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花人
2024-10-29 11:03:19
6445文字
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宗英
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宗英 僕らだけの世界!【R15】
2022年英智くん誕。宗くん誕「パーフェクト・デートプラン」の続き。
英智くんのお誕生日に、二人きりで秘密のデートをする話。
1
2
駅前の広場。何やら不思議な形をした銀色の時計台の下。ワインレッドのロングコートに身を包んで、英智の愛しい恋人は、金色の腕時計をチラチラと見ていた。自分のことを今か今かと待っている宗に、英智は優越感のような感情を抱いてニヤリと唇の端を上げた。
せっかくなら驚かしてやろうとそろりそろりと近づいてみると、ふと顔を上げた宗と目があった。
「おはよう。随分早いね
……
待ったかい?」
「待ったのだよ。今何時か分かっているのかね?」
作戦失敗を誤魔化すかのように、白い息を吐いて手を温めようとする英智の顔を見るやいなや。宗はつかつかと近づいてきて、英智をキッと睨んだ。
宗の筋の通った綺麗な鼻の先や白い頬は、少しだけ赤くなっている。おそらく、この寒い中しばらく待っていたのは事実なのだろう。
英智は冷気で冷たくなった銀色の腕時計に目をやりながら、九時半だね、と答える。
すると、宗はすぐに、集合は何時かね、と刺々しい声音で聞いてきた。
「十時だろう?まだ三十分も前じゃないか」
「ハッ、これだから凡俗は。十時というのは、十時から始まるということなのだよ。集合の三十分前に来るのでは遅いに決まっているだろうが」
これでもサミットで集合時間より早く来る癖がついていることもあり、英智としては、むしろ早すぎるかもしれないと思っていたところだったのだが。どうやらあらゆることにこだわりの強い宗としてはどうも違うらしい。価値観の違いというやつだろう。
宗が、星奏館の中ではなくこの駅前を待ち合わせ場所に指定してきたのも、誰かにこのデートを見られてしまうのが嫌なのだろうと何となく思っていた。これは実際そうなのだろうが、まさかお誕生日デート早々こんなことになろうとは。
思えば、いつも英智の方からフランスに出向くことばかりだったため、両方日本にいてまともに待ち合わせをしたのは今日が初めてだった。
「少なくとも、一時間前には着いていたまえよ!
…………
こんなに寒い中僕を一時間半も待たせるなんて、信じられないのだよ
……
」
独自の持論を展開したかと思えばボソリと独り言のように呟かれたその言葉に、英智は目を見開いた。
一時間半。この一月の冷たい風が容赦なく身体に突き刺さってくる中、まさか宗が一時間半も前から集合場所に来ているなんて、さすがに思ってもみなかった。そもそも、そんなに早く来るのなら何故宗は集合時間を十時に設定したのだろうか。
宗のことだ。この口調から考えても、集合時間を間違えたということはまずあり得ない。かといって、病弱な自分ほどではないにしろ、寒さに強い体質でもない。
にもかかわらず、わざわざ早く来た宗。
もしかして。英智は口角が上がった。
「そんなに今日のデート、楽しみにしてくれていたのかい?」
「っ!はっ、はぁ!?そ、そんなわけないだろうが!」
鋭く睨んで言い返したその頬が、先ほどとは別の意味でほんのりと赤くなっているのを見て、なるほどね、と英智はさらに笑みを深くした。
「だからそんなに早く来てそわそわしていたんだね。もしかして、手鏡で今日の自分の服や髪型でも確認していたのかな?何だか嬉しいなぁ」
「ノン!この僕がそんなに女々しいことをするわけがないだろう。そこの店のウィンドウで確認していただけで
……
」
