さもゆ
2024-11-18 09:08:00
14396文字
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【A英】情緒な左脚

ふぁんたじーパロのA英です。原作程度のモブA描写注意。左脚注意。

2020.5.5 たまごのお粥pixiv投稿作品



少年と左脚のその後




「出会った頃のいたいけなきみは、一体どこに行っちゃったんだろう」
 
 などと、この状況で昔を懐かしまれるのはものすごく面白くなかった。
 ものすごく面白くはなかったが、それをあけすけに表すと自分が彼より確かに年下だとまた面白くないことを再自覚させられるので、俺はにっこり、唇の両端を上げてみせた。
「そう言うオニイチャンだって、出会った頃の俺に対する熱烈さは、どこに行っちゃったの?」
 言ってやると、彼は盛大に顔をしかめた。
……この状況でその呼び方、ものすごく嫌だな。グリフに悪い」
「兄貴は俺たちのこと応援してくれてるぜ」
「ぐ……」唸りながら言う。「でもグリフは、僕の味方だって」
「ばか言うな。あの人は俺の兄貴なんだ、俺の味方に決まってる」
「きみそれどっちに嫉妬してるんだよ」
「味方になってほしけりゃ俺と家族になって。そうしたら、グリフはお前の味方だよ」
「グリフの信頼を人質にするなんて卑怯だっ」わっと叫んだあと、もう英語にも慣れきっただろうに言葉を処理する間をつくり、夜を閉じ込めた瞳を瞬かせた。「……今のプロポーズ?」 
 おかしなことを訊いてくるな、と思った。自分はもう何度も彼にへたくそな愛の告白をしてきているのに。

 奥村英二に惹かれるのにはきっとたくさんの理由がある。
 俺を初めてあのくそったれな(というのは外に出てから改めて思い知らされた。あそこはまさしく地獄のひとつだったのだ)場所から連れ出してくれた人だから、とか。
 やはり外に出てもあの気持ちの悪い目で見てくる輩も結構いたのに、彼だけは出会った頃と変わらない優しい暗がりの目で見てくれるから、とか。
 親鳥と雛よろしく、俺にたくさんの――それこそ星が輝くような愛の話や脚で飛ぶような自由の話、自分の手で掴み取りたい平穏や幸せの話――そういうものごとを教えてくれて、そしてそれが俺にとって泣きたくなるくらい居心地のいいものであったから、とか。
 俺は英二のそばにいるのが一等安心できるらしいからとか。
 ……ここまで素直に思えるようになるまで、何も一瞬で時が過ぎたわけではない。七年。七年もかかった。周りや俺自身が考えていたよりも深くあの地獄の出来事は心身に染みついていたし、今も夢に見る。外の世界を知れば知るほど、時折、俺のことを傷つけない英二の瞳を恐ろしく思うことだってあったのだ。けれどそれでも、心にひとつ、強く思うことを見過ごすことはできなかった。
 この人のそばにいたい。俺のそばにいてほしい。
 それだけ。それだけ分かっていれば、それだけ正しく思い続けていれば、あとはもう、七年もの坂を緩やかに、もちろん跳ね飛んだり横道に逸れたりしたこともあるが、彼のもとに転がり落ちていくには充分すぎる年月を経る。
 転がり落ちた先で、彼は、絶対に俺を抱き留めてくれるだろうという自信があった。
 あった、のだが。

