さもゆ
2024-11-15 19:56:24
17565文字
Public BF
 

【BF】転生話1

「僕はきみを殴る権利があるはずだ!」アッシュに馬乗りになる英二と「お前になら頬くらい差し出してやるよ!」腹括るアッシュと「えっ、じゃあ俺は二人殴っても許されるんじゃねえか」と拳を構えるショーターに潔く顔を差し出す英二とアッシュの転生話を書きたかった。

2019.3.22 たまごのお粥pixiv投稿作品

 大学内の中央広場に献血車が停まっている。
 数人のボランティア学生が寒空の下で看板片手に献血を促している中、一人だけスケッチブックを掲げた生徒がいた。
 なんとはなしにそちらに目が向く。僕はぎょっとして足を止めそうになったが、長年の適応力でそのまま視線を前に戻し、スケッチブックを明らかにこちらに向けている彼の前を避けて歩き去った。
『Forgotten?』――書き殴ったような英語。
 まだ後ろから視線を感じる。知らない学生だった。子供の頃からよくある、不可思議な現象。
『忘れたのか?』
 ふと目を向けたところにその文字がある。忘れたのか? 失ってはいないか? 空っぽではないか? 待ってはいないか? そう問いかけてくる。
 何を? ……僕には分からなかった。



 初めてそれを認識したのは、確か四つか五つの頃。
 それより前の記憶はもうあやふやで、全然覚えていないけど、たぶん認識していなくともそれは行われていたと思う。
 幼稚園児の時に、よく一緒に遊んだ子がいる。その子が僕の知る限りでの始まりだった。遊んでいる最中、多く口にする言葉があって、それは「おぼえてないの?」というものだった。脈絡があってもなくても言われた僕はきょとんとして「なにが?」と繰り返し訊いては何もなかったふうに続いていくお喋りに流されていた。当時は、なんの違和感もなかった。だいぶ後になって、おかしなことに気づいてからその子に確認すると、彼は何も覚えていなかったけれど。
 以来、学校の帰り道、遊びに出かけた場所、家の中、テレビにラジオ、あらゆる物・人を媒介にして、それが影のように、あるいは隙間風のように僕の日常に入り込んでは出て行った。
 おぼえてないの? 友だちの口から。
 なくしたでしょう? 集団下校中に渡されるチラシから。
 まってたのに? 本人も気づいていない祖母のひとり言から。
 あいにいかないの? テレビの字幕に新聞のコラムから。
 何かが、僕に問いかけている。僕の周りのものを操り、突き抜けて、他には分からないように、僕だけに語りかけている。
 頭がおかしいと思った。一度気になって自分から感覚を寄せているせいでそう思い込んでいるのだと、つまりは気にし過ぎだと思った。今も思ってる。
 小学生の頃のことだ。
 顔も覚えていない、登下校の道にいる気のいいおじさん。そのおじさんは黄色い旗を持って、児童に「気をつけて帰ってね」と言う。僕も言われた。けれど僕が通り過ぎたあと必ず、ぼそりと「どこに帰るの?」と呟かれた。僕は一緒に帰っていた子たちに確かめたけど、毎回僕にしか聞こえない呟きのようで、気味の悪さよりは悲しくなったのを覚えている。どうしてそんなこと訊くの? そんなの決まってるのに。「家だよ」ある日僕が思い切って振り返り答えると、おじさんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたあと「うん、家に帰ってね」と旗を振った。それ以来おじさんは呟くことがなくなり、僕にしか聞こえない問いかけをしていたことも忘れたふうだった。
 更には中学生の頃。
 妹が小学高学年の時、妹がハマっていた少女漫画の雑誌が僕の部屋まで山積みになったことがあった。別に漫画は嫌いじゃないし、暇な時間にすることもなかったから、ぱらぱらと雑誌を捲っては目を通していたりした。その中で、登場人物が泣きそうな表情をする場面になると、高確率で台詞の文字がダブって見えた。目を凝らせば凝らすほど、もとの台詞が滲んでぼやける。代わりに別の文字が浮かび上がってくるのだ。「後悔してない?」「ほんとにいいの?」「思い出さない?」「思い出したくない?」等々。時間を置いてまた読むと、次は元通りになっていたりもして、僕は本気で自分の頭と目を疑ったけど雑誌を取りに来た妹の目には何も異変は起こっていないらしくて、やっぱり自分の精神が変なんだと落ち込んだ。その雑誌は妹のお気に入りだけを残して後はもうない。
 高校の頃には、こんなこともあった。
 修学旅行で行った東京で、初めて見るたくさんの人波に紛れて歩くだけで楽しくて、だから気づくのに遅れた。すれ違う人や物は皆、一定の法則で自身のどこかしこに文字の強調模様があり、話し声も僕の傍を通る時だけ一か所か二か所強調されている。女の人の上着に「Are」子供の帽子に「not」おばさんの話し声は「あなた」店の看板は「going」注文は「2」友だちの会話は「ジャンプ?」といった具合に。ばらばらのものが、一つの意味となって雑踏に紛れながら僕へと。それは『Are not you going to jump?』となるのだった。手の込んだ幻聴・幻覚か感覚過敏に僕はぞっとし、それから地面を踏み締めている足を見やった。『跳ばないの?』跳ばないよ。こんな街中で、ジャンプする必要がない。
 そうしてじわじわと、確実に、僕が気づいたおかしなそれらは大学生となった今も続いているわけだ。
 狂ってる。何かが、何かを、どうにかしないと。これは恐らくずっと続いていくのだろう。
 それにしたって、どうすればいいかが、分からないのだ。