「ふぅん。確認はしていたんだね」
「
……
していないのだよ」
「そんなに堂々と嘘を付かれると、面白くなってきてしまうよ」
ニヤニヤと笑みを浮かべる英智の顔を見て、宗は、フン!とわざとらしく鼻を鳴らした。
「下らないね。ちっとも楽しみになんてしていないのだよ。貴様は今日が楽しみだったのだろうけど?僕は貴様の誕生日に無理やり付き合わされて、こんなに朝早くから外で待たされて、最悪なのだよ!」
「いや、十時の集合なのに八時半からわくわく待っていたのは君自身だよね?それに、今日僕をデートに誘ったのも君の方だろう、斎宮くん?」
宗の薄い唇の前に冷たい人差し指をピッと当てると、宗は言葉に詰まったように眉間に皺を寄せた。
そんな彼を見て、英智は「勝ち」を確信する。
口喧嘩では、自分の方に分がある。それを分かっている天使は、いたずらが成功した小悪魔のようにふふ、と笑った。
一ヶ月前。どこもかしこも、二週間後の十二月二十四日に向けて赤と緑の飾り付けがされていた頃。アイドルとしての仕事は忙しいものの、クリスマスデートはどうなるのだろうとそわそわしていた英智の元に、ホールハンズで一通のメッセージが届いた。
一月十日は開けておきたまえよ。
絵文字も顔文字もスタンプも付いていない、一言だけの無機質な文字列。それは、恋人である宗からのものだった。
パソコンのキーボードをカタカタと打ち続けた仕事終わり、ぐっと伸びをした時に届いたそれを見た英智は、なんだかおかしくてクスクスと笑ってしまった。
英智の予定や都合を聞こうともしないところが、宗が宗たる所以なのだろう。ある意味竹を割ったような彼のそういう点を、英智は好ましく思っていた。
十二月二十五日当日も、その前日も、仕事が入っている。宗に何とか聞き出したところ、彼も仕事があるらしかった。アイドルはそういう職業なのだから仕方がないが、どうにもままならないものである。
自分たちを応援してくれるたくさんのファンと聖なる夜を過ごすことに不満があるわけではない。むしろ、純白を纏う天使たちのリーダーとして、一人のアイドルとして、その二日間は舞台で過ごしたいという思いが英智にはあった。
あれこれ言わない不器用さを見せながらも、そんな自分の思いを宗が分かってくれているような気がして、英智は何となく胸が温かくなった。
そして、来たる一月十日__自分の誕生日に思いを馳せたのだった。
「僕も今日をずっと楽しみにしていたんだ。僕のこと、楽しませてね」
どさくさに紛れて繋いだ革製の手袋の下の手が、自分の生まれながらに冷たい手にわずかに残る熱を受け取って、もぞもぞとぎこちなく動く。繋ぐのか、振り払うのか、迷っているのだろう。何にせよ、どうやらペースを乱されているらしい。
かわいいなぁ。そう思わずにはいられなくて、自分のためにずっと寒い中待ってくれていた恋人の手と無理やり恋人繋ぎをして、宗のコートのポケットにその手を突っ込んだ。
恋人ってこういうことするらしいよ、と言いながら、大丈夫、と英智はすみれ色の目を見つめた。
「わざわざ服や髪型を確認しなくたって、今日も君はかっこいいよ」
花が咲くように微笑んだ英智の顔を見て、宗はうるさい、と毒づいた。
ほんのりと色づいた横顔は、1つ大きく咳払いをすると、映画に遅れるよ、とズンズン歩き出してしまう。
……
どうやら、手を繋ぐのはOKらしい。ここぞとばかりに恋人の指の間に自分の指をさらに絡ませると、英智は手袋越しの手をぎゅっと握り返した。革製の手袋を通して伝わる宗の手の温度が、じんわりと英智の冷たい手を温めてくる。意識しているのは自分だけではないだろう。
凍えるような寒さの中。誰にも見られないコートのポケットの中で互いを温めあいながら、二人は転ばないように気をつけつつ、映画館へと小走りするのだった。
✽✽✽
辺り一帯がもうすっかり暗くなった中。星奏館の門をくぐった1号棟の正面入り口の前で、ふと英智は足を止めた。
