バラ肉
2024-10-31 03:10:54
5962文字
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狼男の涙

ハロウィンのアタブロ。
ブロッケン一族はハロウィンの日には本家であるブロの家に集まってみんなでパーティをするという設定。

キャミアリ「魔女の秘密」のスピンオフです。


エロはないよ、残念!!!



夜も更け、子どもたちの楽しそうな声も落ち着きはらい、さあ今度は大人たちの時間だ!と喧騒の雰囲気が変わった時間。

ブロッケンJr.は一人、屋敷の裏手に位置する広場へと足を向けていた。
手には一族が御用達にしている銘柄のビール瓶が一本。これから行われる大人のハロウィンパーティーの為に準備されていたものだ。揃って酒豪揃いの面々のため大量に仕入れたそれは、きっと一本減っても気づかれることはないだろう。

否、贈り相手を知れば、彼らは進んで差し出したに違いない。



ザクッ。

「親父、今年もしっかり覗きに来てくれたか?」

革ブーツが刈り揃えた芝生を踏む。
ブロッケンが立ち止まったのは広場こと一族の集合墓地の、中でも一番新しい墓の前だった。

「ったく、うちの悪ガキたちは年々騒がしいったらないぜ?」
やれやれと両肩を竦める姿は、さも彼の父ブロッケンマンが目の前にいるかのような立ち振舞である。狼男に仮想したズボンにくっついた尻尾が風にゆらゆら揺れらめく様は、どこか親狼に甘える子狼を連想させた。

今やすっかり賑やかな楽しいイベントとして認識されているものの、本来【ハロウィン】というものは死者の魂が一時的に現世に戻ってくる日と考えられており、この喧騒もそもそもは彼らを慰める意味合いがある。

故に、ブロッケンは父がそこに居るていで十字架を模した墓石へ語り続ける。

「今年も一族の連中は元気だったぜ。ハンスは相変わらず嫁さんの尻に敷かれてるし、カールのところはこの春に双子が生まれたってよ」
プシュッ! 他愛無い近況をつまみに、開けたビール瓶にそのまま口をつける。ゴクゴク、プハッと音を立てて煽った拍子に口元が濡れるのもなんのその。袖口で拭う様は、場所が場所なだけに傍から見ればさぞかし異様に見えることだろう。
しかし、彼にとってこの行為は、父の死後以降の定例報告会のようなもので。

「あ、あと親父特製の狼耳の帽子と尻尾つきズボン! 今年も好評だったんだぜ! まあ、年配の奴等は『まだまだ親父の迫力にはたどり着けないな!』って囃し立ててきやがったけど……。本当に勝手なこと言うよなぁ?」

悔しそうな、しかし楽しそうな眼差しは、かつて同年代の子供達と一緒にブロッケンマンが扮した恐ろしい狼男に悲鳴を上げた幼き日のことを思い出しているのか。

ごくごくっ!
瓶底を天に向け、一際勢いよくアルコールを飲み干す彼は、最後の一滴を飲み尽くしたの合図にーーソッと目を伏せた。

「アンタが遺したものは全部、オレがちゃんと受け継いでるから……安心してくれ」

そう言うと、湖面を思わすサファイア色の瞳を揺らしながら、ブロッケンはおもむろに胸ポケットに刺していた一輪の花を墓石の前に飾った。

青いヤグルマギクはドイツの国花であり、父が最も愛した花だ。

『お前の目は、この花のように貴(たっと)い色だな』
自分の瞳を見つめながら優しく笑うベルリンの鬼の顔は、今でもまだ脳裏に焼き付いている。
「またな。親父……
だからか、泣きそうになるのを耐えるよう、彼は踵を返すと足早にもと来た道を引き返した。
自らが泣き虫なのは百も承知だ。しかし、この場で涙は流したくなかった。
成長した姿を、演じたかった。




そして墓地を出たところで、

「父上との逢瀬は終わったか?」
……っ!?」

突然声を掛けられたブロッケンは、ハッとなって地面に向かっていた顔を上げた。
まさか人がいるなんて。
一体誰が、と見上げた先には……意外な相手が立っていて。

——え。キャプ、テン……?」
「ああ。家の者から、お前はここだと聞いてな」 

キャプテンこと、キン肉アタルの姿に彼は大きな目を更に広げた。
どうしてこんな時間にこんなところに? 
また、その格好にも驚きを隠せない。

「って、キャプテン! アンタ、その格好!?」

ブロッケンが真っ先に指差す通り、アタルの格好は普段の迷彩柄のコスチュームではなかった。
足先まである丈長のカソックに、隆々とした胸元に輝くロザリオ……つまり、かつてブロッケンたち血盟軍メンバーの心を掴んだ事件の際に扮した、件の牧師姿だったのだ。
「なんでまた、そんな……
呆然とするブロッケンを余所に、当のアタルはといえばそのことについて今は触れる気はないのか。投げられた質問はひとまず放っておいて。

