はなれ
2024-11-13 11:48:35
11212文字
Public ソルバン
 

おうさまたちのワルツ

⚠ヤーシャラージャ成人後if
⚠名前有りモブ貴族
⚠すべて捏造
⚠NOTカプ

「辺境伯め……ここ最近なんの音沙汰もないと思っていたらこれか」
 手にした招待状をつまみ上げて、ネーグはそっとため息をついた。
 差出人はシュトルツ辺境伯。
 その称号の通り、国境付近を自治する貴族であり、そんな一族の長が代替わりするとなればなかなかの大事。
 さすがにぞんざいに扱う訳にもいかず、ネーグはそれなりに真剣になった。
 招待状を要約すると、披露宴をかねて夜会を開くので陛下にも出席してほしい。
 もちろんパートナー同伴で。陛下が誰を選ぶのかとても期待している。
 という、なんとも返事に困る招待状であった。
 ネーグとしてはこんな招待状破り捨てて無視を決め込みたい所だが、下手に影響力のある貴族とは本当に厄介なものである。
「それでわたくしに白羽の矢が?」
 悩みに悩んだ末、ネーグはローカパーラに赴いていた。
 その頂点に座すは、ついこの間成人したばかりの頭取ヤーシャラージャ。
 どこの貴族でもない彼女ならば変な憶測が飛び交うこともないだろうし、気心知れた相手というのはネーグにとってこの上ない好条件だ。
 だがしかし。
「いきなり押しかけて悪かったと思ってるよ……
 いくらそんじょそこらの貴族より末恐ろしい銀行の頭取と言えど、覇王の同伴となればそれなりの重荷。
 勢いに任せて門戸を叩いたはいいものの、断られても文句は言えないな、とネーグは頭を悩ませた。
 事実ヤーシャラージャの後ろに立つルダンが敵を見るような目でネーグを見ているし。
「折角ですのでお引き受けいたします」
「本当か? 君の後ろですごい顔してる人いるけど」
「いくら副頭取ルダンさんであってもわたくしのプライベートにまで口を出しませんよ」
 そう彼女が有無を言わせぬ微笑みを浮かべれば、ルダンは一つ咳払いをして顔をしかめる。
 もしかして彼女の個人的な時間プライベートを巡ってひと悶着あったのかと思ったが、ここで詮索するのは紳士ではないのでやめておいた。
「これが夜会の概要だ。当日ここまで迎えに来るよ」
「はい。お待ちしておりますね」
 なんて話をしたのが数日前。
 待ちに待った夜会当日、今宵のネーグはきっちりと燕尾服に身を包んでいた。
 鳶色の髪は後ろに撫でつけられ、この後の気苦労を思って物憂げな表情と合わせればひどく落ち着いた印象を受ける。
 さすがに何年も覇王として君臨していれば、夜会など嫌でも慣れた。
 のだが、やはり気が重いのは仕方のないことだろう。
 馬車に揺られながら窓際に頬杖をつくネーグは、良さげな扉を見つけて御者に声をかけた。
「停めろ、少し出てくる」
 手のひらに幻想通貨があることを確認して、ネーグはローカパーラへの扉を開けた。
 何度味わっても、この感覚はなんとも言えない。
 非日常に足を踏み入れる瞬間、とでもいえばいいのだろうか。
 気持ちがスッと切り替わるようで、自然と背筋が伸びる。
 聖域のようで魔窟のような、俗世離れしたローカパーラの雰囲気がそうさせるのかもしれない。
「ヤーシャラージャ、迎えに……
 ネーグの来訪に気づき振り返ったヤーシャラージャを見て、ネーグは息を呑む。
「どうかなさいました? 陛下」
 そこにいたのは女神だった。
 正確には、イブニングドレスに身を包んだヤーシャラージャ、だが。
 深海のような青色をしたドレスは大胆に背中があいており、半透明のショールで隠されているものの、その不透明さが更に妖艶な色香を際立たせる。
 いつもと違い一つにまとめ上げられた髪には見慣れた金色の髪飾り。
