botanin5
2024-11-14 00:07:21
20797文字
Public トレ監♀(小説)
 

EAT ME!先輩!

魔法薬の影響で子どもになったり大人になったりする監の♣監
(※前半は小2レベルの漢字しかありません)
※監の設定は特になし




「はぁ?それ、ぜぇぇぇったいグリムのせいじゃん」
「ふな゛ー!そんなわけねぇーんだゾ!!」


トレイ先輩に何度も頭を下げた後オンボロ寮に戻り、リドル先輩が貸してくれたTシャツとハーフパンツを急いで洗濯した。ハンガーにかけて陽の当たる場所に引っかけると、制服に着替えて学校に向かった。シャツの胸元がいつもよりぱつっと張っているのが、嬉しいような気まずいような、微妙な気持ちである。
教室に入ってすぐエースに「お!戻ってんじゃん。良かっ……なんかお前いつもとちがくね?」と言われた。デュースは「……そうか?」と目を細めていたけれど。ところどころ省きつつ(お風呂の事とか、とても言えない)こうなった事情を説明したところで、先ほどのエースの台詞である。うん、私もグリムのせいかなぁ……と思っているところだ。


「なんか、流石に同級生には見えねー。20代の女って感じ」
「やっぱり?制服着た時に違和感あったもん」
「そうか?」
「はぁ〜〜?まじかよデュース、目ぇ付いてる?」


「いつもより胸がでかいでしょーが!」と言い出したエースに拳を喰らわせたところで、クルーウェル先生が教室に入って来た。目が合うと訝しげな顔をされたので、急いで駆け寄って事情を説明した。ものすごぉく深いため息を吐かれてとても怖かったが、原因はやはりグリムが魔力を注入したことだろうと判断されて、私は躾けられずに済んだ。私は。

大変申し訳なかったが、再度、元に戻るための魔法薬を作ってもらうことになった。記憶や意識は現在に戻っているのだが、身体だけ成長が進んでしまっている状態なのだ。しかし、クルーウェル先生も暇ではないので、薬がもらえるのは放課後の部活も全部終わった後ということになった。今日はずっとこの状態で過ごさなくてはならない。

魔法史や飛行術など、これまで通りグリムと2人1組でこなしていった。違和感といえば、体力育成で走る時いつもよりなんとなく身体が重かったことぐらいだろうか。授業中や移動教室で、クラスメイトやすれ違う生徒から好奇心たっぷりの視線を感じながらも、なんとか昼休みまで無事に過ごすことができた。エーデュースと一緒にお昼ご飯を買ってから、食堂の机に突っ伏す。


「はぁ……なんだか疲れた……みんな興味津々すぎない?」
「監督生、すごく見られていたな。お疲れさま」
「ま〜仕方ないっしょ。むさいばっかりの男子校にお姉さんが混じってたら見るしかなくね?」
……いつもと何が違うの」
「う〜ん…………色気?」


デュースは労ってくれるというのに……!またろくでもないことを言い出したエースのほっぺをつまんでいると、「あっ!監督生ちゃん本当にお姉さんじゃん」と肩を叩かれた。振り向くと、ケイト先輩がスマホを構えている。パシャ、と音がして写真を撮られたのが分かった。


「学校中で噂になってるよ〜。話題のお姉さんと知り合いでラッキー!あ、マジカメに載せていい?」
「ご遠慮ください……
「え〜絶対バズるって」
「こらケイト、監督生が困ることはするなよ」


どき、と心臓が跳ねた。
朝ぶりのトレイ先輩だ。目があったのでぺこりと頭を下げると、落ち着いた笑顔を返してくれた。いつも通りに出来ただろうか。色々ありすぎて、トレイ先輩をすごく意識してしまう。変なところないかな。いや、身体が大人な時点で十分変なんだけれども。なんだか落ち着かなくなって自分の髪を撫でつける。


「トレイせんぱぁい。ちょっとここ座ってよ」
「は?……っと、こらエース。溢れるから急に引っ張るな」


私の向かいに座っていたエースは、トレイ先輩を引っ張って自分の隣に座らせる。それを見たケイト先輩は「じゃあけーくんはここに座っちゃお」と私の隣に腰かけてお昼ご飯らしいパンを広げた。デュースは私の反対隣に座っている。


