、モモはおとなしくされるがままになっている。
 ゆっくりと撫でる手は止めずに、ふと、もういちど部屋を見渡す。さっきの違和感の正体が、像を結んだ。
 この部屋からは、時間を積み上げようという意思が伝わってこない。
 他人が整えたインテリアであっても、暮らしていくうち、自分が使いやすいように、居心地が良くなるようにと、手を入れていくものだ。そういった気配が、いっさい無かった。
 家具はおそらく初期配置のまま、少しも動かしていない。カーテンやラグも、インテリアコーディネーターの決めた部屋のベースカラーにあわせたモノトーン。モモらしさ、モモの部屋らしさが、どこにも無い。
 まるでホテル住まいか、あるいはモデルルームか。ほんのいっとき、借り物の――仮初めの宿で過ごしているかのように。

 ――来年も、再来年も。十年後も。

 モモの頭に乗せた手に、少しだけ力を込めて、それから、くしゃりとかき混ぜた。黒い髪に、白のメッシュ。僕のために抜かれた色。
 モノトーンに、ピンクを。クリームに、いちごを。
……ケーキ、作ろう」
 そっと、囁き声を落とす。
「ホイップクリームと、いちごと、バースデーキャンドルを飾って、デコレーションケーキを作ろう。今年も、来年も。ずっと一緒に作ろう」
 応える声は、聞こえなかった。けれど、僕の肩を濡らしながら、小さく頷いた動きを、確かに感じた。


 それから毎年、僕は、モモのバースデーケーキを作り続けている。
 モモがなくしてしまった普通の誕生日を、僕が埋める。いつか彼の家族へと、橋が架かる日まで。橋を架ける日まで。

 そうして、橋を渡ることが出来たなら、その後は。