「そういえばさあ」
 食堂で空きコマの時間を潰している時、向かいに座って携帯を弄っていた友人が口を開いた。
「ん?」
 読んでいた本から顔を上げる。友人はこれといって気持ちを上げるでもなく、だらだらと言った。
「この間さ、帰り道に、すっげー派手な人と遭遇してさ」
 彼は僕と違い、実家からの電車通学だった。
「派手な人?」
 この大学がある場所は都心から離れた田舎であるため、そりゃ彼の家付近であれば派手な人くらいいるだろう。そういう意味で首を傾げると、「違うんだって」携帯を置き、顔の前で手を振った。
「髪の毛がさ、紫なんだよ」
「紫」
「しかもサングラス」
「サングラス」
「そしてモヒカン」
「モヒカン」
 与えられる情報をもとに首から上を想像してみると、うん、確かに派手だ。中々いない。改造バイクでも乗りこなしてそうだ。
「その人が、どうかした?」
「それがさー、んな見た目なのに、めっちゃ親切でさ」
「えっ、喋ったの?」
「うん。ここの場所訊かれた」
「は?」
 大学の場所を? 一瞬にして良からぬ考察が駆け巡った。ここに通う女生徒の彼氏。もしくは誰かの兄弟。痴情のもつれ。金銭問題。家庭の事情。
「それで、教えたの?」
「うん。そしたらさ、ニカッて音つきそうな感じで笑って、めっちゃ感謝されて、コンビニで肉まん奢ってもらった」
「お前な……
 ちょっと危機感なさすぎやしないか。紫のモヒカングラサン男がたったそれだけで肉まん奢ってくれるって、むしろ何か裏がありそうだとか思うだろ。僕が胡乱な目つきでじとりと見ると、友人は「いやいやいや」自信ありげに首を振る。
「人は見かけによんねえって、しみじみ思う奴だったねありゃ。見たら分かる」
「いやあ……
「マジだって! つーかほんとに見るかもよ。だってここの場所訊かれたんだから。そのうち来るかも」
 また見かけたら今度は写真撮ってもらうわ、調子のいいことを言う友人に、僕は疑いながらもはいはいと適当にあしらう。手元の本に視線を落とした。もぞもぞと文字が蠢き、配列が変わった。
 あ到くナ伊野? 
 会いたくないの、か。奇しくも会話と繋がりのあるそれに、ぎゅっと瞼を閉じ、そして開ける。文字の配列は元通りになっていた。
 なんにも気づかなかった振りをして、まだ言い募っている友人と笑い合った。会いたくないよ。
 そんな人、いないもの。