「ね、先輩。監督生って、いつこの姿になったんすか?こいつ教えてくれなくて。グリムも知らないって言うし」
「オレ様が起きた時には、もう大きくなってたんだゾ」
……
「え?なんでトレイくんに聞くの?」
「あれ〜?トレイ先輩おかしいなぁ。昨日のことケイト先輩に言ってないんすか?」


エースがにやにやと調子づいてきた。私を先輩に押しつけたのはあんたらでしょーが!と心の中で毒づく。
トレイ先輩に胸を押しつけながら目を覚ます……という朝の珍事をエースたちに話したら、揶揄われて1日が終わると思ってぼかしていたのが仇になった。何もこんなところで、しかもトレイ先輩に直接聞かなくてもいいじゃないか。口を挟みたいが何を言っても墓穴を掘りそうで黙っていたら、エースは変な方へ勘ぐったらしい。


「言えないようなやましいことがあるんですかぁ〜?あー……もしかして、ヤっちゃった?」
「ごほっ」
「ぶっ!!何言ってんのエース!」
「うわきったね!監督生ジュース飛ばすなよ。トレイ先輩まで咳込んでさぁ〜〜あーーあ、まじかよ監督生。その体で誘惑したわけ?」
「ないない!ないから!!先輩に失礼でしょ!」
「え?なになに?どういうことトレイくーん!」
「なんの話だ?」
「へん、分かんねーのかデュース。オレ様にも分からないんだゾ」


「随分と騒がしいね?」


ぴた。とみんなの動きが止まる。
食後の紅茶を入れたカップを持ったリドル先輩が、エースの隣へトレイ先輩と挟む形になるように腰かけた。ケイト先輩が冷や汗を流しへらっと笑って声をかける。


「やっほ〜リドルくん」
「昼休みとはいえ、他の生徒もいる場で大騒ぎするのはいただけないね。ハーツラビュル寮生としての自覚はどこへいってしまったんだい?」
「すんません!ローズハート寮長!」
「すまない、リドル」
「まぁ首を刎ねるのはやめておこう。良かったじゃないか、監督生が元に戻って……ないね」
「面目ないです」


リドル先輩のおかげでなんとか場が収まってくれた。良かった……。トレイ先輩にはただでさえ迷惑をかけたのに、変な噂が立ったら申し訳なさすぎて、地面に頭を埋めるほど土下座しても足りなくなってしまう。リドル先輩に私が大人の姿になった事情を説明しているうちに、みんな再びご飯を食べ始めたのだが、ふむふむと聞いてくれていた先輩が「そういえば」と声を上げた。


「ボクが貸した服は、返すのがいつになっても構わないからね」
「えぇー!?お前トレイ先輩じゃなくて、リドル寮長とヤったの!?っいってぇ!!」
「いい加減にしろエース」
「グーで小突かなくてもよくねぇ!?トレイ先輩!」
「ちょっとそろそろ説明してよ〜仲間は外れよくないって!」


もうこれは、ある程度話したほうが良いのではないだろうか。どう話そうか、どこまで話せばエースが黙るのか……と思案していると、トレイ先輩がはぁ、とため息をついて口を開いた。


「ケイトには言ってなかったが、昨日監督生が魔法薬の影響で子どもの姿になってたんだよ」
「えっなにそれ、ちょ〜見たかった」
「そうそう、中身まで子どもになっちゃってたんで、妹がいるトレイ先輩に預けた方が楽……安心かな〜って」
「今『楽』って言った?」
「まぁまぁ監督生。結果的にクローバー先輩で良かっただろ?」


デュースにたしなめられて確かにと思い直す。エーデュースだったらお風呂の段階でパニックだっただろうし、朝起きた時どうなっていたか想像したくもない。落ち着いているトレイ先輩で良かった。エーデュースの判断は賢明だったのだ。


「夜になってグリムが、元に戻る魔法薬が混ざったクッキーをクルーウェル先生から預かってきたんだが……
「私のところへ持ってくる間に魔力を闇雲に注入したらしくて、こんな感じになっちゃったんです。で、食べてすぐは特に変化がなかったからとりあえず寝て、朝になって起きたら戻ってたの。エース、これで納得した?」
「なんだよ、つまんねーの。じゃあ監督生とトレイ先輩の間には別に何も起こらなかったわけか〜。でもさトレイ先輩、寝る前に監督生がこうなってたら正直手出してたでしょ?」
「ちょっと待って私いまーす!目の前で本人ネタにすんのやめてまじで。先輩にも失礼ってさっきから言ってるじゃん!……そもそも別々で寝たから。ね!先輩」
「ああ、そうだな」