 ヤーシャラージャが身に着けているのはシンプルで上品なドレスであったが、彼女が持つ独自の空気感と合わせれば、まるで神話の中から女神がそのままやってきたかのような荘厳さがあった。
「あぁ、いや……すごく綺麗で驚いたよ。こんなに素敵なレディをエスコートできるなんて光栄だね」
「まぁお上手ですこと」
「本心さ」
「ではそういうことにいたしましょう。ちゃんとエスコートしてくださいね」
「仰せのままに」
 ヤーシャラージャの言葉に演技じみた礼で返して、ネーグは相も変わらずしかめっ面のルダンを仰ぐ。
「そっちも忙しいだろうに、頭取を借りて悪いね」
「お気遣い痛み入ります。ですが副頭取わたくしには頭取のプライベートに口を出す権利がありませんので」
「まだ拗ねてるんですか? ルダンさん」
「お嬢様の成長に涙を禁じ得ないだけです」
「わかりやすい人。私も立派な大人ですよ?」
「だからこそ……いえ、やめておきます。帰りには門を。迎えに参ります」
「本当に過保護なんですから。留守の間は任せましたよ」
 苦虫を噛み潰したように険しい顔のルダンに別れを告げ、ふたりは馬車で会場へと向かう。
 道中は特に当たり障りのない世間話で時間を潰した。
 そろそろ話題も尽きてきた所で、馬車が止まる。
「はぁ……挨拶だけして帰りたい」
「お楽しみはそれからですよ、陛下」
 悪戯めいた微笑みを浮かべるヤーシャラージャに肩を竦めて、馬車を降りた。
「ネーグ・コスキント覇王陛下、ご到着でございます!」
 覇王の来訪を告げるドアマンの宣言と共に、会場への扉が開く。
 扉越しにも賑わいを見せていた会場が、水を打ったように静かになった。
 ネーグとヤーシャラージャは自然と人がはけた道を進む。
 注がれる好奇の視線を歯牙にもかけず、堂々と歩む姿はまさしく、王。
 誰もが動けずにいる中、ふたりに近づく人影があった。
「陛下、お初にお目にかかります。この度、シュトルツ辺境伯の称号を賜りました、フェルガ・レオブルグと申します」
 そう言ってネーグに頭を垂れたのは、まだ年若い青年だった。
 プラチナブロンドの髪は短くそろえられ、暗い儀礼服の色と相まって目を惹く。
「夜会への招待、感謝する。貴公とは一度話をしたいと思っていた」
「もったいなきお言葉。恐縮です」
 実に人の良さそうな柔和な顔だが、アルカイックスマイルがよく似合う油断ならない男だな、とネーグは思った。
「ところで陛下、そちらの女性は……
 この会場にいる誰もが気になっているであろう疑問をフェルガは口にする。
 ネーグが目配せすると、ヤーシャラージャは一歩前に出た。
「初めまして、シュトルツ辺境伯。ローカパーラ銀行の頭取を務めております。ヤーシャラージャ・ローカパーラと申します」
 魂を抜き取られてしまいそうなほど麗しい微笑みを浮かべるヤーシャラージャに、フェルガは夕暮れのようなオレンジ色の瞳をこれでもかと丸くする。
……っはは、これはこれは。どこのご令嬢かと思いきや銀行の頭取とは。初めまして、ヤーシャラージャ嬢。貴行のお噂はかねがね」
「一国の辺境伯にまで当行の噂が届いているとは仕事冥利に尽きますね。お近づきのしるし、といってはなんですが、よろしければこちらをお受け取りください」
 そう言ってヤーシャラージャが差し出したのは、小さなコイン。
 ネーグは良く知っている、ローカパーラに赴く際に使う幻想通貨だった。
「これは?」
「いわば当行への鍵です。お持ちになって損は無いかと」
「では、ありがたく。このような機会をいただけるとは、陛下には頭があがりませんね」
 本心かどうかわからないフェルガの台詞を聞き流しながら、会話を少し。
「それではごゆっくりお楽しみください」
 ネーグとフェルガの挨拶が終わるとようやく会場の緊張も解けてきたのか、元の賑わいを取り戻す。
 給仕からシャンパングラスを受け取ったネーグは隣にいるヤーシャラージャを見た。
