最終処分場の後始末

ナタル・ハインライン誘拐事件のその後の話。コノ視点です。
狂気のコーディネイターの話。

 オーブ首都、オロファトの郊外にゴミ捨て場がある。国民の生活において出たゴミをクリーンに処理する、重要インフラの一つだ。
 世界ではナチュラルだコーディネイターだと種族間の戦争状態が続き、大量に消費されまた生み出される中、資源の枯渇は深刻な問題になっている。可能な限りありとあらゆるものがリサイクルされるが、それでもリサイクルできないゴミも出る。
 ここはそういったものを安全に処理する最終処分場でもある。
 どうしてもどうにもならないゴミの処分に適した、オーブの重要施設だ。

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「ゴミ捨て場に通うのもそろそろ終わりにしたいよ」
 コノエはため息を飲み込みながら、湿ったコンクリートの床を進む。
 最終処分場はオロファトの軍本部と極秘の地下道で繋がっている。管理は政府が行なっており、特に地下は関係者以外立ち入り禁止、秘匿施設となっている。
 軍本部から専用の地下道路を車で走って三十分。
 到着した施設の車寄せで降りてから、長い通路が続く。
 超高温焼却炉の排熱の為の大型ファンは一つが直径五メートル程ある。一定間隔で並び回り続ける無機質な窓の外の風景、数百メートル上の地上からファンの隙間に差し込む陽光が落とす影を眺めながら歩む薄暗い廊下は円状に湾曲しており一周約二キロメートルに及ぶ。
 私服姿のコノエの後ろについて歩くはプラントから引き抜いてオーブ軍に入隊させた元教え子の男だ。軍服につけた階級章はオーブ陸軍三佐、彼はアスハ代表からナタル・ハインライン誘拐事件の調査を一任された本件の表向きの責任者で、実際の指揮はオーブ軍の予備役准将であるコノエが行なっている。
「首尾は?」
 歩きながら部下に尋ねると淡々とした報告が始まった。
「はい、昨日の尋問で夜半にやっと吐きました」
「アルバートか?」
「はい。最後の一つでしたので深夜まで家にお戻りにならず慎重に対応しておりましたがプランFで自白を引き出すことに成功しました。供述の裏が取れましたのでプランFは完了という事で素材は処理しました」
「ゴミにも家族を思いやる心があるとは驚いたな」
自白したポイントに今朝方部隊を向かわせたところ、ビンゴでした。その後の采配はハインライン博士が」
「うん、それは良かった。やっとこの仕事からも解放されるな。君もご苦労だったね」
「いえ」
「では最後の仕上げといこうか」

 カツンカツンと革靴の踵が音を鳴らす真っ白い静かな通路をすすむ。
 辿り着いたのは窓の無い広い空間で、モビルスーツを何機か並べて置いておけるほど天井も高い。
 照明は絞られており、薄暗いが奥へ進むと白く浮かび上がる人影が複数あり声をかけた。
「アルバート」
 声をかけると金髪を揺らして振り返るハインライン。手には愛用のタブレット端末を持ち、普段着のシャツにスラックス、その上にいつもの白衣を着ているが肘までを青色のゴム手袋で覆い、足元は膝までの黒いゴム長靴だ。
 彼のそばにいる三名のオーブ軍人はコノエを見て敬礼した。全員、コノエがプラントから引き抜いて来たコーディネイターだ。
「先生」
 ハインラインの声は明るい。さもありなん、一週間以上かけてやっとひと仕事終わらせたのだ。明日からは家でゆっくり出来ると思えば嬉しくもなるだろう。
「やれやれ、今日もすごい格好だな」
 ゴム長靴と、白衣に飛び散った赤黒い汚れに苦笑する。
「熱心なのは結構だが匂いがつくぞ」
「ご心配なく。帰宅前にシャワーを浴びますし僕が開発した消臭剤は優秀です。仕上げにいつも使っている香水を使えば家を出た時と同じ匂いになれますよ」
「ならいいがね」
 ハインラインに近づくにつれ、饐えた匂いが鼻をつくようになった。
 彼の立っている場所より更に奥でコンクリートの床に赤黒い液体が水溜まりをつくっており、その水溜まりの中には、今回この最終処分場で処理されるゴミが転がっている。
 ハインラインは汚らしい水溜まりに脚が浸かっても良いようにゴム長靴を愛用しているという訳だ。
 水溜まりの外にパイプ椅子が一脚置いてあるだけで、他には何も無い。
「少し綺麗になったが、相変わらずひどい匂いだ」
「はい、ですがそれも今日までです。やっと家でゆっくり過ごせます」
「私もだ。あの子にはさみしい思いをさせた。ノイマンをずっと借りて悪かったね」