帰りたくないなぁ。そう呟いた英智の耳に、そういうわけにもいかないだろう、という宗の声が聞こえてくる。どこかそっけない音色のその言葉に英智が何かを言う前に、宗は何だかんだ今日一日中繋いだままだった手をそっと離した。
「そう
……
だよね
……
」
名残惜しいと思っているのは、もしかして自分だけだったのだろうか。
あっけなく終わりそうな十九歳の誕生日に、英智は自分の足元を見つめた。
映画館に、美術館に、夜景。どれも宗がデートコースに含めるだけあって、言葉では表せないほど素晴らしかった。このたった1日だけで、輝かしい思い出がいくつもできてしまって、改めてここまでなんとか生きて来られて良かったと思った。
見つめた先の脚は、正直なところ、最近デスクワークばかりして身体が鈍っていたこともあってもうパンパンで、一歩たりとも歩きたくないくらいである。けれど、英智はあともう一歩、何かが欲しいような物足りなさを感じた。
あぁ。本当に女々しいのは、僕の方かもしれない。うつむく英智の表情を見て、宗はおもむろに口を開いた。
「
……
何か忘れていないかね?」
「
…………
え?」
「忘れ物なのだよ。
……
あるだろうが」
「忘れ
……
?え?そうかな」
静かで真剣なテノールの声に、英智はサッと自分の身体に目を向けた。鞄に財布。スマートフォンにハンカチ。どれもきちんと持っている。忘れ物がないように映画館の座席も一度振り返って確認したはずだ。そのまま鞄を開けて中身を確認しようとする英智に、馬鹿かね、と宗は呆れたような顔をしながら長いため息をついた。
「そうではないのだよ。
…………
目を閉じたまえ」
「目を
……
?う、うん。こうかな?」
「あぁ」
そのまま、僕がいいと言うまで開けるな。
コツコツと上品な靴音がしたかと思えば、愛しい宗の声が、英智の耳元で聞こえてきた。
いつの間にか背後に立っていたらしい。すぐ後ろにいる恋人の気配を感じて、英智は珍しく何も言えなくなってしまう。
トクン。トクン。
自然と聞こえてくる自分の鼓動の音へと、英智は無意識に耳を傾ける。不規則なその音は、英智の身体全体を震わせて、勝手に愛のメロディを響かせていく。
これは、期待だ。
そして、自分の恋人はいつだってその期待以上のものを自分にもたらしてくれることを、英智はよく知っていた。
「
…………
っ
……
」
首に冷たい無機質な何かが掠めたかと思えば、ピリ、と首筋の表面に心地の良い痛みが走った。
「
……
目を開けたまえ」
優しく囁かれた言葉通りにそっと目を開けると、ガラス張りの寮のウインドウに、英智とその後ろに立つ宗の姿が映っていた。
「え、これって
…………
」
自分の首にかかる金色の小さなアクセサリーに手をやってガラスの中に映る恋人に問うと、クールな恋人はフッとどこか得意げに笑った。
「もちろん、僕が手ずから造形したものなのだよ。まぁ、ありがたく受け取りたまえ。こんなもの、二度と造ってはやらないからね。僕もこの日ぐらいは言ってやる。____誕生日、おめでとう」
「
…………
」
「
…………
」
「
…………
」
「
…………
」
「
…………
おい。聞いているかね?」
「へっ、あっえ?えっ?」
「
……
何かね」
「
…………
頭でも打ったのかい?」
「うるさい」
そう睨んでくる宗に、英智は、だって君らしくないじゃないか、と頬を赤らめた。
月明かりに照らされて鈍く繊細な光を放つ、ワインレッドの石が嵌め込まれた金色のネックレス。
そして、その鎖のすぐ下。雪のように白く美しいきめ細やかな首筋に、一輪の赤い跡が咲いていた。先程の痛みはそれなのだろう。
2ヶ月ほど前に付けられて薄くなりかけていたその跡は、消えないようにさらに上から重ねて付けられたようだった。その所有の証は、ネックレスが無かったら誤魔化せなくなりそうな絶妙な位置にあって、どこまでが計算なのかと問いたくなってしまう。