 距離が近くなっている気がした。
 何との距離なのかいまいち自分でも分かっていなかったが、昔からある、そういう頭のおかしな現象との距離が、近づいていると感じた。頻度も多い。以前よりも間隔が短くなっている。一体なんなんだ? シャーペンを握り締める。そろそろ本気で精神科にでも行った方がいいのか?
 脳の検査をして心理テストでもなんでもして貰った方がいいのだ。分かってる。でも、これは、そういうのなのか? 精神がやられた人はみんな思うかもしれない。これはそんな、夢や幻や自分が作り出したものではなくて、本当に本物なのだと。どうかしてる。もうずっと思ってる。
……
 レポートを書いていた手を止め、眉間を揉みこんだ。外では夕方六時になると流れる町内アナウンスが響き、離れたところに座っている学生が席を立つところだった。書き途中のレポートを片付け始める。帰ろう。ここ図書館が閉まるにはまだ一時間ほどあるが、このままいてもレポートが進むとは思えない。
 リュックにぞんざいに荷物を入れ、立ち上がって上着を着る。外は寒いだろう。来週には寒波がくると天気予報で言っていた。リュックを背負う。コン、と硬質な音がした。ノリノリ鳥キーホルダー(僕は人を舐め腐ったようなその鳥のキャラクターが好きだった)が、机に当たった音だと思った。
 違う。
 音は外からしていた。コン、コン、コン……静かな図書館に異質に響くそれは、壁際の一枚の窓から鳴っていた。テーブルを挟んだ向かい側だった。窓の外は陽が沈み、薄寒い夜空が広がっている。
 鳥肌が立った。ここは最上階である五階だぞ。
 間違いない。窓は外側から叩かれていた。
 叩かれている、と思ったのは自分でも不思議だったが、全ての人間の血液が赤色であること以上に明白に感じた。これは僕に向かって何者かがノックしている。
 何かが、僕に、迫ってきている。
 僕は踵を返し、階段に駆け寄った。直後、背後で硝子が割れた。静寂を文字通りぶち破り、破片を砕きながら床を踏み締め、冬の外気を纏って何かが降り立った。
 狼狽しながら手摺りを掴み、振り返る。自分が何から逃げ出そうとしているのか知りたかった。
 けれど、そこには、何もいなかった。
 窓も割れていない。砕けた硝子もない。無機質な冷たい窓が、ぴったり窓枠に嵌り、夜空を映している。しんと静まり、僕の鼓動だけがうるさく急いでいる。ぽつぽつ遠間隔に座っている学生の一人が、僕にちらりと視線をやってすぐに戻した。
 僕は階段を駆け下りた。
 ……なんだあれ、なんだあれ、なんだあれ! 妄想にも程がある、僕の頭はどうなってるんだっ?
 各階の司書に注意されそうな勢いで下り続け、外に繋がる重たい扉から飛び出した。肩で息をする。急激に外気に晒されただけじゃない寒気で身を震わせる。一刻も早く立ち去ろうと足早に歩き、それでも気になって後ろを振り向いてしまう。
 コンクリートで固められたような、灰色の高い建物。どこからどう見てもただの図書館だった。
「なんだよ」
 無性に馬鹿らしくなり、靴裏で地面を擦った。何が侵入してきたって言うんだ。何もなかった。ああ、ここから一番近い精神科ってどこだろう。電車に乗らないとないかな。この際どこへだって行ってやる。週末までの課題を終わらせたら、すぐにでも――
 どん、と誰かにぶつかった。
「あ、すみませ、」
 顔を前に戻す。寸の間ぎょっとして、身をどかすことを忘れた。僕がぶつかり、見下ろしてくる相手はサングラスをかけていた。それだけでなく、夜に僅かに混じる紫色の、モヒカンの、男。
 昼過ぎの、友人との会話が蘇った。
――――
 男が口を開く。僕の、恐らく頭の中、それも記憶の奥底の、普段機能していないような箇所で、バンッと何かが弾けた。凄い音だった。脳みそが爆発したかと思った。耳鳴りがする。銃声だ。さっきのは、銃の音だ。どうして? なんでそう思った?
 ――思い出した?
 その問いかけは、目の前の男が何事かを言った唇の動きではなく、背後の図書館から、立ち尽くす地面から、風に揺れる木々の隙間から、言語となって僕に流れてきた。
 気がついたら男を突き飛ばしていた。
 無我夢中になって走る。振り返らなかった。大学内を突っ切り、坂を駆け下りて、ひたすらに走る。嫌な汗が全身から噴き出していた。
 知らないのだ。
 自分は、何も。思い出すことなんてない。何も知らない。何も分からない。もとから、何もないのだから!
 空っぽの中身に、どうして何かがあるように訴えかけてくるんだ。
 大学から徒歩十五分というアパートに五分で帰りつき、ドアを開けて鍵を閉める。ずるずるとしゃがみ込んだ。
「なんなんだよ……」  
 僕の目からは、何故か涙が流れていた。膝に顔を埋める。
 そうしてしばらく、水が流れるままに、泣いているしかなかった。