……相変わらず父想いの男だな。ブロッケンJr.」

彼は穏やかな口調に相応しい優しい手つきで、獣耳のついた軍帽をポンポンっと撫でる。己に慈悲などないと嘯く割に、やることは弟同様に慈愛に満ちたものだ。

……っなんだよ、それ。つーか、いつからいた訳?」
らしくない優しさを正面から受けたせいか。堪らず鼻がツンっと痛むのを感じて、ブロッケンは憎まれ口を叩いてそっぽを向いた。
今ここで素直に甘えたら本当に泣きかねない。そう思ったのだろう。

「つれないな。スグルから、お前のところでハロウィンパーティーをしてるから行ってやれと言われて来たのだが。まあ、慌てて来たせいで随分と捻りのない仮装になってしまったが」
わざとらしく溜息を吐く態度に、ブロッケンはなんとも言えない表情になる。
(この男の本気の仮装のレベルとは?)
考えるだけで寒気がする。奇行はどこかの英国紳士で十分だ。
何より、アタルの牧師姿は決して悪くない。
いつもの露出と打って変わって肌の面積が極端に少ない、黒をベースにしたストイックな服装は単純に良く似合っている。はち切れんばかりの筋肉を覆うカソックは、男の体格の良さをまざまざと見せつけるようで惚れ惚れしてしまう。

……別に。その格好も似合ってるし。良いんじゃねえか?」

実は以前からもう一度見ていたいと思っていた姿なだけに、ブロッケンはやや頬を熱くしながらフォローの言葉を送った。

「そうか? なら良かった」
対して、そんな素直になれない年頃の心を知ってか知らずか。特に気にした様子もないアタルの軽い態度に、意識していたのは自分だけのようで桃色に染まった頬が更に赤みを増す。

「そういうお前も良く似合っているな。狼男か?」
だが、話をふられた事で気を持ち直したのか。
ブロッケンは全身が見えるようにとその場でクルッと回った。
「あっ、うん。……うちの一族を束ねるには当主としての威厳と畏怖が必須。でも、ハロウィンの日だけは別でさ。……日頃苦しくて辛い訓練をしてるガキたちへのご褒美の一環で、とびっきりの仮装とお菓子で子供を楽しませるのが慣習なんだ。——で、オレは親父の十八番の狼男の衣装を譲ってもらったってわけ」
帽子から突き出た耳を触りながら、そう困ったように笑う。
自分で構える余裕も無かったしな、とは言わなかった。早すぎる代替わりについて語るのは、この場は相応しくない。
だからか、ブロッケンは一つ頭を振ると意図的に話題を逸らすことにした。

「まあ、お互い仮装のことを言うのは後にして。……それにしてもキン肉マンはどうしてアンタにウチへ寄越すように言って来たんだ? パーティーって言っても一族の集まりだぜ? アイツには以前そのことは伝えた筈なのに……

勧めるにしたって、こんな内輪の会に呼ばれても困るだろうに。素直な疑問をぶつければ、アタルは「ああ」と己の顎を撫でた。

「スグルのやつ、俺がお前を『最高のパートナー』と称したのに対して、どう頭の中で変換したのか。このまま俺がお前を娶る気でいるものと思っているらしい。それで『この機会に挨拶してきたら良いぞ』と思ったそうだ」

「め、め、娶るって……!? はあ!? あんのバカッ、なんて発想してんだよ」

まさかの答えにブロッケンは今度こそはっきりと赤面した。パートナーから一気に伴侶になるだなんて、とんだ飛躍した考えである。

「つーか、キン肉マンもキン肉マンだけどよぉ。だからってアンタもそれに乗ったってことか?」

愛すべき友人の突拍子のなさに呆れつつ、こちらもこちらで飄々した態度を崩さない男を、彼は胡乱げに見つめた。

「いくら可愛い弟だからっていっても、流石に甘すぎるんじゃねえの?」

勘違いを撤回もせず、彼方のキン肉星からはるばるこんなところまで来るなんて大袈裟な。
頭の後ろで腕を組むブロッケンは、自分たちの偉大な隊長のブラコンぶりに軽口を叩かずにはいられなかった。
しかし、アタルはその揶揄に対し、苦言を言うでもなく、むしろ返事の代わりにジッと相手を見つめる有様だ。