……んん?お前らが同じベットで寝てたの、オレ様ちゃんと知ってるんだゾ」


再び、ぴしっと空気が固まった。
想定外の方向から攻撃を受けて、次の言葉が出てこない。グリムが起きた時、私は洗面所にいたのに。「うるせーって言ったのに、すっげー騒がしかったんだゾ」と言うグリムに、むにゃむにゃ言ってた時も意識があったのか……と冷や汗が落ちていく。
しかし、全ては事故だし、具体的になにが起こっていたかは分かってないはずだ。いやそもそも、2人の間にという意味では実質何も起こっていない。私もトレイ先輩も寝て起きただけだ。私が一方的に抱きついただけ。トレイ先輩の名誉は守らなくてはならない。

うろたえる私と違って、トレイ先輩はとても落ち着き払っていた。ちら、と目が合ったが何も読み取れない。
「トレイせんぱーい?」とにやにやし始めたエースを殴る準備をしていると、先輩は『やれやれ』というように首を振った。


「バレるのも時間の問題か。……エース。そもそも俺と監督生は、同じベッドで寝るような仲なんだよ。ただ、昨日は本当に何もなかった。朝起きてからこの姿になってたんだから、何かする暇もないだろ?」
「はっ!?えっ先輩!?」


エースに向かってにやり、と悪い笑みを浮かべたトレイ先輩に(正気か!?)という気持ちを込めた視線を送る。こっちに気づいたトレイ先輩が「もう仕方ないだろ?」と私の名前を呼んだ。これは、しれっと嘘をついた先輩に乗っかって、誤魔化し切るしかないだろう。「は、はい」と話を合わせて返事をすると、リドル先輩やケイト先輩も「全然気づかなかった……トレイくん隠すの上手すぎない?」と目を見開いて驚いている。そりゃそうだ。気づきようがない。全くの嘘っぱちなのだから。


……まじ?付き合ってたってこと?」
「というわけで、それ以上は野暮だぞエース。この話はこれでおしまい。な?」


エースは信じられないという面持ちで私とトレイ先輩を交互に見ていた。でもこれ以上この場で突っ込んだ話を振るのは諦めたようで、ようやく昼ご飯を食べ始めた。良かった。いや良かったのか?これは、余計にややこしいことになったのではないだろうか。
食べている最中に何度かトレイ先輩の方をちらっと見たが、完全にいつも通りで、本当に食えない人だ……と、もはや感動してしまった。


みんなご飯を食べ終わり、使った食器を返却すると、次の授業のために人混みの中をぞろぞろと移動する。エーデュースを見失わないよう気にしていたら、後ろから手首をぐっと掴まれた。振り向こうとした直前に耳元で「監督生」と囁かれてびくっと身体が固まる。ここで振り向いてしまったら、顔が当たる。


「さっきは悪い。部活前に図書館で少し話そう」


トレイ先輩の低い声が身体に滑り込んでくる。近い。息が軽く耳にかかった。ドキドキと鳴り始めた心臓を押さえるように胸の前でぐっと片手を握り込む。頭の中がふやけてしまって声が出ず、私には頷くことしかできなかった。





✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎





授業が終わってグリムを部活で預かってくれるようデュースに頼むと、急いで図書館に向かう。
静かな図書館では、課題や読書のために部活のない生徒たちがぱらぱらと本棚に向かっていた。トレイ先輩に図書館で話そうと言われたけれど、中は結構広い。もっと具体的に会う場所を決めておけばよかったな……と周りを見回していると、後ろからぽん、と頭に硬いものが乗った。驚いて振り返ると、本を持ったトレイ先輩が苦笑いしていた。


