はなれ
2024-11-13 11:48:35
11212文字
Public ソルバン
 

おうさまたちのワルツ

⚠ヤーシャラージャ成人後if
⚠名前有りモブ貴族
⚠すべて捏造
⚠NOTカプ


【保護者たちの憂鬱】

 快晴。
 雲一つない空は青く澄み渡り、朗らかな陽光が降り注いでいた。
 こんな日は穏やかな気持ちで過ごすに限る、とルダンはコーヒーに口を付ける。
 つい先日向かいに新しいカフェができたせいか、ルダンがいるカフェテリアにはまばらに人がいるばかり。
 落ち着いて休日を堪能するには最適の場所と言えるだろう。
 目の前に、挙動不審な同僚がいなければの話だが。
「一体何をしてるんだ貴様は」
「監視してるんですよ。邪魔しないでください」
 双眼鏡を覗き込みながら答えるサージュに、ルダンは深いため息をついた。
 その視線の先には、カフェで談笑するネーグとヤーシャラージャの姿が見える。
 今日はローカパーラの休業日。
 趣味のカフェ巡りをするヤーシャラージャのお供に選ばれたのは、あろうことか異国の覇王、ネーグ・コスキントであった。
 もちろん、それを知ったルダンは苦言を呈したし、サージュも反対したのだが、彼らの王ヤーシャラージャに聞き入れられる訳もなく。
 仕方がないので、背後から見守ることにしたのであった。
「だいたいなんでルダンさんがいるんです?」
「貴様が何をしでかすか分からないからだが」
「失敬な。わたくしほど常識人もいないでしょうに」
「どの口でほざいている。そもそも変装が雑すぎるだろう。せめて刀はしまえ」
「自分だって拳銃持ってるくせに」
「これは護身用だ」
「じゃあこれも護身用で~す」
「ヴァジュレイザーを護身用にするな!」
 休日ということもあり、ふたりは私服を着ている。
 いつもの制服でないぶん市街地には紛れやすいが、サージュのように隠しきれない武器を持っていると目立つのだ。
 ルダンとサージュだけでなく、周囲には覇王の護衛たちもちらほら隠れている。
 そのせいでネーグ、もとい隣にいるヤーシャラージャに近づけなくても文句は言えない。
 護衛の大半はここ数年で顔なじみになっているので見逃されているが。
「ほら、次の場所に行くみたいだぞ」
 ルダンはぶすくれているサージュを焚きつけると、ネーグとヤーシャラージャの後を追った。