「なんだよ。プロポーズなんて今更だろ」
「僕たちまだつき合ってもないのになあ」
「お前仲間うちでなんて噂されてるか知ってるか? 『山猫殺しのオクムラ』」
「ジャパニーズヤクザっぽい。カッコいい」
「おかげで俺は昇進してもお前の弟分として見られる」
「きみはいつでもかわいくて生意気な弟分だよ」
「お前の特別になりたい。どうすれば分かってくれる?」
「そんなの、とっくに……
 そうじゃなくて、と俺は彼をベッドに縫いとめている腕に体重をかけた。ベッドが僅かばかり軋みを上げ、俺に覆い被され押し倒されている彼が不安そうな顔つきをする。その顔を見ると。いつも冗談じゃない冗談に見せかけて名残惜しく手を引くのだが、いい加減、本当に、この男が欲しくて堪らなくなっている。だから年をとってもやはり幼く見える揺れる上目遣いに、俺はうぐと呻いてもそこから退きはしなかった。
「俺だってちゃんと分かってる。分からされてるよ。お前の特別な、友人の立場にいるんだってこと。俺にとってのお前もそうなんだから」
「嬉しいよ」
「でもそれだけじゃ足りないと思う。そう思うことは、駄目なことなのか?」
「駄目では、ないけど」
「生憎と、この七年で、俺にもほかに親友と呼べるやつができた。すると益々お前の、英二の立ち位置が足りなく見えるんだ。これは俺だけのわがままなのか?」
「アッシュ……
 今までにない俺の迫り具合に、黒目が戸惑ってうろうろと視線を彷徨わせている。「……アスラン。は、離れて。きみ、無理強いは、好きじゃないだろう」ああそうだ、好きじゃない。そんなのは反吐が出るし虫唾が走る。
 俺だってこれが無理強いなら早々に諦めて首を吊るかしている。
 でも、そうじゃなくさせているのは、誰であろう、英二本人なのだ。
 俺は少し意地が悪い気持ちになり、彼の左脚を衣服の上から指先でなぞった。
「こいつは離れたくないって言ってるぜ」
 英二がきょとんと俺を見上げてくる。愉快な気持ちになる。無意識、無自覚。けれど紛れもなく本人の意思の範囲。
 彼の左脚だけ、がしりと、俺の腰に回っている。
 英二はそろりとそちらへ視線を回し、また俺を見上げて、そして自分の脚も二度見した。零れてしまうんじゃないかと不安になるほど黒目が大きく見開かれる。
「ちっちが……!」
 黄色の肌が、それまでが嘘みたいに朱に染まった。
「違う! これは僕の意思じゃない!!」
「ほんとに? ずっとくっついて離れないんだけど」
 ぎゅう、左脚が腰を締めつけた。英二が掴まれている腕を持ち上げようともがくが、そうはさせず、左脚も俺に応戦するように腰を引き寄せてくれる。
「あっやだ! ちちちちが、違うから、ばか僕の言うこと聞けよぉ……!」みるみるうちに黒目が水分を含んでいく。腰がとうとう密着して、左脚が満足気に爪先で腰を撫で擦った。「や、やだ、ちがう、ああくそっ」右脚で左脚を蹴るが、それはつまり両脚を俺の腰に回しているということだ。背中に蹴られた衝撃を受けながら、それに甘んじて更に体重をかけた。「やっ」出会った頃より階級の上がった制服の詰襟から覗く首筋まで、真っ赤になる。「な、な、なん、なんでえ」完全に泣き声だった。なんで、とは密着した俺の腰のことを言っているのだろうか。そりゃ、そうなるだろう。
「だって俺、英二のこと好きだもん」
「もんとか言っても可愛くないからな!」
「いいよ、英二にはカッコよく見られたい」
「ちくしょう可愛い……
 どっちなんだよ。俺は笑って首筋に顔を預けた。笑った際の吐息が肌を掠めたのか、んう、とくすぐったそうに声を上げられる。左脚がもぞりと身じろいだ。余計に密着した箇所を思ってか、英二がくふんと鼻を鳴らす。……そーいうところだと思う。そーいうところだと思うのだが、英二にとってはそーでもないので、そんな甘えた声を出したくせに自分の不随意を認めたくなくて右脚で左脚を蹴り続けている。腰が締まる。「あのさ、」なんかちょっとこれ以上は話ができそうにないくらい不味かったので、俺は掴んでいた手指を宥めるように撫で開いた。「お前の左脚、お前が思ってる以上に俺のこと好きだよ。もう諦めちまったら」ぴたりと蹴りがおさまった。
「そ……!」
 真っ赤な顔で英二が叫ぶ。
「もうやだ! 義足にしてやるう!」
 ヤケクソな言い方に、否定はしないんだな、と思って笑ってしまう。
「やめとけよ。お前それでしょっちゅう左脚と喧嘩してんだろ。この間なんか拗ねてずっと俺の部屋の隅で蹲ってたんだぜ。こいつなんだかんだ言ってお前の脚でいたいんだよ」
 宥めるつもりで言ったが、英二はキッと俺を睨み見上げた。
「うるさい! 大体誰のせいでしょっちゅう喧嘩してると思ってんだ、そんなに左脚のことが心配ならもうずっときみのそばに置いといてやれよ、僕は義足で充分だ! きみが左脚ばっかり可愛がる言動をするから――ッあ、ああ。あああ口が滑った……
「見事に滑ったな、口が。今の訊いたか?」左脚が答えるように俺を揺さぶった。う。その動きは不味いんだってば。溜め息で我慢して口端を綻ばせる。「……本音が嬉しいよ、英二。でも左脚に嫉妬は頂けない。俺はお前が好きなんだ」
「そ……
「それに、左脚ばかり可愛がるのは、お前が可愛がらせてくれないからだろ。その許可を、今、求めてるんだけど」
「か、」想像したのか、凛々しい眉がへにゃりと下がって、もごもごと言った。「かわいがるの意味が、ちがうと思う……
 そういう反応をするから。
 本当の本気で嫌がってくれないから、じわじわと、どこまで俺を許してくれるのか、ぎりぎりのラインを探ってこれた。
 そのラインを、取っ払ってしまいたいという話だ。強欲な、ことに。
「なあ英二」
 俺の逃げ場所。俺の道標。どこへでも一緒に行ってくれる人。
「俺に脚の使い方を教えてくれたのはお前だ。……足りない場所の越え方だって、知ってるはずだろう」 
 懇願すると、やはり唇はむぐりと引き結ばれたが、左脚が任せろというふうに腰を叩いてきた。そして彼が小さく小さく、本当に微かに、とうとう頷く。握り込まれるだけだった手指がきゅうと握り返し、見上げてきた黒目は、何よりも雄弁に俺が欲しいと言っていた。
 ほらやっぱり、と思う。
 脚だけじゃ、到底、満足なんてできやしないのだ。