「いえ、アーニーも心配していました。ナタルもチャンドラのそばにいたかったようですし」
「ふむ。私も明日からはずっとダリダのそばにいてやりたいな。大学にはひと月ほど休講にすると言ってあるんだ」
「流石です」
「では報告を聞こうか」
 ハインラインに促され、コノエはパイプ椅子に座って脚を組んだ。
「まずこの最後の一人ですが誘拐犯の上部組織のリーダーです。しかし更に上部組織が二つ出てきまして、最終的に辿り着いたのが中東に本拠を構えるブルコスのマフィアです」
「末端の末端だな。実行犯はひ孫請けじゃないか」
「全くです。場末のチンピラに手を出されたと思うと余計に腹が立つ」
「やはり我々の責任は重いな」
「仰る通りです」
「警備の見直しと警戒レベルの再設定は急務だ」
「当面全ての仕事を凍結して護衛機構の再構築に当たります。関係各所への根回しは完了しています」
「よろしく頼む」
 中立国オーブの中でも極めて治安の良い場所に構えた自宅、その近辺のスーパーマーケットの警備への過信、いつも行っている場所だからと警戒を疎かにした。チャンドラのハロをソーマに貸与する事を容認した己の見通しの甘さが妻子を危険に晒した。
 後悔と自責の念に駆られる日々だ。事後処理も手間取って昼間だけとは言えもう一週間も家を空けて傷ついたチャンドラのそばにいてやれない不甲斐なさにも腹が立つ。
 苛立ちで力むこめかみを指で揉みほぐしながらハインラインの報告の続きを聞く。
「やっと親組織まで辿り着きましたので、順次処理を開始しています。位置的な問題でジブラルタルのザフト軍を動かしました」
「ああ、ジブラルタル基地は今マクミランが指揮官だったな。各地に教え子が居ると使い易くて良い」
「はい、それで親組織のマフィアのボスが旧ロゴス一族の一人でしたので芋蔓式にコンパス加盟国へのテロ計画が発覚。トライン大佐にも色々と情報提供したところです」
「上手く処理出来そうなのか」
「ええ、トライン大佐の情報網も侮れません。ナタルとチャンドラの誘拐事件のことを知っていましたのでそれらも踏まえて【適切に】処理するそうです」
「本当に仕事ができる男だな。助かるよ。それで?」
「情報は全て取れましたのでこれは最終処分とします」
「うん。ご苦労だったね」
「いえ、ナタルとも約束しましたので」
「ダリダを傷つけたやつらに必ず罪を償わせる、だったか?」
「はい。娘との約束を違えるわけにはいきません」
「そうだな」
 ハインラインの言葉には完全に同意する。ナタルも怖い思いをしただろうにチャンドラを傷つけられた事が一番許せなかったようだ。優しい子だ。
 コノエは立ち上がると赤黒い水溜まりの中に歩を進めた。靴が汚れた、廃棄だな。と思いながら水溜まりの中で蠢いている汚らしいゴミの近くまで行くと、何かしらぶつぶつ呟いている。
 「はやくころせ」とか「ひとでなし」とか「あくまめ」とか、いかにも頭の悪そうな台詞を小さな声で延々と呟いている。
「楽に死ねると思うか? お前らはゴミの分際で私の命より大切なものに手を出したんだ、死んだ方がマシという状況で元気いっぱい苦しんでくれ」
 コノエの言葉が理解できたのか、蠢いていたゴミはピタリと動きを止め絶望に満ちた顔をした。
 少しもスッキリしない。まだまだ、チャンドラの受けた痛みや恐怖の代償はこんなものではない。
 捉えた実行犯の四人を拷問の末に殺しても全く気は晴れなかったし、実行犯らの吐いた上部組織を壊滅させても、その末に捉えたこの男を拷問しても気は済まない。
 更に上部組織を突き止めて軍を派遣し一人残らず殺してもチャンドラの受けた心身の傷は無かった事にならない。
 せめてもう二度とこのような事が起こらないように少しでもゴミを減らさなければ。
 ゴミには首輪が嵌められ、鎖で吊ってある。
 手脚はとっくに廃棄されているが死なないように止血して、喋れるように気を失わない程度の痛み止めも投与してある。
 なかなか上部組織の情報を吐かないのでハインラインの進言によりゴミの家族、親戚の末端まで調べ上げ捕縛し、一人ずつ目の前で痛めつけてゴミのあるかないかわからない良心に訴えることになったのも酷く手間だった。
 何人めかのゴミの家族が事切れて廃棄口に投げ入れた時、ゴミにも折れる心があったようで、全て吐いたので捕まえてきたゴミが一気に全処分できて悪臭のこもる部屋がスッキリした。
 コーディネイターは、にんげんじゃない。おまえらはあくまだ!