「悪い、探しただろ」
「いえそんな。合流できて良かったです」
「さて、じゃあ……あの辺りでいいか」


周りに人がいない2人がけの丸テーブルを見つけて、向かい合わせに座る。なんだか先輩とカフェにでも来たみたいでむず痒い気持ちになった。妙な気分を打ち消すために「本棚の間にいた方が人目につかないのでは?」と聞いてみたが「裏側で誰が聞いてるか分からないからな」と返された。たしかに、自分が見つかりにくい分、他の人が近くにいても分かりにくい。


「昼休みは変な誤魔化し方をして悪かったな。エースを躱すにはもっと驚く話題を出すしかないと思って」
「いえ、元々は私が上手く説明できなかったせいですし……。というか……朝のことも含めて全面的に私のせいですね……本当にすみません」
「寝ぼけてたんだから仕方ないだろ。そんなに気にしなくていい」


もはやトレイ先輩に後光がさして見える。とりあえず、エースたちについた嘘をどうしましょうかと先輩に相談すると「ほうっておいてもいいんじゃないか?」と言いだした。「色々困りませんか?」と尋ねると「困るか?」と返される。困る……だろうか?別に本命の恋人がいるわけでもないし、そう言われると誰に勘違いされていても影響がないことに気がついた。


「でも……先輩はいいんですか?私と付き合ってることになっても」
「ん?ああ、俺はかまわないよ」


少し、喜んでしまった。
そんな自分に驚いた。でもまだ、トレイ先輩のことが好き……とは、はっきり言えない淡い感情だ。
ふと、昼休みにエースがトレイ先輩を問い詰めていたことを思い出した。


『寝る前に監督生がこうなってたら正直手出してたでしょ?』


あのときトレイ先輩は答えていなかったが、実際どうだったのだろうか。私も一応女である。自分にそういう魅力があるのかどうか気になってきてしまった。この一件で、以前よりずっとトレイ先輩と仲良くなったと思うし、ちょっと踏み込んだ話題を出してみたい。少し前のめりになって、テーブルに腕を乗せ、挑発するように、でもあからさまにならないよう気をつけて胸を少し寄せる。大人の姿になっている今だから出来ることだ。


「先輩、エースが言ってたこと覚えてますか?」
「昼休みか?」
「はい。寝る前に私がこの状態になってたら……ってやつです」
……
……もしそうだったら、先輩どうでした?」
……うーん、そうだな」


私と同じように、前に重心を移した先輩の顔が近づいてくる。その分後ろに下がろうとしたら、素早く伸びてきた手に顎を掴まれて固定された。そのまま、トレイ先輩はすっと寄ってくる。うわ、顔が良い。息が肌にかかる距離まで来たところで、不意に止まった。強張った身体では思ったように声が出なくて、トレイ先輩のレンズ越しの瞳を見つめながら「……せんぱい?」と吐息まじりの擦れた音で問いかける。ふっと笑った先輩は、そのまま私の唇に食いついた。


完全に思考は止まっていた。すごく長いようにも、一瞬の出来事のようにも感じた。
トレイ先輩の柔らかくて厚い唇がぱっと離れて、『ごちそうさま』と言わんばかりに唇をぺろりと這った舌を目で追ったところで、ようやく意識を取り戻した。


「どうなってただろうな?」


目を細めて口角だけ上げた先輩は「じゃあそろそろ部活に行くよ」と席を立ち、私の頭をぽんとひと撫でして去っていった。






✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎






「戻ったんだゾー!」
「わーい……
「せっかく戻ったのに、なんでそんなにぼーっとしてるんだゾ?」


不思議そうなグリムに「なんでもない」と返事をしてから、クルーウェル先生にお礼を言って部屋を出た。胸の張りが元に戻って少し寂しいが、それよりも図書館での出来事が私の脳内を占めていた。トレイ先輩にキスされた。挑発的な質問をした私を、懲らしめようとしたのだろうか。無意識に自分の指が唇を触っていることに気がついて、顔が熱くなる。


オンボロ寮に戻ると、朝に干しておいたリドル先輩の服がすっかり乾いていた。すぐ返しに行きたいが、ハーツラビュル寮に行ってトレイ先輩に遭遇したら気まずい。でも、みんなに元の身体に戻った報告もしたいし、なにより、トレイ先輩にはお世話をしてもらったお礼とセクハラのお詫びをしなくてはならない。どうしよう。
もう少し悩みたくて、渡すことは決めている手土産を買いに購買部へ行くことにした。この時間ならまだ空いているはずだ。途中で勇気が出るかもしれないので、リドル先輩の服も持って出る。グリムはお腹いっぱい晩ご飯を食べてうとうとしていたから、声はかけずに書き置きだけ残しておいた。