 ◇ ◆ ◇

 
 市の掘り出し物を見物すること少々。
 露店で軽食を買うこと二点。
 噂の植物園を散歩。
 充実した休日だと思う。
 本当に、目的が上司の尾行でなければ。
「はぁ……元警官の肩書はどこへやら……
「言っておきますけど、ルダンさんも同罪ですからね」
 そう言われて、ルダンは苦い顔をする。
 なんやかんや理由をつけたところで、結局自分もヤーシャラージャの行動に目を光らせずにはいられないのだから。
 買ったばかりのあんパンを一口食べて、牛乳で流し込む。
「三流映画の組み合わせだとばかり思っていたが案外いけるな」
「わたくしも現役時代に試したことありますよ」
「現実でも試す奴がいたとは……
 大人がふたり、路地裏で菓子パンを咀嚼しながら双眼鏡を覗き込む姿は不審者以外の何者でもなかったが、それを気にするような人間はここにはいなかった。
 食べ終わったゴミをポケットに押し込めると、双眼鏡の先ではネーグがヤーシャラージャを連れ、店に入っていく。
「今度はあの店に入ったようだな」
「あれ、今有名な男物ブランドでは!? まさかご自身の物をお嬢様に選ばせるつもりで!?」
 というのは憶測なのだけれど。
 思わず双眼鏡がミシッと音を上げた。
「今の顔すごくルダンさんに似てる自信があります」
「眉間にシワが寄ってるだけだろう」
「だからですけど?」
「は?」
 ルダンは呆れた様子で深く息を吐き出し、やれやれと頭を抱える。
 ただでさえ割り切った性格をしていないサージュが、今日はとことん手に負えない気がした。
 だから、自分たちのものではない足音が聞こえた瞬間、厄介だな、と思う反面、サージュの憂さ晴らしには丁度いい、とも思ってしまったのである。
「本当に困りました。――そう思いません?」
 抜刀。
 いつの間にか背後に迫っていた賊に向かってサージュが片手で刀を振り抜いた。
 反撃を予想してなかったのか一瞬動きが止まった賊を空いている方の手で掴み、地面に叩きつけ、その首元に刀身を這わせる。
「警備が手薄なこちらを狙って来たようですが……お生憎様でしたね」
 余談だが、ルダンとサージュがいる方面には覇王の護衛が配置されていない。
 それは、そこに人員を割く必要が無い、ということなのだが、賊がそれを知る由は無く。
「目的は?」
 詰め寄られても、賊は黙り込んだまま動かなかった。
 ついに痺れを切らし、サージュは目の据わった微笑みで唇を歪める。
「さ~ん、に~い、い~……
「は、覇王だよ! その隣にいる彼女を狙えば良い交渉材料になるって言われて……ヒィ!」
 食い込む刃の冷たさに怖気づいたのか、睨むサージュの視線に気圧されたか、賊はお手本のように白目を剥いて昏倒した。
 サージュは手早く納刀すると、面白くなさそうに呟く。
「尻尾切り前提の刺客とは舐められたものですね。まぁ、覇王狙いなら背後関係を突き止める理由もないのでいいですが」
「一度周囲の見回りに行くぞ。何かあってからでは遅い」
「えぇ? それルダンさんだけで充分じゃないです?」
 渋るサージュを連れ路地裏を見回り、隠れていた刺客たちをどちらが通り魔かわからないほどの速度で切り伏せる。
 だって、彼らの目的は刺客を倒すことではない。
 見つけた賊をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。
 後始末を護衛たちに押し付ける頃には、もう既にかなりの時間が経過していた。
「ご協力感謝します」
 最後の賊を引き連れ、護衛が敬礼をする。
 だが、ルダンとサージュはありがたく礼を受け取る心境ではなかった。
 いない。
 店内に、ネーグとヤーシャラージャの姿が見つからない。
「あの……お二方なら向こうの広場に……
 護衛のひとりがおずおずと発言したのを皮切りに、ふたりは駆け出した。


