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朝見草
2024-11-04 03:19:56
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蘭湖SSまとめ
参加企画 あの夏の向こう側に(@natsumukouTL)様
城乃さん宅湖さんをお借りしています。
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小春凪
扉を開けると、鰯雲の下大荷物の少女が立っていた。
スーツケースを引いて去って行く姿を見送る。ありがとうと手を振るとぺこりと頭が揺れた。足元に目をやれば、頂き物が常よりひとつ多かった。
彼女は毎年、実家で漬けた梅酒とシロップを届けてくれる。「湖さんなら美味しく飲んでくださると思いまして」と学校帰りに尋ねて来たのが三年前。今年は連休に朽々時へ帰ったらしい。スーツケースにはまだ持ち帰り用の瓶も詰まっているようだ。
俺も湖も梅仕事をする習慣はないので毎年有難くいただいている。手間のかかるものだが良いのかと聞けば、
「祖母の趣味なんですが、家族だけでは飲みきれないので」
肩を竦めていた彼女も、今年はようやく梅酒が飲めると楽しみにしていた。
出逢った頃は制服を着ていた少年少女がみな、どんどん大人になっていく。
あの夏も、今やすっかり過去だ。
「さて」
台所に運び込んだ梅酒とシロップを棚に仕舞う。もうひとつの見慣れぬ形の瓶には『ジャム』とラベルが付いていた。
「漬けた梅が溜まってきたのでオマケです」
ちなみにわたし1人で作ったんですよと胸を張っていた、こういった所は変わらないと感じる。
ジャムを前に腕を組み、家の食材を思い浮かべた。初めての味を食べるならシンプルに。食パンもヨーグルトもあるが、八つ時に合わせあれにしよう。粉もバターも全部家にあるはずだ。
パン、と手を打つ。
「よし、作るとするか」
小麦粉が二種類、ベーキングパウダーと砂糖、少しの塩。牛乳とヨーグルト、そしてバター。量るものは多いけれど材料は単純だ。
まずはバター。賽の目に切り、もう一度冷蔵庫へ仕舞う。ギリギリまで冷やしておくのが良いらしい。マーガリンや植物油を使う作り方も試したが、やっぱりバターの香りが焼いていて一番嬉しくなる。
次に強力粉、薄力粉、ベーキングパウダー、砂糖を量りふるう。今日はジャムをたっぷり付ける予定だから砂糖は控えめに。初めの頃は笊でふるって机を真っ白にしたり、茶こしでふるおうとして延々終わらなかったりした。湖に助けを求めていた頃に比べれば俺も随分進歩したものだ。
少しの塩を入れ、牛乳とヨーグルトを量る。しっとりさせたい時は気持ち多めに。今日は定量だ。
冷蔵庫からバターを取り出す。ふるった粉に賽の目のバターを入れ、両手で潰すように粉と馴染ませていく。なるべく手早く、溶かさないように。人より冷たい手が役に立つ。変温動物で良かったというのも変な言い方だが、便利な身体だ。
塊がなくなり粉チーズのようになったら牛乳とヨーグルトを加える。ゴムべらに持ち変え、生地が纏まるまでさっくりと混ぜる。混ぜすぎると固くなって膨らまないから最低限。この加減が分からず何度カチコチの塊を作ったか。言葉から読み取るのは難しい。
ラップに包んで冷蔵庫へ。三十分程寝かせグルテンを落ちつかせ、水分を行き渡らせる。この間にボウルを洗ってしまおう。洗い物は苦ではない。冬場の水は冷たくて眠くなるけれど、夏は天国だ。この姿になってもどうにも熱に弱い。
冷蔵庫から出した生地は、伸ばして数度折り畳む。すると層ができ、綺麗に焼けると『狼の口』と呼ばれる腹割れが起こるのだ。生憎狼の知り合いは居ないので似ているかは不明である。今度近所の犬を観察してみるか。
包丁でストンと四角に切った生地。断面に触れないようにして並べ、予熱したオーブンへ入れる。表面に溶き卵や牛乳を塗ると艶が出るけれど、今日の主役はジャムなので無し。高温で短時間。この焼き方が一番さっくりふわふわになる。
「よし」
オーブンから取り出したばかりの湯気の立つきつね色のスコーンを並べ、くすんだ新緑色のジャムを掬い皿に乗せる。とろりと形を残す果実に少しアルコールの香りがした。
アトリエの扉をノックする。
「みずうみー、少し休憩しないかい」
扉を開ければぐーっと伸びをして、良い匂いがすると思ってたんだ~と顔を上げた湖に盆の上の焼き菓子を掲げた。
「スコーンを焼いたんだ。ジャムを貰ったから」
紅茶はどれにしようか?初春の梅のとかどう~?ああ、良いかもしれないな。梅尽くしだね~。
同じ歩幅で隣を歩いて、同じテーブルに向かい合う。
同じものを食べて、同じことで笑って、そうして経った三年はあっという間だった。
「ありがとう」
ティーカップを差し出す湖に言えば、どういたしまして~と笑われた。
変わらない身体は、やっぱり少し不便な気がした。
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