「買い物かい?」
「リドル先輩!」


購買部を出たところで、中に入ろうとしているリドル先輩に会った。服を渡そうかと思ったが、買い物前に荷物を増やすのは申し訳ない。リドル先輩のお会計を待って、一緒にハーツラビュル寮へ向かうことになった。1人だと足が重かったけれど、誰かと一緒だと何とかなる気がしてくる。

ハーツラビュル寮の談話室に入ると、他の生徒に混ざってトランプゲームで盛り上がっているエースとデュースがいた。私に気がつくと「お、戻ったんだ。良かったじゃん!」「これでひと安心だな」と背中をばしばし叩いてきた。力加減をしてほしい。
リドル先輩がオススメの紅茶をいれてくれると言うので、お言葉に甘えて上の階までついていった。トレイ先輩がどこにいるか分からず、急に出てくることを心配して挙動不審になってしまう。ここまで来たら後でお部屋に寄るしかないのに、全然覚悟が決まらない。


リドル先輩の部屋の前まで来たところで、ドアノブを握った先輩は思い出したようにこちらを向いた。


「そういえば、キミを部屋に招き入れるのはまずいだろうか」
「えっ?どうしてですか?」
「トレイは何も言わないのかい?」
「あっ、あーーー……


みんなは私とトレイ先輩が交際していると思っていることを失念していた。不思議そうなリドル先輩を見て、次第に「本当のことを話してしまおうか」という気になってきた。実際は付き合ってるわけじゃないのに、周りにこうやって気を使わせてしまうのは申し訳ない。エーデュースに言うかはともかく、リドル先輩はちゃんと話せば嘘をついた理由にも理解を示してくれるだろう。


「監督生?どうかしたのかい?」
「リドル先輩。私とトレイ先輩は、本当は付むぐっ!?」

「こんなところで何してるんだ?」


後ろから突然口を覆われて続きを喋ることはできなかった。リドル先輩は少し驚いた顔で「トレイ」と私の上に向かって声をかける。恐る恐る視線を上げると、にっこり笑ったトレイ先輩が私を見下ろしている。いつもの眉を寄せた困った笑い方ではなく、綺麗な笑顔。笑っているのは間違いないのに、今まで見た中で一番こわいと思った。背筋がふるりと震える。


「彼女はボクが貸した服を届けてくれたんだ。ほら、ご丁寧に手土産まで。だから、オススメの紅茶をいれようかと思ったんだけれど……やめておくよ」
「むぐぐ!んー!!」
……トレイ、監督生を放してあげたら?」
「ああ、悪い」


「悪い」と言いつつ、トレイ先輩は私の口を押さえ込んでいる手を放してくれない。リドル先輩は一瞬気の毒そうに私を見ると、「じゃあボクはこれで」と部屋に入ってしまった。パタンとドアが閉じると沈黙が訪れる。そこでようやくトレイ先輩の手が離れた。


「よし、じゃあ行こうか」


トレイ先輩の部屋に連れてこられたが、落ち着いていられるはずがなかった。子どもになってたときはあんなに安心したのに、今は少し居心地が悪い。相談もなく勝手に嘘を撤回しようとしたのは私が悪いが、何も無理やり口を塞がなくてもいいと思う。ちょっと……いやけっこう怖かった。

しかし、ここへはお礼に来たのだからと考え直す。トレイ先輩は「座って待っててくれ」と言って、キッチンへお湯を沸かしに行った。リドル先輩から貰えなかった代わりに紅茶をいれてくれるらしい。さっき、ほんの、ほんの出来心で廊下に出るドアを開けてみようとしたのだが、鍵はかかっていないのに開かなかった。トレイ先輩とお風呂に入った時のことを思い出す。あの時は他の生徒が入ってこないように配慮してくれたのだろうが、今は私を外に出さないための魔法だ。別に……別に逃げようなんて思ってないし……先輩ったら心配性だなぁ。ははは。