 ◇ ◆ ◇


 夕暮れ時は、大多数の人にある種のセンチメンタルを誘発する。
 日が沈む前に見せる茜色は頼りなく、儚げで、移ろいやすい。
 つまり。
 何をしてもロマンチックに見えるのだ。
 それが、噴水の前に佇む美男美女なら尚更に。
「今日はありがとうございました、陛下」
「俺もいい息抜きになったよ、ありがとな」
 水しぶきに夕焼けが反射して、煌びやかにふたりを引き立てる。
 どの一瞬を切り取っても絵画になるような華やかさ、とでもいえばいいのか。
 ふたりともそれなりの変装はしているのだが、どうしても周囲の視線を惹きつけてしまう。
 羨望と、憧憬と――嫉妬、とか。
「お嬢様!」
 息せき切って現れたルダンとサージュに、ヤーシャラージャは驚くどころか、聖母のような微笑みを浮かべた。
「あら? 遅かったですね、サージュさん、ルダンさん」
「賭けは俺の勝ちだな」
「そのようです」
 ネーグも驚くことなく――いや待て、このふたりは何と言った。
……賭け?」
 ルダンが恐る恐る問いかければ、なんてこのないようにヤーシャラージャが答える。
「私がおふたりに気づかないとでも? どのタイミングで現れるか、陛下と賭けをしていたのです。私の予想だと、もう少し早く来ると思っていたのですが……
「そりゃ、そうしたいのは山々でしたけどね」
「ふふ、ネズミ退治なら仕方ありませんものね」
「! そこまで知って……
 苦々しい顔で合いの手をいれたサージュに、ヤーシャラージャはふわりと花が綻ぶように笑った。
 どうやら彼女には、全部お見通しだったらしい。
「そう落ち込まないでくださいな。今日はおふたりにプレゼントがあるのです」
 ヤーシャラージャは手にしていた紙袋から小さな包みを取り出すとまずはルダンに手渡した。
「ルダンさんにはこちらを」
……手袋、ですか?」
「最近、端がほつれてきたと言っていたでしょう? 物持ちの良いブランドを陛下に教えていただいたのです。良ければ使ってくださいな」
 よく見れば、それは先ほどサージュが『有名な男物ブランド』と言っていた店のもので。
 杞憂が一つ晴れたことにルダンはホッと胸を撫で下ろした。
「サージュさんにはこちらを。また明日から調査でしょう? 日持ちのする焼き菓子の詰め合わせです。仕事の合間に食べてくださいね」
 ヤーシャラージャの心遣いにサージュは今朝方からの不機嫌など忘れたようである。
 土産のお披露目が済んだ所でヤーシャラージャはそれらを紙袋に戻し、大事に持ち直した。
「そういえばサージュさん、新しいカフェの感想なのですが……
 ヤーシャラージャは今日の目的であったカフェについてサージュに話しかけている。
 そして、そんなふたりを一歩退いた所で眺める男たちがいた。
「ネーグ・コスキント覇王陛下」
「改まってなんだ? ルダン・カカルガ副頭取」
「刺客がお嬢様を狙うと、ご存じでしたな」
「であれば、どうする」
 ネーグを射抜かんとするルダンの視線に、ネーグも鋭い眼光で応える。
 その瞳にローカパーラの一挙一動に驚いていた弱小貴族の気配は微塵もない。
 ルダンは心の中で思いっきり舌打ちをすると、ネーグを睨みつけた。
「当行はいかなる権力にも屈しない。良いように使われては困ると言っているんだ」
 長期にわたってローカパーラと交流のあるネーグは、こうして休日に遊ぶぐらいにはヤーシャラージャと仲が良い。
 ルダンとしても、まともな客であるネーグには多少なりとも価値を認めているが、それで何か優遇するとか、そういった思考はまったく存在しないので。
 そんな諸々と、少しだけ日頃の恨みがこもった目でルダンに見据えられ、ネーグはばつが悪そうに髪を乱す。
……悪いとは思ってるよ。俺としてもそっちに迷惑をかけるのは本意じゃないんだ。今日だってヤーシャラージャには危険だって言ったんだぞ?」
「大方予想はつきますが。お嬢様に言いくるめられた、と」
「仕方ないだろ。『優秀な護衛がついてきますから』の一点張りで取り付く島もありゃしない。アレのかわし方を知ってるなら教えて欲しいもんだね」
 ヤーシャラージャの強情な笑顔の圧力を知っているルダンは押し黙った。
「ま、お互い立場のある身だ。用心するに越したことはないけどな。……そんなに心配しなくても、彼女は立派な頭取おうさまだよ。守られるばかりじゃないだろうに」
「言われずとも、わかっております。えぇ、それはもう、切実に」
 ネーグの言葉に、ルダンの眉間にシワが寄る。
 もうヤーシャラージャが庇護される側であるとは、ルダンだって思っていない。
 ただ、彼女が頭取になる前からの付き合いであるルダンたちは、蝶よ花よと見守ってきたお嬢様に何かあっては先代に顔向けできないというか。
 時に突拍子もない行動をする彼女から目が離せないというか。
 あるいはそれこそ、自らの主を失いたくないという使徒の本能なのかもしれないが。
 兎にも角にも、頭取が大事な存在であることには変わりない。
「どうされました? ルダンさん。陛下も」
 あらかたカフェの感想を話し終わったのか、ヤーシャラージャが振り向いた。
「いや、なんでもないよ。俺はそろそろお暇しようかな。君たちからの〝プレゼント〞もあることだし」
 含みのあるネーグの言い方に、賊のことかと理解する。
「それではまた」
「あぁ、またな」
 ほどなくして人込みに紛れて行くネーグを見送ると、ヤーシャラージャは昔のようなあどけない顔でルダンとサージュに笑いかけた。
「今日は三人で夜ご飯を食べて帰りましょうか」
 楽しそうにふたりの手を取って、ヤーシャラージャは歩きだす。
 東の空に昇る白い満月が、そんな三人を優しく照らしていた。