ミズト
2020-11-09 03:08:05
891文字
Public 二次元版権二次創作
 

ラッキースター

松江未満超短文

移動教室で化学室に向かう途中、見慣れた金髪と鉢合わせた。
「お疲れッス」
「江文も移動教室?」
「ッス。図書室で調べ物するんすよ」
自然と途中まで一緒に行く雰囲気になって、二人歩調を合わせてとりとめもない話をする。
「マツさんは化学すか」
「うん。どんなか見てみる?」
江文がちらりと俺の持つ化学の教科書を見て尋ねてきたので、渡してみる。ぱらりと一瞥しただけで「全然わかんね」と笑った。つられて俺も笑う。
校内で偶然鉢合わせるたび、浮かれてるなぁ、と自分でも思う。足元はふわふわするし、はしゃいでることを悟らせないように、つい多くなりそうな口数をどうにか抑えている。せめて先輩の面目は保ちたくて、緩みそうになる表情を取り繕う。さすがに自覚しないわけにもいかない。
どうせ放課後には部活で顔を合わせるのに。昨日も今日も明日も、皆がぜぇぜぇ言いながら練習してる中、一人だけ堪えた風もなくしゃんと立っている背中を見るはずなのに。
それでもなぜか、何の予定も約束もなく江文と話す機会が降ってくるのは、日常の中できらりと光る幸運のように俺は感じていた。足元に野良猫がすり寄って来た時。家族が気まぐれで買ってきたケーキ。昨日まで閉じていた花の蕾が開いているのを見つけた朝。そんな思いがけない幸運。
どうして江文に対してそんな風に感じるのかは、なんだか、あんまり、ちゃんと考えないほうがいいような気もするんだけど。
「それじゃ、授業がんばれよ。ちゃんとがんばってたらたくさんパス回してやるから」
あっという間に来てしまった分かれ道、そう言いながらわしゃりと江文の頭を撫でる。じゃれ合い半分で振り払われると思ったが、たくさんパスを回してやる、というご褒美がよほど気に入ったのか、
「へへ、んじゃがんばります」
にかりと笑って図書室の方向へと歩いて行った。自分でもわかるくらい頬が緩む。自分のいうことをきいてくれない自分が、一体何なのかはわからないけど、今はただ、江文を可愛いなぁと思う。そう認めれば、次に偶然会った時は素直に笑えそうな気がして、まだ少しふわふわした足で俺は化学室へと向かった。