ぷの
2024-09-13 14:20:33
9885文字
Public レイチュリ
 

最初の代償

まだ付き合いの浅い🛁🦚が一緒に嫌な幸運をくらう話。
※レイチュリのだいぶ手前。
※人がたくさんしんでます。
P2に蛇足を移動。(初出 2024/09/14)
※冒険クエスト「チェックアウト」のネタバレを含みます。

COで言ってた🦚の成功率が低い理由、案件の難易度だけじゃなく人的損耗を極端に避けてるからでは?と思ったところから逸れて、部下と相思相愛の🦚が見たいだけになった。

「うーん、戦場のにおいになっちゃったな」
 レイシオと共に会談を終えて建物を出たアベンチュリンは、空を見上げてそう言った。数システム時間かけての交渉は決裂した。誰がやっても必ず失敗しただろう。本来話し合うはずだった相手ではなく代わりの人間が出てきて、しかも銃口を向けられながらの一方的な場だった。命を質に取られて、どんな話し合いをするというのだ。向こうの要求を突っぱねながら生きて出ただけで御の字だろう。
「余計なストレスに晒してごめんね、教授。任務は失敗したから、尻尾を巻いて帰ろう」
「それでいいのか?」
「いやあ、思ったよりガスが溜まってたみたいで、頭を押さえたら爆発しちゃったよ。あはは、完全に失敗!」
 この会談が始まる前に結果は出ていたのだ。アベンチュリンは相手を監視していた部下からの報告を聞いて、珍しく舌打ちをしていた。新しい交渉相手は彼のお眼鏡にかなわなかった。それはそうだ、政府首脳を皆殺しにしてクーデターに成功した軍人など、商売の話をする相手ではない。
「もとより一触即発の状況だったろう。話し合いは難しかった」
「それでも穏便に、というオーダーだったんだよ。こんな状況にしちゃった時点で失点は免れないし、僕にとって失敗かどうかなんて些末なことだ。今は人手が足りないから、一旦仕切り直す」
 歩きながら部下たちに撤収を伝えていたアベンチュリンが、ピタリと足を止めた。つられてレイシオも一歩先で立ち止まって振り返った。すとんと表情の抜け落ちたアベンチュリンは、左手をポケットに入れて虚空を見つめている。
「見せしめだって? あっそう。へー、ふふふ、そういうのだいっきらい」
 アベンチュリンは無表情のまま、声だけが楽しそうに笑っていた。
「君たちが無事でよかった。良い判断だ。すぐ迎えに行くから、上手に息を潜めて待っていて」
 インカムで話し終わったアベンチュリンが、そばにいる護衛担当の部下を手招きする。
「教授を安全にカンパニーの艦船まで連れてって。君が指揮して、宇宙ステーションと地上のターミナルを封鎖。どうせ今は軍も警察も麻痺してるから連絡は不要だ。あとで僕からお話するよ」
「ギャンブラー、何があった?」
 レイシオが問いかけるとアベンチュリンは少し表情を取り戻したが、その目は怒りで濁っていて、レイシオの方を向いていながらどこか遠くを見ていた。
「僕たちが命拾いした裏で、うちの子たちが捕虜になっちゃったんだ。ちょっと取り返しに行ってくる」
「さっき人手が足りないと聞いたが」
「もう優しくしないから、大丈夫」
 事態は急激に悪化して、平和な交渉のために同行しているレイシオの出る幕ではない。そう突っぱねられたのを察した。
「僕は地上にいるチームを拾って再編する。誰に噛みついたのか、わからせてあげなくちゃ」
「ターミナルを押さえるなら、僕も地上で待機する。医者の僕はこの状況を捨て置けない」
 立場を変えて食いさがると、今度はアベンチュリンの焦点がレイシオに合った。
「ありがとう。でも絶対に安全なところにいて」