「君も人が悪いな、ヤーシャラージャ」
「あら? なんのことでしょう」
「幻想通貨を渡したってことは、フェルガのことは調査済みだったって訳だ。もしかして俺が誘わなくても招待されてたんじゃないか?」
「そのようなことは。なかなかに警戒心の強い御仁でしたのでお会いする機会に恵まれず……陛下からのお誘いは渡りに船でしたよ」
覇王おれを手段にするなんて君ぐらいのもんだよ」
「お気に障りましたか?」
「いいや? お互い様だからな」
 特に貴族たちとパイプをつなぐ必要のないネーグは用意されていた席で暇を潰す。
 ここぞとばかりにネーグに近づきたい輩は数多くいたが、隣にいるヤーシャラージャの風格もあってか近寄る者はいなかった。
 フェルガの襲名披露宴はつつがなく進み、じきに劇団が楽器の準備を始める。
「そういや一つ聞くのを忘れてたんだけど」
「なんでしょう」
「君、ダンスの心得は?」
「それはもちろん……
 含みのあるヤーシャラージャの言い方にネーグは肝を冷やし――
「ありますよ」
 次に続いた言葉に気が抜けた。
……それは良かった」
「こう見えて支援者の方々にお呼ばれすることも多いのです。それでなくとも淑女の嗜みでございましょう?」
「たまに、君にはできないことが無いんじゃないかと思うよ……
「買いかぶりすぎですわ。私はただのしがない銀行員ですもの」
「それを言ったら俺だってただのしがない王様さ」
「おかしな話ですね?」
「まったくだ」
 そう言って立ち上がり、ネーグは襟を正した。
「レディ。私と一曲、踊ってくださいますか?」
 まるで物語の一ページのような、芝居めいた台詞。
 パライバトルマリンのような瞳を柔らかく細めて、ネーグはヤーシャラージャに手を差し伸べた。
「よござんしょう」
 ヤーシャラージャは花が綻ぶように笑うと、自らの手を重ねる。
 ふたりは華麗に広間の中央へと躍り出た。
 シャンデリアの光がスポットライトのようにネーグとヤーシャラージャを照らす。
 音楽が始まると同時に、ふたりは足並みを揃えて踏み出した。
 これは、王と王の円舞。
 余所見も瞬きも許さないと言わんばかりのステップ。
 重力を感じさせない軽やかなターン。
 会場にいる誰もが、ふたりから目を離せずにいた。
 メロディーに合わせ舞うヤーシャラージャは神々しく、力強いネーグのリードはその覇道を感じさせる。
 爪先まで一分の狂いも無い圧倒的な舞踏が終わると、会場は今日一番の盛り上がりを見せた。
「お二方ともお見事でございました」
「ご満足いただけたかな? シュトルツ卿」
「私ごときが陛下を余興にするなど、恐れ多くてかないませんな」
 ネーグの言葉に物怖じすることなく、フェルガは片手を胸に当てる。
「僭越ながら陛下、私に彼女と踊る許可をいただきたく」
「俺は構わないが……どうする? ヤーシャラージャ」
「よろしいですよ」
「ではレディ、お手を」
 颯爽とヤーシャラージャをエスコートするフェルガに手際いいな、なんて思いながら、ネーグは二人の背を見送った。


 ◇ ◆ ◇


 手持無沙汰になったネーグはひとりでバルコニーにいた。
 少し火照った体を冷えた夜風が撫でていく。
 月明りを反射するシャンパングラスに口づければ、炭酸の刺激が舌を慰めた。
「陛下」
 不意に後ろから声がかかる。
 ネーグは振り返ることなくただグラスを揺らした。
「早かったな。楽しかったかい?」
「えぇ。優しくエスコートしていただきました。陛下ほどではありませんでしたが」
「参った。とんだ魔性だな、君は」
 ちらりと横目で見遣れば、ヤーシャラージャの黄金の瞳と目が合う。
「それで、陛下のご懸念は晴れましたか?」
 無邪気な笑みでそう問われ、ネーグは心臓を握られたような心地になった
……どこまで知ってるんだ?」
