鳴上
2024-10-30 23:48:56
8027文字
Public ナツシン
 

ハピハロナツシン

p1 昨年のハピハロ 夏生目線
p2 今年のハピハロ シンくん目線



どちらかと言えば小悪魔

 シンはどちらかと言うと、季節のイベントに精力的に取り組むタイプだった。だって損じゃないか、その季節にしか楽しめないことがあるんだったら、全力で楽しまないと。
 そう思えるようになったのも、坂本商店で居候を始めてからだった。それまでは割と生きていくのに精一杯で、イベントの事を教えてくれる人もいなかった。今は葵さんや花ちゃんが、シンにたくさん教えてくれる。坂本さんだって、回転寿司や銭湯など、シンが行ったことのない場所に連れて行ってくれる。
 冬はクリスマスにプレゼント交換を、春はみんなでお花見やひな祭りをして、夏は夏祭りに行き、それから秋にはハロウィンがある。昨年は花ちゃんと一緒にかぼちゃのクッキーを作り、仮装をして大いに楽しんだ。
 だから今年も、全力で楽しもうと思ったのだ。JCCで過ごすハロウィンを、徹底的に。ハロウィン当日のJCCは、あちこちに仮装した生徒の姿があり、お菓子を強請る代わりに実験に付き合えと脅したり、お菓子を配り歩く毒殺科だと気がつかず受け取り、そのまま保健室に運び込まれたりと、割と治安が悪い。
 さまざまな顔のジャック・オ・ランタン、コウモリや蜘蛛の飾り。キャンディやチョコなど、普段とは違う包装のお菓子たち。隙間を埋めるようにそれらでいっぱいになった構内に、シンは気分がどんどんと上がっていく。意外とイベント好きなJCCは、シンにとってかなり楽しい場所だった。
 暗殺科の女子に、「朝倉くんを仮装させてほしい!」と頼まれ、嫌だという隙もなく完膚なきまでに仮装させられたシンは、浮かれるJCCの空気と同じくらいに浮き足立っていた。
 上半身には包帯を巻いていて、口元には牙がある。目元のあたりにはツギハギの模様があって、頭には黒いネコの耳。仮装というにはあまりにもいろいろ詰め込まれすぎた姿を、案外気に入っている。どれがメインだと尋ねられたら、きっと答えられないが。
 構内を練り歩き、片っ端からお菓子を強奪する。いや、強奪ではないか。きちんと魔法の言葉を唱えているのだから。何人かお菓子ではなくイタズラを希望する人もいたが、そういう奴は大抵ロクデモナイ奴なので拳で事なきを得ている。
 粗方知り合いとハロウィンを楽しんだシンは、そういえば今日一度も姿を見ていないあいつに会いにいくことにした。研究室に篭りきりで、季節のイベントなんて興味ない、みたいな顔をしている武器科のエースは、きっと今日も変わらず武器を作っているのだろう。
 研究室の扉を開けると、やっぱり思っていた通りの後ろ姿があって、なんとなく嬉しくなったシンは勢い良く「セバ!」と声をかけた。だけどその声に反応することなく武器作りを続ける夏生に、シンは何度も声をかける。
「なんだよ」
「お、やっとこっち向いた。ハッピーハロウィン!」
「うる、せ……
 面倒くさそうにこちらを向いた夏生は、シンの格好を見てピタリと止まってしまった。うんうん、分かる。このてんこ盛りの仮装見て驚いてるんだろうな。普段スカした顔かムカつく顔しかしない夏生の、新しい表情を見ることができて、シンはじんわりと体温が上がった。
 というかこいつ、ハロウィンのやる気ないな〜。いつも通り変わらない夏生のそのブレなさはすごいと思うけれど、こういう時くらい浮かれても良いのに。そう思って、シンはニヤリと口角を上げた。普段栄養食のような効率性を重視したものばかり食べている夏生が、わざわざハロウィン用にお菓子を用意しているはずがない。
 それならば、普段バカにされてばっかりの夏生にイタズラできるのでは?
 シンの仮装から視線を外し、よく分からないところを見ている夏生に見えないように小さく笑う。
「それより、セバ、ほら。トリックオアトリート! お菓子くれなくてもいいからイタズラさせろよ!」
 ポケットに隠していた黒のマジックを取り出して、ジリジリと夏生に迫る。このマジックはお菓子をくれないケチな奴に対してかなり活躍した優れもので、さて夏生の顔に何を書いてやろうかと頭を巡らせる。夏生のチャームポイントである黒子をもう何個か増やしてやってもいいし、つるりとした肌にひげを描き加えてやってもいい。
 ワクワクを抑えきれないシンに嫌そうな顔をした夏生は、同じように手を突っ込んだポケットから何かを取り出すと、そのままシンに投げつけた。まっすぐ飛んできたものをキャッチし、手を開くとそこにあったのは一粒の飴玉。
「はっ、残念だったな。織り込み済みだぜ〜お前が突撃してくるのは」
 そう言って得意げに笑う夏生に、心臓が掴まれたみたいに苦しくなった。JCCに入り直してそれなりに経つのに、まだ見たことのない夏生がたくさんいる。そしてそれをひとつずつ見つけるたびに、シンの心臓は締め付けられるのだ。例えば、シンが来るだろうからとわざわざ用意してあったお菓子だとか。シンが夏生のことをだんだん理解しているように、夏生もシンのことを理解しているのだと思えば、うずうずと居心地の悪い気持ちになる。だけどそれは決して嫌なものでなくて、シンは困ってしまうのだ。