 なにが大丈夫だ。深夜に出発して翌朝戻ってきたアベンチュリンは重傷だった。皆の安全にばかり気を配って、本人の扱いはこの有り様。
 ターミナルに構えた救護室で待機していたレイシオは、担ぎ込まれた血塗れのアベンチュリンの青白い顔色を見て、背筋が凍りついた。その他は皆軽傷で、各自救急キットで手当てをするよう任せた。
 実践を繰り返しているからか、アベンチュリンの深手に対する応急処置は手慣れている。それがまた腹立たしい。レイシオは損傷箇所を確認しながら手早く傷の手当てをやり直し、バイタルを可視化した。意識はないが、状態はそこまで悪くない。
「血が足りない。輸血は?」
 医務班にストックを尋ねたが、首を横に振られた。ステーションからターミナル周辺までを安全地帯にするために少々血が流れたから仕方ない。近隣の病院に依頼するかと時計に目をやったところで、別の班の者が手を上げた。
「今日の担当は私です。過去にも行ったことがあり安全は実証済みです。健康状態のデータを送ります」
「担当?」
「総監は無理をなさるので、いざというときのために三人が生血輸血に備えています」
 レイシオはいろいろ言いたい衝動を堪えるため、きつく目を閉じた。今はそんなことを気にしている場合ではない。輸血パックが無いのだから頼るしかないのだ。送られたデータを確認し、念のため少量の血液を採って検査して、問題ないこと確認した。ひとまず頭を無にして輸血を行う。
「目が覚めたら覚悟しろ、ギャンブラー」
「教授、これは我々の独断です。総監には黙っていてくださいませんか」
「は?」
 低い声が出た。血を提供して横になったまま休んでいる人間に向ける態度ではない。頭ではわかっていたが、苛立ちはそろそろ臨界点を超えるところだった。相手がレイシオの態度にまったく怯まなかったので、なお忌々しかった。
「総監は自身のために他人が損なわれるのを嫌います。知られたら我々は異動になるでしょう。総監の生存率が下がります」
 カルテを書いていたレイシオの手の中で、スタイラスペンが砕けた。カラカラパラパラと破片が床に落ちる。何事かと目を向けたその場の人間は、レイシオの表情を見て揃って顔を背けた。
「人の命を盾にするな。君たちも等しく守るべき命だ」
「利害は一致していますよね」
「ハッ、どこかで聞いたような口のきき方をする」
「教育が行き届いておりますので」
 年齢も顔つきもまったく違うというのに、挑戦的なその笑い方は隣のベッドで寝ている男とよく似ていた。


 治療を受けたアベンチュリンはすやすやと眠り続け、夜にぱっちりと目を覚ました。すぐにベッドから降りようとしたため、自分では引き留めきれないと踏んだスタッフが慌ててレイシオに連絡した。急いで駆けつけたレイシオは容赦なくバチンとアベンチュリンの額を弾いて枕に沈めた。
「痛っ! 患者なんだから少しは手加減してくれよ、先生」
「主治医の許可なくベッドから降りる馬鹿は患者ではない。腹に穴が空いていることを忘れるな」
 額を押さえてむくれる男の顔色はまだ悪い。点滴を交換して、痛み止めを追加する。
「体調は?」
「たっぷり昼寝してすこぶる元気だよ。一緒に戻ってきたみんなは無事かい?」
「みな軽傷だ――二名を除いて」
「そう」
 アベンチュリンに報告が入ったときすでに、四人の捕虜のうち二人は殺害されていた。アベンチュリンとレイシオが会談に出席中の出来事だった。そして、残った二人の捕虜は会談の後アベンチュリンに伝えるよう命じられた。「これは見せしめだ。彼らが死んだのは、上司が自分たちに逆らったからだ」と。
 その話を聞いたとき、アベンチュリンが無表情で口にした「だいっきらい」が脳裏をよぎった。それが誰への言葉だったのか理解できてしまった。やり場のない怒りは、自分に向けるしかない。
『僕の幸運には代償がある。よく誰かの命を食べていくんだ。怖くなったら逃げてね』
 彼がいつだか冗談のように話していた幸運の代償は、まったく冗談ではなかったのだ。たちの悪いことに、当人の知らないところで支払われて、取り返しがつかない。
 アベンチュリンと一緒にいたから、今回レイシオは生き延びる側になった。彼らの命と引き換えにして、レイシオは生き延びてしまった。たった一度でも重くのし掛かる人の命との交換を、彼はいったいどれだけ勝手に繰り返されてきたのだろう。
 贖罪の方法などない。それでも。
 アベンチュリンはあの時、助けに行くのではなく、取り返しに行くと言った。相手の拠点を襲撃して生き残った二人を助け出し、打ち捨てられていた遺体にそれ以上傷がつかないように守った。もう二度と動けない二人の前で自分の体を盾にしてまでも。そしてきっちりと報復を済ませてから、四人を加えた全員で戻ってきたのだ。
 遺体を清めるのはレイシオがやった。顔の表にできた傷が目立たないようになるべく修復して、血色がよく見えるよう軽く化粧も施した。ピアポイントは遠すぎて、遺族の元にそのまま連れて帰ることはできない。夜が明けたら火葬することになっている。あらかじめ作られた彼らの遺書に、どんなに少量でもいいから家族に遺灰を届けてほしいと書かれていると聞いたからだ。
 アベンチュリンに亡くなった二人のことを伝えると、黙ってこくりと頷いた。
「車椅子を取り寄せているから、少し待て。朝までに間に合わなければ担架で運ぶ」
 火葬の前に仲間たちで行う略式の葬儀に必ず立ち会えるようにする。レイシオも立ち会うと約束した。
「ありがとう教授。それなら、朝までに面倒事を片づけないといけないね」
 レイシオは白衣の胸ポケットからインカムと携帯端末を取り出して、アベンチュリンに渡した。
「君はそこから一歩も動くな」
「もちろんさ。本来僕の仕事は、人を顎で使って働かせることだからね」