珍しく素直な反応を表に出す英智に、宗はざまぁみろ、とでも言いたげにさらに笑みを深めた。
「天祥院。今日は僕の首に跡を付けることを許可してやる。ほら。付けたかったのだろう?」
戸惑う英智の両肩を掴んでぐるっと場所を入れ替わると、ウインドウに背を預けながら、宗は英智を自分の方に向かせた。そして、そのままクイッと自分のタートルネックを人差し指で下げた。
宗のスッと通った首筋に、一瞬だけ自分と同じ金色の鎖が見えて、英智は長い睫毛をぱちぱちと瞬かせた。
「えっ、あ
……
え?」
「おや、人をおちょくる癖に、そんなこともできないのかね?君も所詮大したことはないね。なら、僕が付けてやろうか」
「え、ちょっと待っ
……
っ__!」
ウインドウに背を向けたままの恋人に抱き寄せられた英智は、ネックレスを外さなければ見つからなさそうな場所に、再び跡を付けられた。
甘く痺れるような痛みがもどかしい。半ば無意識に離れようと動く英智の腰に、それを阻止するように宗の手がするっと回る。服と手袋を通してもなお伝わってくる愛する人の手の温度に、英智の心臓は激しく早鐘を打った。
暗い闇夜の中。崖に咲く高嶺の花のように秀麗で、孤高を思わせるすみれ色の瞳が、じっと英智を見つめてくる。熱を帯びた互いの視線に吸い込まれるように、二人はゆっくりと口づけをしてそっと離れた。
世界に互いしか存在していないかのような、おとぎ話のエンディングめいたロマンティックで傲慢なそれに、英智はうっとりと目を細めた。
「ねぇ
……
僕の部屋に来るかい?」
すっかりその気になってしまったらしい英智の顔を見て、宗はクスリと笑った。
「期待しているところ悪いけれど、今日は何もしないよ。君の部屋にも零たちがいるしね。何より、子どもは寝る時間だろう。今日は疲れたろうしさっさと寝た方が良いのだよ。まぁ、部屋までは送ってやるけれど」
「ちょっと。誰が子どもだって?その理屈なら、同い年の君も子どもじゃないか」
「あぁ。君も僕と同い年になったのだったね。僕とは比べ物にならないくらいあまりにも幼稚だから忘れていたのだよ」
「おや、君の方こそ忘れ物をしているじゃないか。いくらちょっとだけお兄さんだからってさ。お兄さんではなくておじいちゃんの間違いじゃないのかい?」
「『ちょっと』ではない。七十三日も僕の方が早いのだよ」
「それって約2ヶ月だろう?2ヶ月は『ちょっと』だろう」
子どものようにむくれる自分とは正反対に、お兄さんぶった宗が、英智は何となく気に食わない。
あぁ。悔しい。そんなに子どもだと言うのなら、もう思いっきり子どもになってあげようか。
油断している宗の手から手袋を無理やり剥ぎとると、英智はそのまま自分のコートの左ポケットに入れて、今度は直接、宗の指に自分の右の指を絡めて恋人繋ぎをして有無を言わせず手を引っ張った。
そんな英智の後ろで、返したまえ!と鋭い声がする。
仕返し成功。今日が主役の天使は、再び小悪魔ぶって微笑んだ。
ハッピーバースデー、僕。今日は僕だけの日。正真正銘の「英智デー」なのだから、これくらいは許してくれたって良いだろう?今日だけは、無礼講ってね。
なんて振り返りながらぺろっと舌を出すと、はぁぁ、という長い恋人のため息が聞こえて、英智はさらに上機嫌になる。
「今日は__」
「
……
何かね?」
「ううん?秘密。さぁ、早く送ってくれないと、夜が明けちゃうよ!」
今日はありがとうね。斎宮くん。
その前に呟かれた小さな言葉を、彼は聞き取ったのかいないのか。そんなこと言われなくとも分かっているのだよ、と宗はぶっきらぼうに答えて、英智に引っ張られながら走り出した。
世界に二人きりしかいない、傲慢で強欲な童話の主人公たちは、まだまだ明ける気配のない一月十日の夜空の下、ワルツを踊るような軽やかな足取りで寮の階段を登るのだった。
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