「あなた様の疑問に対する答えまで」
 改めてこの可憐な淑女は、覇王ネーグすら手玉に取る夜叉の王なのだと思い知らされる。
「先代シュトルツ伯はフェルガの祖父だった。何事もなければ彼の父がその座を継ぐものだと思っていたが……
「〝病死〞なされていた。失礼ながら、貴族にはよくあることかと」
「そうなんだけどさ。良くない噂を聞いてたから少し気がかりでね」
「ちょうどその件で、当行もシュトルツ卿を知ったのですよ」
「なるほど……経緯はわかった。それで? 君がフェルガを選んだ理由は?」
「単に当行の良き支援者になると判断いたしました。あなたにとっても、悪い人材ではないと思いますよ」
「お節介だな、ヤーシャラージャ。それは君が決めることじゃない」
「あくまでご提案ですわ。私、それほどお人好しじゃありませんもの」
 それは、互いの首に刃をあてがうような会話だった。
 ネーグからしてみれば、自国の不始末を処理してもらったようなものなのだけれど、それ以上は分不相応というものだ。
 片や、一国を束ねる覇王。
 片や、悪鬼羅刹と夜叉の王。
 その王道が交わることはなく、不必要に踏み込むつもりも無い。
 だが、それで良いのだ。
 こうして、たまに並び立つぐらいの距離感で。
「まぁいいさ。君の鑑識眼は信用してる」
「光栄ですわ」
「そろそろ帰ろうか。あんまり遅くまで連れまわすと君の部下が怖いし」
「いくつになっても兄気分の抜けない方々なのです。困ったものでしょう?」
「よく言うよ、手放すつもりもないくせに」
 何気なく呟いたそれが大層ヤーシャラージャのお気に召したようで、ご機嫌取りに関しては棚から牡丹餅といった所か。
 帰りの挨拶を済ませたネーグはヤーシャラージャを連れ、馬車まで戻った。
「銀行に帰るんだろう? 扉まで送ればいいかい?」
「いえ、お気になさらず。開くだけならそう難しいものではありませんから」
 ヤーシャラージャがヒールを鳴らした音に、ネーグは思わず姿勢を正す。
――開門」
 ほどなくして、ふたりの眼前に仰々しい扉が現れた。
……なんでもアリだな」
「〝ローカパーラ〞の名は飾りじゃありませんのよ?」
 どこからともなく現れた扉が、重厚な音を立てて開く。
「お嬢様、お迎えにあがりました」
「ご苦労さまです。サージュさん」
 扉から文字通り飛び出してきたサージュはネーグとヤーシャラージャの間に割って入ると、慣れた様子で片膝をついた。
 その姿は主の帰還を喜ぶ忠犬のようであり、大事なお姫様を守ろうとする騎士のようにも見える。
「さ、帰りましょう。ルダンさんも首を長くしてお待ちです」
「あらあら。待てないのはあなたでしょうに」
 くすくす、と鈴を転がしたような声で笑うヤーシャラージャに、サージュは慈しみが滲む眼差しを向けた。
 だがそれも一瞬のことで、後はどうでもいいというのがあけすけな態度でネーグに礼を返す。
「ウチのお嬢様が大変お世話になりました」
「こちらこそ。俺の所の貴族が世話になったな」
「おや、ご存じでしたか。後ほど多大な利子をつけて貸し付けようと思っていたのですが……
「勘弁してくれ。ヤーシャラージャ、部下の手綱はちゃんと握っておいてくれよ?」
「善処いたしますわ」
 そう言って聖母のように微笑むと、ヤーシャラージャは扉に手をかける。
「それでは陛下、素敵な一夜をありがとうございました。また機会がございましたら、今後とも当行をご贔屓に」
 その神秘の口が開き、ヤーシャラージャとサージュは帰っていった。
 仰々しい扉が金色の粒子となって消えていくのを眺めながら、ネーグは不思議な解放感を覚える。
 まさに今宵は、夢のようなひと時だった。
 気合を入れるために一発頬を叩いて、ネーグは己の御者を呼ぶ。
 かくして、王様たちの夜会は静かに幕を閉じたのであった。