 それから数システム時間後。宇宙ステーションに停泊しているカンパニーの艦船から届いた荷物と、近隣の病院から借りた車椅子が揃った。アベンチュリンの病室に、レイシオが自らそれらを届けに行った。
 ベッドの上のアベンチュリンは仰向けに横になって胸の上で手を組み、目を閉じていた。近づくとその目が開いて、窓の外の夜明けの空と同じ色合いの瞳がレイシオに向けられた。
「おはよう、教授」
「おはよう」
 バイタルの数値は想定内。傷口をあらためて、目を離した間に悪さをしなかったことを確認した。
「着替えが届いた。手伝おう」
 血塗れで穴の空いた服は証拠として残してあるものの、とても着られたものではない。届いたのはいつもの服ではないが、十の石心アベンチュリンとして別の場面で着ていたものだ。荷物の中身を見せると、アベンチュリンも頷いた。
 アベンチュリンの体を起こして、上半身と腿から下を使い捨てのタオルで拭き清める。一旦患者衣を羽織らせて髪を拭うと、砂埃と固まった血がパラパラと落ちた。
「はあ、シャワー浴びたい」
「同感だ」
 簡易のシャワーブースはあるが、腹に穴が開いた人間が使える構造ではない。それに、数が足りないので順番待ちになっている。レイシオの気質を知る人間から先に使うよう気を遣われたが、忙しさを理由に後でいいと断った。平時ならともかく、今は患者が優先である。
 何度か丁寧に拭いて地肌の様子と髪の指通りがマシになったのを確認して、残りは自分でやれと使い捨てタオルを入れ物ごと渡した。
 アベンチュリンに背を向けて荷物の中身を広げる。下着、服、装飾品などの小物、メイク道具。
「教授、そっち向いたまま二歩下がって。僕のパンツ取って、替えの履かせて」
 言われたとおり後ろ向きに歩き、膝の上まで下ろされた下着を新しいものと交換して同様に膝の上で止めた。
「顎で使っちゃった」
「傷を庇うためならいくらでも使え」
「じゃあお言葉に甘えて、服も着せてもらおうかな」
 身支度を整えて車椅子に移ると、アベンチュリンは荷物が入っていたバッグから一丁のリボルバーと平たい缶を取り出した。缶から二つ弾を取り出して装填する。それを太ももに付けたガンホルダーにしまった。
「あの二人はさ、もし僕が葬儀に参列するなら空砲を撃ってほしいって言ってたんだ。うちは一般企業で軍隊じゃないのに、カッコいいからって。男の子だよねえ」
「一般企業の人間が銃を扱うのか?」
「そこは大目に見てもらって。空砲の用意なんてないから実弾だし。まあ、いいよね、カッコよければさ」
 ターミナルの滑走路の一角に担架に乗せた二つの遺体収納袋を並べ、故人に関わりのある少人数で簡単な葬儀を行った。飾る花はなく、送る涙もない。
「良い旅を」
 アベンチュリンはまっすぐ腕を伸ばし、真上に向けた拳銃を二発撃った。それを合図に、ターミナルの警告サイレンが鳴り響いた。構内で発砲したのだから当たり前だ。わんわんとあちらこちらから響く大音量が干渉しあう不協和音のなか、参列者は誰も身動きひとつしなかった。滑走路に止めに来る者も、サイレンを止める者も、野次馬の一人もいなかった。
 拳銃をガンホルダーにしまったアベンチュリンは二人の名を呼んで何かを言ったようだが、スピーカーからのけたたましい餞にかき消されて、誰の耳にも届かなかった。