「なんだ、座ってて良かったんだぞ?」
「うわっ!……あ、先輩ありがとうございます」


ドアに背を向けて部屋の真ん中に突っ立っていたので、突然響いたガチャッという音に大袈裟に驚いてしまった。いつもの雰囲気に戻ったトレイ先輩は、紅茶を勉強机に置いて私にイスへ座るよう促す。先輩はベッドに腰掛けた。ぎし、と鳴る音が妙に耳につく。気にしない素振りで紅茶に手を伸ばした。いつも通り美味しい。


「確認もしないで飲んで大丈夫か?」


トレイ先輩の言葉に驚いて、紅茶を凝視する。色も味もおかしなところはない。でも、トレイ先輩のユニーク魔法があれば、簡単に誤魔化せてしまう。紅茶を机に置いて手を放し、恐る恐るトレイ先輩を見ると「冗談だよ」と笑った。「……どっちが嘘ですか?」と聞いたら先輩は少し驚いた顔をしたが「流石に、元の姿に戻ったばかりのやつに薬を盛ったりしないさ」とすぐに苦笑いした。今のところ体調に変化はないので信じておこう。


「で、リドルに何を言おうとしてたんだ?」
……えっと、私とトレイ先輩は本当は付き合ってないって……説明しようとしました」
「どうして急に?」
「なんだか騙してるみたいで申し訳なくなって……
……なるほどな」


ふむ、と先輩は顎に手を当てて思案する。そんなに引き止められるほどの事だろうか。もう元の姿に戻ったわけだし、エーデュースも私が子どもや大人に変化したことなんてすぐ忘れるだろう。話題に上がらないのであれば、私とトレイ先輩が付き合っているか否かすら問題ではなくなる。そんなことを考えていたら、ふいっとトレイ先輩が顔を上げた。


「なら、嘘じゃなければいいんじゃないか?」
「え?……うわっ!?」


掴まれた腕を引っ張られ、ベッドに座るトレイ先輩に飛び込む形になる。トレイ先輩は後ろにぽすっと倒れて、私を抱えたままくるっと回転した。目を回す私の上で、先輩は少しだけ身体を起こす。囲うように手をついて上に被さる大きな身体で、部屋の光が遮られる。カーテンによってただでさえ暗いベッドが、もっと暗く感じる。
箱に閉じ込められたみたい。

先輩は、ベルトで押さえている私のズボンの隙間に長い指を突っ込んで、シャツの裾を探し当てると手を突っ込むようにして引き抜いた。その間も私から目を逸らさず、直接脇腹へ手を添えてゆるく掴むと、挑発するようにゆっくり下から上へと指で背中を辿っていく。驚きと羞恥と、少しの恐怖と好奇心。色んな気持ちが頭を駆け巡ったが、トレイ先輩の這わせる指が下着の縁に触れて、カリ、と引っ掻いたところではっとした。手を伸ばして先輩の腕を掴む。動きは止まったが、先輩は何も言わず私をじっと見つめている。


「トレイ先輩は、私のことが好きなの?」


図書館でのキスを思い出して、問いかけた。


……どうかな。正直、昨日までは可愛い妹でしかなかったよ」
「昨日……


昨日、私は子どもだった。昨日『までは』ということは、子どもの私も、監督生の私も、トレイ先輩にとってはずっと『可愛い妹』だったということだ。

つまり、意識したのは、今日。


……先輩それって性欲じゃない?」
「ははは!はっきり言うなよ」
「大人の私に反応したってことですよね」
「そうかもな。……でも、仕方ないだろ。他の奴には触らせたくないって思ったんだから」


不覚にもときめいてしまった。
トレイ先輩が顔を近づけてきて、額、まぶた、ほほと順に静かなキスを落としてくる。くすぐったい。そして唇に触れる直前で、ぴたりと止まった。先輩は、「いいか?」と静かに聞いてくる。……図書館では勝手に奪ったくせに。すぐに返事をしない私を急かすように、背中に置かれたままの指が伸びてパチンと下着のホックを弾いた。
なるほど。質問じゃなくて確認か。断らせる気がないじゃないか。


こんな簡単に流されて。冷静に考えたらダメだろう。

でも、トレイ先輩ならいいやって思っちゃったんだから仕方ない。


……どうぞ先輩。召し上がれ?」


ごくり。
喉を鳴らした先輩は、ぺろりと舌舐めずりをした。


「では、いただきます」












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