「んだよ〜〜持ってんのかよ、お菓子!」
「お前ちょっと前からソワソワしてたからな〜。分かるってさすがに」
「はあ、しゃーない。飴ひとつで我慢してやるか……
 イタズラできなかったことは残念なので、シンは不満げに近くにあった椅子に腰を下ろした。はあ、とため息を吐くと、目の前に手のひらを差し出された。それをまじまじと見て、何を求められているのか分からなかったシンは、とりあえずその手のひらに自分の手を乗せた。触れた肌は硬くて、ああ職人の手だな、と思った。
……ちげーよ、そうじゃない」
 呆れた顔をした夏生が、「お前は本当に猫か。というか犬か。」と頭の中で考えているのを読み取り、ムッと唇を尖らせる。
「ネコでもイヌでもね〜よ。つか何? この手」
「ほら、俺には?」
「?」
 不思議そうに首を傾げるシンに、夏生が心底楽しそうに、笑いを堪えながらその言葉を口にした。
「トリックオアトリート。俺にもお菓子、もちろんあるよな?」
「あ゛」
 顔をサア、と青くしたシンに、夏生が口角をあげたのが分かった。今まで自分がその言葉言われるよりも先にお菓子を強請っていたから、シンは何にも用意していない。夏生に対してだってイタズラする気満々だったので、もちろん何にも持っていない。やばい、やらかした。絶対にとんでもないイタズラをされる。人を陥れる時の生き生きとした表情の夏生を良いな、と思うけど、今はあまり見たくない。まあ目の前の夏生はまさにその表情を浮かべているのだが。
「いや、え〜っと、その……お菓子、お菓子」
「人からもらったものはナシな」
 焦って色々探ってみるけど、見事に人からもらったお菓子しかない。このまま諦めて素直にイタズラを受けてしまおうか。こっそりとチャンネルを夏生に合わせて、その脳内を探る。どうやら、いつも振り回されているシンに一泡吹かせることができて満足しているようだ。それならまあ、とんでもないイタズラをされることはないのだろう、と息を吐く。
 ──だけど、いつも振り回されているのは、夏生ではなくシンの方だ。
 JCCで突然再会したあの日から、今の今までずっと、シンは夏生に心をかき乱されている。何がシンの心に引っ掛かったのかはわからない。ただ、シンの中に夏生が居座っていて、その比率が日に日に大きくなっていっていることは確かだった。
 放課後になれば研究室に入り浸り、休みの日には外へ一緒に遊びにいったり、武器の調整と称して手合わせをしたり。夜突然会いたくなってしまって、少し離れた場所にある夏生の部屋を訪ねたこともある。暗くて静かな場所で、変わらず息をしている夏生を見ると、何故か肩の力が抜けるのだ。
 自分が何故こんなにも夏生と一緒に居ようとするのか、最初は分からなかった。分からないまま気持ちが先行して、夏生が正直最初は面倒くさそうにしていたことも知っている。だけど文句を言いながらも付き合ってくれたり、何を言うでもなくシンに温かい飲み物を淹れてくれたり、そういった気遣いに、シンはどんどんと満たされていった。そうしてふと気がついたのだ。単純で明快な、その答えに。
 気がついたからといって、何かが変わるわけでもない。でもあまりにも自分に心を砕くくせに、シンのことを何とも思っていない夏生に対して少しずつ苛立ちを覚えるようになった。よく脳波遮断フードを被っている夏生の思考を、いつも読んでいるわけではない。ままならないこの状況を変えたかったのだ、と誰にでもない言い訳をした。
「〜〜っ、分かったよ、イタズラだな!」
 夏生の目を手のひらで覆い、それからその滑らかな肌に唇を近づけた。柔らかなそこは、唇で触れてみるとツンと張っていて、じんわりと体温がシンに移った。
……え?」
 ゆっくりと手を離すと、呆けた顔をした夏生が、間抜けな声を出した。間近にある夏生の瞳に映った自分は、一体どんな顔をしていたのだろうか。それを見るより先に、シンは顔をバッと背ける。
「これでいいだろ⁉︎セバお前、いい加減俺のこと意識しろよな!」
 熱くなった頬を隠すようにそう吐き捨てて、シンは大きな足音を立てながら研究室を出ていった。ポカンとした夏生はまだ思考が停止しているのか、追いかけてくる様子はない。
 最初は普通に歩いていたのに、居た堪れなくなってきてどんどんと歩みが速くなる。いつの間にか駆け出していたシンは、息が上がるのも忘れて長い廊下を走った。走っているから顔が赤いのだと、勘違いされれば良い。途中で教師に廊下を走るな、と注意された気もしたが、そんなことはすぐに忘れるくらいに、シンの頭は夏生でいっぱいだった。
 明日。明日もう一度夏生のところへ行こう。きっと夏生はいつもと変わらない、何でもないみたいな顔をしてシンを迎えるはずだ。でも、もし。もし、その瞳の中に、今までにない熱が浮かんでいたとしたら。
 ハッと息を吐いて、それからまた短く吸う。いつの間にか建物を出て外を走っていたシンは、そのまま自分の部屋がある寮へと向かった。どうなるか分からない不安を誤魔化すように、抑えきれない期待を弾ませるように。