 軍事クーデターが起こって政府首脳が全滅した後、その首謀者も軍の分裂ですぐに失脚した。カンパニーの支援を受けてなんとか次の政府が立ったが、信用ががた落ちになった星の復興には時間がかかりそうである。被害が政府と軍に留まり、一般の人々の生活に影響が少なかったのは良かった。友好的な近隣の星から新政府への支援もあるので、見通しは明るい。レイシオも帰る前に本来の役割を果たすことができた。
 しかし殉職者二名を出したのは大きな失点で、アベンチュリンは見事任務失敗が確定した。それはもう大量の始末書を書かされているそうだが、降格したという話は聞かない。私怨で何かをやらかしたと小耳に挟んで話を聞こうとしたレイシオに、アベンチュリンの部下たちは誰も口を割らなかった。
 あの星を発つまでに、レイシオの護衛についたアベンチュリンの部下から聞き出せたのは二点。
 アベンチュリンがすぐに向かわなければ、残りの捕虜も死んでいたこと。
 捕虜を助けに行くという名目の襲撃だったが、実際はエスカレートした軍人たちから一般市民への弾圧を未然に防ぐためだったこと。
「弱い名分で動いたせいで、カンパニーは市民から嫌われてしまいました。カッとなって殴り返す野蛮人だとね。けれどその威圧で市民は守られ、我々は命を救われ、仲間を見送って遺族の元に帰すことができた。自分だけが割りをくえばいいと思ってるんですよ、総監は」
「ずいぶん彼を慕っているんだな」
「教授ならわかっていただけると思って話しています。総監を死なせたくありません。我々も死にたくありません。足手まといになるくらいなら異動願いを書きます。総監には内緒ですよ。人が居着かないと嘆いているのを聞いたので」
 人差し指を口の前に立ててくすりと笑った後、笑みを消した真摯な顔で頭を下げられた。
「死に顔を綺麗にしてくださってありがとうございました」
「礼を言うのはこちらだ」
 レイシオは命をもらってしまったというのに、全然釣り合わないささやかなことしかできなかった。彼らの顔を忘れることはないだろう。
 しかし、これを自分の負債にしてはいけない。今後もアベンチュリンの隣に並ぶなら、幸運の代償について整理をつけなければならない。因果関係と責任を切り離せ。介在するものと話をつけられない以上、自身の心持ちひとつでなんとかするしかない。
 ――君のせいではない。そう何度でも嘘なく彼に言いきかせられるように。
 そんなレイシオの決意も知らず、アベンチュリンの態度は以前と変わらない。あの任務で起きたようなことが幾度も繰り返されていて、彼にとって特筆すべき出来事ではないのだ。静かに腹に納められ、人知れず彼の心身を苛む重石が増えていく。
 ピアポイントに戻っても主治医のまま据え置かれたレイシオは、往診のためにアベンチュリンのオフィスを訪れていた。約束の時間を過ぎてからせかせかした足取りで現れた彼は、レイシオが顔をしかめたのを見た途端にゆっくり歩きだした。できるなら最初からやれ。
「戻るのが遅くなってごめんね。会議でこってり絞られたよ、もー、こっちはやっとお腹の穴が塞がったところなのに」
 大人しく診察を受けつつもぼやき続けるアベンチュリンの口に、レイシオは飴玉を突っ込んだ。もご、とよく回る口が止まる。
「食事はしたか? 薬だけ飲んではいないだろうな」
「今食べてる」
 そう言ってガリガリと飴玉を噛み砕いたアベンチュリンの額を、レイシオはバチンと弾いた。
「それ痛いからやめてってば!」
 目の前のテーブルに手土産の弁当を置くと、アベンチュリンは目を輝かせた、ふりをした。
「社内で犬の散歩をしたくなければ、きちんと食べろ」
「さすが僕の先生! ところで点滴のキャスターを連れて歩くことを犬の散歩って言うの? 可愛い言い回しじゃないか。教授の口から聞くと似合わなくて笑えるね」
 レイシオは話に乗らず、ソファに腰掛けて足を組んで腕組みをした。黙ってアベンチュリンを見つめる。
「あのさ、見張ってなくても食べるよ」
 あきらかに張りつけた笑顔で、アベンチュリンは抵抗する。
「僕の診察は終わっただろう。次の仕事に行きなよ、君の時間がもったいない」
 他にもごちゃごちゃ言っていたが、レイシオは一切返事をしなかった。食事を見届けるまで帰らないと察すると、アベンチュリンは笑顔を引っ込めて厄介者を見る目でレイシオを見た。
 さあ、残さず食べろ。顎をしゃくって促すと、観念してのろのろと弁当を開け、いかにも嫌々な様子でもそもそと食べ始めた。