……

「ん? どうかしたか?」
突如だんまりになった男に訝しげに眉が寄る。何事かとブロッケンが頭を傾げたタイミングで、彼はようやく閉じていた口を開けた。

「乗ったつもりはないぞ。なにせ、俺はいつでもお前の家族に挨拶する覚悟はできているからな」

………へ?」

サラリと放たれた問題発言に、目を瞬かせる。
発言の意図への理解が追いつかない。

「挨拶? なんの、?」

思ったことをそのまま呟いたのは飽く迄も無意識だろう。さも訳がわからないとキョトンとする表情に、アタルはスッと目を細めた。

……ふぅ。こんな時ばかりは鈍い男だ」

グイッ!
そして、いつの間に手を伸ばしていたのか。胴体に回った太い腕に体を引き寄せられたブロッケンは、文句を言う間もなく、気付けば視界を空色の瞳でいっぱいにされていた。
近い。そう感じた時にはもう相手の腕の中で。、
「!? ……それって、つまり……?」
なのでせめてと続きを託せば、マスクをしているにも関わらず目の前の男が笑ったのを感じた。
「フッ、……みなまで言わせるな」
「っ!」
答えをはぐらかされたにも関わらず、布一枚隔てて分かる熱い吐息と、誰もが腰抜きになりそうな低い声に体がビクッと反応する。
あまりの色気に硬直したブロッケンは、しかし「いやでもこれはちゃんと確認しないと!」と途中で我に返ったのか。慌てて聞き返そうと口を開いたところで。

ぬるっ……

「ンゥッ!?」

半端に開いた唇は、断りもなしにいきなり柔いものによって塞がれてしまう。

「んっ、ふっ、んんぅッ!」

巧みな動きで舌に絡まる軟体に、それが同じ舌だと気付いたのは数秒遅れてからだ。

「ふぁ、あっ、なに、ッ、んっ、ンッ!」

その後、口内を探るそれにどれだけ翻弄されただろう。



チュッ

「っは、ハアッ、ハアッ……

リップ音を残して離れたアタルに、ブロッケンはといえば、力が抜けそうになる体を必死にこらえ、相手の体にしがみついていた。
顎にはどちらとも分からない唾液が垂れ、月光にテラテラ照らされている。それがまた白い肌に映え、アタルはマスクを下ろしながらもつい魅入ってしまう。

……これで、言わずとも分かったな? 本当はブロッケンマンの墓石の前の前でやってやろうかと思ったが、流石に初めての挨拶でこれは刺激が強かろう。だから此処で待っていた、という理由だ」

そんな勝手な事を述べながら、彼は傍の崩れ落ちそうな体を支えるべく、両腕で一回り華奢な体を抱きしめた。

「何より『息子さんをください』なんて面と向かって言ったら……親父よりも先にお前が泣くだろう?」
嬉しくて、な。

突然のディープキスに息も絶え絶えになる若者を捕まえて、不遜な大人はさも自分の告白に喜ぶものと信じてやまない物言いをする。
まるで決定事項とばかりの自信は、しかしあながち間違ってもおらず。
ブロッケンは恥ずかしさにぎゅっと唇を噛んだ。勿論、胸に湧き起こるのはもっともっと複雑な感情である。

「なんだよ、それ……
必死に絞り出した声は酷く情けなかった。こんな、楽しいハロウィンの夜には似つかわしくない声音だ。
けれど当の犯人は静かに笑うのみ。

「そんなもの、公私共にパートナーになろうという提案さ。ブロッケンJr.」

真っ直ぐ見下ろす眼差しは相変わらず強く、眩しく。偽りなんて微塵もない。

「愛してる。……これだけは、ハッキリ言ってやる」

弓形の三日月に照らされながら告白する男に、ブロッケンはまるで魔法がかけられたように視線が外さなかった。

そして、震える声で彼は呟く。

「オレも……

同じように、偽りなど一切なく。
空色の瞳にヤグルマギクに似た凛とした瞳を寄せる。

そしてあたかも父が墓石から見ているかのように、これが自分の相手だと知らしめるように、大きな体を抱き返す。

(悪いな、親父。オレはどうやら大切な報告を言いそびれるところだったよ)

そう語りかけながら。



「愛してるよ、アタル」



先ほど彼が言った通り、歓喜によって今にも泣きそうなのを耐えながら、精一杯の笑顔を作ってやる。

……フッ。本当の牧師なら、ここでサラッと誓いのセリフなんかが言えるのだろうに……ちと悔しいな」
「プハッ、なんだよそれ!」

ふざけた台詞はきっと慰めの意味があったに違いない。
不器用な笑みよりも、まるで花が咲いたように笑う顔が好きだ。
思わず吐き出す姿に送られた視線は、如実にそう語っていた。
故に、遠回しな思いやりにますます胸を高鳴らせたのは、ブロッケン本人と墓地の至る所に飾られたジャック・オ・ランタンだけが知っていればいい。





「さあ、夜はまだまだ続く。他の親戚連中にも顔合わせをしておくか」

エスコートするように腰を抱く腕に従いながら、ブロッケンは赤い頬を誤魔化すように唇を尖らせた。
……変なこと言うなよ?」
完全に婚約者顔する相手に送る忠告は、きっと照れ隠しの一環だ。だからこそ、喉の奥でクックッと笑う恋人は揶揄わずにはいられない。
「フッ……ならばお前に惚れたエピソードでも語ってやろう。良い酒の肴になると思うぞ」

「ッ〜〜〜アンタって人は!!!」

あんまりな回答に目くじらを立てた拍子にフサフサした尻尾が逆立ったのは、きっと目の錯覚だったに違いない。