 聞くに耐えないしわがれた声でゴミが叫んだ。コノエは少し驚く。
「何を今更。だからブルーコスモスはコーディネイターを殺そうとするんだろう?」
 わかりきった事実を改めて言われて、笑ってしまった。コノエだけでなく、ハインラインも部下達も笑っている。
 目を見開いて固まるゴミの反応が益々面白い。
「ははは。青き清浄なる世界のために、だったか? ゴミが考えたにしては良いスローガンじゃないか」
 ハインラインが笑い飛ばして、後ろに控えていた部下達も笑いを堪えきれずふふっと声を漏らした。
どうして? とゴミが呟く。
「ブルーコスモスの理念は正しい。早くコーディネイターを駆逐しないと、世界は滅ぶぞ」
 コノエが穏やかに告げると、ゴミはブルーコスモスが掲げる理念をコーディネイターから肯定されて心底困惑しているようだった。
 コノエは苛立つ。コーディネイターに危害を加えてくる割に、その特性を全く理解していないブルコスのゴミには呆れる。
「コーディネイターが一番我慢ならない事が何かわかってないのか? 愛するものを害される事だ。それだけは絶対許せない」
 ゴミの前にしゃがみ込むと、ジャケットの裾から手を入れて腰のホルスターに収めておいた銃を取り出し、ゴミの顎を銃口で持ち上げた。
 困惑に揺れて定まらない視線がコノエから目を逸らそうと忙しなく動く。
「何だ、怖いのか? 今更怖気付いてどうする。最初からわかってやったんじゃないのか。お前らは私に殺し合いを挑んできたんだ。まさか誘拐が成功して要求だけが通るなどと甘い事を考えていたわけではあるまい」
 ひっ、とゴミが息を詰まらせた。そんなに意外性のある事を言ったつもりはないのだが。
「我々が求めているのは金でも名誉でもない。他者より優れていようとも思わない。そんな理性的な動機で他人を害するのはナチュラルだ。我々の破壊衝動は理性の外にある。たった一人決めた愛するものを毀損された時、理屈でなく相手が何であれ滅ぼしたくなる。それがコーディネイターの本能だ」
 ゴミはガタガタと震えだし、脂汗が額に滲む。鎮痛剤が切れかけているようだ。
 もう少し延命して苦しんでもらいたいところだが、これ以上ここに転がしておいても鎮痛剤が勿体無い気もするし、ハインラインや部下達に手間をかけさせるだけ。彼らにも家族があり、家で穏やかに過ごす時間を侵害する権利はコノエにはない。
 この辺が潮時か。立ち上がって部下に指示する。
「これはもういい、最終処分にしよう」
「もうですか」
 部下の一人に問われて簡潔に答える。
「これ以上延命してオーブの国庫に負担をかけるのも忍びない。私にこの件を任せてくれたアスハ准将にも悪いだろう」
「アスハ准将はご理解下さると思いますが
「いや、いいんだ。とにかくあとはよろしく頼むよ」
「了解しました」
 部下達の敬礼を見て、戻ろうと踵を返したらハインラインが駆け寄ってきて苦言を呈される。
「先生は甘すぎます。ナタルやチャンドラがされた事を考えたら
「もういいじゃないか。君も娘のところに帰って抱きしめてやりなさい。ノイマンも寂しがっているのでは?」
「それは、そうかもしれませんが
「ソーマにも構ってあげなさい。そうだ、今日はうちで夕飯を食べていってくれ」
「よろしいので?」
「ダリダも喜ぶよ。今日は何にしようかとりあえずミールキットの焼きそばは必須だな。ビールはまだ出せないが」
 ハインラインと並んで歩きながら献立を考える。この部屋の饐えた匂いがなければもっといいアイデアが思い浮かびそうなのだが。
「ああ、そうだ。私もシャワーを浴びたいし君の開発した消臭剤というのを借りてもいいかな? 臭くて堪らない。服にも匂いが染みついた」
「ふふっ、もちろん構いませんよ」
「では帰りに靴を新調して夕飯の食材を買って帰ろう」
 コノエが部屋を出た後、ゴミの断末魔が響いた。